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INFINITY MAGIA  作者: 二月ノ三日月
第一章【IGNITION】
23/26

第22話 事件の予兆

 園芸部の活動拠点である植物庭園を出た青年は、一度その全体像を視界に収めてみた。

 それはまさしく、植物庭園に相応しい外観。

 ガラス製の温室塔に、巨大な魔植物が外側から蔦や花々を絡ませて存在していて、園芸部の名前に偽り無し、と言わしめる荘厳さが散見された。

 なれども巨大植物の花は、まるで緑蛇のようで、常に庭園塔を守護するように動き続けている。

 魔法で形成された、人工植物。

 言霊が吹き込まれて魔生物と化した、一匹の竜蛇が青年を見下ろしている。

 しかし興味を失ったかのように、外方を向いて日向ぼっこに興じ始めた。


(庭園らしい風体だが、流石は魔法学園だ)


 太陽光を浴びる庭園の、それも温室塔に強力な植物魔獣を用意するとは、園芸部の底力が窺える。


(あの魔法生物、相当な魔力を内包してやがる。かなり強そうだな)


 守護神が如く、庭園を守る一匹の生物は、温室塔を枕に眠りに着いた。

 それを横目に見ながらも、温室より外、様々な植物の群生する庭園をも出ていって、園芸部の所有している庭全体から帰路へと立った。

 広大な土地を有しているルグナー魔法学園、種類ある部活動に割り当てられた部室は、複数の形で存続している。

 例えば園芸部は、温室塔が用意された。

 魔法に関連する部活動も同じように『塔』や『研究室』が用意されていたりする。

 また、場合によっては『小屋』の形を取っていたり、場所そのものが秘匿されている異次元空間だったり、様々な部活動の形がある。

 だから特色は異なり、ジオも少し離れた場所から塔を眺めてみた。


(リアさんが俺に研究室くれるって言ってたけど、断ったんだったな……まぁ、当然俺には無駄なものだが、空き教室でもあるのだろうか?)


 余計な思考が働くが、即座にスイッチをオフにする。

 どうでも良い事項に思考を回す余裕があるなら、魔法研究へと回路を起動させねば、そんな考えに支配されて、また歩き出した。

 放課後の時間、園芸部の区画を抜けると、学園内に戻ってきてしまった。

 校舎に繋がる道を歩いていたのだ。

 必然と戻るのも仕方あるまい、そう考えた彼は、次いでとばかりに立ち寄る場所を決めた。


(まだアソコに行ってなかったな。丁度良い、一度立ち寄ってみるとするか)


 行き当たりばったりの無計画行動だが、それも自由を得たからこそ。

 擦れ違う生徒達は少なく、図書館区画へと足を運ぶ。

 彼が目的とするのは禁書庫閲覧区域、しかし現段階で一年生が見られるのは書庫閲覧区域の一部のみ。

 生徒会や風紀委員に入れば、書庫の閲覧区域は全開放する特権を得られるが、それ以上先に進むためには学園長の許可待ちとなっている。

 禁書庫に入りたい。

 その気持ちは募るばかり。

 しかし、一ヶ月前から頼んでいる中で、まだ申請が降りてこない。

 だから今は、書庫閲覧区域の一年生が見られる場所だけを読み漁ろうと決める。


(何なら、本でも借りてこう)


 学園の所蔵する本の種類は、区分すれば無数にある。

 魔法指南書や体術書、歴史に年代別の地図、伝記や魔獣図鑑に小説、日記に記録書類、更には閲覧魔導具による魔導書籍まである。

 読書や勉強のスペース、生徒が充実して使えるようにと学園長の采配で、潤沢にある資金を惜しまず、生徒達の勉学に注ぎ込んでいる。

 充実した施設の数々、一体どれだけの金を掛けたのか。

 きっと天文学的数字になる。

 彼の予想は的中していた。

 毎月の授業料を支払って勉強する上で、図書館利用は基本自由となっていて、借りられる書物の数は基本五つまでとの制限がある。

 また書物によっては一週間、二週間、とバラバラだからこそ、延滞すれば司書に半殺しにされる。

 二年生以上は誰もが知っている恐怖だった。


(えっと、どっち行けば良いんだっけ?)


 方向音痴ではないが、まだ学園生活が始まったばかりの彼にとって、魔法学園は歩き慣れていない見知らぬ場所、という認識がある。

 勝手知らぬ場所故に、彼は廊下で彷徨う。

 学園内を闊歩する。


(こっちで合ってんのか?)


 そもそも自分が何処で迷子なのか、場所の把握すら不完全なものだった。

 魔法で居場所を特定できる。

 しかし、魔法は発動させずに、迷子を堪能する。

 これも一種の自由だから。


(ま、こんな日があっても良いよな)


 時間を浪費するのは得策ではない。

 しかし、休息も彼にとって必要不可欠なものだから、敢えて立ち止まる。

 行動が停止した場所は普通の廊下で、窓の外へと視線を向けると、ガラスの向こう側では練習に励む生徒達の姿が映し出された。

 箒に跨って、或いは箒に乗って、空を自由に翔けては他者と競争している。

 魔法使いにとって重要な要素は幾つかあるが、空を飛ぶための媒体の一つが『魔箒』、箒に乗って空を飛んだりできるのは魔導師の特権でもある。

 箒に跨る生徒達が楽しそうに、それか真剣にレースで競い合っている。


(箒術か、一年の授業であったな)


 箒を駆使した魔法競技もあるが、必ずしも箒に乗るという訳ではない。

 魔法使いの中には魔杖を箒代わりにしたり、絨毯や使い魔に乗って天空を飛び回る猛者も存在する。


(箒……俺とは相性の悪い触媒だな)


 箒操作によって、魔法発動のための刻印が疎かになる可能性もあるから、彼自身空を飛ぶ時は身一つ、飛行魔法によって自身を浮かせる。

 火や風、雷属性の魔法を駆使すれば、その分スピードは上昇する。

 だから普段から箒を使わない。

 箒術訓練は戦闘基礎学の中の一つ、箒を武器にして戦闘を行う者もいる。


「ってか、あれ何の部活だ?」

「あれは『飛行術研究会』、主に箒術が上手くなりたい奴等が挙って入部する部活動だな」

「へぇ……」


 ボソッと呟いたのに対し、誰かが答える。

 それは、放課後前の訓練で耳にした教官の声、横へ目線を送ると、そこには強面の筋骨隆々な教師が立っていた。


「ってジャン教官、こんなところで会うなんて、奇遇ですね」


 特に驚いた様子も見せず、ジオは挨拶を交わす。


「教官はここで何を?」

「学園の巡回だ。最近、街の方で不穏な気配を複数感じるものでな……学園長も同じ意見だったようで、部活動顧問を行う代わりに、警備強化も兼ねて部活動生徒の見回り、学園の巡回を行っているのだ」

「不穏な気配……」


 それは敵国の諜報員等だろう、そう予感する彼だが、ここで言及する気は起こらず黙認する。

 しかし、理由は知っている。

 一ヶ月前、中央都市クレサントに到着した時にも、街中でスパイと擦れ違った経緯があるから、不穏な気配の予想が可能となっている。

 だがこれは、先入観有りきの話。

 油断してはならない。

 軍人たるジャンとジオ、互いに経験則から敵の身体的情報を無意識に受け取って、知覚している。

 足音や歩き方、歩幅や視線の彷徨わせ方、瞬きの回数から呼吸音の統制や規則性、果ては魔力操作で気配の希薄化を図っているから、分かりやすい。

 加えて、殺意も多少漏れ出ている。

 戦闘における経験則からでなければ、察知は不可能であっただろうが、彼等は何年も最前線で戦い続けてきた猛者達だから、殺意の察知もできてしまった。

 国は平和となり、巨大国として合併された。

 その禍根は残り続け、そこから亀裂を生じさせるであろう膿が発生している。


「三年前、戦争が終結してクレサント周辺は平和が訪れた。しかし油断はできない」

「そうですね」


 適当に返答するジオだったが、ジャンの表情は固いまま何かを思案している。

 戦争は終結した、にも関わらず、まだ何者かは裏で開戦の火種を持ち込む気で行動している。

 生徒達を守らねばならない。

 同じ過ちは二度繰り返さない、ジャンの心の中には、その感情と思考回路で埋め尽くされ、新一年生たるジオ達を自身で自衛できるくらいにまで育成すると誓う。

 しかしながら、数時間前に見たジオの歩法は、すでに完成していた。

 若干十六歳の餓鬼が、何十年と修練を重ねてようやく完成する歩法を、その年齢で熟知している。

 異様な生徒、そうジャンの瞳に映った。

 貴族生徒や教師に萎縮しない、不可思議な存在、その彼に興味が湧いていた元軍人は、気になって口火を切った。


「貴様は何処で歩法を学んだのだ?」

「それを聞いて、先生にメリットは何一つ無いように思われますが?」

「良いから答えろ」

「お断りします。回答する義務は俺にはございませんし、俺が何処で何を学ぼうとも、教官にはほぼ無価値な情報だと思いますよ」


 ピリッと張り詰めた緊迫感が青年を襲うが、特に気にする素振りを見せず、逆にジャンが青年の深淵を覗く。

 金の瞳の奥底に、ドス黒い何かが潜んでいる。

 隠れている暗い何かが首を擡げ、ジャンの肉体を金縛りに処しては、彼は動けずに息を呑み、時間が過ぎるのを大人しく待ち侘びる。

 影がジャンを侵蝕していく。

 徐々に、闇が実体化するかに見えた瞬間、ジオが気の抜けた声色を教師にぶつける。


「教官?」

「ッ……いや、何でもない」


 唐突に解放された重苦しい空気が弛緩し、ジオは不思議そうに彼を見つめた。

 今のは幻覚か、と自身を確かめる。

 幸いにも、手汗以外は特段変化は見受けられず、安堵が全身を流れていく。

 自分が生きているのを噛み締めるように。


「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

「き、気にするな……」


 明らかに自分は体調が悪い。

 幻覚を見る程に精神に異常が見られるが、警備もしなければならない。

 それは、何処かの国の諜報機関以外にも、明確な理由があるからだ。


「最近では、『魔辻斬り』なる通り魔もいる」

「ま、魔辻斬り? また物騒な名前ですね。名前から察するに普通の通り魔ではなさそうですが……」

「あぁ、襲撃するのは魔導師のみで、今まで対応してきた者達も何十名と殺されている。相当な手練れなのだ」


 魔を斬る通り魔、だから魔辻斬り。

 不思議な通り名を持つクレサントの夜の怪物、襲撃されたのは全員が魔法使い、しかも何人いようと無駄だと嘲り笑うが如く、中央都市全体で浸透しつつある存在。

 反撃しようにも、できない理由がある。

 しかしジャンは警備のため、ジオに詳しい説明をせずに巡回路を歩き始める。

 夕陽に照らされた彼の顔は、何処か哀愁を漂わせている風に見えた。


「魔辻斬りなる人斬りは、時間帯的に夜中に出没するそうだ。貴様も夜は出歩かず早いうちに学園に帰ると良い。とは言っても、夜中は門限時間外だがな」

「ご忠告感謝します。では、失礼します」

「……あぁ」


 ルグナー魔法学園には、門限が存在する。

 夜中まで出歩く生徒は毎年いるが、その数は少なく、門限超過したのが露呈すると、反省文や謹慎処分、場合によっては更に重大な罰則が適応される。

 だから殆どの生徒は夜、出歩かない。

 魔辻斬りが夜中に出没するとしたら、自分達在校生と鉢合わせする機会も訪れないだろう、そんな考えを胸に抱え、ジオは謝辞を述べる。

 一瞬だけ受け答えに間のあったジャン、彼は巡回のために背を向けて何処かへと消えていくが、何を考えているのか、ジオには最後まで分からなかった。









 魔法学園の図書館、それは想像するよりも遥かに巨大で、魔法使いらしいと呼べる程のファンタジックな光景が、入り口より入室した彼の眼上に広がっていた。

 複数の生徒達は普通だ。

 浮いている本棚、羽撃くように空を舞う本達、上へ伸びる階段も動いている。

 西陽の窓には巨大なステンドグラスが設置されていて、女神が祝福を与えるように夕焼けの光を、図書館全体に振り撒いている。

 また、図書館内が全体的に明るい。

 付与魔法故か、照明の表面に何かが書き記されているのを鋭い目が見据える。


(そして中央にある巨大地球儀幻像模型……)


 閲覧区域の中央には、立体映像として蒼白い地球が投影されて、空中に浮いている。

 その映像を、本鳥がパタパタと透過していく。

 思った以上の壮大さに、多少の驚愕を表情に繕っては、内部をゆっくり探索する。


(凄いな、かなりの魔法仕掛けだ)


 図書館へと辿り着くのに大して時間は要さなかった彼だったが、何度か道に迷い、最終手段として生徒手帳に記された地図を頼りに図書館まで道をなぞった。

 書庫色に染まる、静かな空間。

 蓄音機が置かれており、全体へと優美で静謐な音楽が流れている。


(良い曲だな……さて、何から調べるか)


 禁書庫には確かに目的がある。

 だが、禁書庫よりも一歩手前の書庫閲覧区域で、彼は何を読もうか決めていなかった。

 他の生徒達は、一年生のジオに一斉に視線を送った。

 噂は一人歩きして、彼の素行問題や容姿については周知の事実として固まっていくが、しかしながら青年は気にした様子を見せずに図書館を訪れた。

 何故図書館に、という疑問はある。

 青年自身も図書館に来た理由は、単に興味が湧いたからに他ならず、参考書や写本、著書といったものを適当に見て回るだけ。

 鬱陶しい視線の数々、そちらへ凶悪な眼光を注ぐと、生徒達の視線は散り散りとなった。


(また何処かで悪目立ちしてるのか? まぁ、そのうち収束するはずだし、平穏無事に待つとするか)


 本を探して西へ東へ、好きな本を背表紙で見比べて幾つか手に取り、中身を読んでいく。

 クレサントの歴史、連合国式体術/基礎編、小説/ロタールの旅行日記、ディレイユの魔導書第七章、魔植物図鑑/グーウィン著、等々と彼は見境いを知らず、手に取って読み漁っていく。

 暇潰しの一環でしかない。

 入館時間は午後八時まで、現在午後五時前である。

 読めるところまで読み、残りは森の家に帰って読書に興じようと決める彼は、幾つかの書物を積み上げて、それを一階の読書スペースに持っていく。

 当然ながら浮遊魔法で運搬する。

 魔法使いが肉体労働で運ぶのは以っての外、だから浮いた書物の数々が彼の後を追跡する。


(さて、どうせ試練まで残り一ヶ月なんだ、好きにやらせてもらおうか)


 運んだ書物の大半は読書テーブルの一角に置き、その積まれた読書場の椅子に腰を据えて、気になっていた小説へと意識が移った。

 ロタールの旅行日記、偶然手に取った日記風に綴られた長編小説であり、こういった作品の中から魔法の知識が手に入る場合もある。

 だから、退屈を消費する名目でも、彼は静かに小説を開いて中身を黙読していく。


 ロタール=ラザーネッカ/探検家を夢見る少年


 彼の旅路は奇想天外、波瀾万丈がお似合いの数奇な運命と史実に基づいた、世界一周旅行であった。

 彼の冒険は、小さな切っ掛けから始まる。

 ある小さな村落が存在した。

 そこに一人の子供が生命を携えて、産声を上げた。

 太陽のような橙色をした髪、世界のように青く美しい自然の色が混ざった混合色の瞳(アースアイ)をした、好奇心旺盛な子供だった。

 村を走り回り、時には村から外出して、森の奥で幼馴染み達と遊んだりした。

 村の周囲は、草原や森、その向こうに山や洞窟もあり、危険な場所も結構多かった。

 ある日、村人達の中で失踪者が出た。

 何処に行ったのか、村初めての失踪者が出た時、ロタールは僅か七歳の年齢だった。

 村人総出で、その失踪した男を探す。

 しかし幾ら探せども見つかる気配すら感じられず、三日と続けて探すも手掛かりすら見つからず、その翌日から第二第三第四と失踪者が続出した。

 そして、十五人以上の失踪者が出たところで、今度はロタールの幼馴染みの少年も行方不明となった。

 その親は夕方、帰ってきて村人達にこう語った。


(『息子と一緒に薬草を取ってたんだ。けど、帰り道になって気付いたら、もういなかった』、か)


 息子と手を繋いで歩いた父親は、気付けば息子がいなくなっていたと証言した。

 誰にも行き先を告げなかった。

 それは、その男が毎回森で薬草を採取しているから。

 ここから、村人達が何人か父親と会話する内容が、ある場所まで抜擢されている。



A:帰り道になって気付いたらいなかった? そんな与太話ある訳ねぇだろ。手を繋いでたなら尚更だ。

B:それに、昼間だったんだろ?

父:嘘じゃない! ちゃんと手を繋いでた! けど、何故か途中からボーッとしちまって、気付いたらいなくなってたんだよ!!

A:って言われてもなぁ……

C:息子とちゃんと手は繋いでたのか?

父:勿論だ! あそこは大人でも入ると危険な場所だから、逸れないようにって……なのに……ぅぅ………

B:だとしたら、相当危ないな。

D:今は昼だし、全員で探そう。詳しい場所を教えてくれるか、『父』?

父:あぁ、草原の奥、川沿いに下った場所だ。

E:おいおい、いつもは森で採ってるじゃねぇか。何でまた草原でなんだよ?

父:娘が病気なんだ、普通の薬草じゃあ治らない。森には自生してないんだ……

A:それで草原に行ったのか?

B:しかし、これで失踪者は十七人目だ。その子、無事だと良いんだがな……

E:無事に決まってんだろ。

D:早速村人達に呼び掛けよう。俺はBと必要な道具を取りに行ってくる。AとCは村人に呼び掛けてくれ。

A:分かった。C、行くぞ……C?

C:……いや、何でもない。



 これが、ロタールが陰でひっそり耳にしていた会話内容であり、彼は即刻行動に起こした。

 手掛かりは草原、そこに何かある。

 そんな予感を持ったロタールは、居ても立っても居られない性格が災いして、草原へと駆けてゆく。

 友達を助けたい、その一心で必死に走る姿が、挿絵と共に書き記されていた。


(そして、草原に辿り着いた彼を待ち受けていたのは、幼馴染みの少年の亡き骸だった……)


 その様子は簡単に説明すると、死後一週間が経過したような腐敗状況で、すでに原形を留めていなかった。

 分かったのは、五歳の誕生日に贈った、手作りのブレスレットをしていたから。

 魔物に食い荒らされたようで、『何故だ?』という疑問が彼を支配した。

 分からない。

 何故彼がこんな目に遭うのか、大人達が駆け付けた時にはもう、ロタールは泣き止んでいた。

 不運の事故で死んだのなら、こんな分かりやすい場所に死骸が残っているはずもない、これは殺人事件だ、そう確信に至る彼は、犯人探しを始める。

 その後も何人もの村人が行方不明になる事件が相次いで、村を立ち去る者まで発生した。

 このままでは犯人に逃げられる。

 それか、もう逃げてしまっている。

 早くしなければ、事件を解決しなければ、そう勇み立つ彼は他の幼馴染み達と一緒に、犯人を捕まえようと躍起になっていた。

 しかし、更に彼に悲劇が襲う。

 仲間のうち二人が、行方不明になってしまった。

 全行方不明者のうち、見つかったのは少年一人のみ、十七人目の犠牲者以外は誰一人として見つからず、途方に暮れていた。

 そんな時、一人の魔法使いが村を訪れた。

 その魔法使いは黒いローブに魔杖、何処からどう見ても怪しさ満点に見えたが、まさかこの男が犯人か、そうロタールは予感する中、魔法使いはこう言った。


(『一晩泊まる宿は何処だ?』)


 宿を案内したロタールは、その魔法使いを警戒する。

 だが、彼は少年にこうも語った。


(『君はすでに答えを知っている。いや、気付かぬフリをしているだけだ。心の内側を探せ、記憶の中にこそヒントは存在する』)


 少年は、年若い男の魔法使いの言葉が妙に内側に残り続けていた。

 自分は答えを知っている?

 どういう意味だろうか、そんな考えが脳裏を過り、その日は一晩中寝られなかった、と。


(この先の展開はまぁ大方予想できるが……これは史実なんだよな?)


 実際にあった話、ならばロタールも、村に滞在しに来た魔法使いも存在したはず。

 ジオの中で、犯人はすでに判明していた。

 だから先にクレサント周辺の地図を取り出して、ロタールの出身地を調べてみるが、この周辺ではないと分かるだけだった。

 ならば、何処の出身なのか。

 世界地図も持ってきていたため、それを開いて一つずつ探していく。

 ただし探し方は簡単、ロタールの生きた年代を遡って虱潰しにするだけ、それに加えて、彼の日記には簡単に地名まで文章中に紹介されている。

 だから、それを探す。

 何故探すのか、単なる興味本位から。

 ジオもロタールと同じように、三年間で様々な国々を巡り歩いて旅をしてきた流浪の旅人、その青年の感性と数奇な運命が日記の少年と似通っていたから。

 そのための地名探し、彼の故郷は『スフィーレン地方/ユルガ村』、五百年以上前の史実、歴史上の人物となった男の生涯が日記として綴られる。


(あった……しかし、ここは………)


 彼が発見した五百年前の地図上の村、それを現代と照らし合わせてみる。

 それは意外な場所と繋がりを持っていた。


(まさかユーザニシアの最南端に位置しているとは、予想してなかったな)


 滅んだ帝国の一部の村が、昔そう呼ばれていた。

 青年自身、帝国と因縁を持っているが故に、衝動に駆られてか、運命に引き寄せられてか、日記がジオの手に渡って読まれている。

 帝国出身のロタール、そこに何故か奇妙な縁を感じたジオは、地図をソッと閉じる。


(今度ユーザニシアの歴史について調べてみるのも、案外悪くなさそうだ)


 今この場で、青年は調べ物には手を触れない。

 幾つもの書物をランダムで手に取ったのは、周囲に怪しまれないよう散見させるため。

 最初に小説へ目を向けたのは、ただ暇潰しを兼ねてだったが、周囲へ意識を配りやすいから、そして目的物を調べる過程で一ページずつ捲っていくだけで、遠くからは読んでいると勘違いさせられるから。

 遠視の魔法があれば、内容を見られる。

 何を調べているのか、逆に調べられる。

 小説なら適当に読んでいるだけで、相手も読書に集中しているのだな、と思わせられる。

 周囲から監視されているのを肌で察知した彼は、疲れた息で空気を濁らせた。

 入学早々、こういった監視をする意図は何なのか理解できずとも、雰囲気的に図書館で読むべき書物を特定されるのは困るために、表向き彼は飄々とする。

 変な噂が立つのを阻止するため。

 目的は禁書庫閲覧区域、そこに入館するために、行動には気を配っていく。


(何で俺なんかを監視するのやら……不思議なものだ)


 生徒会か、それとも風紀委員か、もしくは教師達の口から漏れ出ているのか。

 兎にも角にも、面倒事を避けねばならない。

 また、監視の意図を把握するべきだろう。


(いや、もし用事があるなら、相手から接近してくるだろうし、今のところ敵意は感じない)


 ならば、放置しても構わない。

 興味関心によって品定めする、そんな視線ではないのは百も承知である。

 ならば、何のために自分を監視するのか。

 分からないが、自分から話し掛ける愚策は講じず、時が過ぎるのを待つ。


(まぁ良い、続きでも読むか)


 どうせ帰宅しても、魔法研究に没頭するだけ。

 そして今日はいきなり指導時間をルーテミシアに奪われてしまった。

 怒りの感情とかは宿っていない。

 いつでも魔法に関して教えられるから、ジオは自分の時間を大切にし、読書を満喫する。

 この平穏な一日が、彼の勝ち取った平和。

 逆に誰かから奪った平和でもあり、血に沈む友人達を犠牲に得た平穏は、とても虚しくもあった。

 やがて時は過ぎ去る。


(もうこんな時間か……読み始めて三時間、あっという間だったな)


 ロタールの日記を読み耽り、犯人が判明する。

 会話内における一つの矛盾がジオに小説の黒幕を見破らせて、その本を閉じる。

 旅の始まり、旅の終わり。

 何処までが旅の延長線上なのだろうか、青年にはその境界線が分からず、今後の生活について計画を立てていく。


(さて、帰るか)


 夕陽が地平線へと沈み、閉館時間が差し迫っていた。

 本を借りるために、カウンターへと持っていかねばならないが、一度に借りられるのは一年生は五冊まで。

 その決まりがあるため、必要な本を選び取る。

 受付に立ち、学生証と借りる本をカウンターに置いて手続きを行ってもらい、借りられた五冊の本を異空間へと収納した彼は、図書館をそのまま後にする。

 錆びた音が広がっていく。

 両扉が開き、暗闇の支配する世界へと彼は戻っていく。

 そして深淵たる月夜来たりて、一つの騒動がまた始まろうとしていた。









 雲行きの怪しい三日月の夜、朧となった夜の自然光が霞んで、往来の少ない人通りが闇を蠢かし、やがては月明かりすら拝めなくなった深夜……

 灯火を失った月明かりの国は、今宵も血流を求める。

 真っ黒なローブを身に纏い、外見も中身も不明な人物がクレサントを彷徨い歩く。

 移ろい、血の刃を持ち、腐臭を撒き散らす。

 その人間の持つ剣には、何人もの犠牲者達を作ったであろう傷や刃毀れが見受けられる。


「見つけたぞ、『魔刃』!!」


 真夜中に轟くのは、魔法協会の精鋭の荒声。

 通路の中央に佇む謎の人物を取り囲むようにして、道に、幌馬車の上に、屋根伝いに、高台の上に、複数人の魔法使いが一人の辻斬りを警戒する。

 月夜に映える、白銀の髪。

 空気を震わせる声は男性ながらに透き通り、透明感あるように耳が澄み渡る。

 同僚達仲間達が、そんな油断を心に秘めながら、一人の犯罪魔導師に包囲網を敷いている現状は、油断するなという命令でさえも効力を発揮しない。

 相手はたったの一人、しかも刃を持っている。

 つまりは近接戦闘に特化した魔法使い、そう一人の協会員は観察眼を以って脳内で整理する。


「武器を捨てて両手を上げろ!! さもなくば――」


 その後の言葉は不要、どうなるかは想像に難くない。

 すでに何名かは詠唱を開始しており、魔刃対策は万全だと彼等は考える。


「……」


 一言も語らない謎の人物、全身ローブに包まれて暗闇で顔も見えず、両手首には腕輪型の魔導具を嵌め、怪人のような出で立ちをした人物。

 性別も不詳だが、恐らく男性。

 声を出さないため、まだ完全には判明していない。

 だが、その人物が男であろうと女であろうと、協会員達の行動は変化しない。

 犯罪者を捕縛する、それだけ。


「総員!! 一斉攻撃開始!!」


 冷静な、それでいて大胆に即決する判断力が、その男にはあった。

 部下達に命令を下し、一斉に魔法が放たれる。

 炎の火球、水の大波、風の鎌鼬、土の岩礫、元素魔法が大量に中心地点で身動き一つすら取らない男へ、着弾して大爆発を引き起こすはずだった。

 しかし、その瞬間を、男は右手一つで解決する。


「フッ」


 鼻で笑い、男が片手を翳しただけで、その周囲に存在した無数の魔法は、一瞬にして(・・・・・)掻き消された(・・・・・・)

 当然、全員が呆気に取られる。

 それは、命をも取られる行為であると、彼等が気付くには経験が足りなかった。


「【蒼天の魔刃(ヴィスター・エッジ)】」


 怪しい人物を守護するように、蒼白い刃が複数空中に浮かび上がる。

 これが『魔刃』たる所以。

 小さな四角い魔法陣の対角から魔力で形成された刃が伸びている。

 対角から伸びる刃、片方は柄のように切れ味は落ち、もう片方はかなり鋭く、刺突武器にもなり得る鋭利さを形で表現されている。

 浮遊する魔力の刃が、一斉に魔法使い達へと神速の光の如く、飛び出した。


「ぐあっ!?」

「ガハッ……」

「いや……いやぁぁぁぁ!!!」


 胴体を横一文字に斬り裂かれ、心臓を一突きされ、無数の刃が全身を滅多刺しにする。

 対抗しようにも、詠唱しなければ魔法は発動しない。

 だから無防備となって何名もの仲間が殺されて、味方が減っていく。


「魔法協会も、この程度か。弱いな」

「なっ――」


 失望したような言葉を死者へと贈る。

 それは、明らかに男性の声だった。

 連続で魔法を攻撃しようとも、それが何故か効力を失ったように霧散し、逆に一人の人間が形作った魔力の刃が、魔法協会員達を次々と襲っては屠っていく。

 屠殺される家畜同然と、そんな瞳を宿す『魔刃』の男、欠伸を漏らす間にも次第に死骸は増え続ける。

 仲間の数は減る一方で、数分もすれば残りは僅か二人、撤退も視野に入れていた。

 しかし逃げるは恥、魔法協会員としての意地が、魔法発動への思考回路に働き掛ける。

 発達した前頭前野が、魔法を行使させる。

 漆黒の蒼天に煌めく魔刃が、残る二人の魔導師を殲滅すべくして、回転しながら滑らかに宙を翔けた。


「クソッ――【煉獄炎(インフェルノ)】!!」


 二枚の刃を躱して、男は大きな炎を投げ飛ばす。

 巨大な火球が、一人の男を包み込むかに見えたが、その魔法ですらも、霧散してしまった。


「先ぱ――」


 残った部下も、眼前で首を掻っ切られた。

 回復魔導師はいないから、治療を施しても生き残る確率はかなり低い。

 助けを求める顔をして最期を迎えた後輩のために、男は猛り狂う。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 決して接近戦が得意という訳ではないが、それでも護身術くらいは会得していたから、魔法詠唱と並列させて行動不能にしてやる。

 その気概を持っていた。

 だがしかし、無数の刃がその青年を強襲した。

 暗闇に浮遊する蒼白い刃が、背後から男の心臓と首根っこを貫いて、そのまま絶命した。


「……この程度、か………」


 路傍の小石を見るような侮蔑の視線を死骸達へと送り、魔刃と呼ばれた不吉な人物が、夜を彷徨う。

 魔法を消滅させて、魔刃を操る。

 かなりの手練れ、一歩も動かずに精鋭部隊を制圧、蹂躙したからこそ、この人物の名前は広まっていく。

 魔辻斬り、『魔刃』と。

 渇いた喉を血で潤し、満たされぬ強者との戦闘に想いを馳せて、今宵も月を見上げる犯罪者は、ローブの下の暗がりに隠された口元を緩ませる。

 もっと強者との戦闘を、そう願うローブの人物は、また暗闇の奥へと姿を隠した。






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