10年ぶりのアークレイ邸
身支度を整えた後、俺とアーラはフェリシアの案内で屋敷の廊下を歩いていく。
ちなみに服はジーンズとフード付きのパーカーを渡されたので、今はそれを着ている。
サイズはまるで誂えたかのようにピッタリだった。
子供用の服がこの屋敷に常備されているとは思えないので、多分急ぎ用意されたものなんだろう。
うむ、やはり服は文明人としての必須アイテムだってばよ。
常に股間をプラプラ露出させる趣味はない。
ここぞという時に取っておかないと有難みも薄れるしね。
屋敷の中は広く、内装も豪華だった。
美術品の類も所々に置かれていて、一つ一つが高級そうな雰囲気を醸し出している。
この屋敷には10年前にも来たことがあるけど、あの時とは見違えるくらい立派になっていた。
それだけセリアやフェリシアがこのアークレイの家を盛り立て、そして守ってきたということなのだろう。
それにしても、
「なあ、フェリシア」
「何でしょう?」
前を歩くフェリシアに話しかける。
「なんかこの屋敷って人が少なくないか? さっきから他に使用人を見かけないけど、今は余所に出払ってるとか?」
俺が尋ねると、フェリシアはちらりとこちらを振り返るが、すぐに前へと向き直る。
「現在この屋敷には私の他に9名の使用人が在籍しておりますが、本日は私以外暇を与えています。ソラ様の存在は今はまだ公にすべきでない、というセリア様のご判断です」
「ああ、そういうことか。迷惑かけるね」
「お気になさらず」
そう言ってフェリシアは再び淡々と前を歩く。
うーむ。そっけない……。
昔はもう少し愛想よく話してくれてたと思ったけど。
……まあ、仕方ないっちゃ仕方ないか。
俺がカイラードの生まれ変わりだっていうのは、恐らくフェリシアやセリアの中でまだ半信半疑なんだろう。
主人が判断を下すまで、迂闊なことを言わないよう注意してるってところか。
まあ、その辺の警戒は仕方ないとして……。
「……ちっ」
アーラが露骨に舌打ちする。
こら、やめなさい。
別にこんなことでいちいち怒ったりしないから。
「……アウローラ様、何か?」
フェリシアは俺が注意するよりも早くアーラの態度を咎めるように立ち止まり、じろり、と半目で見やる。
「別に? ただ、相変わらず陰気臭い女だなって思っただけ。セリアもなんでお前みたいなのを重用しているんだろうね?」
「陰気なのはお互い様でしょう。数日前まで死んだ魚のような目をしていたくせによく人のことをとやかく言えますね。私はともかく、セリア様の前でもそんな無礼な態度をとるようであれば屋敷から叩き出しますよ?」
「はっ、上等だ。やれるもんならやってみろ」
二人はバチバチと火花を散らしながら睨み合う。
……おいおい。勘弁してくれよ。
「あー、二人とも?」
仕方ないので二人の間に割って入る。
こういう雰囲気は嫌いだ。
文明人らしく、仲が悪いにしてももう少し穏やかにいきたいね。
「ここで喧嘩をしても時間の浪費にしかならないだろ。アーラ、あんまり波風立てるな。フェリシアも。ムカつくのは解るが挑発するのは控えてくれ」
俺が言うと、アーラはそっぽを向いて口を尖らせるが、もう一度「アーラ」と呼ぶと今度は小さく「……はい」と返事をする。
うむ。素直なのはいいことぞよ。
アーラの頭を撫でようとして……届かなかったので代わりに腕をポンポンと叩く。
フェリシアはそんな俺たちの様子を見て、何故か驚いた顔をして固まっていた。
「フェリシア? どうかした?」
「……いえ、大したことではないのですが。ソラ様はアウローラ様のことを『アーラ』と呼ぶのだな、と」
「? ああ。昔からコイツのことはそう呼んでる」
「……そう。そうでしたね。……なるほど」
「?」
「あ、いえ。お気になさらず」
どこか含みのある気配を残して、フェリシアは再び廊下を歩きだす。
よく分からないけど、まぁいいか。
とりあえず今はセリアの下へ向かうのが先決だ。
俺たちはそのままフェリシアについて廊下を歩いていき、やがて豪奢な装飾が施された扉の前に到着する。
フェリシアがその扉をノックして中に向かって声をかけた。
「セリア様、お連れ致しました」
「――ご苦労。入って頂け」
部屋の中から若い女の声が返ってくる。
落ち着いた、深みのあるアルトボイス。
フェリシアは一つ頷くと、ゆっくりと俺たちへ振り返った。
「それでは、ここから先はソラ様のみお入りください」
「俺だけ? アーラは?」
「セリア様からはソラ様と二人だけで話がしたいと伺っております」
「……ふーん」
二人だけで、ね。
女性と二人きりだなんて普段の俺ならドキドキなシチュエーションだけど、まあそんな美味しい展開にはならんだろうな。
とはいえ、ここでゴネても何も始まらんのだけど。
「分かった。じゃあ行ってくる」
と、部屋の中へ入ろうとするが、突然アーラが背中から手を回してきた。
「……アーラ?」
声をかけると、彼女は甘えるようにぎゅっとしがみついてくる。
おお、後頭部に柔らかい感触が伝わってきて思わずドギマギしちゃうね。
……いや、今はそんな冗談を言ってる場合じゃないか。
横のフェリシアが凄い目でこちらを睨んできてるし。
「アウローラ様? まさかとは思いますが、」
「分かってる。約束は守るさ」
そうは言いつつ、アーラは離れる気配がない。
仕方ない。
軽く撫でるくらいはしてあげよう。
というわけで頬をなでりなでり。
「♪」
あ、猫みたいに喉を鳴らし出した。
機嫌よさそうに俺の手に顔を擦り付けてくる。
ああもう可愛いな、こいつ。
「………ソラ様?」
「あ、はい。すいません」
フェリシアの冷たい声に反射的に謝ってしまう。
……いかんいかん。つい和んでしまった。
これ以上こうしている訳にもいかないだろうし、そろそろ中に入ろうか。
「それじゃアーラ、行ってくるな。少しだけ待っててくれ」
「……はい」
撫でていた手を引くと、アーラはどこか不満そうな顔をしたが、渋々と言った感じで俺から離れる。
「何かあればすぐに呼んでください。……それと、あまり待たせないでくださいね」
親に置いていかれる子供みたいな表情でアーラが言う。
……ほんと寂しがりだな、こいつ。
まあ、甘えられるのは悪い気はしないし、美女のこういう表情はぐっとくるものがあるけどね?
なんだか前以上に甘えたになってる気がする。
「ああ、分かってる。なるべく早く済ませるから、大人しく待っててくれ、アーラ」
「ソラ様、私はここで待機しております。話が済みましたらお声がけください」
「ああ、フェリシアも。案内ありがとう」
労いの言葉をかけてフェリシアの横を通り過ぎる。
背後で扉が閉まる音を聞きながら、部屋の中へと進む。
……さて、それじゃいっちょ気合入れて行くとしますか。