太陽の夢①
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そこは、寒い寒い雪の降る場所だった。
その少女は『異端』だった。
燃えるような焔の如き紅蓮の髪と紅玉の瞳。
少女の生まれた村は、大陸の北の果て。雪に覆われた常冬の寒村だった。
厚い雲が空を閉ざすその場所に陽の光が差すことはなく、実りの糧も無いに等しい。
温もりを求める子供たちが常に互いに肌を寄せ合う氷原の地。
そんな厳しい環境に生きる村人たちにとって、焔とは生きるために不可欠なものであり、そして何よりも神聖にして不可侵なモノだった。
故に彼らは焔の如き『紅』を身に宿す少女を不遜とし、異端だと断じた。
偽火。忌火。
そう蔑まれ、罵倒される日々。
幼いその身に日常的に振るわれる暴力。
そんな少女の世界を壊したのは、神でも英雄でもなく一体の魔獣だった。
少女を蔑んできた村人たちに等しく落とされる死の鉄槌。
家屋を壊し、村を焼き、人々を貪り喰らう地獄絵図。
そんな中で、異端と断じられた少女だけが逃げ延びることができたのは、皮肉と言うしかないだろう。
けれど、そんな幸運も長くは続かない。
忌み嫌われてきた少女に頼れる者はなく、行く宛てもない。
この極寒の地で生き残る術を幼い少女は持たなかった。
やがて体力は底をつき、少女は冷たい雪の大地に倒れ伏す。
一面に広がるのは一切の穢れを赦さぬ、残酷なまでに美しい白銀の世界。
仰向けに見上げた空は灰色の雲に覆われていて、ひどく息が詰まった。
――これが、わたしの、おわり………。
誰にも望まれず、誰からも愛されることはなかった。
与えられたものは侮蔑と嘲笑のみで、最期はここで、誰にも知られることなく、たった独りでひっそりと息を引き取る。
―――いや、だ。
許せなかった。悔しかった。
何もできない自分が。
何一つ為せない無意味なこの生が、少女はただ、悔しかった。
だから、少女は空に向かい、その手を伸ばした。
神に祈ったわけじゃない。そんなモノ、この世のどこにも在りはしない。
けれど。
それでも、何かを――誰かを求めてしまった。
自分がここにいることを知ってほしくて、肯定してほしくて。
ここに居ていいんだよ、と。
自分に笑いかけてくれる誰かが、この世界のどこかにいると、そう信じたかった。
そして、少女が力尽き、その手が落ちる寸前。
少女の視界が―――光に包まれた。
―――――え?
少女は茫然と声を上げる。
目を覆うほどの眩い光の正体は焔だった。
その焔は黄金だった。
その焔は暖かかった。
その焔は『本物』だった。
黄金の焔はあらゆる生命を凍てつかせる白の地獄を焼き払い、雲を越え、暁の光を運んでくる。
それは、絶望の中にいた少女が初めて見る陽の光。
どこまでも眩しくて、どこまでも雄大で、そして――とても美しい。
――――うあ、あ………。
その光景を、少女は一生忘れることはないだろう。
身体が震える。
自身の存在そのものを揺るがす程の圧倒的な情動。
涙が頬を伝った。
己の感情が未だ凍てついていないことに少女は驚いた。
そして―――
「―――強いな、お前は」
それは、少女が見てきた中で誰よりも奇麗な人だった
いつの間にか、少女の目の前にいたのは黄金の剣を持つ一人の青年だった。
輝く金糸の髪に、穏やかな眼差し。
柔らかい端正な顔立ちでありながらも、しかし儚さは感じない。
透きとおるような美しい蒼穹の瞳の中に、確かな強さを感じたから。
青年は膝をつき、少女の手を優しく包みこむ。
「こんなにも冷たくて、こんなにも残酷な世界で、それでもお前は諦めないんだな」
お前は強いな、と笑う青年に、それは違う、と少女は思う。
自分は弱い。どうしようもなく。
情が欲しくて。
温もりが欲しくて。
優しさが欲しくて。
――いつだって自分はねだってばかりで、手に入れられたモノなんて何もなくて。
それでも、繋いでくれたこの掌の温かさがどうしようもなく嬉しくて、涙が止まらなかった。
「俺と一緒に来ないか? つらいことも苦しいことも、きっと沢山あると思う。それでも、独りにはしない。これから先は俺がお前のそばにいる」
――それだけは約束するよ
優しい、優しいその笑顔。
答えなど、決まっている。
喉が震える。
声を出せないことがひどく、もどかしかった。
涙でクシャクシャになった顔で少女は必死に首肯する。
欲しくて欲しくてたまらなかったモノが目の前にある。
それに手を伸ばすことに、何の躊躇いがあろうか。
「よし。じゃあ今から俺たちは――『家族』だ」
そう言って、青年は少女を抱え上げる。
冷たい雪が融け、花が芽吹く。
―――少女のセカイに光が満ちた。