第3話 入学試験 前編
観光したり、図書館で本を読んだり、部屋でゴロゴロと時間を潰したりして三日という時間を無駄に浪費し、入学試験当日が去来した。
清々しい朝に、受験を希望する魔法使い見習い達が、こうして学園前に集う。
(ここがルグナーか、思った以上にデカいな)
ルグナー魔法学園、そこは魔法における実力至上主義による身分の貴賤を問わない青少年達の学び舎であり、魔法使いになるための一種の壁である。
クレサント以外の都市にも、数々の魔法学園がある。
しかしルグナー魔法学園は他よりも人気が高い。
エリート、という名の付く学園で、格式高いがために貴族も多く在籍している。
そしてジオは、そんな学園の門前に立っていた。
荘厳な鉄門が受験生を出迎えるかのように開き、門柱より横に広がる壁は高さ数メートル、侵入は困難を極めるだろうという、不思議な感想が出てきた。
奥に見えるのは巨大な石橋、その橋の奥には城と見紛う程の学園が聳え立っていた。
(流石は魔法学園、土地権も与えられてるって聞くし、かなり広い施設だな)
ここから一寸先、生徒は等しく身分という権力を失い、平等な一生徒、一受験生となる。
この学園を受験する人数は毎年千人を超えるが、合格するのは一割にも満たないと言われ、かなりの名門難関校として有名だったりする。
門を潜って橋へと足を踏み入れる。
堀には透き通った水が流れ、澄んだ空気は新芽を予感させた。
しかし直後、不快感を全身に催した。
(何処からか見られてるな)
監視の目、それは何度も体験した拭い切れない違和感、顔を動かさずに一瞬だけ視線をそちらに向けて確認したが、その視線の先は空だった。
魔法による監視かと考え、視界領域から離れる為に足早に橋を渡り、学園へと向かう。
(成る程、入学試験はもう始まってるって訳か)
殺意や悪意は感じず、観察が目的だと言わんばかり。
他の受験生達は誰一人として、虚無からの視線に気付いていない。
敵意を察知しないために監視かと判断する。
恐らく、新入生に成り得る者を見定めるつもりだろう。
そんな考えとは裏腹に、最低限の実力で試験を乗り切るのを目標とするジオは、変に目立たないよう石橋の端っこを静かに歩いた。
(ルーは……いないか)
それも当たり前、受験者は毎年千人にも上るため、試験は何ブロックかに分かれて実施される。
だから先に行ったのかもしれないし、まだ来てないのかもしれない。
この中から探すのは難しい。
しかし、無理に探しはしない。
彷徨った視線は、今度は圧巻とした学園の建設物の物珍しさに向かい、彼は感嘆とした声を漏らした。
「はぁ……凄い設備だな」
充実した学園生活を送るため、同時に教師が生徒に十全と教えるための環境作りが成された魔法育成学校が、眼前に広がっている。
巨城と見紛う程の様式美を兼ね備えた学園が、彼を手招きするように、そよ風が吹いた。
「うわっ!?」
高く聳え立つ学園を眺めながら歩いていると、近くの生徒と衝突し、ぶつかった男が声を上げる。
そこまでの衝撃は無いが、ただ近くを歩いていた男も青年と同じように歩き、余所見していたせいで互いにぶつかってしまう。
尻餅を着いたのは、太陽に煌めいた純金色の髪に爽やかな笑顔を携えた、軍人のような風貌をした男で、腰には一振りの直剣を携帯していた。
「アイタタ……あ、ごめんね、怪我してないかな?」
「尻餅着いたのはそっちだろ、まずは自分の心配をしたらどうだ?」
「あ、そうだね、僕は何とも無いよ。君は?」
「俺も問題ない。ぶつかったのは悪かった。立てるか?」
「ありがとう」
差し伸べられた青年の手を掴み、爽やかな剣士は引っ張り上げられる。
真紅に染まる瞳は、ジオを捉えた。
まるで相手が強者かどうか値踏みするように、じっくり観察する。
「僕はギルベルト、ギルベルト=ガルスクアだ。気軽にギルって呼んでよ。よろしく」
「……」
人懐っこい性格をした剣士が、勝手に握手して上下に大きく振っていた。
青年は彼を知っている。
腰にある一振りの剣、ガルスクアという家名、それはかの有名な剣聖ガルスクアの現頭首、アルベルト=エスペラード=ガルスクアの孫という証に他ならない。
正確には、彼の家名が刻まれた剣術流派を知っているだけで、ギルベルト本人とは初対面だった。
「それにしても、ここって凄い広いよねぇ。施設の充実性は計り知れないし、教師陣も凄腕の魔法使いばかりだって言うじゃないか。楽しみだなぁ」
「まるで合格が決まってるみたいな言い草だな」
「うん、僕は天才だからね、合格は必然さ。それに、僕は主席合格を狙ってるんだ。そのために準備してきた」
それだけ努力してきたのだと意気込んでいる。
或いは意気込むだけの魔法の力に目覚めているか、どちらにせよ、彼にとっては興味の対象外でしかなく、相手の実力を測る機会はここではない。
調べようとせずとも、結局は後の魔力測定で判明するであろうから。
そして同時に、結局は学生レベルでしかないから、警戒する必要も皆無と判断した。
「君はどうだい?」
「普通に合格できりゃ、別に何番でも。生憎と他者との競争には興味も関心も無くてな」
平々凡々とした考え方をし、半分開けた瞳が金色の剣士を凝視する。
立ち止まっていた二人を避けて、受験生達は案内に従って奥へ会場入りするため、ジオも無駄話に咲いた花を摘み取るように話を打ち切り、ギルベルトの横を通り過ぎる。
「ま、互いに合格できると良いな、ギルベルト」
それだけを伝え、ジオはそのまま受験会場へと入っていった。
互いに合格できるかは試験終了後にしか判明せず、合格できなければ友人にすらなれないため、二人の関係性も一旦ここで終了を迎える。
寂しそうな背中を見送った剣士の青年もまた、少しの沈黙の後、受験会場へと向かう。
(楽しみだね、本当に)
誰が合格するのか、誰と友達になれるのか、剣聖の孫である彼はワクワクと好奇心に胸を踊らせながら、案内に従って試験会場入りする。
そこで、一つ気付いた。
「さっきの……まだ名前聞いてないや」
忘れていた、とばかりにギルベルトはジオの顔を思い浮かべる。
友達になれるか、知り合えるか、学園生活を満喫するために剣士の青年は入学試験に臨む。
それぞれが、ルグナー魔法学園への入学と学園生活を夢見て試験に挑む。
まもなく、一次試験が始まる。
ルグナー魔法学園の試験は基本四つに分類される。
筆記、実技、魔力測定、最後に面接。
一日で全ての試験は行わず、二日に分けて実施される。
今日は筆記と実技の二つ。
明日に魔力測定と面接がある。
合格目指して受験しに訪れた者は計千人以上。
その中から約一割が合格の切符を手に入れ、残りは等しく不合格の烙印を押される。
人数が多ければ多い程、合格基準が高まり、逆に合格率が一気に右肩下がりとなる。
(一次試験は筆記だったか、ここである程度は取っとかないとな)
ジオルスタスの特徴、それは体内の魔力回路が何箇所も焼き切れているせいで魔法出力が大幅に衰退しているところで、大きな欠点を背負う彼は、万が一を考えて筆記試験で点数を稼がねばならない。
同世代の友人や仲間が一人もいない青年にとって、比較対象がいないために、何点取れば合格になるのかが判断できないでいた。
ある程度の点数取れれば良いだろう。
そう楽観的に考える。
一次試験会場では大教室を利用するため、受付を済ませて教室へと案内されたジオは、受験番号通りに一番後ろの席へと向かった。
(さっき貰った受験番号カード……1198番、とはな)
四桁を超えているという事実もそうだが、三百ずつ人数が振り分けられているために、彼の番号はかなり後となっている。
毎年千人は当たり前、今回は千五百人を超えるかもしれないとの事情より、三百人を一塊として計算し、それをブロック毎に分けている。
つまり彼のいる場所は、901番から1200番まで。
その中の最後の方に彼はいる。
運が良いのか悪いのか、帰る時間が遅くなるのかと思いながら、彼は受験番号通りの席に腰を下ろした。
「やぁ、また会ったね」
腰を下ろした瞬間、前の席から一人の男が声を掛けてきたため、そちらへと視線を向ける。
黄金色の綺麗な髪を靡かせた剣士ギルベルトが、ジオの前に現れていた。
「お前か……」
「アハハ、知り合いがいて良かったよ」
「いや、ほぼ初対面なんだが?」
知り合いとも言えない間柄で、ジオは溜め息を零して着席した。
ギルベルトに関しては、ジオの名前すら知らない。
この最悪の巡り合わせに、青年は嫌気が差した。
爽やかな美男子の笑顔が眩しくて、青年は目を閉じて眩しい光源から目を逸らす。
「名前、聞いてなかった。君は誰だい?」
「……ジオルスタス、長いからジオで構わん」
「そっか、よろしく、ジオ」
握手を求められ、何気無く手を差し出すと、また大きくブンブンと音が出るくらい上下に握手が動く。
こんなにも躍動的な握手は初めての経験だった。
そして体力を無駄に削らされた、と心の中で悪態を吐いて手を離す。
指定された番号の席に着席して他の受験者の様子を眺めていると、一人の女性が入ってきた。
「全員揃っているな! これより一次試験を開始する!! 分かったらとっとと席に着け受験者共!!」
赤髪を結わえた活気ある女性というのが青年の感じた第一印象、鬼気迫るような表情を携えていたため、周囲の受験者達は全員その鋭い視線に怯えを見せる。
席に座れ、との命令に従って全員がサッと着席したところで、女性が話し始めた。
「試験は三時間、その間の退室は失格と見做すから注意しろ。それでは問題冊子を配る、各自問題冊子に書かれた説明欄を読んでおけ」
魔法によって浮かせた問題冊子が、最前列に座る者達から後ろ後ろへと徐々に配られていく。
最後列にいたジオも、浮かんできた冊子を受け取った。
(意外と分厚いな、この問題冊子)
この問題冊子は幾つもの分野に分けられている。
魔法学概論、魔生物学、歴史、世界地理、魔法薬学、考古学、占星術、財政学……etc.
基本的には計十七分野から三つ四つ、幾つかの科目を選択して答えるものである。
たったの三時間で全問解くのはほぼ不可能なため、普通に考えて最初から全て解こうとは思わないが、身体の欠点を補うためにも一次試験で点数取得は必至。
三次試験の魔力測定では、恐らく点数は貰えない。
四次試験の面接も、答えられない質問が来れば答えられない不確実性を孕む。
その点、学問的分野では点数が簡潔に可視化される。
ならば一次試験である程度の貯金を蓄えるべきだ、と試験時間開始までに判断を下した。
「時間となった。それでは、試験開始!!」
その発言によって、一斉に問題用紙を捲る音が教室全体に木霊する。
それだけ受験生達は必死であり、ここに入学できるだけでもかなりの高待遇が約束されるため、血眼になって解こうとする者が大半である。
一部は異なる。
青年も一応は合格のためにと考え、問題冊子を開いて解き始めた。
解答は基本選択式、一番から六番までの番号から正解だと思う番号を選ぶだけの単純作業、後半の数問は記述式となっているため、その記述を飛ばして先にマーク式の問題だけ解いていく。
(思った以上に問題の難易度は低いな……っと)
手を止めずにスラスラと番号を選択していく彼は、数十分が経過して、非常に退屈していた。
彼にとって、どの問題も簡単すぎるから。
八割がマーク式、簡単な問題から解いていく。
魔法理論に関する書物を読み漁り、現在は一つの魔法体系を取得しているからこそ、魔法に関する知識理論の大半は持論で武装できる。
圧倒的な知識量に加えて軍での戦闘経験、一人旅による文化に触れた体験が、その冊子の解答へと注がれる。
問題を解いていく過程で試験官側の幾つかの間違いを発見したため、それを全て問題冊子と解答欄の両方に記載していき、たったの三時間という定められた時間の中で極限まで集中力を上げていく。
「……」
答案用紙は全て、問題冊子の各分野の最初に挟まっているため、しようと思えば全ての試験問題を回答するのは可能である。
この試験では制限時間内にどれだけ問題を解けるか、そしてどの分野が自分の得意分野であるかを理解してるか、その二つを問うものであるため、全部回答するのも実質問題ではない。
だが、この学園創立より数十年、未だ全問解いた者、全問正解した者はいない。
理由は単純明快、問題数が制限時間と相対していないからだ。
一時間、二時間、と続いて、次第に時間が迫り来る。
焦る者達の書き殴るような音を耳に、青年は一瞬視線を上げて様子を窺った。
(もう少しで時間か……回答速度上げるか)
教室の黒板より上、壁には大きな時計が設置されている。
その時計を中心に、三時間きっかり計測されている。
集中力を更に引き上げ、問題文を読む時間すら回答記入に割く。
回答記入と同時に次の問題を理解、回答を脳裏に用意、そして記入、無駄な時間を省いて循環させる。
記述式だけではないため、ある程度の問題を解けるように設定されているが、後半の数問の記述問題は難易度が徐々に上がっている。
最後の百問目の問題は誰も解けないような定理や質問、問題が置かれていた。
(満点取らせる気の無い冊子だな)
それでも彼は大半の学問分野の問題全てに触れて分析、回答してしまう。
それが魔法の才能を持たずして生まれた自分の、唯一他者に喰らいつくために得た、地味な特技でしかないのだと自覚していた。
勉強すれば誰にだって解ける問題ばかり、自分は他よりも少しだけ記憶力が良い人間でしかない、と自分の立ち位置がよく見えている者として、この試験会場にいる。
だから彼は、記憶力と地頭の良さが決して、魔法使いとしての才能の有無に関係無いのだと知っている。
(よし、後は魔法学概論、残り一問のみだな)
解ける範囲で解答を済ませる。
十七分野全部に触れた訳ではない。
幾つかの分野は専門外であるため、開いてすらいない。
だから専門知識のある分野のにみ限定して問題を解き、最後に魔法学概論の記述問題に立ち会っていた。
(俺には魔法の才能なんて無いからな、ここで点数稼いどかないと)
魔法の才能が無い、それは魔法を扱うのが下手であるという意味である。
彼は普通の魔法が使えない。
使えないと言うより、出力制限によって魔法を使えない状態と遜色無いだけ。
だから苦労している。
魔法が普通に扱えない苦しみ、魔法紙を利用しなければならないという異質さ、それは他人と違うのだと、他人より劣っているという証明でもある。
誰にも理解されない魔法の力が、自身の未熟さの証だと身に染みて知っている。
(……チッ、くだらない事を考えちまった)
次のページを捲り、問題冊子の最終問題が現れた。
これで一つの学問の問題は最後、解くための時間は残り五分と少ししか無いために、急いで問題に取り掛かる。
(最終問題は、詠唱に関する記述か)
一般に広がる現代の魔法はどれもが詠唱魔法である。
魔法を学習し、その詠唱文を唱える事で、その既習の魔法が発動される。
逆に詠唱文をうろ覚えの場合、魔法は発動しない。
それは魔法の詠唱文が不完全だからではなく、不完全な詠唱、という詠唱失敗のイメージによって魔法発動拒否反応が前頭葉で発生するためだ。
だから、詠唱魔法はデメリットが多い。
幼い頃から詠唱魔法を習っていた者程、無詠唱というイメージは固まりにくく、詠唱に頼る。
そのため、何かしらの原因によって詠唱が中断されると魔力収斂が中途半端に止まり、魔力暴発が引き起こるという事故が多発する。
(この冊子、誰が作ったんだ?)
魔導師の実力は、どれだけの正しい魔法知識があるか、どれだけの研鑽を積んだか、で大体の実力が決まる。
中には例外もいるが……
ジオは殆どの時間を魔法と共に過ごし、魔法と共に戦場を駆け抜けてきたから、無詠唱での発動は基本中の基本、知識的には大人顔負けである。
だが、幾ら無詠唱でも、魔法使用における魔力放出量減少は手痛いハンデだ。
一番最後の問題を解いたところで、丁度三時間が経過して一次試験は終わりを告げる。
「時間だ! これで一次試験を終了とする! ペンを置き、答案用紙を裏向けて一番右の奴から順に左へと回せ! 自分の答案用紙は上に重ねていけ!」
十以上の分野の問題を解くという偉業を成し遂げた頃には、試験時間を消化しきっており、集中力を途切れさせたところで呼吸を思い出す。
だが、終わりを迎えても二次がある。
ハァ、と億劫とした息を吐き捨てて、彼は窓の外へと視線を向けた。
(さて、これで何処まで点数を稼げたかな)
この学園を紹介した一人の女性を思い浮かべ、彼は一次試験終了の合図を聞く。
(冊子が勝手に……自動型の浮遊魔法か)
一次試験が終了して、問題冊子が一人でに浮いて回収されていくのを眺めながら、彼は机に突っ伏した。
こんなにも優しい問題なのに問題量が鬼畜すぎる、と思いながら答案用紙の枚数確認をしている鋭い気迫の女教師を、彼は静かに観察する。
魔力量が多ければ多い程、その者が使えるだけの魔法の威力や階級が高くなるため、基本的には魔力を育てるのが定石となる。
しかし、才能ある者でも簡単に伸びたりしない。
それは魔力を保有するための身体が壊れないためのブレーキを、脳が無意識下で設定しているためだ。
器が壊れれば、罅の入った部分から漏れ出る。
そうならないための、ブレーキだ。
(どれだけ強いんだろうか?)
大して興味の無いものに興味を抱く彼だったが、試験終了により、他の受験生達がぞろぞろと外へ出ていくため、彼もそれに従って教室を出た。
二次試験は準備のために一時間半後となる。
次の試験は何をするのだろうか、想像を頭に思い描きながら、教室を後にした。
二次試験会場は、学園の所有する巨大な演習場の一つだった。
一時間半の休憩時間を利用して、ジオは辺りの散策を兼ねて適当に練り歩き、一方でギルベルトは食堂で優雅に休息を取っていた。
食堂を開放する理由としては、受験生にヤル気を出させるためが主な目的である。
食堂には世界中の料理が食べられるのだ、と示し、他の施設も充実していると開示できれば、受験生は合格すれば優遇されるのだと意識付けができる。
だから受験者のために特別開放している。
そこで優雅にコーヒーブレイクを挟み、或いは何処かで仮眠を取り、それぞれが試験に臨む。
「それで……何でお前も一緒なんだよ、ギルベルト」
「良いじゃないか、僕等はもう友達でしょ?」
「薄っぺらい友情だな」
会場に着くなり、ギルベルトがジオを発見し、現在一緒にいる。
二人の関係性は、試験開始より数時間しか経過していないため、脆弱さが際立っている。
友達の作り方を知らないジオからしたら、ギルベルトの対人距離がやけに近すぎると思い、苛立ちの感情が多少芽生えてくる。
他人を嫌う。
自分をも嫌う。
友達作りのために学園に来た訳でもなく、ギルベルトが丁度知り合ったジオを逃さないだけ。
彼は一人が寂しいものだと知っているから、偶然の縁を大切にしようとするが、それに巻き込まれたジオ本人は面倒だと溜め息を落とす。
「二次試験、一体何が始まるのかなぁ?」
「さぁな。もしかしたら魔法による死闘だったりしてな」
しかし無碍にはせず、会話に対し返答する。
死闘は死闘で面白そうだと拳の骨を鳴らし、軽い準備運動で身体を温める。
「それか協力とか?」
「協力は勘弁願いたいな、お前がお荷物になりそうで正直戦いにくい」
「酷いなぁ、これでも僕、結構強いんだよ?」
「そーかそーか、凄いなー」
強さが学生レベルなら、邪魔でしかない。
戦争に参加していたなら、大人との戦闘が基本。
青年にはお遊びにしか見えない。
そして先程行った一次試験も、学生レベルに合わせた問題ばかりだったため、最後の方まで行かないと楽しめなかったくらいだ。
「でも、この試験で試験官は一体何を見るんだろうね?」
上をチラッと一瞥したギルベルト、その僅かな目線の動きだけで、この男も視線に気付いているのかと多少の驚きを感じたジオは、認識を改める。
同時に、ギルベルトの質問も予想で答える。
「協力して試験攻略に臨むなら、例えば試験官側が見たいと思うのは個々の能力よりも、協調によってどう動くか、どう判断するか、ってとこじゃないか?」
「個人の能力も大事だと思うけど……」
「能力なんて後から幾らでも伸びる。協調するという事はつまり、自身を曝け出す行為に相当する。自分の手の内を明かし、相手の手の内を知り、その上でどう連携するのか、どちらが頭脳を担うのか、緊急時にはどう対処するのか等々、協調による判断能力や連携能力、魔法力は勿論、戦闘による分析力、臨機応変な対応力、器用度、指導者適性、魔法における資質以外でも着眼点は多様にある」
その場合、試験官側が見ているのは受験生の指導者としての資質能力の有無が主となってしまうが、と心の中で追記するジオは、会話を続けた。
「例えば俺とお前が協力したとしよう。俺の情報、お前の情報、二つを合わせて前衛後衛を担う。この場合、多分お前が前衛で剣士役、俺が後衛で魔導師役だな」
「そうだね。僕が得意なのは魔剣術だしね」
「これで他のペアと戦うとしよう。状況によっては偶然性の戦闘が発生するかもしれん」
「偶然性?」
「トーナメント形式とか学園中を舞台に戦うとか、か。まぁそこは今は関係無いし、どうでも良い。他の受験生達と戦う場合、俺達は無論、相手も手の内を一部分のみ明かして戦うだろう。そこで重要になるのは相手の手札だ。読みの強さが勝敗を握る鍵になるが、相手が火属性魔法を駆使したとしようか。炎の玉がこちらに飛んでくる」
ここで考えてもらいたい。
火の玉を撃った敵も、自分達同様に二人組ペアで戦っている。
火属性魔法を駆使した者の適性は炎か、それとも他に隠し玉があるのか、もう一人の居場所は何処か、魔法適性は、魔力量は、どちらが頭脳を担っているのか。
状況次第では有利にも不利にも戦闘が変化する。
だからこそ情報が大切であると同時に、臨機応変に対応する必要性、仲間との連携で場面ごとにどう乗り越えるかが肝心となる。
「ここで炎を避ける方法、炎を斬る方法の二種類の選択肢がある。それぞれの利点と欠点は?」
「まず炎を避けた時の利点だね。これは相手に手の内を見せないって意味かな。欠点は避けるのを想定されてた場合、不意打ちを貰う可能性があるって感じだね」
「正解だ。じゃあ次、炎を斬る方法は?」
「その時の利点は相手の裏を掻いて不意打ちを放てるってとこかな。欠点は相手に僕達の戦い方とかを相手に見られちゃうとこくらいだと思う」
それぞれに利点欠点が存在し、その二つをどう戦闘に活かすかを考え、実行するか、それが試験官達の見たい部分なのではないかと語る。
しかし、これはあくまで予想。
ここまで想定してないかもしれないし、逆に更に先を見据えた二次試験となる可能性もある。
「要は、如何に手の内を明かさずに勝利するか、そして緊急時にどう対処するか、それが問題だな。まぁ、本当に協力するかは分からんがな」
「……君、凄いね」
「こんなの普通だ普通。それよりも正直、簡単な試験にしてもらいたいな。一次試験だけで疲れちまった。ってかそろそろ試験始まるし、会話は一旦止めとこう」
「そうだね」
極限の集中力はあるが、それは疲労感も半端なく襲ってくる。
脳を酷使するからだ。
連続して溜め息を吐いて自律神経を整えるジオを他所に、ギルベルトは教師の到着を瞬間的に察知した。
「来る」
そう呟いた途端、壮年の男性が受験者達の頭上に登場し、浮いていた。
赤色のローブを着こなし、ヒラヒラと風に揺れている。
茶色い髭が獅子を彷彿とさせ、その衰えを知らない鋭利な眼光から放たれる視線に、受験者達はすっかり萎縮してしまった。
掻き上げた髪が、より獅子を強調としている。
威厳たっぷり、まるで裏社会の人間のような風貌をした男性は、ポケットに手を突っ込んだまま降下する。
(転移魔法、じゃねぇな。風魔法の応用に浮遊魔法の組み合わせってとこか)
魔法を分析して、ジオはその男を見上げていた。
すると、何故か一瞬だけ目が合った気がした。
「俺様が現れるまで、いつまでもペラッペラペラッペラと殆どの奴が無駄話に花咲かせやがって……テメェ等受験者としての自覚は無ぇのか? あぁ?」
と、会話開始の第一声はジオ達受験者の罵倒だった。
緊張感の欠片も無いと周囲から見られているにも気付かず会話を楽しむ受験者達、その教師は受験者達がルグナー魔法学園に入学する資格を持ってない、そう思えてならなかった。
こんな平和ボケした連中を入学させるのか、という疑問が浮かんでしまう。
ハッキリ言えば、それは失望に他ならない。
「俺様はかつて、連合国で勃発した戦争に参加した。二十年前から十年前まで毎日毎日戦場で闘ったし、沢山の仲間が死んでいった」
軍にいた者なら分かる話だが、今する理由は何だろうかと冷静に推測を重ねながら、その男の話に耳を傾ける。
「規律を乱せば即座に死が訪れる、それが普通だった。平和な時代になったが、試験中という自覚も無く、ただ楽しくお喋りするためだけに学園に来てんなら……サッサとルグナーから出てけ、クソ餓鬼共」
冷酷な、それでいて至極真っ当な解答は受験生達からしたら辛辣で、しかし忌憚無い意見は、その場にいる全員を完全に黙らせるには効果覿面すぎた。
その暴論にも似た正論が、彼等を刺激する。
沢山の人間が死んだ、その事実が男性を規律重んじる性格に変えた。
「俺様はジャン=ネガルサント、主に体術を専門として教えてるが……どうやら俺様の講義を履修できる奴等は、この中にはいなさそうだな」
「「「なっ――」」」
要約すれば、この試験会場には合格者はいないだろう、という意味となる。
それは他人を貶す言葉、ジャンの煽りに受験者の闘争心に火が付いた。
茶色い前髪を掻き上げて、ジャンは煙草を口に含む。
吸い込んだ煙を吐き、試験官は更に煽り文句を投げた。
「悔しいか!? なら戦って勝ち抜け餓鬼共!! ルグナーに相応しい魔導師だと俺様に証明してみせろ!!」
ジャンの発した内容は、受験生を鼓舞する魔法の言葉、しかし同時に他人を蹴落とせという命令も含まれているのに殆どの受験生は気付かない。
たった三百人程度の受験生しか、グラウンドに集合していない。
千人を超える受験生は各ブロックに分かれ、それぞれの会場で試験内容の説明が始まる。
「んじゃ、ルールを説明してやるから、しっかり聞け。っとその前に、これだな」
取り出したのは一つの巻き物、魔法を込めておく触媒の一つ、それを上へと軽く放り投げる。
地面に落ちた瞬間、巻き物が解放される。
自然と巻き物が開かれ、刻まれた膨大な情報量を誇る魔法陣が宙へと浮かび上がり、巨大で複雑怪奇な魔法が自動で発動した。
「わわっ!?」
ギルベルトが地面の震動によって転び、隆起する土が迫り上がる壁を形成し、跳躍だけでは出られないような完全なる巨大迷路が完成した。
壁は地面と同じ茶色、しかし地面を利用したせいか、芝生が巻き込まれて壁から生えている。
通路は広い場所、狭い場所、地形によって様々な変容を見せている。
それに加え、いつの間にか受験生達も意図的な地殻変動によって幾つもの場所に分裂し、更には全員が魔法によって淡い光に包まれていた。
その光が収まると、ジャンは試験会場全体へと放送を開始する。
『ルールを説明する。競う方法は簡単、相手の受験番号カードを奪い合うだけだ。このバトルフィールドではどんな魔法も耐え得る結界が施されてるから、派手に戦っても問題無い。それに受けた攻撃は精神に行くから、たとえ瀕死の魔法を打たれても気絶で済む! さぁ、教師陣に強さを示せ! 制限時間は二時間、奪った分だけ加点されるフィールド内での個人戦だ!! 精々励め餓鬼共!!』
途中から口調が強く表れ、最後は叫ぶように通信が切断された。
通信が切れ、直後、一斉に戦闘が開始された。
爆撃、洪水、熱風、地震、といった魔法による被害が迷路の至る所で発生しているのをジオは肌で体感した。
「説明が雑すぎるぞ、試験として良いのかよ?」
敢えて概要を伏せたのか、それとも単に説明不足なだけか、二時間という時の中で教師陣に自身の強さを証明すれば合格、ではない。
本来の目的は受験番号カードの奪取。
個人戦だと明確に示されたが、組んではならないという指示でもないため、模索が必要。
「ギルベルトの奴とも逸れたか」
周囲にはジオ以外は誰一人見当たらず、完全に孤立してしまった。
だが、その方が戦いやすいため、移動を開始する。
逃げ場は何処にも無いからこそ、とにかく動き、この試験についての概要をもう少し把握しようと思考を回そうとしたが、背後から不意打ちの魔法攻撃が迫る。
火の玉が青年を強襲する。
しかし予め衣服に付与していた魔法陣が作動し、防御結界が発動した。
着弾し、その火の玉が霧散した。
「クソッ、いつの間に防御魔法を……」
背後を振り向くと、そこには青年と同じくらいの年齢の受験生が立っていた。
魔法の威力を増大させる触媒の杖を持ち、蒼銀色の整った髪を靡かせて再度魔法を詠唱する。
「【燃え盛る炎よ 空を焼く業火となりて 我が眼前に現れし敵を 滅ぼしたまえ】」
速攻で詠唱が完成する。
そして放たれるは、先と同じ火球。
「【大火球】!!」
大きな火の玉がジオ目掛けて放たれる。
殺傷能力がかなり高く、それだけの魔力量を他の受験生目掛けて攻撃している。
殺意に満ちた攻撃を眺める彼は、一枚の紙に魔法陣を描いた。
「【物魔反射】」
一つの膨大な情報量を持った魔法が発動し、火の玉攻撃が魔法陣にぶつかったところで、方向転換して物凄いスピードで帰っていった。
それを茫然自失と見ていた貴族然とした男が、自分の放った火の玉に直撃して、身体が燃える。
「ぎゃぁぁぁぁ!!?」
服が燃えて、攻撃は精神にダメージを与えて、そのまま気絶レベルのダメージを負った受験生が一人、ジオの前で気絶している。
いきなり攻撃してきて、そして自分の魔法で倒れる。
意味不明な光景だが、試験だからと懐を漁って受験番号カードを自分の懐に仕舞った。
「何だったんだ、コイツ? まぁ良いや、それよりも、これからどうしようか」
自分の攻撃で自滅した生徒をその場で放置して、巨大迷路の中をジオは歩き出す。
彼等三百人の受験生は殆どが合格したいがために、必死で他者からカードを奪い合うため、魔法を戦闘の道具として扱っていく。
火を、水を、土を、風を、相手にぶつける。
そして二時間、演習場は戦場と化した。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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