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魔王と相討って10年。異世界へ死に戻ったら、ヤンデレ美女に成長した義妹の俺への執着がヤバいことになっていた。  作者: 甥の子
死に戻り3日目

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汝、英雄となれ。

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更新の励みになりますので

 騎士団支部には訓練施設だけでなく、職員の心身の健康のために造られた娯楽やリラクゼーション施設も多く存在する。


 そのうちの一つがこの大浴場だった。


 浴場は広々としており、湯船には傷を癒やす効能のある薬草が浮かんでいた。

 騎士たちにとっては日常的なケアの場でもあったが、今はソラとアウローラの二人しかいない。


 ちなみに二人がいる場所は女湯だったが、アウローラが他の利用者を無理やり追い出し、ソラを引っ張り込んだのだ。


 聖騎士の権威を無駄に利用した横暴だった。



「はぁぁぁ……気持ちいい」


 湯煙の中でアウローラが満悦の表情を浮かべた。

 牢で冷えた身体に温かいお湯がじんわりと染み込んでいく。


 白磁のような肌にしっとりと水滴が光り、紅色の髪は湿気を含んで艶めいていた。


 アウローラは手足を伸ばし、全身をゆったりと湯船に沈めると、傍らの少年へと視線を向ける。


 ソラは先ほどから黙ったまま湯船の縁に背中を預けて座っていた。


「あの……兄様?」


「ん?」


「もしかして機嫌が悪いですか?」


「…………別に」


 ソラは否定したが、それは嘘だとすぐに分かった。


 口数が少ないのもそうだが、何よりその態度だ。

 普段のソラならもっとアウローラの身体に興奮してくれるというのに―――


「強引に女湯に連れ込んだのを怒っているんですか?」


「いや、それについては眼福なんでむしろありがとうございます」


 ……いいんだ。

 なら風呂は今後もずっと一緒に入ろう。


 まぁそれはさておき、


「なら兄様はさっきから何に怒っているんですか?」


「…………」


「兄様」


 ぐっと顔を近づける。

 目と鼻の先に愛しい主の顔がある。


 迫ってくる視線に根負けしたのか、ソラが溜息をついた。



「……ああ、そうだな。正直俺は怒ってる。というか、アーラ。お前の方こそキースから侮辱を受けた時、なぜ怒らなかった?」


「はい?」


 アウローラが首を傾げる。


 ……侮辱と言われても。

 はて。

 そういえば、この小さな主は先ほどヴァイルシュタインに食って掛かっていたことを思い出す。


 侮辱してくれるな、と。

 そう言っていた。


 その気持ち自体はもちろん嬉しい。

 何故ならそれだけ自分が、目の前の少年に大事にされていることの証明だから。


 しかし、アウローラ自身はというとヴァイルシュタインに対して一欠片の怒りも覚えなかった。


 何故というのならば、それは―――


「だって、あの男の発言は正しいものだったから」


「――――――」


 アウローラの告白にソラは絶句する。

 それから不快感も露わにアウローラを睨みつけた。


「本気で言っているのか? アイツはお前に死んでおけば良かったのにと、そう言ったんだぞ? これほど明確に侮辱されておきながら、それでもなお、お前の心は動かなかったと?」


「私が怒る道理はありませんから。たとえ世界中の人間に質問を投げても誰もが同じ答えを返すことでしょう。あの時、生き残るべきだったのは私ではなく貴方の方だったと。その結論に対し私は異を唱えるつもりはありません」


『煌』に至った魔術士は、人の領域を超える力を得た代償に例外なく人間としての機能のいずれかを失う。


 しかし、それとは関係なくアウローラは自分が人間として壊れた欠陥品であることを理解していた。


 アウローラには人の気持ちが解らない。

 主以外の他人の命なんて心底どうでもいいし、普通の人が培う倫理や道徳も彼女の中には存在しない。


 それでも、ただ一つ。

『聖王』カイラードの命は自分のそれよりも遥かに重いということ。


 その一点だけは共感出来たから。


「……ごめんなさい、兄様」


「何に対しての謝罪だ、それは」


「それは……」


 アウローラは言いよどむ。

 正直なところ、自分でも何に謝っているのか良く解っていない。

 ただ目の前の主の怒りを鎮めたかっただけの中身のない謝罪。


 それを理解してのことなのか、ソラは追及せず濡れた髪をガシガシと掻き上げる。


 それから心中の苛立ちを吐き出すように大きく息を吐いた。


「……別に責めてるわけじゃない。そもそも、お前や他の誰かが自分の思い通りにならなかったからといって、それをどうこう言う権利なんて俺にはないんだから」


「そんなことは……」


「あるよ。心っていうのは自由なものだから。行動や発言に制約はあれど、何を想い、何を感じ、何を考えるかは個人の自由。誰にも触れられず誰にも束縛されない、自分だけの大切なものだ。けど、その上で言わせてもらうなら……俺は俺が大事に思うものを、お前にも大事にしてほしかった」


「…………」


「俺はお前のことが大事だよ。自分の命を差し出しても惜しくないくらいに大切で、特別な存在だったよ。慕ってくれるのは素直に嬉しかったし、頼られるのは誇らしかった。……でも、依存してほしかったわけじゃない」


 今のアウローラの在り方は以前よりもさらに危うくなっていた。


 己の主君に絶対の忠誠を誓う騎士。

 言葉にすれば美しいが、彼女の場合はそれが行き過ぎている。


 アウローラがソラに向ける感情は、親愛や恋慕、尊敬・忠節・執着・情欲・信奉その他諸々をドロドロに煮詰めたマグマのようなものだった。


 そして、その感情は全てソラだけに向けられていて、それ以外のものにアウローラは価値を感じていない。

 その中にはきっとアウローラ自身の命や尊厳も含まれるのだろう。


 たった一人の存在だけが心の全部を占めて、それがなくなれば空っぽになってしまうなんて。


 そんなのは、あまりにも寂しい生き方だとソラは思う。


「本当に俺以外にいなかったのか? お前にとって大切な人。お前の味方になってくれる人。俺のいないこの10年、生きて、暮らして。誰かと触れ合い、何かを護って。望む明日を生きたいと、ほんの少しでも思わなかったのか?」


「……さぁ、どうだったんでしょうね」


 主の問いかけに曖昧な返事を返す。


 アウローラにとって主以外の人間は全て『他人』でしかなかった。

 彼を喪ってから、生きる意味も目的もなくなった。

 この10年ずっと、アウローラの中にあるのは後悔だけだった。


 けれど、それでも―――





 ―――『一緒に戦おう、アウローラ』。





「………?」


 そんな声が脳裏に響いた。


 かつて、そう言ってくれた誰かがいたような気がするけれど。


 あれは一体、誰の言葉だっただろうか……?



「……なぁアーラ、俺はお前に生きてほしかった。俺が行けなかった場所に行って、俺が出会えなかった人と出会って――その先を生きて、笑ってほしかった。幸せになってほしかったよ。たとえそこに俺がいなかったとしても」


 ソラは知らず知らずのうちに拳を握りこんでいた。

 震える拳は悔しさか、それとも憤りなのか。


 少なくとも最初に出会った時の彼女は『こう』ではなかった。


 極寒の地獄の中で、たった独りでも生き足掻こうとする気高い魂を持っていた。


 その強さにかつての自分は焦がれ、背中を押してもらったけれど。


「俺と一緒に過ごしたせいで、お前の心が弱くなったというのなら、俺はお前を………」


「――っ、兄様!!」


 ばしゃりと、水音が上がった。


 アウローラは浴槽の縁に手をかけ、自身の身体との間にソラを閉じ込める格好で身を乗り出す。

 互いの視線が合い、彼女の豊満な胸が少年の胸板の上で潰れた。


 主が何を言おうとしていたのかはわからない。


 ただ、その先を聞きたくなくて、アウローラは咄嗟に少年に飛びついていた。


 喜びも幸福も、自分の持つすべては主がくれたもの。

 彼が与えてくれたものだけが、アウローラにとって掛け替えのない宝物。


 だから、先ほどの続きが『一緒に居なければ良かった』とか、そんな意味のものだったとしたら。


 そんなのは絶対に―――


「聞きたくない。どうでもいいよ、貴方のいなくなった後の話なんて。ここには兄様がいて、私がいる。それだけでいいじゃないですか……。兄様が望むなら私誰が相手だろうと殺しますよ? 貴方のことは私が護る。だから……ね? ずっと一緒にいましょう? 永遠をともに生きることが出来ないのなら、せめて最期の瞬間まで傍に置いてください。貴方の腕の中で死ぬことが出来るなら、きっと私は後悔しないから」


 懇願するようにすがりつく。

 甘えた声で情欲を煽る。


 彼は優しいから。

 情を交わした相手を簡単に切り捨てることなんて出来ないから。


 そのことをアーラはよく知っていた。


「……ごめん。確かにこんな場所でするような話じゃなかったな」


 宥めるようにソラはアウローラの頭を撫でる。

 そして、そのまま彼女の身体を自分の上からどかした。


 少年は空気を切り替えるため、まぁ、と前置きし、


「ともかく俺はお前が『偽焔の騎士』だの『死ぬべきだった』だの蔑まれてるのが気に食わない。言った通り、俺にとってお前は王を護れなかった不忠者ではなく、王の最期を看取った忠義の士だ。そんなお前の現状の評価は必ず覆す」


「……どうやって、ですか?」


「封印されている『魔王』を殺す」


 端的にソラはそう宣言した。

 その言葉には強い決意が宿っている。


「理性的なキースですらああだったんだ。恐らくお前の汚名は相当根深く広まってるんだろう。真っ当に騎士としての義務を果たしてるだけじゃそれを雪ぐことは難しい。だから新たな偉業をもってその汚名を雪ぐのではなく、塗りつぶす。『魔王』を殺すことは俺にも出来なかったことだ。それを成したならば、お前を『偽物』と呼ぶ者は誰もいなくなる」


 そう言って、ソラはアウローラの肩に手を置き、その瞳をまっすぐに見据えた。


「だから、アウローラ=ヴァン=エヴァ―フレイム。我が騎士よ。お前が『魔王』を殺せ。そしてお前は今度こそ――『本物』の英雄となるんだ」



「……仰せのままに」



 ソラの言葉に、アウローラは頷く。


 正直、汚名だの侮辱だのはどうでもいいけれど。

 彼がそう望むなら、アウローラとしては全霊を尽くすだけ。




 ただ――彼が出来なかったことを自分が成せるとは、アウローラにはとても思えなかった。








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