太陽の夢②
――まるで太陽のようだと思った。
「お前、名前はなんていうんだ?」
彼にそう訊かれた時、少女は答えに困ってしまった。
少女には名前が無かった。
親にさえ棄てられて、村人からは忌み嫌われた。
少女の周りには始めから、名前を付けてくれる誰かなど存在しなかった。
そのことを彼に話すと、彼は一瞬だけ哀しそうな顔をしたけれど、すぐに笑顔を作った。
「なら、俺がお前に名前をつけてやるよ。名前が無いと呼ぶ時に不便だからな」
何でもないようにそう言って、彼は少女の頭からつま先までをじっと見つめて、難しそうに「う~ん」と唸る。
それから、膝をついて少女の瞳をそっと覗き込んだ。
まるで空を映しとったかのような綺麗な青色の瞳。
少女の頬がリンゴのように真っ赤に染まる。
どうしてなのか解らないけれど、彼に見つめられると心臓の鼓動が早くなった。
身体中が熱くなって火傷してしまいそう。
けれど、不快かと言えばそれは嘘。
ニセモノと蔑まれてきた自分を真っ直ぐに見てくれるその眼差しが少女はとても、嬉しかった。
やがて彼は「よし」と頷き、
「決めた。お前の名は――――」
そうして彼はその名前を言い渡す。
告げられた名前を少女は何となく口の中で反芻した。
少女には、その名前の由来が分からない。
どういう意味なのかと彼に訊ねると、彼は得意げに語った。
それは古い神様の名前なのだという。
人々に焔を与え、世界を光で照らした女神の名前。
それを聞いたとき、自分にその名はあまりにも不相応だと少女は思った。
世界を照らすどころか、自分自身さえ助けられなかった弱い少女。
そんな自分が神様の名を名乗るなんて烏滸がましい。
たどたどしい言葉でそう伝える少女の話を、彼は急かすことも、呆れることもなく、最後まで聞いてくれた。
そしてその上で、少女によって救われた者がすでにいるのだと、彼は言った。
「すべてを救うことなんて神様にだって出来ない。けど、誰かの心に火を点けるくらいならほんの些細なことで出来る。俺にとって、お前の〝紅〟は灯火だった。あの地獄の中、それでも生きようとするお前の強い意志が俺の心に焔を灯した。――だから胸を張れ。胸を張ってこの名を名乗れ。お前はその名に相応しい行いをすでに為しているのだから」
そう言って、彼は少女の名前をもう一度呼び、笑った。
その笑顔を見た瞬間、少女の鼓動が一際強く高鳴った。
胸の奥が震える。
優しくて、温かくて、心地良くて。
虐げられたあの日々も、この人と出逢うために在ったのだと思えば納得できた。
この人と出逢えた全てに、少女は心の底から感謝した。
――だから、少女は決めた。
たとえ誰も救えなかったとしても、この人だけは護ろうと。
これから先もきっと困難な道を行くだろうこの人を、支えられるだけの強さを手に入れようと。
優しいこの人の笑顔が曇ることのないように。
この人がくれた、この名に恥じることのないように。
――眩い人よ。貴方は、太陽に似ていた。