第7話 ルグナー魔法学園入学試験合格者発表
一次から四次までの試験が終了した。
合計二日間の試験期間で、千人以上もの受験生を相手に教師達は疲労が抜け切れておらず、採点を終えたとこで一人の女性が溜め息を吐いた。
「ハァ……つ、疲れたぁ!!」
そう駄々を捏ねるように教師机に突っ伏したのは、とある新人教師の女性。
乱れた金色の髪が、疲れを象徴していた。
彼女の発言は、この職員室にいる職員達の気持ちを代弁するもので、それに共感した教師は何人も存在するだろう、どんどん気が抜けていく。
そこに声を掛けたのは、精悍な顔立ちをした壮年の男性だった。
「お疲れ様です、イベリア先生」
「あ、クロード先生……お、お疲れ様です!!」
新人のイベリアは、大先輩に当たるクロードへと深々と頭を下げる。
今年の受験生達は例年よりも、素晴らしい才覚を持つ者が多いが、その才覚の殆どが問題児だった。
一次試験のペーパーテストに落書きをする問題児、二次試験で貴族の試験官を血祭りに上げた問題児、三次試験で魔力測定器を破壊する問題児、四次試験で教師陣に対して舐めた態度で話す問題児、他の年が可愛く見えるくらいの変人っぷりが露呈した。
他の妨害、不正行為、そういったものも何人も見受けられたが、そういった者達に関しては不合格扱いとなる。
イベリアの担当した会場では受験者は二百九十六人、四人欠けた状態の第五ブロック。
しかし、その中で異彩を放つ者が何人も見られ、余計に疲れてしまった。
「本当にお疲れのようですね」
「そ、それが……第五ブロックの受験生の中で、熾烈な奪い合いが発生しまして……」
今年の二次試験はカードの争奪戦、どのブロックでも試験官が必ず一人いて、奪い合いの様子を眺める役割を基本担っていた。
強奪は必至、しかし過剰暴力による略奪戦争となってしまい、それに巻き込まれた受験者も数多くいた。
「見てるだけだったはずが、強制的に戦わされてしまいました……」
「それはお疲れ様です。第二ブロックでは比較的多くの生徒がペア、またはグループを作って戦ってましたね」
「そ、そうなんですね」
個人戦と最初に説明したはずが、いつの間にか七割近くの受験生が誰かと組んで戦う、異質な魔法バトルとなっていた。
友人同士、仲間同士で組む人も多かった。
逆に初対面同士徒党を組んで戦う者もいた。
「私のところと似てますね」
「えぇまぁ。でも、私達のところはまだマシですよ。だって第四ブロックの二次試験はジャン先生、貴方から生徒に仕掛けたと聞いてますよ?」
「ブフッ……」
話を振られた教師、第四ブロック試験会場担当のジャンが口を付けたコーヒーを噴き出す。
側には二人の生徒のプロフィールが。
その調査結果二枚が、窓から入る風に乗ってヒラリとイベリアの足元へと落ちた。
拾い上げると、ギルベルトの顔写真付きのプロフィールが上に重なっていた。
剣聖アルベルト=エスペラード=ガルスクアの孫で、魔剣術の天才、第四ブロックにおけるジャンを倒した二人中一人の猛者である。
受験番号カードの枚数も、群を抜いて二位。
秀逸な優良物件である。
そして重なっていた二枚目を捲ると、無愛想な顔写真の青年のプロフィールがあった。
「ジオルスタス……この子、家名とかは無いんですか?」
「姓は無いらしい。俺様が聞いた時、そう答えていた」
ジャンが聞いた名前の時、姓は無いと答えていた。
そして面接でも、家名を名乗らなかった。
そこから彼が平民ではなく、孤児院で育った下民なのかと推察した。
「へぇ、やっぱり家名無いんだね」
「うひゃぁ!?」
突如背後から一人の男性教師の声がして、それに驚き跳ね上がるイベリア。
金色の髪が大きく揺れた。
同時に心臓も口から飛び出そうだった。
背後にいたのは、教師のローブを着込んだ丸眼鏡が特徴の教師、ジオの面接を担当したビドーレスである。
「び、びびびビックリさせないで下さいよ!!」
「あぁごめんごめん、気になった名前が出てたからさ、ついつい聞き耳を立てちゃったんだ。あ、他意は無いから安心してね」
「他意があったら驚きより恐怖ですよ……」
コーヒーカップを片手に、ビドーレスは近くにある自身の教員椅子に座る。
「ビドー先輩は、この子の面接もしたんですよね?」
「あぁ、一番印象的な生徒だったね。あれだけの成績を残しておきながら、この学園の志望動機も無ければ、入学してからしたい事とかも無いらしい」
「へ、へぇ……あれ? この子の項目、ほぼ何も書かれてませんけど、良いんです?」
イベリアが見たのは、空欄だらけのジオルスタスという青年のプロフィール、名前と年齢、性別、そして試験結果の項目以外の殆ど全部が空欄となっていた。
出身不明、魔法適性不明、ペーパーテスト総合得点千三百点近く、二次試験一位/二百点、魔力量零点、面接による回答は濁され、不遜な態度が目立ったため零点。
二日目の試験は受けるだけ無駄だった、という結果となった。
学園史上、一番意味不明な生徒。
そして備考欄には、知人に紹介された、という記載がされている。
「あの、この備考欄の記載事項、知人って?」
「さぁね。暈されたけど、大体予想は付いてるかな。まぁでも、その試験結果を総合得点とした場合、一位獲得は間違いないね」
「ほへぇ、凄い生徒もいたもんですね。この結果を見る限りは合格ですよね? でも魔力量零点って……」
「問題はそこだよ」
ジオルスタスの入学、それを決め倦ねている状態。
こればかりは教師全員の意見を反映させねばならず、幾ら貴族に権限があるとは言っても、平民下民一人の合否判定を覆したりはできない。
だから停滞、膠着状態が継続している。
入学させるか、それとも入学させないか。
この彼の扱い方次第では、学園はどのような変貌でも遂げてしまう。
「入学させるかどうか、教師間で議論になっててね」
一次試験で回答用紙に記入した独自理論についての整合性、二次試験三次試験においての魔法発動による魔力総量の違いでの不正疑惑、四次試験での不遜な態度、同じく謎の出生について。
全てにおいて、怪しさが天を突く勢い。
入学によるリスクが大きい。
戦争終結後の平和になった時代、しかし敵対者は何処にでもいるため、敵国のスパイかとも勘繰られる。
「貴族側の教師陣大半は不合格に、平民側の教師陣は挙って合格にしようって意見が出てるんだ」
青年に全問正解されたという事実のみにあらず、その問題を作ったのが高名な貴族の魔導師だったため、矜持は砕け散った。
問題用紙の間違いを何箇所も指摘されたため、貴族のプライドを粉々に砕かれた腹いせも兼ねて、不正したのではないかと騒ぎ立てる。
その大義名分として、姓の無い卑しい下民に入学させるのはお門違いだと、そう考えが共有されていた。
逆に平民上がりの教師達には、同じ平民であるジオが希望の象徴となると考え、入学を推奨している。
平民は貴族に劣る。
それは環境的な問題や血筋、取得魔法数、潜在能力、あらゆる分野場面において不利だから。
しかし、そんな中で好成績を収めた彼に一縷の希望が集い始める。
そして問題用紙の間違い指摘が実際にジオの書き記した通りであり、下民でありながら知識量において貴族の教師を超えたと、希望に拍車が掛かっていた。
「因みに僕は賛成派だよ。えっと、クロード君も確か賛成派だったよね?」
「えぇ、こんな面白そうな生徒、是非とも歴史について一緒に語り合いたいものですね。彼、歴史の分野でも優秀な成績を収めたと聞きましたから」
「あ、そっか、クロード先生は歴史専門でしたね」
「そうです。彼は私達の問題を軽々と解き、満点を記録しましたからね、アッハッハ」
問題を作成するのは教師達、貴族達は平民以下の人間に問題を解かれるという屈辱を味わい、平民の教師達は彼に希望を抱いた。
身分における貴賤は問わない。
それは教師陣にも同じ事が言えるが、今の平和な時代では建前だと暗黙の了解が自然と形成されていた。
学園間における『身分』という社会的縮図の頸木から解き放つピースの一つとして、平民の教師達はジオという特異な魔法使いに目を付ける。
「最終的にジオルスタス君の入学は確定、特待生枠に組み込まれる手筈になってる」
「そうなんですか……それで、あの、ジャン先生は何故頭を抱えてるのですか?」
「試験内での戦闘を超過して、やり過ぎたせいだね。それについて学園長にこっ酷く叱られたんだってさ。まぁあの戦い方は流石にやり過ぎだと僕も思うけどね」
「グッ――」
「でも良かったじゃないですか、ジャン先生。ギルベルト君とジオルスタス君の二人、特待生になれたんでしょ?」
「……学園長が先んじて手を打っていたのだ。俺様は三ヶ月間の減給だと」
「あちゃ〜、やっちゃいましたね」
クロードも、イベリアも、そしてビドーレスも、三人共がジャンを擁護できない。
特待生枠は上位から選出される。
ちゃんと学園の教師陣でも決議が取られる。
そこに関しては特に問題ではないが、受験生に対して手加減せずに戦っていたため、もしジオでなければ死んでいた可能性もある。
事実、他の戦った生徒の何名かは試験終了後も意識がしばらく戻らず、回復専門の教師に頼んで治癒してもらったくらいだ。
減給されるのも当然だろう、そう誰もが思った。
「ビドー先輩は第三ブロックを担当したんですよね? どうだったんです?」
「面白い生徒が満載だったね。特に一人は魔法そのものを暗号化させてたね」
それぞれの試験会場で、教師が試験監督となる。
それは個人試験、魔法を使った実技試験で受験生一人一人を確認するためだったりする。
そのための魔導具も用意済みで、全員の測定もできる。
「けど、災難だったのは第一ブロックかな」
「ハッ、貴族至上主義の男が受験生に半殺しにされた、ってやつだろ? しかも身体強化のみで顔面を蛸のように膨らむまでリンチにされたって聞いたぜ? こっちとしちゃあ清々するがな」
「ジャン先生、今は僕達しかいないけど、貴族の人達に怒られるよ?」
「別に構いやしねぇよ。どうせ俺様に嫌がらせもできねぇ腰抜け共だ」
今回の二次試験会場の一つ、第一ブロックでは貴族の受験者が殆どの中、一人の受験生が教師をボコボコに殴り、他の教師に止められる珍事が発生した。
その生徒は退学にすべきだと考える貴族の教師も多く、しかし全試験で高成績を収めているため、不合格にし辛い状況だった。
毎年行われる試験とは大きく外れた結末を迎えたブロックだらけ、ならばこそ問題児達の合格処遇をどうするか、これからの論点として議題に上がる。
「今年は異常な奴等が多いもんだな。取り分け問題児も多そうだぞ、ビドー」
「ジャン先生、何だか嬉しそうだね」
「へっ、今年は貴族連中共にギャフンと言わせられそうな奴がいるからな」
イベリアの持つ用紙に目線を送るジャン、そのプロフィールの一人に期待が寄せられる。
「ジオルスタス……貴様は一体、何者なんだろうな?」
無表情な写りの写真が現実の教師達を睨み付ける。
ただの魔導師、ではないのは最早全員周知の事実。
今年の試験において最も予定外の事態に発展し、それを作り出したのが彼。
「毎年貴族が主席なのが基本、新入生代表挨拶もしてもらわなければならないはずが、今年は平民ですらない少年が首席だからね」
「確かに、映像を見る限りでは圧倒的でしたものね」
成績上位者二名の特記事項欄に書かれている文字を指でなぞった新米教師は、その映像用の魔導具で撮られた戦闘場面を鮮明に想起していた。
平民以下の子供と有名な家系の子供、ある意味身分が真逆の二人が持つ戦闘能力は、今年の一年生で突出した才能だと思わしめる。
今年の新入生達の強さや才覚は、例年を凌駕するだけの技量を持つが、二人は群を抜いて強い。
「ま、なるようになるさ」
そんな楽観的な言葉と共に、一人の教師は丸眼鏡のブリッジを持ち上げて微笑んだ。
これから始まるのは波乱か、青春か、それとも平穏な日常か、定められた合格者達を歓待する魔法学園が、門戸を開いて待ち侘びる。
その向こう側へ踏み込めるのは果たして誰か、それぞれが待ち遠しく、時間はあっという間に過ぎ去った。
試験終了一週間後の魔法学園にて、今日が入学試験の合格者発表日であるため、彼は指定された時間より少し早く現地に到着していた。
人のごった返す場所に足を踏み入れていたが、程なくして弾き出された。
「人多すぎだろ、ったく」
誕生日を楽しみに待つ無邪気な子供のように、或いは大事な場面で緊張して震える人のように、受験生達は心音高まる時間を深く味わい尽くす。
学園の門前には、合格発表の受験番号が記載された掲示板が、布に掛けられた状態で設置されていた。
その掲示板に載った受験番号表と相対する受験生のみ、敷居を跨げる。
千人以上いて、選ばれし者はたったの二百人。
二百人の生徒だけが、輝かしい六年間の栄光という名の片道切符を手にする。
その六年間は、普通の人からすれば順風満帆な学園生活になるだろうが、全力で楽しもうと考えてない人間には栄光のチケットは魅力を感じない持ち腐れた宝物だ。
「さて、誰が合格するんだろうな」
大布が掲示板全体を覆い尽くし、それを撤去しない限りは合格者が誰か判明しない。
合格者の数は必然と絞られる。
不合格の可能性を考慮に入れ、空間魔法の中に手荷物を仕舞い、旅支度の準備は万端となっている。
だから、万が一不合格だとしても覚悟は決まっているため、彼は他と違い心音も普通、平静を身に体現していた。
(俺の受験番号は1198番……あるかな?)
一桁二桁三桁、そして四桁。
合格者の椅子を争い、彼等は二日間を競い合った。
正々堂々と戦う者、不正をした者、他者と協力した者、一人で乗り切った者、様々な人種がここに集うが、全員が喜びを分かち合うのは絶対に不可能。
だから周囲には緊張感が漂っている。
試験は他者との蹴落とし合い。
三次試験での彼自身の魔力量が測定結果で判明しているものの、二次試験と比較されると誤魔化すのが面倒だなと、欠伸を漏らす彼は一週間前の出来事を鮮明に脳裏に再生していた。
教師と戦って見事勝利し、合格必至だった。
それでも自分の平民の出生により、様々な面倒が舞い込む場合も無くはない。
だから、貴族の権限で蹴落とされる確率もある。
しかし彼の心音には、少しも変動しなかった。
「それにしても、予想以上に人が溢れ返ってんな……」
千人以上いれば学園前に人が押し寄せるのも当然と言えるだろう、ここにいる者達は全員試験結果を見に来て、まだ結果が開示されてないのだから。
合格した人間は掲示板より奥、学園の門を潜って設置された受付で入学案内の書類やパンフレット、年間行事といった様々な物資を入手できる。
不合格者は勿論、そのまま背を向けて帰るだけ。
毎年在校生が数人近くで駐在してるのは、暴動が起きないようにするためで、常に目を光らせている。
(成る程、暴動が起きれば即座に鎮圧できるよう、徹底してるようだな)
時間までまだ十分以上余裕があるが、それまでに千人以上の人間が一箇所に集中するのは、何だかお祭りみたいで落ち着かないと思ってしまう。
早く開示してくれ、と。
ここは居心地が悪い、と。
ここで透視するために【真贋の瞳】等の魔法を使えば興醒めだろう、そう無駄な考えを持ちながらも布の奥を覗こうか迷う。
そして一分の逡巡の末、無駄に魔力を消費するメリットが少ないと判断が決まり、結局時間まで待とうと決めて、道路の向かい側の建造物の壁に背中を預ける。
「時間まで大人しく待つか」
合格すれば点数なんて何点でも構わない、そういった考えを持つ彼だが、点数が開示されるかどうかまでは聞いていなかった。
知人から言われていない。
実際には十中八九、大半の人間は点数よりも順位が気になるもので、それは貴族が平民下民に負けたら屈辱以外の何物でもないからだ。
そのため、順位を気にする。
また、貴族は階級別に分かれているため、もし位の大きい受験生よりも位の低い受験生の方が点数が高かった場合も同様に屈辱を味わう。
だから学園側は無益な争いを避けるためにも、建前を用意しなければならない。
身分の貴賤を問わないものの、それは虚飾でしかないからこそ、順位は最も気になる要素となる。
(あの人なら、俺の成績順位を弄って最下位にしたりもできそうだが……)
三次試験で使用した測定器は、体内の保有魔力量を計測するための魔導具。
ジオの魔力が極小での火種で再現されたから、それが一般人の十分の一以下であると教師達も他の受験生達も、その場にいた全員が認識した。
点数は零点に近い。
或いは点数無しだったのかもしれない。
面接試験では、彼を疑う教師もいた。
他の教師も大半が何かしら不正したのでは、という猜疑心を持ち合わせてはいるが、彼の面接時の発言は教師達を黙らせるには最適だった。
『私達は下民如きの不正方法を見抜けなかった間抜けです、って言ったのさ!!』
その発言から、不正方法を躍起になって見抜こうとする貴族の教師が多発した。
しかし不正方法がより不明瞭となる。
事実、元より体内にある魔力量で魔法を連発するのは身体の負担が大きく、魔法をまともに発動できないどころか、怪我による回路の異常で更に少なくなった。
そのため、何処から魔力を魔法陣へ供給しているのか、それが教師達には一人も看破できない。
(ま、落ちたとしたら、しょうがないか)
受験に落ちたなら、それも致し方無し。
それだけの実力でしかなかった、と査定されただけ。
或いは建前を守る学園だと認識でき、そこに通う価値が無かったと諦めも付く。
「あ、ジオ君、おはようございます」
残り時間が五分を切った時だった、聞き覚えある優しい声が横から挨拶を連れてくる。
透き通るような女子の声、そちらに目線を向けると銀色の髪を揺らした美少女が、手を振りながら駆け足で彼に接近していた。
まるで嬉しそうに迫る犬のようだ、と心に秘める。
幻覚か、尻尾と犬耳が見えた気がした。
ルーテミシア、魔導列車で会った少女は嬉しそうに笑顔を繕っている。
された挨拶に対する文言は決まっている。
「あぁ、おはよう、ルー」
「はい。それで、えっと……ジオ君は何故このような場所で黄昏ているんでしょうか?」
「別に黄昏てる訳じゃない。掲示板の合格発表を待ってるとこだ」
倍率が高く、落ちる人が圧倒的に多い今回の試験。
指差した方向に目線を追う彼女は、大布を被せられた掲示板を目にし、ジオがここにいる理由を把握する。
「後五分で午前九時、それで結果が分かる」
「全然緊張してなさそうですね、ジオ君」
「まぁ、そこまで気負う程じゃないってのは確かだな。不合格なら、このまま何処かの国にでも行くさ」
ここから新たな生活が始まるのか、それとも今まで通りかは、布が外される時に判明する。
そして、五分という短くも長い時間が終わりを告げた。
在校生の一人が、掲示板の前に出た。
生真面目そうな無愛想な表情で受験生達を見た男が、拡声魔法を駆使して一斉に語り掛ける。
『これより、ルグナー魔法学園入学試験合格者発表を行う! 合格した者は橋のところに受付が設置してあるから、そこで必要書類を受け取れ! 不合格だった者は即座にルグナーから去れ!! では、開示する!!』
そう言った彼は、白い布に魔法を放つ。
『【灯火】』
拡声魔法との併用で、その男の掌に魔法陣が出現する。
ただの初級魔法のはずが、膨大な魔力量で形成された濃密な灯火となって、それが純白の布を豪快に焼き尽くし、その布が一瞬で消し炭となった。
そして現れる二百人の受験番号が記された掲示板、その場にいる沢山の挑戦者が自分のと相対する番号を探す。
(ここからじゃ見えないな……)
人が多すぎて、見えるのは頭ばかり。
合格した者、不合格だった者、その違いがハッキリ態度に表れていた。
ある者は歓喜に身を打ち震わせガッツポーズを取り、ある者は番号が記載されていないショックで膝を着いて呆然と涙を流している。
他にも自信に満ちた表情をする者、落胆の溜め息に埋もれる者、数多くの反応を見せる。
「結構落ち込んでる人が見えますね」
「それだけ頑張って、それでも努力が報われなかったんだろう。そのショックは大きいだろうな」
現実を受け入れられない人間もいるが、それでも不合格は不合格、決して番号が変わったりしない。
落ち込んでいても、誰も声を掛けたりしない。
潔い者はすぐに踵を返すが、諦めの悪い者達はその場に立ち尽くしている。
そして一部の合格者は、他の受験生を品定めするような行動を取ったりしているが、大半は喜びが行動に即表れ、受付へと申請に向かう。
軽やかな足取りで橋へと一歩を踏み出す新入生、そして掲示板から重い足取りで去る不合格者、その対極が彼の眼前で繰り広げられていた。
「今なら行けそうだな」
「そうですね、行きましょう」
群衆掻き分けて、二人は掲示板の見える一番真ん前に到達した。
二百個の数字塊と名前が並んでいる。
その数字と文字の羅列を一つずつ流し読みしていき、二百番目までの番号を認識して、ようやく最後の順番にて自身の番号を見つけるに至った。
(お、あったあった。二百位ギリギリか)
合計二百名、その二百番目にジオが選ばれた。
番号順ではなく成績順と決まっているのは、毎年五名の特待生の順位を表示するためであり、その五名と同列に扱っているという証明でもあった。
一番上に金色の蔦絵で囲われた、五名の名前と順位が書き記されている。
―――――――――――――――――――――――――
第一位: 25番 リーベスト=ノゥス=エンブレイン
第二位: 623番 クラージュ=オーランフェウス
第三位:1178番 ギルベルト=ガルスクア
第四位: 203番 エルトナ=ビズ=クレンジット
第五位:1492番 ルーテミシア=ロッサヴィーテ
特別奨学待遇生制度枠に則り、以上五名を特待生として合格とする。
※尚、受験番号25番リーベスト=ノゥス=エンブレインには、学年総代表生徒としての合格を義務付けるものとする。
―――――――――――――――――――――――――
その五人は新入生における顔役、つまり広告塔の意味でも使われる。
五名の魔導師に期待が寄せられる。
だからこそ、ジオは僅かに口角を釣り上げた。
(この特待生ってのに選ばれなくて良かった……余計に悪目立ちしそうだしな)
魔力の圧倒的少量が欠点となる自分が、特待生というのは絶対に合わない。
自分は一般人として入学する。
そう考え、これからの学園生活の様子を想像する。
端っこで地味に授業を受ける自分、図書館に一人籠もって勉学に勤しむ自分、放課後は一人静かに過ごす自分、普通の人からしたら灰色の人生を想起している。
彼は学園という場所に縁が無かったから、想像でしか知らない。
どんな学園生活を送れるだろうと真面目に思考領域を埋めようとして、隣の少女の様子に気付く。
プルプル身体を震わせて、喜びと困惑を足して二で割ったような表情を晒しているため、病気なのかと気遣う。
「おい、大丈夫かルー?」
「へ? あ、はい、大丈夫です」
ルグナー魔法学園に特待生として入れた自分を誇らしく思って、それを故郷の両親や家族達に伝えられたら、そう考えている。
少女の想起する学園生活は薔薇色だった。
沢山お友達を作って色んな授業を受ける自分、友達と図書館で勉強会をする自分、放課後には街に繰り出して一緒に遊ぶ自分、人生薔薇色の生活を夢見ている。
青年とは対極にいる、たまたま魔導蒸気機関車内で出会っただけの存在。
「えへへ、合格できたのが嬉しくて……あ、ジオ君はどうでしたか?」
「あぁ、俺も何とか合格したよ」
一番右下を指差して、番号と名前、順位の記載されている箇所へと目線を移した。
そして、有り得ないと、そう思った。
「あ、あれだけの力があるのに、どうしてジオ君が最下位なんですか?」
「さぁな、でも俺としては限りある魔力量で合格できたのはラッキーだったよ。だから気にしてない」
「ですが……」
ルーテミシアが見たジオの入試成績は三次試験のみ、そこでは魔力量の少なさによって非難を浴びせられていたが、対照的に出会った時魅せられた魔法の強さから、二次試験は上手くやったのだろうと予想できる。
なら、その成績は何だ?
この二百人の中にジオより強い者が百九十八人もいる、それが事実なのか?
断じて否、彼女は理解している。
明らかにジオルスタスという男の実力を測り違えているではないか、と彼女は学園側へ直談判するつもりでいた。
「俺は試験結果に満足してんだ、余計な事してお前の特待生の地位が剥奪されると、こっちが困る。気持ちだけ受け取っとくよ」
「……分かりました」
「それに、まぁ気にするだけ無駄だろうが俺は平民ですらないし、仮に一位だとしても点数が開示されない以上、情報操作で貴族を一番上に据えられる」
「だとしても特待生になるべきはジオ君です。それだけの強さがありますし」
「そう言ってくれるのは有り難いが、俺は特待生なんて器じゃない」
特待生に付与される特権は、計り知れない。
しかし逆に、行事祭事の際には率先して動いたりする義務が発生するため、自由でいたいジオからしたら余計な足枷になる。
学園に鎖で統制され、自由を奪われるくらいなら、最下位で充分だと考える。
それがジオだった。
彼には特待生なんていう宝物には一切の魅力を感じないから、この成績に大満足していた。
「とにかく、受付に行こう」
「そうですね」
合格した者達は、入学手続きをしなければならない。
期限は三日で締め切るが、合格直後に手続きをするのが無難である。
合格した二人は、そのまま受付へ。
ジオの知っている名前が二つ、しかし逆に残り三人の名前は知らない。
リーベスト、クラージュ、そしてエルトナ、三人の学生について彼は多少気になったが、入学すれば否が応でも顔を合わせる。
だから留めていた気を放つ。
そして忘れる。
これからの学園生活について想像を膨らませながら、彼等は在校生が合格受付をしている場所に来た。
「合格者の方々ですね? 受験番号カードをこちらに、お名前をお願いします」
「ジオルスタス」
「ルーテミシア=ロッサヴィーテです」
カードを受け取った受付担当の人が、何かを確認して笑みを繕った。
「はい、確認しました。合格おめでとうございます。これより入学手続きを行ってもらいます。こちらが入学に関する書類です、入学当日までに読んでおいてください。手続き会場はあちらです」
そう言われた彼等はそれぞれ紙袋を手渡され、学園へと入るよう促される。
紙袋の中には幾つもの書類が入っている。
入学了承証明書や入寮署名書、パンフレット、年間行事計画表、他にも沢山の書類がある。
最初に入学手続きの書類を書いて、学園に提出する必要があるため、二人は受付の在校生の指示に従って学園の橋を渡っていく。
「入寮か……どうしようかな」
「あ、私は入寮するつもりです。何だか楽しそうですし、お友達も沢山作れそうですし」
「お前、友達作りのために学園に入学するのか?」
「ちゃんと勉強もしますよ」
友達を作るために入学、それも良いと思うジオ。
ただこのルグナー魔法学園、かなりの優秀魔法学校として有名であり、カリキュラムもかなり厳しいものとなっているため、特待生となった彼女も油断できない。
歩きながら年間行事計画表を取り出す。
細部にまで埋められた行事表に、ゆっくりと目を通していく。
彼等は新しく一年生になるが、その一年目にすでに幾つかの行事が入っている。
(四月、五月は目立った行事も無いな。けど、四月の入学式と翌日には顔合わせ、それから役員決め、五月には課外演習があるのか。これが恐らく一週間の無人島サバイバル演習だな。ってかこの役員決めって何だ?)
書き記された行事の最初の二ヶ月を覗くと、そこまで多そうには見えない。
だが、五月の中旬にもう厳しい活動が待っている。
難関な課外活動が、彼等に手招きする。
早く地獄に来い、そう言っているように二人には見えてしまった。
「凄いですね、行事が目白押しです」
「そうだな」
七月下旬から八月一杯は行事が何も無い。
これが夏休み、そして九月から二学期が始まる。
年がら年中戦闘に身を置いた青年にとって全く縁の無かった行事、これからルグナー魔法学園の一生徒として学生気分を味わうのかと、未来を想像する。
しかし、特に楽しいイメージが湧かなかった。
休みとは別に、行事の多さが目立つ。
他の魔法学園より先進的なのは、ルグナーが生徒の実力上昇のために、敢えて行事を多くしているためでもある。
(まさに、飴と鞭だな)
楽しい行事もあれば、過酷な試験も数多く用意されているため、そこに一切の妥協を感じられない。
それに加えて、貴族と平民との軋轢がある。
予想以上に学園生活は波瀾万丈となる。
「前途多難な学園生活になりそうだな」
「何か言いました?」
「いや……何でもない」
少し先に進んでいた少女が身を翻して、スカートが僅かに舞い上がる。
入学を嬉しむ少女と共に学園の橋を渡りきって、学園へと一歩、敷居を跨いだ。
入学のために、彼等は準備する。
新たな生活を夢見て、彼等はルグナー魔法学園へと入学を果たした。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
『面白い!』『この小説良いな!』等と思って頂けましたら、下にある評価、ブックマーク、感想をよろしくお願い致します。
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