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INFINITY MAGIA  作者: 二月ノ三日月
第一章【IGNITION】
5/26

第5話 入学試験 後編

 戦闘における立ち位置が変わった。

 会場に仕掛けられた魔法により、奪った受験番号カードの所持数が頭上に表示されているのと、【探査ディテクト】によって常に居場所が判明している。

 そのため、ジオとギルベルトの二人に押し寄せる数多い受験者達が、彼等を囲っている。

 周囲には倒された受験者もいる。

 攻撃を仕掛けようとする者も結構数いる。


「クッ!?」


 複数方向から放たれる魔法を避けるが、その隙を突いた受験者の一人が拳を振るう。

 近接戦闘型の魔導師が紛れ込んでいた。

 それの対応に遅れたギルベルトは、袋叩きにされそうになっていた。


「【突風衝(ガスト)】」

「うわぁぁぁ!?」

「ぎゃぁぁぁ!?」


 その袋を風魔法で破って、複数の受験生が吹き飛ばされてしまう。


「あ、ありがとジオ」

「礼なら後だ、今は目の前の戦闘に集中しろ」


 連続して無詠唱で魔法を放つジオに、何名かは勝ち目無しと判断して逃げたりする。

 それを見逃して、戦いを挑みに来る者達を蹂躙する。

 この空間は致死の魔法を駆使しても、それが直接肉体に影響を与えないため、派手な魔法は殺傷性高い魔法を使っても問題無い。

 しかし、敢えて低ランクの術式を魔法紙に刻印して、戦闘に臨んでいる。


(これ以上、変に目立つのも余計な諍いを起こしそうで面倒だしな)


 風や水、初歩的な魔法を応用して駆使している。

 それだけでも高等技術に匹敵する魔法戦闘力であるにも関わらず、難無く熟す一人の魔導師の戦いに、カメラの向こうにいる教師達も画面から目を離せない。

 画面の俯瞰状況映像で見ても、ジオ本人の使う魔法紙が不可視なせいで、無詠唱での魔法戦闘だと思われていた。

 だから受験者の中で、稀に一歩踏み出した瞬間に地雷を踏んで吹き飛んだりする者がいても、地面に施された魔法紙にも気付かない。


「な、何だこの二人!?」

「有り得ねぇ、あっという間に四十人近く倒されたぞ……」

「ば、化け物だぁぁぁ!!」

「テメェ等逃げん――ぎゃぁぁぁ!?」


 ジオとギルベルトの戦闘能力に驚く者、戦意喪失して気絶する者、泣き叫ぶ者、そして仲間が逃げて背を向けてしまった者、近場にいた者から全員平等に討伐する。

 逃げの一手でさえ、通路を挟み撃ちにされて通れない。

 方法を持つジオも、手加減しながら戦い続けている。


(あの魔法を使うにしても人が多すぎるし……ならこっちを使うか)


 新たに一枚の紙を手に、魔法陣を刻み込む。

 刻印された魔法陣は小さな円を形成しており、完成に一秒と掛からなかった。

 魔法紙を、その場で発動させる。


「ギルベルト、耳を塞げ!!」


 その号令によって、ギルベルトは彼の言う通りに耳を塞ぐため、剣を地面に突き刺してジオと同じようにしゃがみ込んだ。

 それを好機と見た周囲の受験生達は一斉に飛び掛かる。

 直後、魔法陣に向かって手を叩く。

 音を何十倍にも増幅させて、相手の意識を刈り取る魔法陣を組み上げた彼は、相棒と共に音の増幅を耐え抜く。


「グッ……な、何だこれ!?」


 衝撃波が身体を貫くようで、耳を塞がなければ非常に危険な技でもあった。

 だが、魔法陣は単純な風魔法である。

 約五十人近くの人間が、その場に倒れる事となった。

 音の衝撃波は約十五秒程続き、それが収まったところで二人は両手を耳から離す。


「痛った……今の、何?」

「風魔法の一種、【共鳴(レゾナンス)】だ。空気を震わせて音を増幅させたんだが、三百六十度の範囲攻撃で結構術者もダメージ喰らうんだ」

「先に説明して欲しかったよ」

「第二陣が来る前に、カードを回収して逃げるぞ」

「そうだね」


 窮地を脱したが、それでもまだ試験時間は残っている。

 脳が揺さぶられる感覚に陥りながらも、二人はカードを回収して、気絶した生徒達はそのまま通路に放置した状態で先を進んだ。


「でも、ジオなら他にも魔法を使えたでしょ? 何で手加減したのさ?」

「別に手加減した訳じゃない。属性魔法の中で最も扱いやすいのが音波攻撃だったってだけだ」


 制圧しやすい魔法を選んだが、それだけではない。

 彼がそれを選んだ理由は、その攻撃が最も楽だったからに他ならないが、その感想について口を噤む。

 手段が幾通りかあったが、それを選ばなかった理由はまた別にある。

 仲間を巻き添えにしてしまう可能性や、衆人環視の中での使用を控えるべき魔法、条件の揃っていない特殊な魔法、様々な理由から使えない魔法を排除して、結果音の増幅による気絶を選択した。

 監視映像では、急にジオ達と戦っていた受験生が気絶するという、世にも不思議な映像が撮れただけで、ジオが使った魔法も彼等は読み取れずにいた。

 二人でカードを山分けし、ジオは六十一枚、ギルベルトも五十七枚にまで達する。


「何枚取れば合格なんだろうな」

「百枚とか?」

「つまり最低でも三分の一は不合格になるな」


 三百人の受験者の中から百枚程度集めるとしたら、合格者は三人か、下手すれば二人しかいない。


「総合点で合格か決まるだろうし、奪った分だけ加点されるって方式は間違いないんだろうが……」


 気になるのは点数、一枚につき何点かによって変わってくる。


「それか枚数毎に順位を決めて、その順位によって予め決められた点数が与えられるか、だな。一番多く集めた者にプラス百点、とかな」

「だから【探査(ディテクト)】で枚数が分かるようになってたのかな?」

「そう考えるのが妥当だろう。けど、俺達受験生に詳しい説明がされない以上、予測するしかできないし、結局は他人から番号を奪うしかないんだ」


 合格の裏ルートが存在するのかと考えるも、どの道残り一時間も無い。

 目的地への探検中、何度か戦闘を繰り広げ、それを退けて通路を沿って中心へと進む。

 カーブを描く通路をしばらく歩いていくと、右手に中央への出入り口が見え、そこへと向かおうとするギルベルトの襟首を掴んで引っ張る。

 乱雑に引っ張ったために、彼は尻餅を着いてしまう。

 ドスッ、と臀部に軽い痛みを生じさせた張本人を睨もうかと目にした矢先、その曲がり角から何かが横切った。


「なっ――」


 それは一人の受験生だった。

 壁に激突した受験生が、受け身も取れずに気絶してしまった。

 何が起こったのか、それは中央広場の方を見れば一目瞭然だった。


「オラァ!!」


 その広場では筋骨隆々な男が腕を振り回して、数十人の挑戦者と戦闘している真っ最中で、受験生各々が得意とする魔法を殴って相殺している。

 その様子をソッと二人で眺める。


「ジャン先生まで戦ってるってどういう事!?」

「どうもこうも、あの男が直接生徒の実力測ってんだろ? 戦ってるとこを見るに、生徒も理解して戦闘中って訳だ」


 ジャンの得意とするのは身体強化魔法、肉体言語の魔法陣が彼の筋肉をより強靭にする。

 残された者達は連携すら取れておらず、ジャンも基本防御に徹してはいるが、隙あらば攻撃に転じている。

 まるで受験生全員に観察アピールの機会を与えるかのように、攻守の時間は決まっている。


(攻撃防御を切り替えてやがる……教師達にとってはお遊びって訳か。しかも弱い順に攻撃してやがるとは、軍にいただけはあるな)


 一人、また一人と受験生達が気絶に追い込まれる。

 一人に与えられる時間は少なく、たったの数十秒で倒されてしまう。

 合計して十分も掛からず、その時間で戦場にいた全員を圧倒し、屠っていった。

 気絶に留めたのはジャンなりの配慮、ではなく会場のシステム、しかし受験番号札を取らないのは何故か、そうギルベルトが考えた瞬間、彼等の眼前には拳を振り被るジャンの姿があった。

 一瞬の出来事だった。

 攻撃を受ける、それか避ける、どうするべきかをグルグルと脳裏で考える暇も与えてはくれない。

 その刹那、ジオはギルベルトの腕を掴んで、一瞬で数メートルの瞬間的移動を果たした。

 直後、大轟音と余波、土埃が広場全体を包み込む。

 これでは受験とは呼べず、他の受験会場と違って安全圏から観察している教師達にも、これは過剰運営だと議論が始まっていた。


「じ、ジオ……」

「勘の鋭い軍人だな、容赦無さすぎだ。ってかこれもう絶対受験の域超えてんだろ」


 今の一撃で、通路の地面を中心に半径十数メートルにまで亀裂が入り、地面が陥没する以上に通路の壁も一部破壊されていた。

 砂煙が筋肉に纏わり付いている。

 身体から蒸気が噴き出ているようにも見える。

 犬歯が見えるくらいの口角の吊り上がり、不敵な笑みと刺すような鋭利な眼光が二人を捉える。


「貴様……今の、どうやって避けた?」


 ジャンから二人へと、正確にはジオに向けて質問が発された。

 広場への出口はジャンが塞いでいた。

 軍人の目を掻い潜るのは不可能に近い。

 にも関わらず、ジオ達二人はジャンの目を欺いて中央広場へと逃げ仰せた。

 それが不思議で、不自然で、不可解であるからこそ、強者としての矜持と好奇心が抑えきれず、戦闘中であるのを忘れて質問していた。

 それは咄嗟に出た言葉でもあった。

 理解できない技術、つまりこの世代に集中的に存在が確認されている稀代の魔法使い見習い達、ジオがその一人である可能性を見出だした。


「えっと、先生」

「何だ?」

「いや、あの……今の質問、どういう意味でしてきたのでしょうか?」


 軍にいた、という話を最初に聞かせたなら、戦場で今のような間抜けな質問をしないのも常識であるはず、しかしジャンは疑問を口にした間抜け。

 どうやって避けたのか、と。

 つまり手の内を見極められなかった、と言っているようなものだ。

 受験生二人は、すでに戦闘態勢となっている。

 挑んだ者達は全員が気絶している。

 残るは、戦闘あるのみ。


(戦闘における勝利、或いは引き分けに持っていく方法は合計して三つかな)


 三つのうち一つでもクリアできれば、ジオにとっては勝利である。

 ここまで受験に真剣に取り組むのは何故だろうと、その自己矛盾を抱えているが、そんな考えは思考の彼方へと消えていった。

 それは、ジャンから溢れ出る戦闘の意思が、二人に向かい風の如く吹かせたから。

 背を向けた瞬間、死が待っている。

 ここまでジャンが全力を出すのは彼自身予定に無かったが、ジオの能力とギルベルトの魔剣術から、楽しめそうだと若干暴走状態である。


「残り時間は約四十分だ、精々足掻いてみせろ!!」


 瞬発的な跳躍から身体を捻って放たれる、豪腕の一撃を彼等に繰り出す。

 狙いはギルベルト……ではなく、ジオ。

 どちらが強いのか、どちらが実戦慣れしているのか、先の一撃のみで把握した元軍人が、果敢に青年へと格闘戦を挑んでいる。

 それを冷静に判断して、避ける時は避け、受ける時は受け流し、戦闘の技術面で劣らない実力を見せる。

 しかも魔法を一切使わずに、である。

 使わずに、ではなく使えない、というのが正しい表現になるが、魔法紙に魔法陣を刻む時間も無く、近接肉弾戦を強要されていた。

 殴り、蹴り、受け流し、躱し、受け止めて、反撃に転じていく。


(一撃でも当たれば致命傷、この戦闘では俺の無傷が絶対条件……スピードはかなり速い方だが、戦場ではもっと強い奴等もいたし、中の上くらいの戦闘力だな)


 連続で接戦を繰り広げる二人を近くで呆然と眺める魔剣士は、背後からの絶好のチャンスに、地を踏み鳴らして攻撃に転じる。

 剣に魔力を乗せ、攻撃する。

 この空間では致命傷も精神にしかダメージが行かないために、今ある全力を剣に注ぎ込み、火炎の剣がジャンを急襲した。


「『ガルスクア魔剣術一刀流/二連火燕』」


 横二閃の攻撃、炎の連続斬撃がジャンの背中を捉える。

 だが、それを一瞬で構築させた魔法で連続する炎の攻撃を防いだ。


「【土流壁(アースウォール)】」

「なっ――先生も無詠唱!?」


 土壁がギルベルトとジャンの間に発生し、炎の斬撃が食い止められた。

 ならば土壁を斬ってしまえば、そう剣を振ろうとした途端に声が掛かる。


「避けろ!!」


 ジオからの警告、壁の向こうで何があるのか、考えるより先に後ろへ跳躍して逃げに徹する。


「フンッ!!」

「グッ!?」


 ジャンは出現させた土壁を殴り、その破片をギルベルトへと飛ばした。

 剣で防ぐも、そこに生まれた隙を突かれる。

 拳が彼の腕に当たり、持っていた剣を落としてしまう。


「戦いの定石の一つ、弱い方から叩く!!」

「クッ――」

(流石『元』軍人、よく分かってるな)


 乱戦では、弱者から潰すのが定石となる。

 弱者を潰すと自身に集中する合計戦力が低下し、強者との戦闘において、一方向へと攻撃を向けられるようになるからだ。

 今回の場合、ジオとギルベルト二人を相手にするより先に弱い方を倒してから、一対一の状況作りをして戦闘を行う方がベストだと判断した。

 だからギルベルトは狙われている。


「ちょっ――ジオ、あの、助けて!!」

「……貸し一つな」


 一枚の魔法紙を不可視にした状態で、ジオは魔法陣を起動させた。


「【拘束荊(ソーンバインド)】」


 地面から無数の蔓が伸びて、ジャンの身動きを封じる。

 引っ張ったりしても伸縮性ある蔦だからこそ、身体に絡まった棘付きの蔦が徐々にダメージを蓄積させる。

 捕まったジャンは、今度は炎の鎧を身体に纏って焼き払うという荒技に出た。


「【火装纏(フレイムアーマー)】!!」

「……」


 いとも簡単に脱出されてしまったジオだが、それでも表情を崩さず、ジャンの手持ちの魔法が何なのか手探りで模索していた。

 少ない時間をフルに稼働させる。

 二人の異質な魔法使い見習いのうち、どちらか一方を相手にすればもう片方が、二人同時に相手取れば均衡状態、いつまでも戦いが終結しない。

 炎鎧を纏った男は二人の連携を崩すため、敢えて地面へと拳を向ける。


「【破城槌(パイルバンガー)】!!」

「「ッ!?」」


 右腕全体に魔力が集まっていき、地面に振り下ろされた鉄槌に対して、二人は息を呑む。

 握り拳に一枚、上腕部にもう一枚の魔法陣が腕を貫通し、上腕部にある魔法陣が一瞬で手首にまで移動し、刹那の衝撃波が生まれる。

 直後、地面に強大な亀裂が入る。

 半径二十メートル、その場にいた気絶中の者も含めて全員を一度に吹き飛ばす強行策に出たが、それをギリギリの察知によって回避行動に移り、土煙や余波を受けながらも退避には成功した。

 だがそれは、視界を塞がれる、という欠点を生み出したジャンの作戦でもあった。


(これじゃ、先生もジオも何処にいるか分からないじゃないか……)


 剣を振るって砂塵を振り払うが、それでも予想以上の倒壊によって足場も悪く、剣を振るうのでさえ困難を極め、二人を見失った。

 近くでは二人の足音、息遣い、そして殴り合う音が響いている。

 バキッ、ヒュッ、ビビッ、シュゥゥ、グギャッ……

 鳴ってはいけない音も鳴っているよう聞こえるが、ギルベルトの預かり知らぬ場所では未だ戦いは続いている。


「チッ」

「フンッ!!」


 その煙に巻かれた場所では案の定、体術教師vs異質な受験生の戦闘バトルが勃発していた。

 魔法発動のための時間を与えまいと勇猛果敢に攻め込むジャンに対し、ジオは拳の一発一発を紙一重で避け続けて、何度も地面を転がっていく。

 地に手を着いて無様に躱しながら、右へ左へ逃げ惑い、隙を狙っている。

 どちらが狩人で、どちらが獲物なのか、元軍人の経験がジャンの背筋を凍らせる。


(この小僧、何か可笑しい……)


 妙な違和感を孕ませていた。

 果敢に攻め続けているのに対し、ジオは殆ど反撃しようとしない。

 寧ろ防御系、或いは束縛系の魔法以外は使用していない。

 使用しているところすら魔法陣の秘匿により、発動しているかどうかも怪しい部分が幾つか見られ、更に不可解な魔法も駆使する。

 手持ちの魔法が幾つあるのか、魔法使いにとっての最大の要素が不明。

 しかもニヤッと不敵な笑みを浮かべたまま、ジャンの目を真正面から凝視して、決して逸らそうともせずに観察するかのような視線に射抜かれる。


(転がりながら避け続けるのに何の意味があるんだ?)


 大振りの攻撃を回避するのに必要な動作を大きくしたような回避行動に違和感が拭えず、その違和感を払拭するためにも何とか攻撃を加えようとする。

 土煙に覆われて、至近距離でないと見失う。

 だから接近戦という舞台で二人は踊る。


(それにさっきから魔力探知してんのに、コイツからは一切魔力を感じねぇ……有り得ねぇぞ、こんなの)


 魔法を使っている時点で、魔力は体内を巡っているはずである。

 だが、探知に引っ掛からない。

 逆に周囲に何個もの魔力反応が点在していた。


(他の受験生か?)


 周囲の魔力反応から受験生かと判断し、気にも留めずジオへと攻め続ける。

 ここで広範囲攻撃は愚策。

 視界が悪い中、使用すれば簡単に煙に紛れて、遠距離から攻撃されかねない。

 ジオの手札もまだ判明していない。

 何が得意で、何が苦手なのか。

 無詠唱もそう、ジオの底が知れない。

 だから近接戦のための魔法のみを戦闘に使用し、ジオを逃さないのが一番効果的だった。

 その近接戦においても、一撃すら当たらない。

 何処か余裕の表情を晒すジオは、ジャンの放つ正拳突きをしゃがんで前へと転がり、地面へと手を着いた直後に先生に背を向けて走り出す。


「テメ――ま、待ちやがれ!!」


 ここまでで約七分の時間が経過していた。

 残り三十三分、クレーターより少し手前まで戻ってきたジオは振り返る。


「さぁ、残り約三十分だぞ、小僧。その顔だと何か策がありそうだな。見せてみろ!!」


 その約三十分も掛けずに速攻で決着させるのだと、短期決戦のためにダッシュで駆け出したジャンが余裕一杯の青年へと突っ込む。

 その青年ジオは、一枚の紙を見せていた。

 赤色の魔法陣、それを特攻仕掛ける教師ではなく、上空へと向けて放った。


「【花火弾フレアボム】」


 小さな火種が上空へと舞い上がる。

 打ち上げ花火のように、最初は儚く、次第に音を鳴らして上空にて虹色の火の粉が弾けた。

 火種が爆発した。

 これに何の意味があるのか、理解に苦しむジャンは一瞬だけ上空へと目線を向けて、再び正面へと戻した。

 だが、その時にはすでに青年の姿は何処にも見えなくなっていた。


「あの野郎何処行きやがった!?」


 煙のせいで辺りが見えない。

 とっくの昔に土煙が晴れていても可笑しくないが、戦闘に夢中になっていたせいで、気付くのに一歩出遅れてしまったと脳裏が理解する。

 が、すでにジオの術中に嵌まっていた。

 煙が晴れたところで、ジャン中心に巨大な魔法陣が地面に構築されていたのに気付き、対応しようとした。

 しかし、その紫色の魔法陣が起動する。

 五角形が少しズレて二つ重なった形の、その各頂点にある円形魔法陣が怪しげな光柱を昇らせて、ジャンの身動きを完全に封じる。

 魔法陣から漆黒色の鎖が発生。

 それに身体を縛られて、身動き一つ取れなくなったところで残り時間三十分を切る。


「クソッ――な、何だこの魔法!?」

「【深淵の捕縛鎖(グルームチェイン)】っていう闇の特殊拘束魔法です。対象の魔力そのものを封じ、この状態での束縛対象者は体力、魔力、生命力、精神力を自在に吸収剥奪が可能なんですよ」

「か、身体に力が――」

「入らないでしょうね。その魔法は特殊な魔法なんで、仕掛けるのに苦労しました」


 普通には発動しない特殊な魔法、その魔法を駆使するに当たって使用したのは十枚の魔法紙、そしてギルベルトの魔力だった。

 大量の魔力を注ぐために敢えてジオが囮役を担い、霧が晴れたところでジャンが捕まっている。

 外から観察している教師達には、いつの間にかジャンが捕縛された場面しか見えなかった。

 煙が外部からの監視を阻害した。

 作戦としては、ジャンを気絶させて勝つか、捕縛して勝つか、時間まで粘るか、この戦闘における勝利・引き分け合計三つのうち一つを完遂できた時点で、ジオは少し満足していた。

 満足したため、闇の拘束具を外す。

 いきなりの解放に、怪訝な表情で術式を解除した本人を見遣った。


「まだ試験は終わってないのに、何故拘束を外した?」

「いえ、軍人だった先生なら、俺との力量差を分かってくれたと思うので」

「……」


 そう言われては、返す言葉も無い。


「今回、俺達の勝ちで良いですよね?」

「俺達? お前一人じゃないのか?」

「今回の一番の功労者は間違いなくギルベルトですよ。受験生が巻き込まれないように全員避難させた上で、魔法陣起動のために魔力を注いだんですから」


 それを聞いたとしても、ジャンには何が起こったのかを理解できずにいた。

 何をしたのか、どう魔法を仕込んだのか、それは傍観者でなければ分からないだろう。

 それについて説明を省き、ジオは催促する。


「先生は番号札を持ってないので、拘束、という形で倒した事にさせていただきます」

「良いだろう、俺様の完敗だ」


 身体に異常が無いかの動作確認を行い、特に異常が見られなかったため改めてジオへと向き直るが、ギルベルトの姿が見えない。


「で、お前の相方はどうした?」

「ギルベルトなら、そこで伸びてますよ」

「……は?」


 何故か魔法陣の効果範囲外付近で気絶していたギルベルトに歩みを寄せて、ジオは倒れている彼へと軽く足先で突ついて生きてるかを確かめる。

 その数秒後、魔力切れから目を覚ました男が、気持ち悪そうにしながら起き上がる。


「あ、あれ……ジオ?」

「作戦成功したぞ、お前のお陰だ」

「……あぁそっか、僕、魔力切れを引き起こして倒れてたのか」


 朦朧とする意識を叩き起こし、震える足で立った。

 魔力切れによって引き起こされる症状は、重度で気絶、軽度で倦怠感や嗚咽、食欲低下等がその身に現れてしまうが、この試験会場内での気絶と違うのは、精神のダメージ蓄積による気絶ではないという差。

 単なる魔力切れなため、気絶から即座に目覚めた。

 功労者に肩を貸すジオ、二人の受験生に出し抜かれた自分を恥じ、それでも成長の糧とするために恥を偲んで先程の作戦を聞く。


「お前達の作戦とやらを、俺様に教えてくれないか?」

「えぇ、構いませんよ。今回俺が作戦に使った魔法は六つです。何か分かりますか?」

「……先程の鎖が一つなのは理解した。だが、他五つが不明だ」

「一つは先生の巻き上げた砂埃に乗じて、俺もワザと魔法で砂煙を発生させてたんです。それも遠隔でね」


 彼の指差す方には、大きなクレーターが見える。

 そこから未だ土煙が出てきているため、溜まっている煙を振り払うと、一枚の魔法紙から煙が発生しているのが判明した。

 これによってギルベルトの位置を把握させないようにする役割を担い、同時に他の魔法に目が向かないようにするための隠れ蓑でもあった。

 それこそがジオの狙いでもある。


「【白筒煙(スモッグ)】には二つの意味があります。一つは視界を塞ぐため、これは仕込んだ魔法を隠蔽するためですね。地面も注意深く観察しなければ霞んで見えませんし、魔法陣に傷でも付けられたら意味無いですし」

「もう一つは?」

「ギルベルトの行動を悟らせないためです。この拘束魔法は巻き込まれると面倒な事になりますので」

「うん、ちょっと無茶振りだったけど何とかなったよ。けどあの魔法……ま、魔力がねぇ」


 苦笑いするくらい、大量の魔力が必要である。

 だからジオ本人の魔力量では発動しない、そう二人へと暗示させていた。


「ここまでで疑問はありますか?」

「……なら一つ、いつ作戦を立てた?」


 戦闘前から作戦を立てられるとは考えにくい。

 ジャンという人間を把握しなければならないから、作戦立案は戦闘中となる。

 それを話す機会が見当たらない。

 そこが疑問となっていた。


「そうそう、僕も聞きたかったんだけど、あの魔法は一体何なのさ?」

「あの魔法?」

「土煙が巻き上がった時、急に脳裏にジオの声が聞こえてきたんです。それが不思議で……」

「【通信干渉(リークスポット)】、通信回線接続の魔法だ。お前の背中に魔法陣を刻んだ紙を貼っ付けた。ビビッと来たんじゃないか?」

「あっ!!」


 二人を見失った時に聞こえた音に混じる感覚の一つ、それが魔法による効果の表れだったのかと納得した。


「先生と戦ってる前半数分で作戦を伝え、役割分担して実行に移しました。他の受験生を巻き込まないよう運んでもらったのも作戦です」

「じゃあ俺様が感知してた魔力反応って……」

「えぇ、地面に仕込んだ闇の魔法陣の一部、でしょうね」


 それを受験生と勘違いして、大規模な魔法発動を遠慮していたジャンは、見事策に嵌まってしまった。

 他の受験生かと気にも留めていなかった。

 後で何とかなった、と思ったため。

 それは何度かの戦闘による慢心、この三百人の中にジオと並ぶ者が何人もいるはずがない、という思い込みからの慢心だった。

 敢えて探知させて、その上で背中を見せないよう戦闘に意識を割かせていたジオの動きは、魔導師において稀に見る逸材であるのはジャン本人が確認している。


「スモッグには探知阻害を多少含ませてるので、あまり気にしなかったはずです」

「チッ、策士策に溺れるとは、俺様もまだまだ精進が必要らしいな。それで、残りの魔法三つは何だ?」

「一つは合図に使用した【花火弾フレアボム】、一つはギルベルトの様子を見るための探知魔法、そして残り一つは……ってよく考えりゃ、使ったの五つだったか。すみません、五つでした」

「そうか。ま、俺様が負けた理由は分かった。要は俺様は貴様との戦闘に夢中になって、地面に仕込まれた魔法に気付かず、花火の魔法を合図に魔法陣に魔力を注いで発動させたって感じか。互いに手加減していた(・・・・・・・・・・)訳だが(・・・)、実力は認めよう」


 能力を隠している、それはお互い様である。

 それを見抜くだけの力を持つジャンに、ジオは警戒心を抱いた。


「先生、一つ宜しいでしょうか?」

「何だ、言ってみろ」

「今回の二次試験、カードを奪い合う試験なのは承知なんですけど、これって何枚取れば合格とか、合格基準はあるんでしょうか?」


 単刀直入に質問するジオ、それに対してジャンは少し考える素振りを見せ、頷いて回答を返す。


「明確な合格基準は設定されている。だが、それを受験生に教えるつもりは無い……例外を除いてな」

「例外、ですか」

「そうだ。貴様等のような無鉄砲で、強い受験生には特別に教えている。そもそも俺様を倒すだけの人材、ルグナーが欲さないはずがあるまい。この時点で貴様等二人は合格しているとも言える」


 それは要するに、ジャン教師を倒せば合格は確実であると明言しているのと同じ、だから受験生達は必死になって教師との戦闘をしていた。

 連携していなかったが、お零れに預かろうと漁夫の利を狙っていた者も数多くいた。

 だが、彼等は誰一人倒せず、逆に返り討ちにされる。

 そんな中で派手な演出でジャンを倒して見せた。


「今回の試験は受験番号カードの奪い合いが基本だが、奪った枚数で順位付けし、そのカードを元に二次試験の点数が与えられる仕組みだ。もう気付いてるだろうが、探査魔法を使えるよう設定したのも、その取得枚数に応じた順位を明確化させるためでもある」

「成る程……予想通りだったか」

「どのカードも一枚につき二点だ」


 一枚につき一点、ジオの持つ六十一枚のカードを計算すると、現在百二十二点となる。


「加えて、順位別に点数も与えている。一位はプラス五十点だ」

「つまり、もし俺が一位なら百七十二点?」

「そうなるが、貴様等は俺様を倒した。残り時間逃げ回るだけでも充分ではないか?」

「そうですね、コイツの魔力も底を突いてますし、後は何処かに隠れてやり過ごしますよ」


 ジオはギルベルトに肩を貸しながら、戦場を後にする。

 聞きたい内容は聞けた、もう充分だ。


「最後に一つ、貴様等に聞きたい」


 現在、教師による大破壊によって受験者全員、近付こうとしない。

 それはジャンの発する魔力と恐怖に充てられた者が多数いたため、そして通路の一つが崩壊しているためだった。

 だからまだ人が来ない。

 気絶中の人も誰も起きない。

 呼び止められて、二人は振り返る。


「名前は何と言うのだ?」

「ギルベルト=ガルスクアです」

「ジオルスタス、姓は……ありません」

「そうか、覚えておこう。貴様等が入学するのを、楽しみにしていよう」


 その言葉を最後に、二次試験終了までジオ達は迷路内を逃げ回った。

 それを見送るジャンは、周囲の惨状を目にする。

 大きなクレーターの中心地にある白い煙の出尽くした魔法陣が置かれていた。


「こいつは……」


 ジオの仕掛けた魔法紙を拾ってみるが、そこに込められた魔力が切れ、煙が出なくなった瞬間に魔法紙がボロボロと崩れ落ちた。

 塵同然となった魔法紙の欠片を捨てる。

 初めて見る魔法体系に興味を唆られるが、それよりも一切本気を出さなかった態度が気になった。


「何者なんだ、あの受験生?」


 闇属性魔法を使える時点で異常、しかもレベルの高い魔法技術なのにも関わらず、全部が無詠唱、しかしまだまだ底知れない実力を隠し持っている。

 魔力が感じられなかった。

 体内に巡るはずの人間の普通と掛け離れた肉体、それに対する無限の魔力使用に、チグハグとした違和感が幾つも表出していた。

 しかし自分を倒すだけの実力があれば、ルグナーとしても目を付ける。


「ま、どうせ奴は合格するだろうし、他にも面白い奴等も入学する……今年は例年とは比べ物にならないくらい、退屈しない一年になりそうだな、クソ餓鬼共」


 握り拳を一つ、ジャンは一段落着いたと伸びをして背筋を解す。

 ルグナー魔法学園の試験は二日、一日目の筆記実技を終えて次は二日目の魔力測定と面接、ニッと不敵な笑みを繕った彼は、残り時間を消化するために次の挑戦者をこの中央広場で待ち侘びたのだった。






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