提案
よろしければ評価・ブックマークをお願いします!
モチベーションが上がりますので、、、
皆さま、こんにちわ。
アークレイ家に仕える忠実なるメイド、フェリシアでございます。
私たちは現在エイベル騎士の案内の下、師団長室へと向かっております。
まさか問題を起こすなと言ったその日の内にこれほどの大事件に巻き込まれるとは……。
あれでしょうか?
推理小説の探偵が行く先々で事件に遭遇するのと同じように、英雄の元には常に厄介ごとが舞い込んでくるものなのでしょうか?
だとするなら私は一生凡人のままで結構ですね。
自分から進んで厄介ごとに関わるなんて絶対に御免です。
ただでさえメイドとしての本業で忙しいのですから、これ以上仕事を増やさないでほしいものです。
とはいえ。
文句を言っているだけでは事態は好転しないのが現実というもの。
主であるセリア様がお二方……いえ、ソラ様の味方をすると決めた以上、私も従者として尽力せねばなりません。
「こちらです」
と、そんなことをつらつら考えていると、案内役のエイベル騎士が最上階フロアの通路の奥――いかにも重厚そうな扉の前で立ち止まり、声を掛けてきました。
「この部屋で団長はお待ちです。皆様、よろしいでしょうか?」
「ああ」
セリア様が代表して頷き、エイベル騎士が室内に向かって声を掛けます。
「失礼します。第六分隊隊長ミリアリア=エイベルです。客人をお連れしました」
「ご苦労。入りなさい」
「はっ」
エイベル騎士が扉を開けて横へずれ、セリア様を先頭に私たちは部屋へと入ります。
そこは騎士団の長のものにしては簡素な造りの部屋でした。
太陽と竜と剣が描かれたアルカディア聖王国の国旗。
それが壁に飾られてる以外は執務机と椅子、そして来客用のテーブルがあるだけというシンプルなもの。
そんな部屋の中心にあるテーブルを挟むように置かれた二つのソファー。
その一つに腰掛ける人物こそが―――
「ようこそ、アークレイ伯爵。まずは謝辞を。ご足労をおかけして申し訳ない」
「いいや、ヴァイルシュタイン卿。こちらこそ今回の件についてはご迷惑をおかけした」
ソファーから立ち上がり、こちらへと近づいてくる男性と握手を交わすセリア様。
鋭い眼光に厳格そうな面立ち。
左頬には大戦時に負ったという大きな傷跡。
彼こそがアルカディア聖王国の誇る第十七師団団長キース=アウグスト=ヴァイルシュタイン卿。
常に冷静沈着で堅実な偉丈夫。
丁寧な言葉遣いとは裏腹に『剛斧』の銘を与えられた歴戦の大騎士であり、そして―――
「――――――」
かの人魔大戦を『聖王』カイラードと共に戦い抜いた盟友の一人でもあります。
ソラ様は10年ぶりに会うかつての戦友に懐かしさを覚えたような表情で。
アウローラ様はそんなソラ様をねっとりとした視線で見つめていました。
……ところで、彼女はソラ様を主としてでなく弟子として扱うという設定をきちんと覚えているのでしょうか?
ここで不用意な発言をするほど愚かでもないと思いますが、どうにも信用しきれないんですよね、この狂犬女。
私が密かに警戒する中、ヴァイルシュタイン卿がアウローラ様を一瞥し。
「君も久しぶりですね、エヴァーフレイム。昨日は災難だったようで」
「……何が災難だ、他人事みたいに。お前たちの防備が甘かったせいでとんだとばっちりだ」
「防備が甘くなったのは君が街の結界を破壊したからでしょう。自業自得です。それに関して非難される覚えはありませんね」
「…………」
言い返すことができず不服そうに押し黙るアウローラ様。
しかしヴァイルシュタイン卿は特に気にすることもなく話を進めます。
「まぁ、その話は後日改めてでいいでしょう……アークレイ伯爵、そちらの少年が例の?」
「ああ、アウローラの弟子だ。色々と事情のある子でね。今は彼女に預かってもらっている」
「……そうですか。貴女がそう言うのであれば深くは訊きませんが、あのエヴァーフレイムに弟子とは……。実際この眼で見ても俄かには信じがたいですね」
ヴァイルシュタイン卿が目を細めながらソラ様を見つめます。
まあ、この10年前抜け殻も同然となっていたアウローラ様を知るヴァイルシュタイン卿からすればその疑問も当然でしょう。
けれど、ヴァイルシュタイン卿はそれ以上詮索することはなく、ソラ様へと向き直り、
「初めまして、ソラ君。私はキース=アウグスト=ヴァイルシュタイン。アークレイ伯爵やエヴァーフレイムとはそれなりに長い付き合いになります」
「ソラです。……初めまして、ヴァイルシュタイン卿。会えて嬉しいです」
「ほう。エヴァーフレイムの弟子にしては礼儀正しい。彼女にそんな情操教育が出来るとは思えませんので、恐らくは君自身の性根が良いのでしょう。今後も捻くれることのないように」
差し出された手を握り返すソラ様に、ヴァイルシュタイン卿は感心したように言います。
アウローラ様は「ちっ」と舌打ち。
「余計なことを言うな、ヴァイルシュタイン。挨拶が終わったのなら兄……その子から手を離せ」
「随分と彼を大事にしているんですね、エヴァーフレイム。それとも機嫌が悪いだけなのか。牢で一晩過ごしても頭は冷えませんでしたか?」
「おかげさまで。まさか善良な市民を襲ってきた馬鹿どもを返り討ちにしただけで牢屋にぶち込まれるとは思わなかったよ。手厚い歓迎に血管がぶち切れそうだ」
「当然の措置でしょう。返り討ちにするにしてももう少しキレイな殺り方というものがある。飛び散った肉片を片付けて周囲を洗浄するのも楽な仕事ではない。君が壊した街の結界の修復作業もあって現場の人間は勿論、私も一昨日からほぼ徹夜なんですよ」
「知ったことか。それがお前たちの仕事だろう」
「その仕事を増やしてくれるなと言っているんです。外敵から街を守るのは確かに私たちの仕事ですが、内側から食い破られてはたまったものじゃない。どんなトラブルにも対処できるほど私たちは万能ではない。いくら聖騎士といえど分別は弁えてほしいものですね」
「――あー、二人とも?」
と、二人のやり取りを見ていたセリア様が険悪な空気に割って入りました。
「話の腰を折って悪いが本題はそこじゃないだろう? ヴァイルシュタイン卿、まずは昨夜の襲撃事件について話を」
「……失礼、アークレイ伯爵。つい話が逸れてしまいました。どうぞこちらへ」
「……フン」
セリア様の仲裁にヴァイルシュタイン卿が謝罪し、アウローラ様も不承不承といった風に引き下がりました。
部屋の隅で控えているエイベル騎士が露骨に安堵しています。
ええ、本当に心の底から同情しますよ。
私はバレないよう密かにため息を吐きつつ、セリア様たちがソファーに座るのを確認した後、その後ろにつきます。
あ、当然主人と同じ席に座るようなことはしませんよ。
メイドですからね。
「さて。先の襲撃事件ですが……襲撃犯たちは聖天教の暗部を名乗っていた。彼らの目的はエヴァーフレイムを殺害し、『聖剣』を奪うこと。まずはその認識で間違いはありませんか?」
ヴァイルシュタイン卿が切り出すと、アウローラ様は肩を竦め、
「ああ、連中の一人はそう言っていたな」
「それがブラフという可能性は? たとえば聖天教の敵対組織が罪を擦り付けるための陽動という線」
「さあ? その辺りのことを考えるのは私の仕事じゃない。ただ今回の襲撃にはそこそこの手練れが混じっていた。聖天教の戦士の戦い方は見たことがある。連中の動きはそれとよく似ていたよ」
「なるほど……。こちらが得た情報と合わせてそれなりに信憑性はあるというわけですね」
顎に手を当て考えこむヴァイルシュタイン卿。
そんな彼にセリア様が問いかけます。
「ヴァイルシュタイン卿、襲撃犯についてはその後何か判ったことがあるのか?」
「ええ。今回の襲撃犯は全部で15人。リーダーと思しき男の名はグリフィス=オルクリスト。聖天教第三戦師団第九グループの副長を務めていた男です。8年前、ある作戦の行動中に死亡したとされていた人物ですが、裏で生き残り、その後暗部として活動していたというわけです。全員の調べがついたわけではありませんが、他14人もまぁ似たようなものでしょう」
「ふむ……。ところで貴方はどう考える? アウローラを殺し、『聖剣』を奪う。それが聖天教上位の意志なのか、もしくは襲撃犯たちによる暴走なのか」
「十中八九後者でしょう。上位の命というには今回の襲撃はあまりにもお粗末だった。加えて言うならエヴァーフレイムは『聖剣』を使い『魔の森』の瘴気を浄化するという最低限の機能は果たしている。その彼女から聖剣を奪い、現状の均衡を崩すリスクを許容できるほど聖天教の老人たちは勇敢ではない。とはいえ聖剣を奪還するのは彼らの悲願であることは事実。当然、水面下では次代継承者の選定は続けているでしょうが」
ヴァイルシュタイン卿の言葉に同意とばかりに頷くセリア様。
聖天教にとっての悲願である『聖剣』の奪還。
アウローラ様の中に『聖剣』が在る以上、事実上それは不可能です。
ですが、聖天教がそう簡単に諦めるとも思えない。
次代継承者の発掘と選定は続き、いずれ再びアウローラ様を狙ってくることは目に見えていますが……。
「くふっ、ふふふ……。我が王を差し置いて『聖剣』の次代とは。そんな奴がいるというなら、ぜひとも会ってみたいな」
堪えきれず、といったふうにアウローラ様が嗤いを零します。
その笑みは見る者の背筋を凍らせるような酷薄で凄惨なものでした。
――見つけたら無惨に殺してやる。
そんな心の声がダダ漏れの、殺意に満ちた声。
室温が数度下がったような悪寒。
セリア様や歴戦の猛者であるヴァイルシュタイン卿はともかく、エイベル騎士など全身が震え上がっていました。
私ですか?
正直言って漏らしそうです。
……ああ、替えの下着を持ってこなかったことが心底悔やまれます。
「――アーラ。殺気が漏れ過ぎ」
けれど、そんな空気も一瞬のこと。
穏やかな、あるいは呑気な声音でソラ様がそう告げました。
ソラ様が宥めるようにアウローラ様の手を取ると殺気は霧散し、彼女の表情がだらしなく緩みます。
その豹変ぶりにはさすがのヴァイルシュタイン卿も目を剝いていました。
「……驚きましたね。たった一言で彼女がこうまで大人しくなるとは。ソラ君、君は―――」
「――ヴァイルシュタイン卿」
セリア様が鋭い声でヴァイルシュタイン卿の意識を引き戻しました。
彼の視線がソラ様から外れ、セリア様へと向けられます。
「話を続けよう。現状の確認が済んだなら、次にやるべきは具体的な対策を講じること。今回の件、襲撃犯が15人だけとは限らない。恐らく残党はまだこの街にいる。昨日の奴らは多少節度があったようだが、街中で再び戦闘になれば今度は住民に被害が出てもおかしくない。貴方も二度目をむざむざやらせるつもりはないんだろう?」
「……そうですね。ですが、残党の戦力規模も所在も現状では不明のままです。これ以上の情報を探ろうにも昨日の襲撃犯たちはエヴァーフレイムが皆殺しにしてしまった」
「戦力規模で言えば決して大きくはないだろう。奴らには組織的なバックアップがない。であればこれ以上の増員は無いはず。昨夜の段階でアウローラが既に15人も殺しているんだ。残党の数はそう多くはないんじゃないか?」
「アークレイ伯爵。確かに戦力的に言えば彼女一人いれば残党の殲滅など容易でしょう。しかし、問題は敵の数よりも敵の姿が見えないことです。この支部の全騎士たちを動員させれば捜索自体は不可能ではありませんが―――」
「ラルクス内で部隊を大規模展開するということなら却下だ。敵は暗殺に特化した部隊。たとえ騎士たちを動員しても見つけ出すのには時間がかかるだろうし、追い詰められた連中が何を仕出かすか分からん。最悪、市民を巻き込んで自爆でもされたらことだ」
「ですが放置しておくわけにもいきません。こちらから打って出ない限り事態の収束は叶わない。貴女の言う通り、二度目はある」
「……だからといって、」
ヴァイルシュタイン卿との問答にセリア様が苦い顔を浮かべます。
確かに彼の言う通り、このままでは事態の解決は見込めません。
敵に損害が出ている以上、このまま何事もなく終わりということはないでしょう。
通常の部隊であれば作戦遂行が不可能なほどの損耗を負ったら撤退しますが、敵は宗教。
損得勘定で動く相手ではないのですから。
はたしてどうすれば………。
「……一つ、策がないでもありません」
「策? どんな内容だ?」
不意にヴァイルシュタイン卿が口を開き、セリア様が眉をひそめます。
彼はアウローラ様の方に視線を向け、
「エヴァーフレイムを餌に敵をラルクスの壁外へ誘引し、殲滅しましょう」
淡々と冷酷に。
そんな提案を口にしました。