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その人生に後悔はありましたか?

 部屋に入ると、まず豪奢な装飾の施されたテーブルが目に入った。

 その上にはティーカップが置かれていて、淹れたてと思しき紅茶から湯気が立っている。


 天井は高く広々とした空間。

 壁には古めかしい柱時計が置かれていて、床にはフカフカの絨毯が敷いてある。


 そして部屋の中央――4、5人は掛けられそうな大きなソファーの真ん中に若い女が座っていた。

 フェリシアより色の濃い藍色のショートヘアにした美人で、ワイシャツとスラックスというラフな着こなし。


 女はゆっくりと立ち上がり右手を胸にあてて優雅に礼をしてくる。

 貴族らしい、気品を感じさせる仕草。


「ようこそ。自己紹介は不要かもしれないが、一応名乗っておこう。アークレイ家現当主セリア=クルス=アークレイだ。君が『自称』聖王陛下の生まれ変わりだという少年か」


「……そうだ。今はソラと名乗っている。久しぶりだな、セリア。口調はこのままで構わないか? 気に障るようなら敬語で話すけど」


「いや、問題ないよ。むしろ君が本当に陛下の生まれ変わりだというのなら私の方が敬語を使うべきなんだろうが、今は省かせてもらう」


 セリアは微笑みを浮かべながら鷹揚な態度で受け入れる。

 ただし、その笑みは親愛というより不敵という表現の方が近いけど。


「立ち話もなんだし、まずはそこに掛けてくれ」


 俺は促されるままテーブルを挟んだ対面のソファーに腰掛ける。

 セリアも俺の後にソファーに座り、じっとこちらを観察してくる。


 うーむ。

 まるで女豹と向き合ってる気分だね、これは。

 ひとまず言葉を待っていると彼女は、ふむ、と一つ頷き、


「なるほど……生まれ変わりか。こうして実際に向かい合っても私には判別することは出来ないが。少なくとも容姿に関しては生前の陛下とは似ても似つかないな」


「そりゃまぁ今の俺と以前の俺とでは血の繋がりは全く無いからね。……やっぱり信じられないか?」


「そうだな。率直に言って、生まれ変わりと言われても正直ピンと来ない。なんなら悪趣味な詐欺やドッキリだと言われた方が納得できるぐらいだ」


「……まぁ、普通はそうだよね」


 前世だの生まれ変わりだのを大真面目に語る奴がいたら俺だって精神科に通うことを強く勧めるよ。


 セリアたちからしたら、いきなり現れたガキが何アホ言ってんだって感じだろう。


 俺がポリポリと後ろ頭を掻いていると、セリアはおもむろに足を組み替えた。


 スラックスのパツパツ具合が妙に艶めかしく、視線が吸い寄せられる。

 解りやすいセクシーポーズをというわけでもないのに妙に色っぽい。


 俺の視線に気付いたのか、セリアはククッと可笑しそうに笑った。


「とはいえ聖剣殿やアウローラはそうだと言っているし、君の話し方や反応にかつての陛下が重なる部分が無いではない」


 女好きなところとかね、とセリアは小さく付け足す。


 そして太ももに肘をついて思案するように口元に手をやる。

 それから瞳を細めて値踏みするようにこちらを見やった。


「一つ訊くが、君は自分が聖王の生まれ変わりであると証明することができるのか?」


「……証明と言われてもな。アルカやアーラの言葉だけじゃ足りないか?」


「足りないね。たとえ聖剣だろうが英雄だろうが他人の言葉がそのまま私の判断になることはない。私は重要なことは自分の眼で見て判断すると決めている」


 セリアはきっぱりと言い切る。


 うーん……その潔さには惚れ惚れするがどうしたものか……。


 彼女はアルカやアーラのように独自の感覚で俺の魂を認識できるわけでもないからなぁ。


 ……………………………………。


 ……うん。グダグダ考えても仕方ないか。


 出たとこ勝負といこう。


「今思いつく限り、俺がカイラードの生まれ変わりだと証明する方法は二つある。一つ目、」


 右手の人差し指を立てる。


「カイラードしか知りえない情報を俺が持っているということ。例えば過去に俺が君やラインハルトと交わした会話の内容。それらを照らし合わせれば、俺がカイラードの生まれ変わりだという証明になるんじゃないか?」


「なるほど? 普通なら有効な手段だな。だが、陛下の中には常に聖剣が在ったのだろう。当然私たちの会話は聖剣もすべて知っているはず。そうである以上、その情報は信用出来ない。君と繋がっている聖剣がこっそり情報をリークするかもしれないしね」


 ごもっとも。

 まぁ、アルカはそんな他人との会話を一々覚えちゃいないと思うけど。


 次いでもう一本、今度は中指を立てる。


「なら二つ目の方法。聖剣の所有権をもう一度俺に戻すことだ」


「―――――――――」


 セリアの切れ長の瞳が大きく見開かれ、その動きがピタリと止まる。


 おや、セリアさん?

 ここに来てさっきまでの冷静な態度が崩れてますよ?


「……なんだかサラリと重大情報が出てきたが、出来るのか?」


「恐らくは。10年前はかなり無理をして契約を移したからな。『聖剣(アルカディア)』と『現・契約者(アウローラ)』の同意があればすぐにでも再契約は出来ると思う。けど、少なくとも今その方法を取るつもりは俺にはないよ」


「……なぜ?」


「『聖王』カイラードは既に死んだ人間だからだ。死者が生者の意思や選択肢を押しのけてその領分を侵すのは間違ってる。それになんの前準備もなくそんな真似をしたら確実に世界に混乱が生じるぞ。君だってそんなのは望んじゃいないだろう」


 セリアが不快そうに鼻を鳴らす。


「今更だな。10年前、陛下がアウローラを庇って死んだこと。彼女に聖剣の契約を移譲したこと。混乱というのなら、それこそが一番の混乱だったんだが?」


「それに関しては申し訳ないと思うけど。……ともかく、もう一度聖剣を手にして表舞台に出張る気は今の俺にはないよ。成り行きで君たちには明かすことになったけど、本当なら誰にも知らせるつもりはなかったから」


「ずいぶんと謙虚だな。真偽はどうあれ、聖剣の力を手に入れさえすれば得られるモノも多かろうに。……君には欲がないのか?」


「欲しいものはあるさ。ただそれは地位や権威じゃないってだけのこと」


 正確には『あった』だけど。

 今の俺にとってはもう昔の話。


「ふむ……そうか。ならば、現状君が陛下の生まれ変わりだという証拠は何もないということになる。……話にならないな」


「そうだな。話にならない。けど、そんなこと始めから解っていたことだろう? 俺がこの世界に戻ってきたのはほんの数時間前だぞ? 証拠なんてあるわけもない。そもそもさ、俺に君を納得させる必要があるのか?」


「…………ほう?」


 セリアの眉がぴくりと動く。


「突き放すような言い方だな。つまり君は……私の心証など考慮には値しないと?」


「そんなつもりはないけど。ただ、君がそうまで拘る理由が正直よく解らない。君の言った通り、俺が聖王の生まれ変わりだという証拠は何もないし、証明するのも困難だ。ならぶっちゃけ俺を抱え込むメリットなんてないだろう? 聖王の生まれ変わりを騙る頭のおかしい子供一人、捨て置けばいいんじゃね? とは思う」


「……………」


 黙ったままセリアは目を細めて俺を見る。


 その眼光は鋭く、圧迫感さえ感じてしまう。


 彼女は暫く無言で俺を見つめた後、ようやく口を開く。


「……確かに今のところ君を抱え込むメリットは私にはない。ただ君という存在を私は捨て置くことは出来ない。理由は主に二つ」


 今度はセリアが人差し指を立てる。


「一つは実害面での不安。これは君というよりアウローラの方だな。彼女の力は個人が持つ武力としては余りにも破格に過ぎる。その気になれば都市そのものと真正面からやり合える『煌』の魔術士。そんな彼女が君を主君と定め、盲従しているという事実。仮に君が一言命じれば、アウローラは躊躇なく私たちを殺しにかかってくるだろう。実際彼女は君を傷つけたら私たちを街ごと滅ぼすと宣ってきたよ」


「……何やってんだ、あいつ」


 領主相手に喧嘩を売るとか。

 普通に不敬罪だろ。


「あの女にその手の冗談を言うユーモアがないのは知ってるだろう? そんな狂犬に唯一命令を下せる存在を野放しには出来ない。そこは理解してくれるな?」


「それに関してはその通りだな……もう一つは?」


 セリアの中指が伸びる。


「二つ目は私の個人的な感傷。聖剣やアウローラが言う聖王の生まれ変わりとやらと一度話をしてみたかった……何しろ私にとって聖王陛下は……初恋の相手だったからな」




「………………………………………………………は?」




 セリアの発言に今度はこっちの目が丸くなる。


 こいつ今なんて言った?

 なんだかとんでもない告白を聞いた気がする。

 初恋って。

 え、マジで?


「……な、なんで?」


「それは私がどうして陛下に惚れたのか、という意味か? 逆に訊くが、あれだけの男に惚れない理由があるのか? 世界を変えてみせるという強い信念とそれを貫き通す生き様を魅せられ、自分たちの窮地を救ってくれた相手だぞ? 当時の私がまだ12歳の子供だったことを差し引いても、惚れない女の方が少ないと思うが?」


 セリアはしれっとした澄まし顔のまま紅茶を一口すする。


「あと単純に陛下のルックスが好みだった」


「おい」


 思わず突っ込みの声が出てしまった。


「なんだ? 恋愛で相手の見た目が好みかどうかというのは重要な要素だろう? 人の第一印象は外見が9割とか言われてるしな」


「その意見を否定する気はないけど、色々と台無しだよ……」


 結局顔かって思っちゃうじゃん。


 肩を竦めるセリアに思わずため息が出てしまう。


 適当な仕草もこの美人がやるとどこか格好よく見えるのはどういう訳か。

 発言自体は俗っぽいのに。


「君に固執する理由。公人としては失格かもしれないが、私がより重要視しているのは後者の方だ。これは感傷というより未練に近いのかもしれないが」


「未練?」


「そうだ。未練だ。私にはね、あの方に伝えられなかったことがあるんだ。それを言えなかったことを……ずっと後悔している」


 セリアは目を伏せ、手に持ったカップに視線を落とした。

 紅茶の水面を見つめながら、どこか憂いを帯びた表情で語る。


「大戦の終結時、戦場の最前線にあったこの都市の荒廃はひどいなんてものじゃなかった。都市の大半は瓦礫に埋まり、まともな生活を営める場所はごく僅かだった。市民の多くは戦火を恐れてへ街を離れ、残ってくれる者なんてほとんどいなかった。今でこそ『ラルクスの奇跡』なんて呼ばれているが、復興までの道のりは並大抵のものじゃなかった。父は文字通り、命を削ってこの都市を立て直したんだ」


「…………」


「父は最期までこの都市の復興に心血を注いだ。そして、その努力が実を結び始めた頃、父は病に倒れた。病床の折、父はよく言っていたよ。必ずラルクスを復興させるという陛下との約束。それを果たせないまま道半ばで死ぬことが無念だと。私はそんな父の想いを継ぎ、陛下との約束を果たすためにアークレイ家の当主となった」


「……そうか」


 セリアの父親……先代アークレイ家の当主ラインハルト。

 アーラからあいつが死んだと聞かされた時、内心信じられない想いで一杯だった。

 俺の記憶の中のあいつはいつだって活力と自信に満ち溢れていて、どんな絶望的な状況にあろうとも立ち向かう強い男だったから。


 10年という月日の重みに、愕然とした。


「――『聖王の生まれ変わり』」


 セリアは顔を上げ、俺の方へ向き直る。


 その双眸に宿るのは、強い―――憤り。


「聖剣からその話を聞かされた時、あり得ないと思いつつも……少しだけ期待した。もしかしたらあの時、陛下が死んで言えなくなったことが言えるんじゃないかと。私たちのこの10年の軌跡を見てもらえるんじゃないかと」


「…………」


「私が何を言いたいのか、もう察しているだろう? あの方との約束を果たすことは父の――そして、私たちの悲願だ。その悲願の相手を騙ることが私にとってどういう意味を持つのか」


 セリアはそこで言葉を切る。


 そしてゆっくりと息を吸い、俺を睨みつけたまま言う。


 殺意の籠った眼差しで、お前は何者だと突き付けるように。


「訊くぞ、少年。君は本当に聖王陛下の生まれ変わりなのか?」


「ああ、そうだ」


 即答する。

 これ以上ないくらいに端的に。

 俺の返答にセリアは面食らったように再度目を見開いた。


「……あっさりと答えるんだな。こういう場面なら普通は躊躇するものだろうに」


「答えを躊躇う必要がないからな。君やラインハルトが俺との約束を重んじてくれてるのは理解したけど、俺にとってはただ事実を認めるだけのことだから。君だって、自分の名前を名乗るのにいちいち緊張なんかしないだろ?」


「なるほど。確かにその通りだな。……では、君が本当に聖王陛下の生まれ変わりだと仮定して一つ訊いてもいいか?」


「俺に答えられることなら」


 応じると、セリアは居住まいを正す。


 さっきまでの殺意が立ち消えた彼女の瞳から感情は読み取れず。


 ただ、隠しきれない……どこか縋るような色が滲む声で。




「『聖王』カイラード=ロア=エイドラム=ヴァン=アルカディア様。貴方は、その人生に後悔はありませんでしたか?」




そんな問いを口にした。






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