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INFINITY MAGIA  作者: 二月ノ三日月
第一章【IGNITION】
26/26

第25話 嵐の前の騒めき

 ジオによる魔法実戦訓練が始まり、五日が経過した。

 授業開始より数十分前、眠たげな眼を擦りながら授業棟へと向かうジオは、中央広場を通った。

 校舎正面の大きな広場、その中心には魔法史歴最初の魔法使いと謳われている人物、『エドワード=レゾフ=ノーゼンディクス』の石像が建てられている。

 豪華な魔杖、魔法帽に高級なローブ、魔法使いらしい格好をした初老の男像が威厳を醸し出している。

 背筋を伸ばして杖を持ち、明るい未来を見据えるように彫られている。

 初代学園長、とかではない。

 ただ、彼がクレサントの出身だった伝説の人物だから、この石像が建てられた。


(『始源の魔術師』、か)


 始まりの魔法使い、魔法の開祖。

 ジオと似た系統の特殊な魔導師であり、青年の尊敬する人物の一人、彼にとっては新たな魔法体系に到達するまでの最初の気付きだった。

 だが、今はそれよりも気になる点があった。

 周囲には登校のために広場を通る生徒達が沢山存在し、彼等一同、騒々しく会話を挟んでいたのだ。

 それも慌てた様子で、或いは噂に便乗して面白がり、何かの会話が広がりつつある。

 だからか、学園内の空気が異常だった。


(何だ、この違和感……)


 土日の間に何かがあった、そう思うべきか。

 彼は土曜日の昼はギルベルト達に訓練を施し、日曜日は一人研究室に引き籠もっていた。

 だから、気配だけを感じ取る。

 学園内全体ではいつもよりも喧騒に包まれて、それ等の顔色を観察していると、何割かは恐怖に包まれている様子が視界に収まった。

 耳を澄ませば、話し声が聞こえてくる。

 集中力を上げて傍聴すると、意外な内容が耳朶を打った。




 ――ねぇ、聞いた? また魔導師の人達が何人も殺られたんだって。

 ――知ってる知ってる、『魔刃事件』の被害者だろ。だって死体目撃したの、ここの先輩だぞ?

 ――これで何件目だよ? 流石に不味いだろ。

 ――治安悪すぎだよねぇ……

 ――実際に魔法協会の人達全員、返り討ちに遭ってるって話じゃん。けど、犯人の目撃情報は無いって話だし、憶測飛び交っててもう分かんないよ。




 彼等の内容をこっそり集音魔法(バックボイス)で拾って、騒然としている理由を知る。

 最近、クレサント全土で『噂』として広まっている事件、生徒間や住民達からは『魔刃事件』という名称で広まり、王国騎士団や魔法協会も犯人探しに奔走している。

 噂の出所は不明。

 気付けば、広まっていた。

 その意図が単なる偶然なのか、それとも誰かが故意に(・・・・・・)()()流したのか(・・・・・)、真相は不明であるが、青年は妙な胸騒ぎを覚えた。

 それは、場の把握をしながらも授業開始に間に合うよう、歩き出そうとした瞬間だった。

 背筋に視線を感じた。


「ッ!?」


 校舎へと向けていた身体を反転させて、背後へと意識を持っていった。

 出口方面より視線を感じたから、バッと振り返る。

 殺意の宿った瞳が開かれた、そんな幻想を抱くが、浴びた殺意は一瞬だったため、何処から視線が降り注いだのかは一切探知できなかった。

 加えて、魔法で遠視しても何も見えない。


「……」


 誰かに監視されていた感覚が、三年以上前に幾度と無く経験した刺々しい無数の視線と同等、或いはそれ以上の憎悪と強烈な殺意が、青年の肉体へと突き刺さった。

 突然の奇怪な行動、力の持たない魔導師見習い達には、ジオが変な行動をしているとしか見えていない。

 だが、気にする余裕は無かった。

 他者の反応を視界に収めず、認識すらせずに、殺気立った何者かの影を追い掛けるべきと判断し、日常から戦闘脳へ切り替わっていたから。

 適切で立派な行動だ。

 経験が彼を支えている。

 しかし学園外には無数の人々が跋扈して、探知するのも非常に困難となる。

 と、ここで予鈴が鳴った。

 何者かが学園を狙っている、そんな嫌な予感がしたから、青年は授業開始前のホームルームの合図を耳に入れながら、学園の中央広場の階段を登っていく。

 もうすぐで授業が開始する。

 が、授業を多少サボっても、一年生程度の学習過程は履修済みであるが故に、彼は授業棟へは向かわずに別の道へと二足を運んだ。

 玄関口を通り、一階の掲示板を素通りして学園長室へと赴くつもりでいた。


(リアさんなら学生達より早く情報を掴んでいるはず、それを聞き出して……いや、俺には無関係で聞かなくとも支障は無いし、一体どうすべきか)


 ジオに実被害は出ておらず、概要や状況についてを知る必要は無い。


(ま、でも退屈は潰せそうかな)


 人の生き死にも関心を寄せず、ただ『魔刃』についてへの興味が働く。

 聞きに行ってみるのも良いだろう。

 そう考えて、彼は職員室前を歩いていくが、その職員室の扉が開いて一人の教師が荷物を抱えて出てきた。

 授業用の書類や道具、バインダーや筆記用具、と様々な荷物が腕に抱えられ、視線を上げていくと見知った人物の目が青年の向けていた視線と交差する。

 その教師は、ジオの所属する一年Dクラス担任、薬学専門の教授、バルトス=ウォーレックだった。


「あ? おいジオルスタス、そこで何してんだ?」


 彼を呼び止めたのは、白衣を着た草臥れた大人。

 寝不足なのか目下は隈が浮き出て、金髪もボサボサ、眠たそうにして欠伸を漏らす彼は、ジオの担任教師であるため、その彼の行動に疑問を持ったから声を掛けた。


「バルトスのおっさん」

「おっさん言うな! バルトス先生だ!!」


 ジオの発言に即切り返し、質問の続きを行う。

 それはまるで尋問のようで、質問に対する回答を用意していなかった彼は、咄嗟に虚言を呈した。


「それで何してんだ? この先は学園長室以外無いだろ。学園長に用事でもあったのか?」

「……はい、学園長に提出する書類があったので、早めに提出しようと思いまして」

「書類?」

「えぇ、期限はまだあるのですが、早めに提出しておくべきと判断して、今朝こうして学園長室へ向かおうとしていたところなんです。学園長は忙しいですから」


 これは全部、彼の虚偽報告である。

 提出するべき書類も無ければ、期限どうこうの話ですらないため、自然と言葉にして表情の変化に機敏となりつつ、なるべく愛想の無い形相のまま応対した。

 葉巻きを咥えて、彼は青年の様子を注意深く観察するも、その欺いた無表情(ポーカーフェイス)に気付かず、彼の発した書類云々の内容を認める。

 だが、問題は別のところで発生した。


「ん? って予鈴鳴ったし、これからホームルームだぞ。用事なら後にしろ」

「なら、体調が悪いので休みます」

「何言ってんだ、全然体調悪そうにゃ見えねぇぞ? つ〜か、休む理由に『なら』って取って付けるな」

「では、体調が悪いので休みます」

「言葉を変えれば良いってもんでもねぇからな?」

「……」


 面倒な大人に捕まった、そんな風に考える。

 時間が無いという意味では、お互い様ではあるのだが、ジオの用事に関しては生徒達の様相の疑問解消のため、バルトスに質問しても構わない。

 彼が知っているかどうか、情報量の取得頻度や情報網の広さ、情報の正確さや品質等を把握する上でも有用。

 質問方法は、直球が一番。

 だが、多少は思考する。


「あの、生徒達の間で『魔刃事件』の噂が色々と出回ってるんですが、何かあったんですか?」

「お前……何も知らないのか?」

「土日の大半は、森の寮に籠もってましたから」


 引き籠もりとして、休日に何があったのかを彼自身知らないのだ。

 受像機テレビを使えば、情報を取得可能。

 しかし日中寛ぐという行動も、彼には退屈であり、地下に籠もる生活が長く続いていた。

 それに、一日二日で映像取得は不可能に近い。

 情報局の人間が出張る必要があるから、情報にラグが発生してしまう。

 よって土日の出来事については、街に出ない限り知る術は無いのだ。


「ハァ……日曜、つまり昨日の午前中に、学園近くの路地裏で大量の刺殺体が発見されたんだ」


 物穏やかでない会話内容ではあるが、血生臭い会話を生徒にするべきではない。

 そうバルトスは考える。

 一方でジオは、情報収集のためにも担任教師を利用しようと、質問攻めを開始する。


「その犯人が『魔刃』だと?」

「状況的に見て、な……だが、少々妙でな」

「妙、とは?」

「その場で殺害された訳じゃないらしい。血痕の量的に考えても殺害現場は別の場所、のはずが場所の特定にまでは至ってないらしい。それからもう一つ、全員の顔が判別できない程に焼かれていた」

「……それを発見した人が、ルグナーの先輩だと聞きましたが、本当なんですか?」

「あぁ、バイトのために裏路地をいつも利用してる奴らしいんだが、その路地に投げ捨てられた死骸が何体も積み重なってたそうだ」


 想像するだけで吐き気を催す内容にも、顔色一つ変えずに質問を次々と繰り出していく。

 バルトスにとっても、不気味に感じられた。

 人の死に無関心、赤の他人が死ぬとしても何かしらの感情を有するものだが、青年の瞳には何も映らない。

 教授には、眼前の生徒が悍ましい何かに見えた。


「その生徒は今、どうしてるんですか?」

「今は精神的ショックにより、寮で待機させている。よく言えば療養、悪く言えば隔離だな。その生徒については、後日騎士団で事情聴取される手筈になってる」

「その生徒は誰なんです? 何処にいますか?」

「……何でそんな情報知りたがるんだ?」

「教えられない理由でも?」

「いや、そういう訳じゃないが……」


 知りたい理由は、自身の生活圏の安寧を脅かされないよう、準備する必要があると思考回路が働いたから。

 単にそれだけの理由で、他者を害せる。

 精神的ショックを受けている生徒に関して、別に何か感情が湧き上がったりもしなければ、その生徒を労る気持ちも持ち合わせていない。


「言っておくが、面会謝絶だ」

「何故ですか?」

「そりゃあお前……その生徒に無理矢理事件の様子を思い出させるってのか?」


 その反論も理解できなくはない。

 しかし、そこには穴がある。


「騎士団も聞くんでしょ? ならもう一回くらい同じ事されても問題は無いはずです。それに精神回復の魔法を使えば、復帰も簡単ですよね?」

「なっ――お前、それ本気で言ってんのか?」

「え? 俺何か間違ってますか?」


 純粋な疑問を顔に浮かべる。

 それが異様に気持ち悪く、バルトスは何かを言葉にしようとするが、金魚のように口をパクパク動かすだけで、発言できなかった。

 だが釘を打たねば、勝手に捜査して、勝手に部屋に乗り込むだろうとは簡単に予測できる。

 それはジオが、自分達より強い魔法使いであるから。

 ただ、ジオも空気は読む。

 バルトスの様子から、その生徒の神経質さを予想して、その生徒についての質問を終える。


「まぁ良いです、今回は大人しくしますよ」

「……そうか」

「それより、もうすぐホームルームの時間ですよね。俺と無駄話してて大丈夫ですか?」

「とにかく余計な事はすんなよな!! それから、授業には早めに出ろよ!!」

「はい、そうします」


 教師も会話中殆どが職員室を後にして、教室へと向かっていたのをジオは見ていた。

 バルトスは背中を向けており、その様子を見ずに時間を確認していなかったため、ホームルームの時刻が迫っていると青年から諭され、慌てて教室へ向かう。

 それを見送るジオは、心の中で考えを整理させる。

 今回の事件、事はそう簡単な話ではない、そんな予感めいた直感を持ったから。

 学園を監視していた存在も、気になる部分の一つとして数えられる。

 だが、この話は情報量の足りない青年には、途中で行き詰まってしまう。


(憶測だけなら無限に可能性を考えられるが、それは無意味な作業だし……手っ取り早くリアさんに情報貰うべきだな。しかし『魔刃』、か)


 思い当たる節というもの程、彼は大して知らない。

 魔法を扱える人間は無数にいる。

 だから例えば『魔刃』の扱う【蒼天の魔刃(ヴィスター・エッジ)】という魔法も、扱える術者は少数ながらに、実際には一人だけしか使用できない特殊なものでもない。

 全体的に見れば少ない魔法も、一人一人個人を見れば、使い手は何人もいる。

 言い得て妙な俗称が命名され、巷で有名な魔導師の一人に認定されている。


(確か魔法協会が出張って、何十人と殺害されてるって話だったな。それだけの実力がありながら、何で全員の顔をワザワザ焼いてから路地裏に捨てたんだ?)


 そこには何か理由があるはず、しかし彼自身が興味を唆られるのは、魔法協会と対峙した一人の犯罪魔導師の実力で、状況等は二の次だった。

 使用した魔法が一つだけだった。

 と、仮定してみる。

 脳裏でシミュレーションが加えられ、数十人に囲まれる一人の男性の姿を想像し、魔法を搗ち合わせた。

 すると、予想外の結果となる。


(模擬戦闘を仮定すると、負けちまう……)


 シミュレーションが悪かったのか、環境や適性、多くの条件を何度もあれやこれやと試行錯誤して変化させてみるが、どんなに変化を加えても結果は大して変わらない。

 殺人鬼の能力値を一定基準に定める。

 が、一つの魔法で勝てる程、魔法協会も甘くない。

 ここで考えられるのは、敵の持つ魔法が一種類ではないという事実である。

 ただの魔法、というのではなく、『切り札』の意味を齎す魔法が敵にはあると考察するのが妥当。


(『魔刃』の名称は、【蒼天の魔刃(ヴィスター・エッジ)】から来ている。この魔法は魔力そのものを刃に形質化させる特殊な無属性魔法だが、無属性魔力を体内で変換させずに使用するとなると……)


 体外から吸収されて体内で波長を付け加えられるまでの間にある、自然の魔力を無属性魔力と呼ぶが、『魔刃』は無属性魔力を扱える人種となる。

 それだと絞るのは困難を極める。

 属性を持つ魔導師が魔法を扱う過程で、無属性魔法を発動させる時、脳の前頭葉部分から魔力の波長を消す魔力信号(シグナル)が送られ、属性を加えずに魔法が完成する。

 だから犯人を特定するには、他にも特徴が必要となる。

 本当ならば、遺体第一発見者の生徒に事情を聞くべきではあるが、質疑応答に対する正当性を要求され、真っ当な理由でなければ受け答えは不可能。

 だが、バルトスとの会話から推察はできる。

 犯人は遺体を路地裏に捨てた。

 しかも遺体全員の顔が火傷状態で、判別すらできない状態だった、と。


(考えられるのは、ソイツが火の適性持ちってとこか? いや待て、火属性の魔言を付与された魔導具とかも一般的に普及してるし、無数に状況を俯瞰できてしまう以上は、完璧に推察が行き詰まる)


 仮に火属性持ちだとしても、適性検査しなければ把握するのも困難である。

 加えて、火属性魔法を扱える人間は、魔法学園だけでも何割かは占めている。

 また、火属性の使い手だとしても、特徴的な魔法を使用している以上は『切り札』が別にあると考えられ、決め手となる魔法が存在すると予想できる。

 が、この場での特定は絶対に無理。

 完全に手詰まりとなった。


(まぁ良いか、リアさんは……いや、学園長は魔法協会員の一人だし、何があっても対処できるだろう。俺のは単なる無責任な興味本位だし……)


 この学園は『泡沫の魔術師(アナストリア)』によって守護されている。

 侵入者がいれば、即座に彼女に情報伝達される仕組みであるため、彼女が学園から離れなければ大した問題にはならないのだが、彼女の本職は魔法協会員。

 ずっと学園に滞在できる、というものでもない。

 彼女が青年を学園に招いた理由の一つ、学園の守護代理も含まれるが、青年自身それを知らない。


(学園長室がここなのは知ってるが……)


 そこに入るのを躊躇っていた。

 理由は中から聞こえる声。


『が…園…ょ……ど……さ…ぉっ……で…か?』


 廊下へ漏れ聞こえるのは丸眼鏡の男、ビドーレスの声。

 学園長の側近でありながら、一年生達の教師主任を担い、魔法の座学実技共に指導する先生。

 僅かに開いていた扉から、彼の焦燥たる声色が響いてくるが、音が全然届かずにいたため、魔法紙に魔法陣を刻んで隙間から不可視状態で投げ込んだ。

 対となる魔法陣を手に、盗聴に徹する。


『魔法協会から通達が来ておりますが、下手をすれば間違いなく学園に被害が及びますよ』

『それは理解しているわ。けど、魔術師として要請が来たんだもの、拒否できないわ』


 クリアに盗聴できているため、他者が廊下奥から来ても怪しまれないよう透過魔法を使用する。


(【天女の水衣(ペルメージ)】)


 自身を透過させて、空気に溶け込ませる。

 羽衣を纏うように天女の恩寵が彼の肉体に齎され、他者の視認領域から完全に消えた。

 ただし、それは視覚情報のみ。

 物音や足音を防げないから、別の魔法を重ね掛けして対策を講じる。


(【無音領域(サイレントフィールド)】)


 自分の立ち位置にのみ領域を展開して、音を遮断した。

 これで盗聴しやすくなり、仮に気配云々を感知されても隠れているため、見つかる心配も薄い。


『ですが、相手の実力は相当なものです。何が目的なのかも分かりませんし……それに、他国の諜報機関の者も多く暗躍しているのが、何件も確認されています。学園の保管する情報も狙われる可能性だってあるんですよ?』

『それは理解しているわ』

『でしたら――』

『それでも協会に入った以上、クレサントを守護するのが私の仕事だから、要請に応えるわ』


 学園長としての責務と同時に、国の守護を担う魔術師の仕事を全うするのが彼女。

 水の分身魔法を置く方法もある。

 しかしその分、距離的問題や精度、魔力の分散といった課題があるため、戦闘に集中するには分身方法は的確とは言い難いのだ。

 だから切り札として、ジオを利用する腹積もりでいる。

 心置き無く、学園を任せられる。


(殊勝な心掛けだな……けど、一人の魔導師相手にトップが出張るのも……)


 国の貴重な最高戦力が出陣するのは、ある意味では魔法協会の威信に関わる問題となる。

 弱い人間を送り出せば無駄骨となり、逆に強すぎる駒を送り出せば、『魔法協会は魔術師以外は弱い魔法力しか持っていないのか』と勘繰られる可能性もある。

 彼女が行く必要があると判断されたのか、上層部の中で何かが起こっているのか。

 協会員ではない青年には素知らぬ問題。

 それに『魔刃』対策なら、魔術師に迫る実力の持ち主も何十人といる。

 彼等を向かわせれば良い話だ。

 魔術師は一位〜十位までの計十名で組織され、十一位〜九十九位までは二桁の実力者、魔術師にも引けを取らない優秀さを持っている。

 魔法協会には当然、沢山の魔導師が在籍している。

 数万人は存在する協会の魔法使い達だが、世界総人口からすると圧倒的に少ない。

 彼等は常に自分達をランキング化して、桁数が少ない方がより強い、という認識の下で日々研鑽を積んでは、舞い込んでくる国の依頼を達成している。

 しかし、今回の敵は相当な手練れ。

 上層部が重い腰を持ち上げて、最高峰の戦力達を動かす軌道へ舵を傾けた。


『お一人で向かわれるので?』

『今回の作戦は上位者複数人で行動するよう、命令が下されたわ。それだけ脅威と判断したんでしょうね。標的は魔法使いのみ、私達を囮に使えば相手は乗ってくるはずよ』


 市街地で戦闘を勃発させれば、被害は拡大する。

 被害を最小限に縮小させるためにも、協会側は魔法の階位や威力等を抑えねばならない。

 或いは結界魔法を駆使して、隔離しなければならない。


『今回はもう一人の魔術師に協力要請を仰いだそうよ』

『と、言いますと?』

『『箱庭の魔術師』って呼ばれてる、結界魔法の専門家。彼女の魔法で戦闘区域を隔離してもらって……被害が及ばないように細工してから、私達で攻撃するの』


 だから、今回の作戦で相手を捕縛する気でいた。

 抹殺命令は下されていない。

 理由は、相手から情報を抜き取る必要があるから、尋問に掛けるためだと予想される。


(どうやら、俺が心配するだけ無駄だったようだ)


 表の世界には強者が沢山存在する。

 大半が有名であり、轟く名が強さの証明となっている場合も結構ある。

 しかし忘れてはならない、裏の世界にも魔術師よりも強い犯罪魔導師がいる、という事実を。


(これ以上の盗み聞きは無粋か)


 ここより先は盗聴ではなく、実際に面会して状況を耳にするべきだろう。

 だが、中にビドーレスがいる。

 盗聴していると分かれば、説教を喰らうだろう。


『……でしたら、学園長が不在の間は、僕がこの学園を守ります』

『えぇ、お願いね』

『ですが、得体の知れない相手です。どんな攻撃で来るか不明瞭ですので、充分にお気を付けください』


 足音が扉前へと接近してきて、青年は少し後退する。

 錆びた音は廊下に広がらず、慇懃に一礼したビドーレスは物音を立てぬよう配慮して扉を閉め、溜め息を落としながらも授業準備へと向かっていった。

 会話内容を理解した青年には、打つ手は無い。

 魔法協会が勝手に事件を解決してくれるから、彼は学園長達の問題に口出ししない。

 彼女も、学園長として残っている仕事を幾つか終わらせてから、魔術師の仕事に勤しもうと奮起する。

 が、その前に咳払い一つ。

 豪華な椅子の背凭れに身体を預け、天井を仰ぐ。

 学園長の仕事と兼任する魔術師の任務、適度な休みがあるため肉体的には健康ではあるが、精神的に苦労の絶えない彼女は目頭を押さえる。

 そして、満面の笑みを繕った。


「ジオく〜ん? そこで何してるのかしら〜?」


 誰もいない部屋全体に向けて、彼女は威圧する。

 数秒間の沈黙が続き、一つの魔法が解除されて青年が何も無い場所から姿を現した。


「……何で分かったんだ?」

「その扉、普通錆びた音がするはずなのに、ビドー君が開閉した時は無音だったもの。誰かが無音結界を張ったに違いない、そう思ったから分かったのよ」

「それだと結界張ったのが誰か分かんないだろ」

「その前に水属性魔法を使ってたじゃない。僅かに魔法を使った痕跡があるのに、術者の魔力を一切感じなかったもの。それに水属性魔法の専門家として、人体の水を感知するくらい余裕なのよ」


 感知されるのも承知で、彼は隠れていた。

 その矛先は他の先生達が来ても、違和感を持たれないようにするため。

 だから、アナストリアに露見しても何一つ問題にならない。


「それで? 授業を欠席してまで、私に何か用かしら?」

「朝から噂になってる、『魔刃事件』について聞きたかったんだが……アンタが魔術師として介入するなら安心だな、って思ったんでな、一応報告だけして帰る気でいた」

「報告?」

「この学園を外部から監視してる奴がいた。何者かは知らんが、強烈な殺意だったよ」


 ビドーレスの懸念した事態となっている。

 学園を守らねばならないが、しかし青年には彼一人で守れる程の実力があるように見えず、逆に殺意の渦に呑まれて溺れ死ぬ気がしていた。

 そこに魔法犯罪が発生して、魔術師が駆り出される状況に陥っている。

 隙を突く形で、敵も学園を狙っている。

 偶然か、それとも必然か、少しずつ水面下で胎動している感覚を味わっていた。


「『魔刃』は手札を幾つか隠してる。アンタでも苦戦を強いられるのは必至、裏世界の人間の場合……より厄介だぞ?」

「えぇ、分かってるわ。でも、要請が来た以上は責務を全うするのが大人なのよ」


 魔法使いの序列というのは、表世界の人間の一番分かりやすい評価である。

 だがしかし、日陰達にも猛者はいる。

 無詠唱で発動させる者も普通に存在し、魔術師級の術者もゴロゴロいる上、更にそれ以上の魔力量、技術力、知識、あらゆる強さを求めた者達が集っている。

 日陰の中には、『禁忌』に手を出した魔導師までいる始末、アナストリアは普通の魔導師であるから、戦況が不利になる場合も多いだろう。

 それだけ、禁忌は恐ろしい能力を持っている。

 人の領域を超過した者の行き着く場所でもあるから、人は禁忌に手を出してはならない。


「私は今日の夜から数日間学園にはいないわ。だから、この学園の守護を貴方に任せて良いかしら? ビドー君じゃあちょっと頼りないから」

「まぁ、その程度なら良いぞ。俺も禁書庫が無くなるのは困るしな。ただ、一つ懸念がある」

「懸念?」

「いや、何でもない……アンタが気にする程でもないさ。とにかく気を付けてな、泡沫の魔術師さん」


 学園内にまで脅威が来なければ、青年は動かずに済む。

 だから彼は彼女に任せて、魔法研究の片手間に学園を守護すると決めた。


「じゃ、俺は授業に行くわ」


 魔刃に関する事件の噂等は、教師より生徒達から聞く方が早いかもしれない。

 それに業務の邪魔をするのは忍びない。

 だから早めに退散する。


「えぇ、またね……」

「……あぁ、また、な」


 今生の別れを惜しむかのような彼女の声色に、ジオも危険を極僅かなれど感じ取っていた。

 しかし彼にできるのは、精々無事を祈るだけ。

 と、彼は扉を開ける直前に、魔法紙に魔法を刻んで異空間から魔導具を引き出した。


「これ、アンタにやるよ」

「へ――うひっ!? ちょっと、急に投げないでよ!! って何これ? お守り?」


 彼女が受け取ったのは、小さな袋だった。

 平べったいお守り、その中身を開けてみると、魔法が刻印された何枚かの魔法紙が折り畳まれて入っていた。


「緊急時に魔法が自動的に発動する仕掛けだ。まぁ、持っておいて損は無いだろうから、一応ポケットにでも入れとけ。俺からの餞別だ」

「……ありがとう、ジオ君」


 小さな袋を上着のポケットへ仕舞っておく。

 これが運命を左右するかは、今後のアナストリア次第、魔刃を捕えられるかに懸かっている。

 まだ青年は部屋から出ない。

 どうしたのか、と声掛けしようとしたところ、青年が彼女と目を合わせて言った。


「俺は魔法協会員じゃないから、アンタの仕事に加担するのは場合によっちゃ、違法行為に相当するから手伝えない……けど、もし何か困った事があるなら、いつでも俺の寮に尋ねに来てくれよ。昔の誼みだ、安くしとくよ」

「あら、お金取るの?」

「魔法研究には経費が嵩張るからな、アンタの財布にくらい相談してやるよ。じゃ、ご武運を」


 そう言い残して、彼は帰っていった。

 部屋の扉が静かに閉まり、足音が遠ざかっていき、学園長の彼女は気持ちを魔法協会員の『魔術師』として、重い腰を持ち上げた。

 平和になった社会で、命懸けの戦闘が始まる予感を抱えながら、作業の終わった書類を纏めて席を後にした。


(さて、準備しなくちゃ……)


 自分の力を過信せずに、彼女は魔法協会の一員として、魔刃を追跡する。

 平和な世界を願って、彼女は行く。

 その果てに起こる大惨事に彼女達はまだ、気付かない。






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