第6話 入学試験 二日目
試験一日目が終了し、二日目の朝が訪れた。
小鳥達が受験生達に朝の激励合唱を送り、追い風が彼等の背中を後押ししていく。
会場案内は在校生達が行い、それに従って魔力測定会場へと大半の受験生が足を運んでいた。
「魔力測定、か……」
魔力回路が途中で焼き切れたせいで正確に測れるか不安を募らせるジオは、一日目の貯金があるから大丈夫だろうと思考を切り替え、雑踏に流されていく。
試験一日目、二次試験はジャンとの戦闘後はギルベルトを休ませ、無事試験を終えた。
そして今日、ルーテミシアもギルベルトも同じ試験会場にいるはずなのに、その二人が見当たらない。
会場の十箇所に魔力測定のための機械が設置され、その台座に魔力を送り込んで、巨大な筒状の機械内部に火種を生み出す。
その火種の大きさによって、魔力量が測定される。
重要なのは火種の大きさであり、競争する場において魔力は絶対なるもの、これが低いと入学資格を得られない可能性もある。
特にジオの場合、二次試験で不正したのではないか、という疑いも掛けられるかもしれない、それを本人は非常に危惧していた。
(ま、不正を疑われても痛くも痒くもないし、入学できなかったら旅を続ければ良いだけだしな)
入学できれば御の字、できなければ次を考える、たったそれだけ。
一日目の苦労が水泡に帰すが、これも仕方ない。
会場にいる烏合の衆を俯瞰するように眺めながら、ジオは時間になるまで誰とも会話せず、一人静かに試験開始の合図を待った。
そして、その合図を持った人間が中央のステージに立っているのを感じ取った。
(あれは……)
『受験生諸君、おはよう』
朝の挨拶を始めたのは、蒼色に染まる髪を乱し、スタイルの良い肢体を惜しげも無く晒す美女、口元に出現している風属性の拡声魔法を通して美声を会場にいる全員に届けた。
その挨拶の一言で、全員がサッと押し黙る。
静寂に満ちた水面へと小石を落とすかの如く、女性は喋り始めた。
『私はルグナー魔法学園現学園長を務める、アナストリア=イブ=エルデューク、『泡沫の魔術師』と言った方が分かるかしら?』
アナストリアと名乗った女性の言葉で、会場全体で騒めきが生まれた。
魔法使いには階級が存在する。
その中でも魔法協会における十人の最上級魔導師達を、畏怖と敬意を込めて『魔術師』という最大の称号で呼び、それは魔導師より上の存在、その十人が世界において最強の十人という証になる。
魔術師を名乗れるのは世界でたったの十人、そして彼等一人一人に、魔術師の特徴とも言える敬称が授与され、だからこそ『○○の魔術師』と名乗れる。
現在、彼女アナストリアは序列第七位に着任している。
彼女の二つ名を聞いた受験生達は、挙ってザワザワとし始めた。
――あれが七位、泡沫の魔術師か……
――凄い貫禄だな。いや、ってかメッチャ綺麗だ。
――俺見たぞ、今月の週刊魔導グラビア雑誌で人気一位に輝いたって載ってた。
――けど、何でここに?
――試験を見に来た、とか?
――だったら頑張ればお眼鏡に適うとか、ワンチャンあるんじゃないか!?
といった会話が、ジオの耳にも入る。
魔術師が一般市民の前に現れるのは滅多に無いため、この受験会場に来たという行動そのものに意味があり、魔術師に認めて貰えば将来安泰といった噂も真しやかに囁かれ、伝播している。
それだけ、魔術師には価値がある。
一位から十位まで、全員が全員、王族と同等の発言権を有している。
つまり、彼等は王のような存在。
目を掛けられれば、それだけで周囲から羨望と嫉妬の眼差しを向けられる。
『三次試験について説明するわ。台座にあるパネルに手を翳し、貴方達の体内魔力保有量を測定します。保有量に関しては連動する巨大カプセル内に火種が生まれるから、その大きさで分かる仕組みね』
三次試験は単に魔力を測るだけ、気負う必要は無いのだと説明を加える。
『終わった生徒は出口より在校生の案内に従って、教室で待機してください。尚、一番から順次上部にあるスクリーンに受験番号が映し出されるから、よく見て行動するように。では、試験開始!!』
アナストリアの指差した場所には半透明のモニターが空中投影されており、そこに一番から十番までの受験生がそれぞれに対応した魔力測定器に移動するよう、的確に指示されていた。
試験が始まり、案内番号に相当する受験生達が一斉に移動を開始した。
計十台の魔力測定機器が用意されて、その魔導具を用いた判定方式で点数が付けられる。
(へぇ、あんな風に火種が出るのか)
最初の十人の測定は両手に乗るくらいの、それもボーリングの玉くらいの大きさが殆どだったため、それが基本なのかと判断した。
台座から手を離すとカプセル内に発生していた火種が消失し、その機械の横に座る教師達がバインダーを片手に何かを書き込んでいく。
終わった生徒に声を掛け、彼等はこの会場から出口へと去っていった。
(かなり時間があるな)
十人全員が均等に時間を与えられ、先生が採点し、次の生徒へと流れていく。
まるで工場のようだと、ジオは密かに思った。
ここにいるのは千人以上、1198番のジオが回ってくるのに合計して百二十回、一回につき三十秒であるため、丁度一時間も待たなければならない。
(約一時間も待つのか、結構退屈だな)
しかし大体一時間程度で三次試験は終わる。
しかも突っ立っているだけで時間が過ぎていく試験、今年は例年よりも受験生が多いため、倍率も高く、魔力測定器も限りがあるために時間が掛かる。
どうするべきか迷いつつも、適当に待っていようと思った瞬間、何かに手首を掴まれて引っ張られた。
「うおっ……な、何だ?」
誰に引っ張られたのか、その手首から腕へ、肩、そして顔を視認する。
美しき銀色の髪、翡翠色の瞳をした美少女。
まるで旧友に再会を果たしたかのような目の輝きを携えた少女が、大層嬉しそうにしていた。
「る、ルーか」
「はい、数日振りですね!」
一日目はギルベルトが、二日目はルーテミシアがジオを見つける。
「一時間以上も待たされますし、お暇なのでお話しでもしませんか?」
「お前……いや、別に良いか」
退屈を紛らすためなら、一時間くらい話していても構わないだろう、しかし話題が無い。
今少し逡巡した後、聞きたかった内容を投げ掛けた。
「昨日はどうだった?」
「試験ですか? えぇ、バッチリ……と、言えれば良かったんですが、一次試験に少し手古摺りましたね」
筆記試験は選択式、彼女が選んだのは魔生物学、歴史、占星術、そして財政学の四つ。
この筆記試験は、選択した問題の総得点がそのまま点数に表示されてしまう。
つまりルーテミシアの場合は四百点が最高得点であり、五科目を解いた生徒がいて正答率も高かった場合、どう足掻いても彼女は筆記で負ける。
それでも彼女には達成感があった。
「ジオ君はどうでしたか?」
「知らない科目を数個除いて十三科目解いたよ」
「十三科目もですか?」
「あぁ、財宝学や魔法偉人学、財政学、そういった専門学は省いて解いたからな、結構手が痺れた」
彼の場合は特殊な事情から、大多数の教科問題には手を出した。
それは二次試験の内容を危惧してのものだったが、その危惧も杞憂に終わり、実戦形式での魔法戦闘試験が繰り広げられ、結果として合格に一歩近付いた。
「二次試験は番号札の奪い合い、結構熾烈な争いだった」
「確かに、こちらも大変でした」
結果を知るのは教師のみである。
合格発表では合否と総合順位のみとなり、受験生に点数は開示されないようできている。
そこには裏の意図があるが、生徒には関係無い話だったりする。
「そっちは?」
「はい、中々大変でしたが何とか生き残れましたので、残すは魔力測定と面接のみです。あぁ、何だか緊張してきちゃいました!」
今年の受験者総数は、千四百九十六人。
一ブロック三百人、そして少女のいた会場には二百九十六人しかおらず、点数も三百人グループと同じように採点される。
そのため、人数が少ない四点分のハンデを教師が担っていたが、それを受験生達は誰も知らない。
回復適性のあるルーテミシアが不合格になる事態は、余程の事が無い限りは大丈夫のはず。
実際、それだけ貴重であるからだ。
どの国も回復魔法の技術研究が繰り返されているが、その魔法発展は著しく乏しいため、回復魔導師を勧誘するのが手っ取り早い。
医療技術の発展は目覚ましいが、現状では回復魔法に及ばない。
「ま、ルーなら大丈夫だろ。問題があるとすれば、俺の方だな」
「そう言えば列車で話してた時、瀕死の重傷で魔力回路が焼き切れたとか言ってましたけど、ジオ君は魔力測定、大丈夫なんですか?」
「魔力測定器次第だな。魔力放出自体は可能だから、魔力測定は行えるはずだが、そもそも魔力保有量は人より少ない方だしな……」
問題は魔力の圧倒的少なさ、魔力回路の異常によって正確に測れないかもしれないという二点、それは測定するまで不明、もしかしたら零点も有り得る。
試験四種の総得点で合否が決まる。
つまり、この三次試験を捨てる覚悟を予め持っておかなければ、合格はできない。
(二次試験では教師とも戦って点数を沢山獲得したし、あの後も一次試験の試験問題を覚えてる限り、図書館で自己採点して全部合ってたから良いが……)
一次試験は勉強すれば誰だって解ける問題ばかり、二次試験では他の会場でも行われていたため、差はあまり無いだろうと予想した。
だから不安が重なる。
もし、不合格だったら?
もし、入学できなければ?
その時は目的のために一人旅を再開させるだけ、しかし誘われていた推薦枠を蹴ってしまった手前、気恥ずかしさを覚える。
また、ここに来た目的も果たせないため、最早神頼みするしかないかと半ば諦めが入っていた。
(あの人も怒るだろうなぁ)
知人の顔に泥を投げ付けたと同類の行為だと思うと、少し顔を合わせ辛い。
「ジオ君? 聞いてますか?」
「あ、悪い、全く聞いてなかった。で、何の話だっけ?」
「四次試験の面接です。何を聞かれるんでしょうか、と聞いたんですけど……」
全くの他事を頭に思い描いていたせいで、ルーテミシアの言葉を聞き漏らした。
四次試験で何を質問されるのか、そもそも質問によって点数が決まるのか、それが不安を増幅させる。
「簡単な質問だけだろ。志望動機とか、将来の夢とか、当たり障りの無い質問ばかりだと思うぞ」
「それも情報収集ですか?」
「いや、面接は大体そうだろ」
実は知り合いからポロッと聞いてしまった、とは言えないジオだった。
「って、何だか騒がしくないか?」
「ホントですね、何かあったんでしょうか?」
考えが脳を埋め尽くしている最中、一つの測定器で異常が発生した。
測定機器の一つに群衆が群がっている。
人混みを掻き分けて二人が出た先には、測定器の硝子に罅が入って破壊されていた光景があり、その台座にいる一人の受験生に注目が集まる。
乱れた赤髪を後ろ高く結わえ、鍛冶場にいるような格好をした高身長の美女が壊した。
上は腹部を晒すスポーツブラ、下は大きな繋ぎに戦闘ブーツ、そして上着は腰に巻いた状態で、試験に来る人間の格好から乖離していた。
如何にも、鍛冶場の人間らしい服装。
腹筋が見えるか見えないかくらいの筋力量で、その豊満な肢体を男達が惚けながら眺めていると、虎色の目が鋭い眼光携えて、男連中を牽制する。
(腰のベルトには鍛冶道具、か。根っからの鍛冶師だな)
上着から覗くのは鍛冶師の命とも言える金鎚、そして他にも鍛冶道具がベルトに付いている。
ここは魔法学園、鍛冶場の人間が来る場所ではないと思った受験生も中には結構いるが、そう考えた時点で考えた奴等に入学する資格は無いだろうと、ジオは少しだけ口角を上げてクール美女を眺める。
その思想は最早古い。
今は多様な人間が門を叩ける時代、差別をするだけ無駄なのだ。
ただ、剣士に鍛冶師、次はどんな職種の人間が門を潜ろうとするのかと考える。
「ジオ君、あの女性の方を凝視してましたけど、惚れたんですか?」
「いや、面白い奴がいるなと思っただけだ。別に惚れた訳じゃないぞ」
ルーテミシアのジト〜ッとした目を見た瞬間、咄嗟に言い訳が口から飛び出した。
「ああいう人が好みなんですか?」
「だから違うって」
色恋沙汰は彼からは最も遠い存在、現在彼が気にしているのは一つ、鍛冶師の受験生の魔力量だった。
機械を破壊するだけの魔力量を持つ受験生、それだけの力があれば普通の魔法も威力が桁違いとなろう、そう実直な感想を抱いた時、別の場所から硝子の割れる音が両耳を突き抜けた。
そちらを見ると、同じように魔力でカプセルを割った、いや破壊した人間がいた。
(こっちは罅入れたくらいなのに、向こうは完全に破壊しやがった……確かに魔力の質が濃いな)
瞳に刻んだ魔法陣を通し、破壊された器具の前に佇む美少女から、滲み出る魔力の質を自己測定して力量を勝手に観察する。
その魔力量は一騎当千の魔導師と同等量の魔力を保有している。
と、切り揃えた前髪の下にある水色の双眼と、視線がバチッと搗ち合った。
ウェーブ掛かった肩に付く青髪が印象的で、白い花の付いたカチューシャで髪を留め、魔法のローブは魔導大国の国旗がマークとして背中に描かれている。
魔法使いらしい華奢な身体をした普通の少女。
普通にしか見えないが、その少女から放たれる気配は凄まじい魔力の圧で、それが強者を象徴としていた。
「凄い魔力量ですね。しかも二人も機械を破壊しちゃうなんて驚きです」
「ま、試験官側からしたら堪ったもんじゃないがな」
慌ただしく教師陣、そして在校生数名が半壊した測定器を移動させるため、魔法を駆使して新品機械の設置に尽力していた。
壊れた機械の硝子片が、側に落ちていた。
それを拾い上げると、僅かに硝子片に魔力を帯びていたのが目に映った。
(かなりの魔力練度だな、内部で魔力が膨張したから壊れたのか?)
内部加圧によって自壊したかと、注目を浴びる受験生二人を観察するジオだったが、戦えばどれだけ強いのか、ゾクッと闘争心が微かに身震いした。
しかし、そこまでの強さを持っているようにも思えなかった。
まだ学生レベル、戦い慣れていたとしても即座に退屈するだろうと考えてしまい、ガッカリと肩を落として感情から色が抜け落ちた。
(ま、戦いから身を引いたんだし、そうそう強者と戦える機会なんて無いよな)
戦場が名残惜しい、血の臭いが懐かしい。
そんな考えを抱いている間にも、二人の受験生が再度測定を行い、巨大な火種を生み出していた。
相当な魔力量を保有している証拠。
二次試験で見なかった以上、他の会場にいたために二人の実力は魔力練度でしか判断できない。
(あの二人、余裕で合格しそうだな)
次第に面接の終わった第一陣が、会場に戻ってきているのを視界に入れた。
しかし人数が出て行ったよりも圧倒的に少なく、大半は四次試験を敢えて帰宅したかと推察する。
すれ違い様に少女達が四次試験に向かっていく。
その二人を烏合の衆が噂する。
――あの人の魔力量凄くない?
――お淑やかそうだったねー。
――あっちの女もデカかったな。
――え、あぁ、デカかったな……
会場から抜けた二人の噂が伝播し、全体でザワザワと話題が増えていく。
その集まりは先生の一言で霧散した。
『はいはい、モニターに映った該当する番号の人は速やかに移動してくださいね』
アナストリアの指示に従って、生徒達は一人一人と挑戦していく。
少し大きな火の玉の人、他より少し小さい火種の人、炎の色が何故か黒い人もいるが、一律して一定以上の魔力量を誰しも持っている。
千番台に上るまで、何人かが大きな魔力を持っているのを確認した。
(ギルベルトもいたな……アイツの魔力量が意外と少ないのは一緒に二次試験受けたから知ってたが、アイツ魔導師じゃなくて剣士だよな?)
それでも平均以上もあったため、それが驚愕だった。
魔剣士が必要とする魔力量は、基本は身体強化と剣への付与のみである。
それは一般の魔導師の半分以下の魔力量で済む。
(勿体無ぇな)
戦闘を近くで見た結論、ギルベルトは魔力の持ち腐れであるとジオは思っていた。
もっと上手く活用できれば、より長く、より強く魔法を維持したり、魔法を切り替えたりできるのにと戦闘スタイルの見直しを脳裏で行う。
「っと、そんな事考えてる場合じゃないか。もう番号が回ってきてるし」
約一時間は早く過ぎ、次にモニターに示された番号の中に自分の持つ受験番号が記載されていた。
「次はジオ君の番ですね、頑張ってくださいね」
「……あぁ」
頑張ってください、そう言われたところで体内魔力が変容したり変質したり変形したりしない。
こればかりは現在までの努力の重ね合わせ。
魔力量は鍛えれば増やせるが、殆どの人はそれをしないから、成長と共にしか魔力量が増えない。
そして青年の番がやってくる。
「受験番号と名前をお願いします」
「受験番号1198番、ジオルスタスです」
「はい、では台座の基盤に刻まれた魔法陣に、手を翳してください」
流麗な教師の指示に従って台座の前に立ち、台座に乗る基盤へと手を伸ばす。
魔法陣に見覚えが無いため、無意識に解析する。
約零コンマ一秒未満、即座に解析が終わり、魔力測定が開始された。
直後、巨大試験管内に超小さな火種が形成された。
小指サイズ、いや、それよりも小さな火種しか生まれず、教師自身も目を丸くして交互に視線が泳いでは止まりを繰り返していた。
その極小の魔力量を見た受験生達が、プッと吹き出した途端、堰を切ったように爆笑の嵐が飛び交った。
「ブハハハ! アイツの魔力量何だよ、小っせぇ!!」
「おい笑ってやるなよ、可哀想だろ……ブフッ」
「あんなんで学園に入れる訳ねぇだろ、馬鹿なんじゃねぇのか?」
「うわぁ、まじダサッ」
「どうせあの魔力量じゃ落ちるんだから、とっとと諦めて帰れよ。試験の邪魔だぜ全く……」
「魔法の才能全く無いよね、あれ」
「何でここにいるんだろ? 場違いにも程があるよねー」
魔力は魔法使いにとって絶対的なるもの、それが殆ど無い人間にとっては魔法使いとしての価値が無いに等しく、それは差別対象となる。
だから周囲からの嗤い、或いは侮蔑の言葉を浴びせられるのは自然の反応。
その異常が普通に起こるものであるのは、どの世界でも同じなのだなと、溜め息を漏らすジオ。
受験番号1198番、その番号が受験生の間に無能の烙印として広まっていた。
(故意にジオ君に聞こえるように話してる……)
ルーテミシアも近くにいたから、陰口にもなっていない陰口を耳にし、不快感を身に覚えた。
しかしカプセル内に出現した火種は、ジオの魔法の才能がゼロであると証明してしまった。
「え、えっと、四次試験会場待合室は、あ、あちらになります」
「……どうも」
表情一つ変えず、青年は記録する教師の横を素通りし、そのまま案内に従って待合室へと向かう。
会場を出たところまでも、嗤い声や罵詈雑言が届いた。
それだけ非魔法使いは魔法使いよりも社会的地位が低いという、社会の構図が原因でもある。
(ま、そりゃそうだよな。魔法使いの方が一般市民より強いのは当たり前なんだし)
ジオを非魔法使いと勘違いしている、それが魔力測定だけを見た結果、つまりは偏見である。
この世界の人類は皆、体内に魔力を保有している。
その中で突出した魔力を持つ者だけが魔導師の道を歩めるもので、だからジオの魔力測定結果は一般人だろと言わんばかりの結果でしかなかった。
教師は昨日の一次二次の結果を知っていたから、逆に驚いてしまっただけ。
そして言い返しもせず暴言を受け入れているために、勘違いに次ぐ勘違いで偏見者達は増長する。
それをルーテミシアは止められない。
それを気にせずに、彼は四次試験開始まで待合室にて面接の順番を待つ事となった。
面接試験開始まで、大して時間は掛からなかった。
待合室には何十人と人が待機しており、在校生の案内によって十人ずつ何処かへと連れてかれる。
後続の受験生達はジオの魔力測定を見ていたために、彼等から軽蔑的な、小馬鹿にしたような視線を一斉に向けられていた。
それに関して青年は気付かないフリをして、その場をやり過ごす。
無駄な争いは試験の不合格へと繋がるから。
だから、甘んじて結果を受け入れる。
(鬱陶しい)
頬杖を着いて気怠げにする欠伸は、ここにいる受験生達の神経を逆撫でして、より侮蔑の籠もった視線が全身に突き刺さった。
ジオが学園に相応しくない、と目で語っている。
早く帰れ、と誰も声は掛けない。
待合室での喧嘩は御法度、受験失格になりたくないがために睥睨するだけ。
「次、1191番から1200番の受験番号の方、廊下に出て案内に従い、面接会場に向かってください」
在校生より指示が出され、その番号内にいるジオも含めて十名の受験生が椅子から腰を上げ、廊下に出る。
綺麗に手入れされた校舎を歩き、長い廊下を突き当たったところで左へと曲がると、受験生が椅子に座って待機しているところだった。
部屋は合計して十個、奥から八個目、手前から三つ目の椅子に座ってジオは待機する。
隣には緊張した生徒が一人、何かを必死に祈るようにして両手を組んでいる。
(何でこんなに緊張してんだろ?)
ジオ本人は知る由もないが、合格できるか分からない不安が彼等を襲っているため、そしてジオの隣に座る平民の受験生は田舎からワザワザ上京してきた。
村一番の魔法使い、そんな彼が村を出て一人前の魔法使いになって錦を飾ろうと頑張っている。
だから不安がより一層色濃く心境に表れる。
間もなく受験生達が出てくる頃合い、ジオは何を聞かれるのかと考えながら待つ。
前の受験生が出てきて、在校生の合図によって一斉に先発の受験生達が立ち上がり、ドアをノックする。
『入りなさい』
促されるままに入室した超緊張の面持ちの受験生を見送って、ジオを含めた挑戦者達は廊下で待機する。
(面接か……誰が担当すんだろ?)
貴族至上主義の人間なら、ジオが合格するのは万に一つもない、かもしれない。
教師の中には、貴族万歳、平民帰れ、といった思考判断を持つ者も数多く存在している。
この学園には生徒教師関係者従者全て含めると二千人を軽く超える。
教師も結構いる。
それは、一年生から六年生までの各学年で数多くの学問を学ぶために、その対応する教師がどうしても必要となる。
そして貴族出の人間も多く在籍している。
ジオは平民以下の下民、家名すら名乗らない時点で、半分以上の教師達からの第一印象は悪い。
(ま、出自で差別するってんなら、ここに通う価値は大して無いだろうな)
自分の知識量は学園にとって宝そのものだ、と自分で理解しているからこそ、自分が通う価値があるかを逆に見定めている最中だった。
十分も掛からない試験が、次の番に回ってくる。
出てきた受験生は意気消沈とした顔をしていた。
まるで屍のようだ、なんて表現が出てくるくらい落胆を顔に出していた。
扉を叩いて、教師の声が中から聞こえてくる。
入りなさい、と。
扉のノブを捻って中に入る。
彼を歓待するのは、眉間に皺を寄せた教師二名と、中央の椅子に座る一人の笑顔を携えた丸眼鏡の男の計三名の教師陣、対面には一つの用意された椅子が寂しく佇むように設置されている。
その椅子の横に立ち、教師の対応を待つ。
「では、受験番号と名前をお願いします」
指示が為され、青年は答える。
「1198番、ジオルスタスです」
「では、お座りください」
指示に従い、着席する。
彼を睥睨するかのように二人の教師が熱視線を向け、その視線に違和感を孕んでいた。
「では、質問を始めます」
その男、ビドーレス=ヒルグーニス、真っ赤に彩られた瞳が、満月の濁る色合いの双眸と交差する。
「まず、この魔法学園を志望した理由は何ですか?」
予想通りの質問、その質問に対する答えを彼は持ち合わせていなかった。
正確には自身の目的のためであり、志望した理由を話す気は無く、適当に回答する。
「特にありません」
「「なっ――」」
ビドーレスの両脇に座る二人の教師が驚きの声を漏らしてしまう。
単なる腕試しに来た、そう挑発もしない。
聞き間違いではない、だからこそ不遜な態度が気に食わないと感じつつも、睨みを利かせながら面接の成り行きを二人の教師が見守っている。
「この魔法学園に入って頑張りたい事は?」
「それも特に無いです」
受け答えする気が無いジオの態度が、ビドーレスの左側に座る貴族の神経を逆撫でしていた。
だがしかし今は面接中、何かを言う立場にいないため、両脇の二人は口を噤む。
「……では次に、入学したら何かしたい事は?」
先程と同じ質問ではないのか、と疑問に思うも、何をしたいか想像して適当に答える。
「平々凡々と暮らしたいですね」
「貴様!! 巫山戯るのも大概にしろよ下民!!」
途端に憤りを言葉に表して立ち上がったのは、ジオから見て右手に座る中年の男、ビドーレスの左手にいた貴族、少し禿げそうな小太りの中年魔導師である。
苛立ちが表情に出ている。
が、小物臭のする男に怖がりはしない。
何に対して怒りを露わにしているのか、本気で分からないジオは、不思議そうに首を傾げる。
「ビドーレス先生! 私はこの下民の入学には反対だ! 受かる気が無いではないか!」
「まぁまぁ、ベイナール先生、ここは落ち着いて――」
「このような不遜な態度、私もこの学園に相応しくないと思いますわ」
「ホスファー先生まで……」
両脇にいた教師二人が、ジオの入学をその場で反対する意見を出した。
外には漏れていない。
だが、この面接の場で不合格の意思を告げるのは、どうなのかと考える。
しかし自分の態度が適当だったというのも頷ける話で、ジオは黙って三人の教師の対話に耳を傾ける。
「一次二次試験と、どうせ不正したに違いありませんわ。この教育のなっていない穢らわしい下民、ルグナーに相応しくないでしょう」
「しかしですねホスファー先生、この子の知識と実力は我々も目を見張るものが――」
「ではあの試験の回答は何だと言うのだ!? 下民にあれが解けるはずもない!! 不正したのは明白だ!!」
不正を疑わない男が、キッとジオを睨み付ける。
睨まれても大して恐れない彼はその話を適当に聞き流していたが、流石に否定するべきかと思って、仕方なく言葉を並べ立てる。
「俺は不正してませんよ」
「フンッ、家名も無い下民風情に解けるとは思えんがな。言え、どんな不正をした? 平民教師の誰かに賄賂でも渡したか? ん?」
毎年、正攻法以外で入学を狙う輩はいる。
不正、賄賂、裏口入学、そういった横槍を入れる入学方法は絶対にしないのがルグナー魔法学園であるが、それは教師にも適応される。
例えば賄賂なら、それを渡した方も受け取った方も、敷居を跨がせない方針となっている。
教師側で不正を容認した瞬間、即座に罷免される。
しかし不正できない訳ではない。
が、不正した場合、教師側に公となる。
だから青年は彼等へと質問できる。
「ねぇ、ビドーレス先生とやら、この人馬鹿なんですか?」
「なっ!? き、貴様! 私を愚弄するか!?」
「ハァ……」
この教師の発言に、ジオは底を見た。
その発言が何を意味するのか、賢い人間ならば裏の意図を汲み取ってしまう。
そして、その男は自分の発言の意味を理解していない。
逆にジオ、ビドーレスの二人は裏の意図を読み取り、この学園の価値が決まってしまった。
「どうやら本物の馬鹿らしい。こんな男、罷免した方が良いと思いますよ、学園のためにね」
「な、何を馬鹿な!? 下民の分際で生意気な事を言いおって……」
「どんな不正をした? それ、意味分かって言ってんのかよアンタ?」
「は、はぁ? 意味だと? 貴様が不正をしたという意味に決まっておるだろうが! それ以外に何の意味があるというのだ!?」
貴族なのに分からないのか、そうジオとビドーレスは思っていた。
貴族なら読めるだろう言葉の意味を、深く理解しようとしない。
もう面接どうのと言ってる場合ではない。
ジオは不合格覚悟で言葉を捲し立てる。
「下民風情が不正をした、つまり学園側は不正を見逃した、或いは発見できなかった。要するに学園側の不手際を認めるという意味になる。しかし認めてしまえば管理体制が不十分だと公言してるのと同じ、認める訳にはいかないよなぁ? アンタ、さっきの発言で自分が何言ったのか教えてやろうか?」
「な、何を――」
鋭い眼光が、虚弱な男を見据える。
「私達は下民如きの不正方法を見抜けなかった間抜けです、って言ったのさ!!」
瞬間ビドーレス以外の二人から、猛烈なる殺意が向けられる。
ジオの、相手を小馬鹿にした態度も気に食わない。
舐めきった態度も、その表情も、足を組んだ座り方もなってない青年は、丸眼鏡の男に質問する。
「なぁ、先生はどう思う? 俺が不正したか、それとも不正ではなく真っ当に回答したか」
「……多分、不正してないだろうね。僕も試験の回答用紙を見させてもらったけど、魔法学概論だけでも普通の答えとは違う、後半の問題は君の究明独自理論で構成されていたのは一目で分かったよ」
「それで、結局これは何の時間なんです? 面接の途中のはずですよね?」
「あぁ、そうだったね、済まない」
面接の時間であるはずが、いつの間にか不正したかどうかの尋問の時間となっていた。
それを軌道修正させる。
「確かに君の一日目の試験結果は素晴らしいの一言だ。ここで学ぶ意義を感じられない気がするけど、君がルグナーに入る本当の理由は何だい?」
「……知人に誘われたので来ました。それから図書館の禁書庫閲覧区域には学園のみが保有する蔵書がある、そう耳にしたので読んでみたい、って理由ですね」
「蔵書については僕達に権限は無いけど……それより、知人って?」
「知人は知人ですよ」
受け答えする気を一切見せないジオ、両脇に座る教師達の逆鱗に触れるも知らぬ存ぜぬで面接を続行する。
「それより、他に質問は?」
「あ、あぁ……そうだね、続けようか」
面接で教師達の考えが二つに分類されていると知り、やはりこんなものか、と溜め息を密かに零す。
この学園も内部から腐っている。
彼にはそう映っていた。
不正をしたと捉えられても可笑しくない彼が、この学園に入るかどうかはこの先教師達が決めるため、これ以上の詮索も、観察も、思考も不必要となる。
しかし、解せない。
(こんなクズ共を守るために戦って、仲間達は犠牲になったのかよ?)
魔力の圧倒的少ないジオの四次試験は、幾つかの質問を終えて退室した。
彼の心境は複雑となり、苛立ちもあってか握り拳を作っていた。
結局教師三人のうち二人は、ジオの放つ殺意にも気付かずに、試験終了と共に不合格にしようと決意するが、一方でビドーレスだけは放たれた殺意に戦慄する。
(あの子は一体……)
何者だろうか、プロフィールにも詳しくは書かれていなかった。
ジオルスタス、男、十六歳の普通の魔法使い見習い、数少ない情報が教師達の手元にあり、本人の能力も適性も何もかもが不明瞭であった。
そのプロフィールを用意した人間を知るビドーレスは、何処で発見したかと丸眼鏡を押し上げ、興味を示す。
(本当に今年は退屈しなさそうですね、ジャン先生)
二次試験官から話を聞いた彼は、退室した受験生について考えるが、ドアのノックが部屋に響いた。
まだ試験は続いている。
気を抜かずに、ビドーは咳払い一つ、ドアに向かって合図となる言葉を放つ。
「入りなさい」
『し、失礼します!』
次いで入ってくる生徒のプロフィールを一番上に、彼等は面接を続ける。
教師として、未来の生徒達を見定めるために。
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