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幕間――歪月光

「――あの女が単独で『魔の森』へ? 確かなのですか?」


 それはとある執務室での会話だった。


 窓から差す月光が室内を淡く照らす中、手元のランプを頼りに執務をしていた少女は対面に立つ女に問いかける。


 白を基調とした軍服をきっちりと着込んだ長身の女は、その問いかけに対して小さく頷いて答えた。


「――は。アークレイ領に放っている手の者たちからの報告です。昨日深夜、『聖騎士』アウローラ=ヴァン=エヴァーフレイムが領都ラルクスの結界を破壊。そのまま『魔の森』の深部へ向かったと」


 淡々と、感情を交えることなく女は答える。

 そんな生真面目な女の返答に少女は目を鋭く細めた。


「あの腑抜けた女が自らの意志で動いたというのですか? 目的は? 『魔の森』に何か変化があったのですか?」


「不明です。彼女を追っていた追跡部隊は魔獣との戦闘の余波に巻き込まれて死に、以降の動向は掴めていません。しかし、森の瘴気濃度は許容範囲内に収まっております。魔獣の脅威度変化や、『魔王』復活の前兆という可能性は低いかと」


 女はそう答えながら、手元の書類を少女に差し出した。

 少女はそれを受け取り、そこに書かれている内容に素早く目を通し――小さく鼻を鳴らす。


「それで? その後あの女の足取りは? そのまま行方を眩ませましたか?」


「いえ。彼女を追ったアークレイ家の使用人と共に街へ帰還したと報告が上がっています。――その際、彼女は一人の少年を連れ帰っていたそうです。曰く、『とても大切そうに抱きかかえていた』と」


 女の報告に少女はぴくりと眉を揺らした。


 数秒の沈黙の後、少女は紙面から女へと視線を移し、問う。


「……その少年というのは?」


「報告によれば少年は『ソラ』と、そう呼ばれていたそうです。年齢は十歳前後。白髪ですが顔立ちや肌の色は東洋系だったと」


「少年の素性は?」


「わかりません。現在、戸籍管理局および通行管理局のデータベースを当たらせていますが今のところ該当は無し。不可解なのは通行管理局に一切の記録が無かったことです。『魔の森』の出入りには通行管理局の厳しい監視が常についている。彼らの眼を掻い潜るのは人魔大戦の英雄といえど不可能です。信じがたいことですが、その少年は何の痕跡もなく突如『魔の森』に現れたということになります」


 女の返答に、少女はしばし思案するように目を伏せる。

 やがて、彼女はゆっくりと目を開き、静かに問いかける。


「貴女の意見は?」


「彼女が向かったのは恐らく『魔の森』の最奥。魔王の封印場所である洞窟でしょう。聖剣の片割れは今も魔王の胸に突き刺さっている。その場所に件の少年が現れ、そこから彼女が連れ帰ったとするならば―――」


「可能性はある、と?」


「確証はありませんが」


 答える女の口調は淡々としており、その心中は窺えない。

 だが少女は女の言葉から確信を得たように小さく頷いた。


 そして、彼女は椅子から立ち上がり、窓の外へと視線を向ける。

 月光に照らされた夜の街が一望できるその窓を静かに眺めながら。


 まるで、何か大きな運命が動き出していることを確信しているように。


 そして、これから起こるであろう出来事を期待するように――彼女は言った。


「近日中にラルクスに向かいます。準備を進めておきなさい」


 少女の簡素な命令に一礼し、女は踵を返す。


 女が部屋から退室し、足音が遠ざかったことを確認すると、一人になった部屋の中で少女は呟く。



「……確証はない、ですか。まあ、それは確かにその通りなのでしょうけど」



 そもそも可能性の話をするならそれ自体が極小だ。


 この期待も、これまでの労力も全てが水泡に帰す可能性の方がずっと高いだろう。



 けれど、もし。


 この可能性が現実のものになる時が来るとするならば。



「……ふ、ふふっ、くふふふ」


 喉の奥から笑い声がこぼれ出る。

 窓越しに映る口元は歪み、碧色の瞳には爛々とした光が灯っていた。

 胸を満たすこの感情の正体を少女は知っている。


 これは歓喜だ。


 あの日、失われた全てを取り戻せる可能性が現れたことに、少女はどうしようもなく高揚している。



「ふふっ。ふはっ、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッ!!」



 抑えきれない衝動に突き動かされ、少女は哄笑する。


 心音がドクドクとうるさいぐらいに耳朶を撃つ。

 頬が紅潮する。

 顔を必死に押さえていないと二度と戻らなくなりそうだ。



「永かった……ッ! この10年。やっと……やっと……っ!」



 少女は窓の外に映る月を見上げた。


 あの夜空に輝く月を掴みとるような、そんな遠く……絶望的な道のりだった。


 けれど今――手を伸ばせば届くところに『それ』がある。



「ああ……もうすぐです。もうすぐお迎えに参りますからね―――お兄様」



 輝く金糸の髪と蒼穹の瞳。


 静かな月の夜。


『聖王』と同じ色彩を持つその少女は、ひとりその美貌に歪んだ笑みを咲かせていた。





ここまでお読み頂きありがとうございました!

次話より新章に入ります

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