いや牢屋ん中っ!!
ストーリーの路線変更を行います。
それに伴い、いくつかエピソードを削除しました。
最後まで読んでいただいた方、混乱させて申し訳ありません、、、
「はい、兄様。あーん」
「あーん……」
差し出されたパンを素直に口にする。
もぐもぐ。
何の味付けもない質素なパンは固くて粉の味しかしなかった。
「美味しいですか?」
「……口の中がパサパサする。水分が欲しい」
「はい、どうぞ」
今度は水差しの水をコップに注いで飲ませてもらう。
ごくごく。
「くふふっ……♪」
何が楽しいのか、アーラはさっきからニコニコしながら俺に食事を与えてくる。
俺もまぁ美人のお姉さんにベタベタに世話してもらうのは気分が良い。
なんなら最高の気分のはずなんだけど……
「……………」
周囲を見回す。
薄暗い室内。石造りの壁。そして重々しい鉄格子。
「いや牢屋ん中っ!!」
俺のツッコミが牢屋の中に虚しく響く。
アーラはお姉さんぶって口元に指をあて、しーっ、とジェスチャー。
「はしたないですよ、兄様。食事は静かに摂るものです」
「やかましいわ。いやお前これどういうこと? 普通に牢屋にぶち込まれてんじゃん。あれだけ自信満々に言ってた『聖騎士』の立場とやらはどこに行ったの?」
「…………」
バツが悪そうに視線を逸らすアーラ。
おいこら。
都合が悪くなるとダンマリ決め込むのは相変わらずか。
「お前の言葉を鵜呑みにした俺が馬鹿だった。まさか普通に牢屋にぶち込まれることになるなんて……」
「あ、あれは軍の奴らの融通がきかな過ぎたのです! 本当ならこんなことにはならなかったはずなんです!」
恨みがましく言うと、アーラがわたわた言い訳し始める。
うん。その仕草は可愛いけども、今この状況ではあまり慰めにはならない。
「……はぁ」
饐えた臭いと、冷たい石床の感触に思わずため息が出る。
窓の外から差し込む明りだけが唯一の光源であるその空間には俺とアーラの姿しかない。
俺たちが牢屋に入れられて一夜が明けた。
ここに訪れる者は今のところいない。
きっと今頃外ではアウローラが作り上げた死体の山を前にてんやわんやになってるんだろうが……
「それにしても牢屋に入れられたのなんて前世を含めても初めての経験だな……」
「何事も経験ですよ、兄様。貴重な初体験ができたと思いましょう」
「いや世の中にはしなくていい経験というのもあるからな?」
ポジティブシンキングにも限度があるんよ。
「それにしてもお前、やたら呑気だな。こんな状況なのに悲壮感がないというか。もっとこう……焦ったりとかしないの?」
「ええまぁ、正直焦るまでもないというか……。さすがに魔具は取り上げられましたが、魔力を封じられているわけではありません。その気になれば脱獄なんて簡単ですし。お望みとあらばすぐに実行しますが?」
「するなするな。これ以上騒ぎを大きくしてお尋ね者になるのは御免だ」
……まぁ、牢に入れられてる時点で手遅れな気がしないでもないけど。
「なら兄様だけでもここから出すよう言ってみますか? 実際奴らを斬ったのは私です。兄様は巻き込まれただけという形にすれば恐らく出られると思いますよ?」
こてんと首を傾げるアーラ。
正直、魅力的な提案ではあるけど……残念ながら始めからその選択肢はない。
「やめとく。お前に斬れと命じたのは俺だ。剣が何を為そうとその責任は持ち主にある。ここを出る時は二人一緒でだ」
アーラが首を傾げた姿勢のまま一瞬だけ止まる。
それから嬉しそうに笑った。
「……くふふっ」
「なに?」
「いえ。兄様のそういうところ変わってないなと思いまして。やっぱり私、兄様に拾われて良かったです」
「……………」
トロンと。
蜂蜜を砂糖で煮詰めたような甘い声でアーラはそんなことを言う。
当たり前のことを言っただけなのに、なぜそんな反応をするのか。
「まぁ何にせよ、とりあえず今は大人しくしておこう。どうせここを出るのにそう時間はかからないだろうし」
「? なぜです?」
「俺たちを襲った『聖天教』の暗部。アイツらが余程のアホでない限り死体から聖天教に繋がる証拠なんて出てこないさ。恐らくアイツら自身も元々戸籍がないか、もしくはとうの昔に死んだことになってる人間だろう。表立って聖天教を突いたところで知らぬ存ぜぬで躱されるに決まってる。となるとこの件は―――」
「もみ消される可能性が高い、と?」
「単なる憶測だけどな。そうなると俺たちを拘束する理由もいずれなくなる。この件に関しちゃ俺たちは完全に被害者側だし……まぁ、しばらくはここで待つさ。いざとなれば強行突破も視野に入れるけど、今はまだそこまでの段階じゃない」
言いながらごろんと牢屋に備え付けられたベッドに寝転がる。
ベッドは薄くて固かったけど、目を閉じるとすぐに眠気が襲ってきた。
この世界に死に戻ってきてまだ3日目だってのにいきなり濃いイベントが発生しすぎだ。
「兄様?」
「少し寝る。何かあったら起こしてくれ」
アーラが不満そうに、むぅ、と唸る。
「兄様? 二度寝が悪いとは言いませんが。それはいささか勿体ないのでは?」
「こんな場所で他にすることなんてないだろう。アーラも眠いなら寝てていいぞ。お前なら何か起きても対応出来るだろうし」
というわけで俺は本格的に寝る姿勢に入る。
するとギシリとベッドが軋む音がした。
ふわりとした感触が腹の上に触れる。
瞼を開けると文字通り目と鼻の先にアーラの偏差値激強の顔面があった。
「……おい。なんで俺に馬乗りになってる」
「いえ、せっかくなのでイチャイチャしたいなと。二度寝なんかよりずっと有意義な時間の使い方でしょう?」
「ここでそういうのは場違いにも程があるんじゃないか……?」
とはいえ。
アーラの整った顔立ちや、魅惑的なくびれのある肢体を見ていると思わず下半身が反応してしまう。
目の前でふるんと揺れるたわわなモノに思わず手を伸ばしそうになったけど、ここはぐっと我慢……っ!
「……いいからどけ。余計な気を回すな。どうせひと眠りすればすぐなんだ」
「おや、つれないお返事。でも視線は正直ですねぇ。触りたいなら遠慮なんかしないで素直に触ればいいのに」
言ってアーラはジャケットをベッドの下へと放った。
ついでとばかりにシャツも脱ぎ捨て、赤いランジェリー姿のまま抱き着いてくる。
結果として彼女の大きな胸がむぎゅっと俺の身体で潰れた。
「ふおおおお………ッ、っておいぃ!! マジでやめろぉっ!!」
「くふふふ。相変わらず女の胸が好きなんですねぇ。ほら、この10年で私のも随分実ったでしょう? 我慢しなくていいのですよ? 私は兄様の所有物なのですから貴方が望むことなら何でもしてあげますよ?」
熱い吐息交じりの声で囁かれて意識せずともビクンと跳ねてしまう。
熱くて熱くて。
ドロドロとしたその声が耳から溶け込んで俺の脳を犯していく。
「や、やめろアーラ! お前は俺にとって妹みたいなもんだ! 家族同然に育ててきた子とそんな関係になるつもりはない!」
「何を今更。昨日はあれだけ熱心に私の胸を揉みしだいていたというのに」
「うぐっ……!? そ、それに関してはマジすんませんでしたというか……」
「いえ、別に謝る必要はありませんよ? だってそれは少なからず私に魅力を感じてくれていたという証拠でしょう? なら何の問題も無いではありませんか」
「いや、問題は……ある、んじゃないかなぁ……?」
言葉は途中で勢いを無くして疑問形になっていく。
服越しに彼女の手のひらが俺の身体を這いまわる度に頭の中で火花が散る。
これはマズイ。
非常にマズイ。
10年前から綺麗な子だったけど、今のアーラはさらに妖艶な雰囲気も加わって……正直、理性がどうにかなりそうだった。
「うぐっ……! 待てアーラ、やっぱり……!」
「強情ですねぇ。……まぁ兄様の考えも理解できますが。でも、兄様は私を欲望の捌け口にしたくないと考えているのかもしませんが、はっきり言ってそれは見当違いですよ?」
「は? 見当違い……?」
「私は兄様が欲情してくれているのがとても嬉しいと言っているのです。世間一般の倫理観とか道徳観念とか私にとってはどうでもいい。私は兄様を愛している。家族として、異性として。大好きな人が自分を欲し望んでくれている。女にとってこれほど幸せなことはないでしょう?」
アーラの紅い瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。
そこにあるのは深い親愛と――情欲の焔。
ゾクリとするくらい美しいその瞳を見て思わず息を呑んだ。
「ア、アーラ……」
「くふふ……さぁ兄様。小難しい理屈は抜きにして、愉しみましょう……?」
アーラの両手が俺の頬にを添えられた。
彼女の綺麗な顔が間近に迫る。
そして俺たちの唇が触れる寸前。
ガチャンッ!! と。
まるで狙い澄ましたように牢の部屋の扉が開く金属音が響いた。
「―――邪魔するよ、二人とも。捕まったと聞いて慌てて来たんだが……」
「あ、」
「……セリア?」
扉から現れたのはセリアだった。
セリアは俺たちの状況を見てわざとらしく溜息をつく。
「……本当に邪魔だったようだね。出直した方がいいかい?」
「待て、出直すな! 誤解だ! 俺は誓ってやましいことはしていない!」
「そう言うならせめて胸から手を放せ。女の胸を触りながらそんなことを言われても説得力はないぞ」
「はっ!?」
言われて気が付く。
俺の右手は無意識にアウローラの胸に置かれていた!
……くそう、俺ってヤツはなんて愚かな!
「まぁいい。とりあえずアウローラ、お前もその格好をどうにかしろ。まさか私たちに見られながらこのままおっ始めるつもりじゃないだろうな?」
「……ちっ。またこのパターンか。こうも連続で邪魔されるとか……もしかして狙ってやってるのか?」
「おい、アーラ」
「……わかってますよ。兄様が望むなら露出プレイもどんとこいですけど、私にだって羞恥心はありますから」
ベッドから降り、アーラは放っていた服を着始める。
俺も起き上がり、セリアの方に顔を向けた。
正直ちょっと気まずい。
「……あー、悪いなセリア。来て早々こんなんで」
「構わないよ。アウローラの君に対する執着心は重々承知している。多少のことでは驚かないさ。まぁとはいえ、さすがにこんな場所でも盛るほどとは思わなかったがね?」
セリアは鷹揚に肩を竦めるが、彼女の後ろに控えていたフェリシアは無表情でスンとしてる。
次いで部屋に入ってきた騎士っぽい格好の女は気まずそうに目を逸らしていた。
うん。本当マジごめん。
そして君は誰だ?
「セリア。そちらは?」
「ああ。彼女はエイベル君。見ての通りラルクスに常駐する騎士団の団員だ。アウローラとも面識があるということで、ここまでの案内役を買って出てくれた」
セリアが後ろを振り返ると、エイベルと呼ばれた若い女が一歩前に出てきた。
身長はアーラよりやや低いくらいか。
白を基調としたいかにもな騎士団服は清潔感があり、腰には細身の長剣を佩いている。
茶色の長い髪はポニーテールにしてまとめられていた。
彼女は俺を見ると、こほん、と咳払いして柔らかく微笑んだ。
「初めまして、ソラ君。私はミリアリア=エイベル。東方方面軍第十七師団第六分隊隊長を務めているわ。エヴァーフレイム卿もお久しぶりです。その節は―――」
「誰だ、お前は?」
「―――」
アーラに視線を向けたまま、ミリアリアの動きが固まる。
「……やはり覚えていませんか? 2年前、『魔の森』の中で貴女に命を救ってもらった……」
「知らないな。そんなことをいちいち覚えているものか。どうせ私にとっては取るに足らない些末事だ。別に感謝する必要はないよ」
「そうですか……」
心底興味なさそうに吐き捨てるアーラにミリアリアは怒るわけでもなく、ただ哀しそうに苦笑する。
仕方ないと言わんばかりに。
あまりの態度の悪さにセリアは呆れたように嘆息し、フェリシアも不愉快そうに眉を顰めた。
「エイベル様。気になさる必要はありません。聞いての通り、彼女には貴女を救うつもりなど無かった。彼女の行動の結果、貴女が救われたのは単なる偶然。自覚も配慮もない相手に対し貴女が恩に着る必要などないでしょう」
「フェリの言い方には棘があるが。アウローラ、人の顔を多少忘れるのは仕方ないとしても、せめて態度だけはとりつくろえ。そういう言い方は聞いてるだけで不快だ」
「知らないよ。どうでもいい。私が配慮して、護るのは一人だけだ。それ以外のことなんて心底どうでもいい。たとえ他の人間がどれだけ傷つき死んだところで、そんなのは私の知ったことじゃ―――」
「アーラ」
名前を呼んで言葉を遮る。
自分では割と静かに言ったつもりだったのに、声は不思議と牢屋の中によく響いた。
空気の変化を察したのか、アーラがビクリと震える。
まるで親に叱られる子供みたいだ。
いや、状況的にはまんまそれなんだけど。
「彼女に謝罪を。セリアたちの言うことはもっともだ。お前の考えを否定する気はないけど、お前の言動は彼女を傷つけるものだった。たとえ悪意がなかったとしても謝るべきだ」
「っ、ですが……っ」
「アーラ」
もう一度名前を呼ぶと、アーラは目を伏せて押し黙る。
それから、ぼそりと。
聞こえるかどうかくらいの小さな声で、
「………………悪かった」
「えっ。ああ、いえ。こちらこそ気を遣わせて申し訳ありませんでした」
素直に謝られたのが意外だったのか、少しだけ驚いた様子の後ミリアリアは慌てて頭を下げる。
ちゃんとした謝罪だったかと言うと正直かなり怪しいとこだけど……。
今もなんか拗ねたみたいにそっぽ向いて知らん顔してるし。
「……あー、ごめんなミリアリアさん。うちの連れの態度が悪くて。後でキツく言いつけておくから」
「あ、ううん。それについてはいいんだけど。なんだかちょっと驚いたというか……。ソラ君はエヴァーフレイム卿の弟子だって聞いてたけど、まるで立場が逆みたいだったから」
「……まぁ色々と事情があってね」
「ふふっ。そうだね。君たちの関係は色々と説明するのは難しいだろうね」
言いながらセリアが悪戯っぽく笑って見せる。
他人事だからってなんだか愉しそうだね、君。
「それで? 君たちが来たってことは俺たちは釈放なのか、セリア?」
これ以上ミリアリアから深堀りされないよう少し強引に話題転換。
俺の質問にセリアは肩を竦めてみせる。
「ああ。昨夜のことは表向き騎士崩れのジャンキーによる凶行ということで処理されたよ。現場の目撃証言から君たちの正当防衛も立証された。賊の正体については徹底した箝口令が敷かれることになるが……まぁ君たちにとってもそれが一番面倒がないだろう?」
「本来であれば今回の件は聖天教との全面戦争になりかねない大事件です。状況や襲撃犯たちの会話から見ても彼らが『聖天教』と関わりを持つのは確かでしょう。しかし、彼らの遺体からそれを証明する証拠は出てきませんでした。残念ながら追及は難しいかと」
「……………」
アーラは不満そうだったけど、セリアとフェリシアが言う内容は予想通りのものだったので特に驚きはない。
俺たちに仕掛けてきた時点であの連中が『聖天教』から切り離されるのはどのみち規定路線だったんだろうし。
「ま、そのあたりは仕方ないさ。とにかく、ここを出られるなら文句はないよ。悪かったな、二人とも。昨日の今日で迷惑かけて」
「いや、昨夜の件はこちらのミスだ。あれは私たちが事前に対策すべき案件だった」
「現場の暴走なんてのは防ごうと思っても中々防げるものじゃないだろ。幸い俺たちに怪我はないんだし、君たちがいなければ俺もアーラもしばらくは牢屋の住人になってただろうさ」
「そう言ってもらえると助かる。それで、これからの話なんだが……少々厄介なことになっていてね」
「なんだ? まさか釈放と言いつつ、しばらくここから出られないとか言わないだろうな?」
歯切れの悪いセリアにアーラがジロリと剣呑な眼差しを向ける。
「いや、それに関しては問題ない。今日中と言わず君たちは今すぐ解放される。ただ……」
「ただ?」
ひどく面倒そうにセリアが後ろ頭を掻く。
フェリシアは相変わらずポーカーフェイスで、ミリアリアは申し訳なさそうな顔。
そして、
「この支部の責任者、第十七師団団長キース=アウグスト=ヴァイルシュタイン卿が君たちと話をしたいと言ってきているんだ」
「「……は?」」
……なぜに?