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肩書は聖騎士とその弟子で

「――さて、君たちの今後についてなんだが」


 朝食を終え、食後のコーヒーを飲んでいたセリアが話を切り出す。


 真面目な空気っぽいのでアーラの膝から降りて隣の椅子に座ろうとするも、すぐに彼女に抱きかかえられ、そのまま再度膝の上に乗せられてしまった。


「……おい、アーラ」


「…………………」


 俺のジト目を無視して、アーラは既に聞く姿勢に入ってる。


 ……さっきから何なん?


 真面目に話を聞く気があるなら離してほしいんだけどね?


 こら、その柔らかいのを押し付けるんじゃない。

 流されそうになっちゃうだろうが。


 そんな俺たちをセリアは窘めることなく、コホンと咳払いをした。


 どうやらこのまま話を続けるらしい。

 ……いやウチの子が悪いね、ほんと。


「昨日は準備が何もできていなかったからこの屋敷に泊まってもらったが。ソラ……君には今日からアウローラのアパートで彼女と一緒に住んでもらうことになる」


「ん? そうなのか? てっきりしばらくこの屋敷に間借りさせてもらうことになると思ってたけど」


 セリアの言葉に俺は首を傾げる。

 それはセリアの後ろに控えるフェリシアも同感だったのか、俺と同じようにセリアに視線を向けていた。


「……まぁ、私としてはそれでも構わないんだけどね。ただ、アウローラが絶対に自分のアパートで引き取るってきかないもんだから」


 セリアはちらりと視線を俺の後ろに向ける。

 向けられた当の本人は胸を張って答えた。


「当たり前です。こんな可愛いくなった兄様を他の女と一緒に住まわせるわけにはいきません。この屋敷だと今朝みたいにいつ邪魔が入るかわかりませんし」


 俺の顎を掴んで振り向かせると、アーラは鼻先がくっつくほどの至近距離から覗き込んでくる。


 ……だから近いって。

 いやまぁ俺もアーラみたいな巨乳美人に迫られるのは悪い気はしないけどね?


 でもさ、人に見られてる思うと普通に恥ずかしいんだよこれ。


 ほら、フェリシアなんて砂糖の塊を無理矢理食わされたみたいな顔になってんじゃん。


 うん、その気持ちはよく解るよ。


 俺も他人がイチャついてるところなんか見たらそんな顔しそうだし。



 うーん。

 しかし、アーラと二人きりか……。


 ぶっちゃけ結構不安だな。


 再会してからこっち、アーラはずっと俺に引っ付いて離れようとしない。

 もちろん再会したばかりで、そのうち落ち着いてくるのかもしれないけど、正直そうなる気が全然しない。


 俺としてはもちろんアーラと仲良くやっていきたいが、別に依存させたいわけじゃない。

 そうなると少し距離を置くの一つの手だと思うが、今の彼女を見ていると、ちょっと難しいかなと思う。


 ……まぁ、とりあえずはやってみて、か。


「わかった。アーラのところで世話になる。それで、こんなことを頼むのは心苦しいんだけど……セリアの方で俺の戸籍を作ることって出来ないか? 当たり前だけど今の俺には身分証明できるものなんか何もないから、生活していく上で色々と不都合が出てくると思うんだけど」


「ああ、その辺りのことはアウローラからも頼まれている。戸籍はこちらでなんとかしよう。……ただ、君の肩書をどうするか、というのを決めかねていてね」


 セリアはそう言ってアーラを見る。


「君は知らないだろうが、アウローラは現在『聖騎士(パラディン)』という地位を賜っている。主な任務は『魔の森』に出現する魔獣の討伐と瘴気の浄化。通常の指揮系統には属さない『魔の森』の独立遊撃騎士だ。表向きそんな大層な地位に就く者の傍に素性の知れぬ少年がいたとしたら、妙な勘ぐりやちょっかいをかけてくる輩も出てくるだろう。君たちだってそんなのは望んでないだろ?」


 セリアの言葉に、俺は無言で頷いた。


 そうだな。

 面倒なヤツには絡まれたくないし、出来ることなら平和に暮らしていきたい。


 俺の正体が早々にバレるとは思わないが、そうでなくとも権力争いとかに巻き込まれるのは御免だ。


 ……にしても、『聖騎士』ね。


 俺が生きていた頃にはなかったから、戦後新しく作られたものなんだろう。

 多分『聖王』亡き後、当代の聖剣使いのために用意された役職。


 まぁ基本的に瘴気の浄化は聖剣にしか出来ない。

 その聖剣を持つアーラを瘴気の浄化任務に就かせるのは当然の判断だが、任務地は『魔の森』限定なのか?


 だとしたら、そこは不可解だな。


 魔の森の瘴気が未だ他より濃いのか、『魔王』の復活を危惧しているのか、それとも、何か別の理由があるのか……。



「持って回った言い方をするな、セリア。決めかねているってことは腹案自体はあるんだろう。さっさとそれを言え」


 そんなことを考えていると、俺を抱きかかえているアーラが焦れた様子でセリアに食ってかかる。


 セリアはそんなアーラの様子に苦笑して、肩を竦めてみせる。


 ……なんか、こういうの見るとセリアの方がお姉さんみたいだな。

 聞き分けの悪い妹の駄々を軽く流しているみたいな。


 実際はアーラの方が年上なんだけどね。


「まぁね。ただ、これはあくまで私の考えであって強制は出来ないんだけど。端的に言うと……アウローラの弟子を名乗るのはどうだろうか?」


「はぁ? 弟子ぃ?」


 セリアが言うと、アーラは訝しむような声を上げる。

 どうやらアーラにはそういう発想はなかったらしい。


 なるほど……弟子か。


 実態はどうあれ、確かにそれはいい考えかもしれない。


『聖騎士』という役職にどれだけの権限があるのかは知らないが、少なくとも弟子を持つのに不足ということはないだろう。

 師弟が寝食を共にするのは全く不思議じゃないし、もしかしたらアウローラの伝手で修行の場として軍施設の一部を借りられるかもしれない。


 誰かと争う予定は今のところないけど、自分がどれだけ戦えるのかを知る必要はある。


 選択肢としては充分にアリだな。


 俺がそんな風に考えていると、アーラは複雑な表情を浮かべてセリアを見つめていた。

 手放しで賛成は出来ないけど代案はない、そんな感じ。


「もちろん、あくまで世間に説明するための表向きの肩書だ。アウローラの弟子になったからと言って何か義務が発生するわけじゃないし、君のこれからの生き方を『そっち』方面に持っていく気もない。望む生き方が他にあるなら出来る限り協力しよう」


「望む生き方か……」


 セリアの言葉に、改めて考えてみる。

 俺は一体これからどうしていきたいんだろうか?


 少なくともこの世界に還ってきたのは事故のようなもので、俺の意志で戻ってきたわけじゃない。


 おまけに二人分の異なる人生を経験したせいか、自分がどういう人間なのかひどく曖昧になってしまっている。


 そんな俺が望む生き方を訊かれても正直困る。


「……不思議だな。10年前はあれだけ欲しかった自由なのに、いざ目の前に置かれると扱いに困る。選択肢が多すぎて眩暈がする」


「まぁ、君の境遇には同情するし、突然のことで混乱するのも当然だ。その辺りのことはよくよく考えていけばいいさ。と言っても無理に答えを出す必要はないがね。なんなら私と結婚でもするかい? 君の一生くらい私がずっと面倒見てあげるよ」


 セリアはそう言って茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる。


 さすが美人、何をやっても様になるね。


 俺は思わず感心したが、アーラの方はそうではなかったらしい。

 黒いオーラを放ちながら射殺さんばかりにセリアを睨みつけている。


「……笑えない冗談だな。自殺願望があるなら今すぐ殺してやるぞ、セリア?」


「そんなに怒るなよ。可愛らしいジョークじゃないか。まぁ、彼が望むなら吝かじゃないが」


「兄様……?」


 セリアは流し目で俺を見る。

 それに釣られるようにアーラの視線もこちらを向いた。


 ……おい、そんな「嘘ですよね?」みたいな顔するなよ。


 いくら俺でもこんな状況で口説いたりなんかしないっつの。


「光栄だけど、それこそよくよく考えなきゃいけない話だろ」


「おや、残念。振られてしまったな」


 セリアはさして残念でもなさそうに肩を竦める。


 冗談なのか本気なのかよく分からんね、この人。


 俺は話を区切るように一度小さく息を吐いた。


「とりあえず、セリアの案でいこうと思う。俺はこの街のことも、今の情勢のこともまだよく解らないから。アウローラの弟子ってことなら色々と便宜を図ってくれる人も期待できるかもしれない」


 セリアは俺の言葉に頷いた。


「承知した。それでは戸籍についてはそれに適したものを用意しよう。差しあたって君たちの今日の予定は買い出しだな。これから二人で住むにあたって色々と入り用だろう。アウローラ、買い物ついでにソラにこの街を案内してやるといい」


「言われるまでもないよ。――さあ兄様、すぐに出掛けましょう。服とか日用品とか色々揃えなければいけませんから」


 セリアの言葉にアーラが嬉しそうに同意する。

 そして俺ごと椅子から立ち上がった。


「え? おまっ、アーラ!?」


「……? なんでしょう?」


「いや、なんでしょうじゃない! お前、まさかこのまま行くつもりか!?」


 膝に座っていた俺をそのまま横抱きに抱えて進もうとするので、俺は慌てて制止した。

 しかし、アーラはきょとんと不思議そうに首を傾げる。


「何か問題が? 昨日もこうして運んであげたではありませんか。今さら照れる必要あります?」


「昨日は緊急措置だったからだろ!? お前言っとくけどこれ絶対悪目立ちするからな!?」


 アーラに運ばれながら俺は必死に抗議する。


 しかし、アーラは本気で何が問題なのか理解していないらしく、怪訝そうに眉を顰めただけだった。

 

 そんな俺たちの様子を見ていたセリアはくつくつと笑いを噛み殺し、フェリシアもまた諦めたように首を横に振っていた。

 そしてそのまま俺を抱きかかえて玄関まで行こうとするアウローラ。


 え、何この流れ?

 このまま外に連れ出されて買い物に行くの?

 それはマジで勘弁してほしんだけど。


「あー、アウローラ。二人で出かけるからってあまりハシャぎ過ぎるなよ? ソラの戸籍はまだできてないんだ。騒ぎを起こして騎士団や警察の目につくようなことは厳禁だからな?」


「当たり前だ。そもそも買い出しするだけで、どうやって騒ぎを起こせっていうんだ」



 セリアの言葉に、アーラが不機嫌そうに眉を顰める。




 言ってることはもっともなんだけど……それフラグじゃね?







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