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魔王と相討って10年。異世界へ死に戻ったら、ヤンデレ美女に成長した義妹の俺への執着がヤバいことになっていた。  作者: 甥の子
死に戻り3日目

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ある暗殺者たちの最期

『魔の森』は巨大な樹木が乱立し、鬱蒼と生い茂る枝葉が空を覆い尽くす一種の異界だった。


 昼間であっても陽の光はほとんど地上まで届かず、薄暗い森の中では時間が歪んだような錯覚さえ感じる。


 湿った土と腐葉土の匂いが鼻腔をつき、禍々しい瘴気が肺腑を締め付ける。

 その毒気は肌を通して侵入し、皮膚の下を冷たい虫のように這い回る感触を残していく。


 10年前に封じられた『魔王』という怪物の残滓か──時折視界を覆う黒い霧が、この森の異常性を物語っていた。


 そんな不吉な森の中を、黒装束に身を包んだ男が何かから逃れるように必死に駆けていた。



「くそっ! なんなんだ、この状況は……ッ!?」



 背後を窺いながら、男は苛立たし気に毒づく。

 呼吸は荒く、全身からは滝のような汗が噴き出していた。



 男はラルクスに潜入した聖天教の暗殺者の一人だった。


 彼らの標的である『偽焔の騎士』が魔の森に向かうという知らせを聞いたのはほんの小一時間ほど前のこと。


 あの女が単身で魔の森へと向かったのは、先日討伐した魔獣たちの死骸――その浄化のためだという。


 本来であれば討伐した魔獣の死骸はその場で焼却するのが鉄則だ。

 憎悪と呪いに満ちた瘴気は土地を穢し、より凶悪な魔獣を生み出す。

 大量の魔獣の死骸をそのまま放置などすれば、それこそ新たな『災害級』を呼び起こすことになりかねない。


 そんな新米の騎士でも知っているような当然の措置を怠った理由は知る由もないが、今回重要なのはそこではない。


 重要なのは、このタイミングこそが男たちにとってあの偽物を暗殺する最後のチャンスだということだ。



『昨夜の襲撃で敵も警戒している。今回の暗殺も恐らくは失敗するだろう。だが、怖れることはない。俺たちが真に怖れるべきは自らの信念を果たさずに死ぬこと。共に信じ、貫き、そして死のう。俺もいずれそちらへ逝く。先に神の御許で待っていてくれ』



 それが男たちのリーダーであるバルトロメオの言葉だった。


 バルトロメオは今も一人ラルクスの街に残っている。

 男を含め、仲間たちの誰もそれを臆病だと謗ることはなかった。

 何故ならバルトロメオにはこの暗殺の成否を見極め、次に繋げる役目がある。


 男たちにはもはや後が無かった。


 街の結界が修復してしまえばラルクスからの脱出も不可能となり、いずれ追い詰められ殲滅される。


 そうなる前に『偽焔の騎士』にせめて一矢を報い、名誉ある死を選ぶ――それが彼らが定めた聖天教暗部としての散り様だった。


 死を前提とした最後の殉教。

 それでも、男たちに迷いはなかった。


 神が与えた聖剣を奪い、神の名を汚した冒涜者に天罰を与えるのだ。


 なのに―――


「ふざけるなッ!! こんなのはまるで一方的な狩りではないか!? あの偽物は! 俺たちに戦うことさえ許さないと言うのかッ!?」


 男の口から偽焔への怨嗟が吐き出される。

 それと同時に。


「ぐわああああああッ!!」

「くそおおおおおおッ!!」


「―――ッ!?」


 悲鳴とも断末魔ともつかぬ絶叫が背後から響いた。

 男の胸中が怒りと焦燥感に塗りつぶされる。


 奇襲は完全に失敗した。


『偽焔の騎士』の実力は男たちの予想を遥かに超えていた。


 男たちが魔の森に入った瞬間に、逆にアウローラによる襲撃を受けたのだ。


 圧倒的な暴力によって齎される破壊と殺戮。


 彼女の操る剣軍によって仲間たちの命が次々と刈り取られていく中、男は必死に森を駆け抜ける。


 事ここに至っては、もはや一矢報いることさえ不可能だ。

 居場所が割れるリスクを承知で男は魔力の出力を最大限に引き上げ、加速する。


 その速度は、並の魔術士のそれを遥かに凌駕していた。


(――逃げ切れる!)



 男がそう確信した次の瞬間。


 男を遥かに上回る速度で射出された一振りの剣が、男の右足を貫いた。


「―――ギッ!! ガァああああああああああああッ!?」


 バランスを崩し、男は樹上から地面へと叩きつけられた。

 強烈な衝撃と共に視界が激しく揺れる。



「まったく。余計な手間を取らせてくれたわね」



 気だるげな、若い女の声が男の耳に届く。

 男の二十メートル先にその女――アウローラ=ヴァン=エヴァ―フレイムがいた。


「ひーふーみー……えーと、全部で8人? やっぱりまだそれくらいはいたのね。多いたのか少ないのか良く解らないけど。……まぁ、そのあたりのことは後で兄様に意見を聞けばいいかしら」


 アウローラは無残に壊された死体を数えながら呟く。

 激痛に右足を押さえながら、男は首を捻じ曲げて背後を見やった。


「はっ、な、なん―――ッ!?」


 死屍累々とした地獄絵図を前にしても眉一つ動かさず平然としている姿に男の心は恐怖で引き裂かれる。


 肺胞中の空気が全て押し出され、身体中の筋肉が硬直した。


 アウローラは急ぎもせず、男の方へと歩を進めていく。


 アウローラの右手には『Ⅸ』の刻印が刻まれた黄金の短剣、左手には男の足に突き刺さったモノと同様の大剣が握られていた。

 大剣には赤黒い血がべったりとこびりついている。


「さて。とりあえず貴方で最後なわけだけど……」


 何の感情もなく、アウローラは淡々と男を見据える。

 まるで虫けらでも見るような視線に晒され、男は痛みも恐怖も忘れて叫んだ。


「なぜ……貴様はどうしてそこまで人を傷つけることに躊躇いがないんだ……!」


 憎しみの炎を目に宿しながら男が問いかける。

 それにアウローラは心底面倒そうな表情で答えた。


「はぁ? そもそも先にちょっかいをかけてきたのは貴方たちの方でしょう? 私は降りかかる火の粉を払っただけ。自分たちが殺される側に回ったからって文句を言うのはみっともないのではないかしら?」


「バカな!? 貴様は……! 貴様は聖剣を奪った冒涜者じゃないかッ!! そんな罪深き者が俺たちを責めるのか!? 俺たちの行いこそが正義だ! そう! 貴様に……貴様みたいな悪人に正義を語る資格はないッ!」


 狂気を孕んだ瞳でアウローラを睨み据えながら男が叫ぶ。

 それをアウローラは心底理解できないと言いたげに小首を傾げた。


「……正義を語った覚えなんてないけど。ただ、私には何よりも優先すべきモノがある。それを害そうとするなら、たとえ神様だろうと殺す。当然のことでしょう?」


「ふざけるな! そんな傲慢が許されるとでも思っているのか!」


「別に貴方たちの許しなど必要ないわ。 でもね――私に言わせれば、他人に自分たちの正義を押し付けてる時点で貴方たちも相当傲慢だと思うわよ?」


「なん……だと?」


 男の額に青筋が浮かぶ。

 そんな男に構わずアウローラはゆっくりと言葉を紡いだ。


「正義も理想も大いに結構。でも、それらが万人に共感されると思ったなら大間違いよ。貴方の言う『悪人』にも思想や信念があることを考えていない。自分が正義で相手が悪だと決めつければそれで終わり。他者の在り方を許容しない時点で貴方たちの正義は破綻しているの。滑稽よね。可哀想になるくらい」


「―――ッッ!!!」


 嘲弄にも似たアウローラの言葉に男の理性が弾け飛んだ。


 立ち上がれない体勢のまま、男は懐から手の平大のサイズの水晶玉を取り出す。


 表面にびっしりと魔術式が刻み込まれたソレは男が隠し持っていた自爆用の魔具だった。


 アウローラとの距離はもう五メートルもない。


 これだけの至近距離で発動させれば、いかに『煌』の魔術師であろうとも無事では済まない。


 閃光と爆発が男の眼前を白一色に塗り替え、アウローラにも致命傷を与える―――はずだった。


「おっと、危ないわね」


 そんな呑気な声と共に、アウローラの手にしていた大剣が空間を一閃した。

 まさに刹那の出来事だった。

 男の両肘から先が斬り飛ばされ、宙を舞う。


「え? あ、がッ、ギぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!?」


 凄まじい絶叫が森中に響き渡る。


 男の両腕が鮮血を撒き散らしながら地面に落ちた。

 握っていた自爆用の水晶玉は砕け散り、無数の欠片となって周囲に飛び散る。


「うっ……ぐっ……ああ……ああああッ!!」


 男は自分の身体から流れ落ちる夥しい量の血潮を見て絶望した。

 両腕を失い、右足を貫かれ、もはや為す術もない。


「まったく……死に際の悪あがきっていうのは誰も彼も似たようなものね」


 アウローラは呆れたように溜息をつくと、地面に転がる血まみれの男を見下ろした。


 その表情には一片の同情も憐れみも存在しない。


 あるのはただ、道端のゴミを見るような無関心さだけだった。


「ちぐじょう……っ」


 失血と激痛で意識が遠のく中、男は地面に倒れ伏す。

 枯れた草葉を噛みしめ、嗚咽交じりに唸ることしか出来なかった。

 涙腺からは熱い雫が溢れて止まらない。


「っ……神よ……なぜ我々を、お救いくださらなかったのですか……?」


 掠れる声で祈るように呟く。


 それは絶望の淵から発せられた哀願にも似た問いかけだった。

 しかし応える者はいない。

 耳に聞こえるのは己の弱々しい息と土を踏む音。


 そして……。


 ――スパンッ! と。


 何かを切り裂くような風切り音の後に、男の視界がくるくると回転した。

 一瞬遅れて、自分の首が刎ね飛ばされたのだと理解する。


(ああ……)


 成すべきを成したという達成感を得ることも、己の信念を貫くことも出来なかった。


 ただ無為に殺された。

 邪魔な羽虫を払い落とす程度の感覚で。


 神の名において裁く側にいたはずの自分が、何の感慨もなく殺されるなんて……。



 ――これが、俺の罰なのか……?



 急速に遠ざかる意識の中で男は思った。

 しかし次の瞬間には何もかもが闇に溶けて消える。




 血塗られた暗殺者の人生はそこで終わりを迎えた。







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