侮辱してくれるなよ
引き続きフェリシア視点です
「………はあ?」
アウローラ様がつまらない冗談を聞いたとばかりに眉を顰めました。
しかし、ヴァイルシュタイン卿はまるで意に介さず淡々と言葉を紡ぎます。
「聞こえませんでしたか? エヴァーフレイム、君を餌にする。ラルクスの壁外へ敵勢力を誘い出し、そこで一掃する。これが最も効率的かつ確実な方法です」
ヴァイルシュタイン卿の無表情な肯定にアウローラ様は鼻で笑います。
そこへセリア様が割って入りました。
「しかし、ヴァイルシュタイン卿。アウローラを囮にしたとして、それに連中が食いつかなければ意味はないぞ。見込みはあるのか?」
「今回の襲撃犯、あるいは今もこの街で息を潜めている者たち。敵が元からラルクスに潜伏していたとするならいささか数が多すぎる。恐らく敵は最近になって外部からこの街へ侵入してきたのでしょう。もちろん侵入を手引きした者はいるでしょうが」
「そうだな。タイミングはアウローラが結界を破壊した時だろう。この街は常に結界に覆われていて、通行門には常に衛兵が常駐している。誰にも気づかれずに侵入するとしたらそこしかない」
「結界が破壊されたのは彼らにとっても突発的な偶然です。そんな行き当たりばったりの侵入であれば満足な隠れ家も用意できていないでしょう。昨日の襲撃が失敗し彼らも焦っている。リミットは結界が修復し、再度展開されるまで。それを過ぎれば街からの脱出も難しくなる。その前にケリをつけて、街を去りたいと考えてるはず。彼らの最大目標であるエヴァーフレイムを餌にすれば街の外への誘引は充分可能でしょう」
「――――――」
セリア様が腕を組んで黙考します。
ヴァイルシュタイン卿の提案を吟味しているのでしょう。
私の目にも現実的な策ではあると思いました。
少なくとも騎士団総動員での捜索よりも市民へのリスクは低い。
ですが、それは囮であり餌でもあるアウローラ様の危険を全く考慮していない作戦です。
私はチラリとアウローラ様に目を向けます。
彼女は心底どうでもよさそうに、じっとヴァイルシュタイン卿に視線を注いでいました。
「……あのさ、ヴァイルシュタイン。貴方、私がそんな面倒なことをすると思うの?」
「逆に問いますが、君に拒否権があると思っているのですか? この騒動の原因は君にある。結界を破壊したことだけを言っているのではありませんよ。そもそもの話――君が聖剣を受け継いでさえいなければこんなことにはなっていなかった。違いますか?」
「――――――」
ヴァイルシュタイン卿の言葉に場の空気が凍りつきます。
私は固唾を飲みました。
これ、アウローラ様激怒して暴れるんじゃね? と。
何を命知らずなことを言っちゃってくれますか、このクサレ〇〇〇は。
地雷をタップダンスを踏み抜くようなものですよ?
セリア様は何も言わず、ソラ様もまた二人の会話を黙って見守っています。
後ろのエイベル騎士はなんかアワアワしていました。
そして当の本人はというと―――
「そうね」
あっさりとヴァイルシュタイン卿の言い分を認めました。
「貴方の言う通りだわ、ヴァイルシュタイン。全ての元凶は私にある。私が10年前、兄様を護れてさえいればこんな事にはなっていなかった。だから貴方も、私にさっさと死んで来いとそう言いたいのかしら?」
「聖天教の暗部ごときに君の相手が務まるとは思っていませんよ。それこそ『災害殺し』でも出てこない限り、何人いようと君の敵ではない。ただ、私個人の意見を言うなら、仮に聖剣が聖天教の手に渡ったとしても、それで良いとさえ考えています」
「へぇ、貴方はアイツらに聖剣が相応しいと? 街中で子供を巻き添えにしてでも私を殺しに掛かってくるようなあのイカれた連中に?」
「巻き込まれた彼には同情しますが、一枚岩の組織なんて存在しない。組織が巨大になれば猶更です。聖天教の一部が過激で狂っているのは否定しませんが、彼らの根底にある『人を助け、護る』という教義。その一点だけは信用できる」
その『人』の定義が狭いのですけどね、彼らの場合。
いえ、今はその話は関係ありませんか。
「エヴァーフレイム。強い力には強い意志が伴うべきだ。ましてや聖剣は人魔大戦を終わらせ、世界に平和をもたらした『秩序の象徴』。決して君のような信念も覚悟もなくただ力を振り回すだけの人間が持っていて良いものではない」
「だから大人しく餌になって奴らに殺されろと? 貴方の言う『秩序』とやらのために?」
「先ほども言った通り、彼らに君を殺すだけの力はない。しかし、仮にそうなったとしても問題はないでしょう? 元より君は10年前のあの日からずっと死にたがっていたのだから」
「……………」
ヴァイルシュタイン卿の仰ることは正しかった。
アウローラ様は10年前、聖王カイラード陛下を喪って以降、死ぬ理由を求めていました。
彼女が自ら命を絶たず、今日まで生き永らえていたのは聖王陛下から生きろと命じられたからに他なりません。
ですが―――
「それもその通りね。でも今は違う。生きる理由がある。一緒に生きたいと思える人も。その人がいる限り、私は他人のために身を削るつもりも、殺されるつもりもないわ」
そう言ってアウローラ様は隣に座るソラ様の肩を抱き寄せます。
ソラ様は苦笑しつつ、それを受け入れていました。
「……なるほど。君はもう『次』の依存先を見つけたというわけですか。生きる理由があるのは結構。ですが、今の君を見て聖王陛下は果たして何を思うのでしょうね」
以前までならいざ知らず、今のアウローラ様を言葉で動かすことは出来ません。
ヴァイルシュタイン卿も説得は無理だと判断したのでしょう。
ゆえに彼は攻め方を変えます。
すなわち、聖王陛下を護れなかったという、アウローラ様の唯一最大の罪悪感を突く方法へと。
「主君の命を犠牲にしてまで護られておきながら、課せられた義務を放棄することに何の痛苦も抱かないというのであれば、やはり10年前に生き残るべきは君ではなかった。ああ、陛下も本当に――無意味なことに命を投げ棄てられたものだ」
ああ、ですがヴァイルシュタイン卿。
それは悪手です。
だって――この場には、その張本人がいるのですから。
「ほざくなよ、キース。その死の際に立ち会うことすら出来なかった者が、よくもそんな口を叩けたものだ」
幼さの残る、未だ声変わりすらしていないであろう少年の声。
しかし、そこには途轍もない重みがありました。
ヴァイルシュタイン卿はソラ様へ視線を向け、
「どういう意味ですか、ソラ君?」
「言葉通りの意味だ。あの場所にいなかったお前に、あの時のことをとやかく言う権利はない」
ソラ様の声が室内に冷たく響きます。
黒い瞳に宿るのは静かな憤怒。
「キース=アウグスト=ヴァイルシュタイン。聖王国黎明の頃より続く強化魔術の名門・ヴァイルシュタイン家の血族。お前のことは知っている。お前が打ち立てた輝かしい戦歴も、師団長という肩書が決して軽いものではないということも。だが、お前が持てる権力と戦力を総動員したとしてもコイツに勝つことは出来ない。それが『煌』の魔術師だ。あの戦いでお前がお前の為すべきことを果たしたように、アーラもまた己の責務をきちんと果たしていた」
「……まるで見てきたように言いますね。では訊きましょう。あの時、主君の命を護れなかった彼女が果たした責務とは、一体なんですか?」
「王の最期を看取り、王の心を救ったこと」
ヴァイルシュタイン卿の問いに、ソラ様は真っ直ぐに卿を見据え、一切の迷いや躊躇いもなく、はっきりと告げます。
その断言にヴァイルシュタイン卿が押し黙りました。
「それはお前たちの誰にも出来なかったことだ。戦う者として死は当然覚悟の上。でも、俺は独りで死ぬのは怖ろしいよ。それは聖王も同じだった。死にゆく中でアーラが傍にいてくれたことは彼にとって何よりの救いだった。だから――あまり侮辱してくれるなよ」
―――俺の騎士を。
そう、言外に言い放ちました。
ヴァイルシュタイン卿は何か反論しようとしたのでしょうが……口を閉ざし、やがて軽く嘆息します。
「……ソラ君。先ほどまでは流していましたが、初対面の目上に対し『お前』や呼び捨ては非礼ではありませんか?」
「む。それは……その通りですね。失礼しました、ヴァイルシュタイン卿」
ヴァイルシュタイン卿のもっともな苦言に素直に謝るソラ様。
まぁ、今のソラ様は何の権威もないただの子供ですからね。
ヴァイルシュタイン卿もそんなソラ様の態度に、ふっ、と苦笑して、
「ですが……そうですね。こちらも非のある発言でした。前言を撤回しましょう。申し訳ありませんでした、エヴァ―フレイム」
そう言ってヴァイルシュタイン卿はアウローラ様に対し静かに頭を下げました。
アウローラ様は腕を組んで「……別に」とそっぽを向きます。
……子供ですか、貴女は。
「とはいえ……話が逸れましたが、このままでは事態は解決しないのは事実。ソラ君、君はエヴァーフレイムを囮にすることは反対ですか?」
「いや? 卿の言い分がムカついただけで、作戦自体は全然アリだと思ってるよ」
「「「「「え?」」」」」
ソラ様の発言にこの場にいる全員が肩透かしを食らいます。
当のアウローラ様ですらその反応。
セリア様が代表して問いを投げました。
「ソラ……その心は?」
「ヴァイルシュタイン卿の言う通り、このままじゃ事態は解決しないし、アーラなら敵が何人いようと負けない。だって――アウローラ=ヴァン=エヴァーフレイムは俺が選んだ『最強』だから」
そこでソラ様が横のアウローラ様に視線を移します。
そして、
「アーラ。頼むよ」
「……はい! お任せあれ!」
「おいおい……」
主の一言であっさり翻心するアウローラ様にセリア様が呆れ混じりのため息を吐きました。
いえ、私も同じ気持ちですけどね?
……まあ、そんなわけでアウローラ様を餌に聖天教の残党を殲滅することが決定したのでした。
なんなんでしょうか、この茶番は。




