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INFINITY MAGIA  作者: 二月ノ三日月
第一章【IGNITION】
20/26

第19話 魔法という存在、魔法とは何か?

 清々しい月曜日の朝、春の陽気が眠気を誘う、そんな一日となろう今日、初講義の日だと教室全体が騒めき立ち、そんな渦中にジオはいた。

 両脇には剣聖の孫と光の魔導師の二人が、更に少女を挟んで隣には感情が色として見える少女も着席し、準備はできていた。

 遅刻しそうな生徒も、生真面目な生徒も、全員が全員、すでに着席している。

 そして『魔法学基礎』を担当する一人の教師が、周囲を見渡して合図たる鐘の音を待っていた。


(お、チャイムが鳴ったか)


 透き通るような大鐘楼が、学園全体に音を響かせる。

 リズム良く鳴る授業開始の合図によって、教師の視線を受けた現リーダー、ギルベルトが号令を掛ける。


「起立」


 その言葉に従い、全員が立ち上がる。

 階段状に連なる机の前で、生徒達は初回授業をしっかりと体感していた。

 起立し、姿勢を正して、お辞儀をする。


「気を付け……礼」


 彼のお辞儀に釣られるように、他の生徒もほぼ全員が頭を低くして礼儀を弁える。

 最後に『着席』との剣聖の孫が答え、生徒全員が椅子に腰を下ろして授業が開始された。

 そこからは、生徒から教師へとバトンタッチ。

 元気良く挨拶する生徒達の潑刺さを一身に、教師のヤル気が上昇する。


「まず自己紹介を。私は今日から『魔法基礎学』を教える、ビドーレス=ヒルグーニスです。何名かは面接で直接顔を合わせたと思うけど……改めて、よろしく」


 丸眼鏡を掛けている、乱雑な茶色い髪をした柔和な男性教師が、軽く挨拶を済ませた。

 ジオの面接時、正面の席に座っていた男。

 面接を担当した彼は、チラッとジオの方を一瞥し、柔和な笑みを細めた。


「さて、今日から勉強する『魔法基礎学』ですけど、この学問は皆さんの持つ魔法知識の基礎の部分、初級魔法についてや魔力の性質、この世界における魔法に関する触りの部分を勉強していきます」


 授業には魔法基礎学の他にも、『魔法学概論』や『魔法言語学』、『魔法実技演習』や『魔法陣学』と言ったように複数の学問が存在する。

 その根幹を成すのが、基礎学。

 つまり、この授業が全てに繋がり、生徒達全員が知っているような内容から知らない基礎の部分まで、みっちりと学習するのを目的とした講義である。

 魔法学概論は、魔法に関する現象や効果等の完全専門知識的講義であるため、また別物となる。


「授業の中では座学だけでなく、実技的な講義をする時もあります。皆さんの魔法技術向上のために、一緒に頑張っていきましょう」


 全員が大人しく、教師の話に聞き入っている。

 それだけ分別ある生徒達だからだが、中には一講義目であるにも関わらず、すでに熟睡している者もいる。

 しかし、誰も声を掛けない。

 何故なら、それが『狂犬』と呼ばれた、隻眼のアレストーリだからだ。

 怖くて起こす勇気すら湧いてこない。

 赤の他人ならば尚更だ。

 それを放置して、ビドーレスは魔法講義の初回の内容について話し始めた。


「さて、皆さんが学ぶ魔法について、最初の講義ではこの『魔法』とは何か? を勉強していきましょう」


 ビドーレスがチョークを手に、黒板に大きな字で『魔法』という文字を書き記した。

 魔法とは何か、という命題が教師から出題される。

 改めて問われると回答に困る問題だが、人によっては突飛な回答が飛び出したりする場合もあり、ここから魔法についての勉強がスタートする。


「まぁ、今日は初回の授業ですので、前半は授業の流れや成績について簡単に説明を。後半は魔法について、教えていきます」


 そう言いながら、ビドーレスは全員にプリントを配布していった。

 最前列の生徒から順に、後方へと手渡される。

 その一枚の用紙に、必要事項が簡潔に書き記されているのを読み取ったジオ達複数人の生徒は、内容を読みながら教師へと視線を上げる。


「この『魔法基礎学』の目的は、試験対策を兼ねています。どういう事かと言うと、簡単な例で行きましょう。五月中旬から下旬に掛けて何があるかは、年間行事予定表を見た皆さんなら知っているでしょう」


 四月には入学式、顔合わせ、部活動紹介等が組み込まれており、五月中旬にはもう課外授業がある。

 その五月の課外授業こそが、最初の試練である。

 担任であるバルトスから簡単に説明されたが、試練という言葉も、無人島サバイバル演習があるという説明も、しっかり受けた。

 だが、正確に理解している人間は少ない。

 無人島サバイバル、簡単に言えば七日間の生存競争であるのだが、年間行事の予定表には文言が何処にも載っていないため、ただ課外授業があると思っているだけ。

 それが、一番危ない。

 何の準備も無しに挑めば、全滅も有り得るのだから。

 それだけ試練は油断ならない存在で、合格するには勉強して対策を練るしかない。


「この五月の最初の課外授業が、初試練である、という事実を皆さんは知っていると思いますが、甘い認識のままでは足元を掬われるのは必至でしょう」


 そう暴露した教師の発言に、生徒達はザワザワとし始めていた。

 それも至極当たり前、入学二ヶ月も経たないうちから難解な試練が始まるのだから、騒然とするのも自然現象であるが、ジオや何名かの生徒は驚愕を感じていない。

 その試練をどう乗り越えるか、すでに脳内で試行錯誤していた。

 授業開始以前にバルトスから受けた説明を思い浮かべ、各々ができる内容を模索する。


「一年生最初の試練『無人島サバイバル演習』では、一年生の実力を確かめる上で必要なものです。ただ、無知なままでは今後にも影響を与えてしまいます。そこで本授業で学ぶのは、簡単で実用的な魔法、その理論や現時点での皆さん自身の実力の把握、になります」


 そのために行う講義が、『魔法基礎学』である、と。

 そして授業の流れへと話が進んでいく。

 授業においては最初に言った通り、『魔法とは何か?』を命題に、魔法に関しての授業を行っていく。

 講義は何回か座学で存在するが、それだけではない。

 実技的な授業を取り入れ、演習場で魔法を使ったり、教室で魔法実験を行ったりする場合もあると説明し、そして彼は魔法という文字を大きく丸で囲う。


「まず、魔法が何か、簡単に説明できる人はいますか? あ、挙手性ですので、答えて正解した人に加点が入りますから、どんどん挙手してくださいね」


 その発言と共に、多くの生徒が諸手を挙げる。

 魔法とは何か、それを答えられる生徒は多いが、本当の意味での命題を彼等はまだ理解できない。

 何人もの生徒が挙手したため、ビドーレスは適当に最初に貴族から当てようと、指名した。


「では、フレストリッド君」

「フッ……魔法とは、この世の万物におけるあらゆる現象を人間が行使できる形に成した概念系体の一種であり、魔法の種類によって効果は変化する。例えば火属性なら炎を、水属性なら水を、万物における自然が人の手で形作られた不思議な現象を総称する」


 その模範的解答によって、ビドーレスは勿論、周囲の生徒達も含めて全員の関心がフレストリッドに集まる。

 やはり博識なのだな、と。

 その通り、魔法というのは万物の現象を縮小して表される不思議な能力であり、人々は長年の研究と研鑽の果てに生み出した一つの能力系体である。

 生徒達は、傲慢な態度である貴族のフレストリッドに対する認識を一部改める。

 その眼差しは簡単に言えば、畏敬の念、が込められていると彼自身も理解するのだが、若干二名程、見向きもせずに前を向いている興味関心を示さない生徒がいた。

 二名のうち片方はジオで、もう片方は授業すら聞かずに眠っているアレストーリ。

 だが周囲から認められるのは貴族として当然の権利、二人を気にせずに有頂天となりながらも、授業に傾聴する。


「今彼が言った通り、魔法は様々な現象を人間の肉体に合わせて作られた概念です。火属性ならば炎を、水属性なら水を、人々が生み出して研究を積み重ねた結果、『魔法』という存在になりました」


 ボソボソと詠唱を行い、ビドーレスの右手には赤色の炎が出現していた。

 最初級の火属性魔法【灯火トーチ】、しかし現象を生み出すだけでは不十分だったりする。

 そこを魔法教師が補う。


「魔法を行使するためには燃焼剤、つまり人の体内に存在する『魔力』が必要となります。当然、魔力は無限ではありませんし、使えば減ります」


 魔法という文字の横に火や水、風や土等の絵を描き、矢印で道を示した。

 魔法から、火や水が発生する。

 そう解釈される。

 それをノートに取る者も多ければ、脳内で完全記憶して授業に集中している者も存在し、何もせず腕を組んで見守っているジオを、隣に座るルーテミシアは呆れた様子で一瞥していた。

 矢印の側に『魔力』と描くが、そこに下線が引かれる。


「では魔力とは何でしょう? では次は……ギルベルト君、お願いできますか?」

「はい」


 大半が挙手する中、二人は視線が交差した。

 指名されて起立したギルベルトは、自分の中にある知識を活用し、回答用に変換してから披露する。


「魔力とは、世界中に満ちる不可視の万物エネルギーです。魔法を使うための燃料としても利用され、自分達生命にも魔力が宿っています」

「はい、その通りです」


 魔力、それは世界に満ちる大気や地脈、人体に備わる一つのエネルギー概念。

 魔力は他のエネルギーへと変換でき、例えば魔力を電力に変換して雷属性の魔法として放ったり可能だが、それだけの能力を有しているのではない。

 魔力概念は、魔法という概念よりも複雑である。

 それは自然魔力と体内魔力の区分から始まり、魔力の属性、突然変異、魔法への変換効率問題、体内魔力の性質、といった各分野へと繋がっていくのだ。


「魔力は基本三種類に分けられます。それを全部言える人はいますか?」


 三種類全部、という課題に対して、挙手する人はいなくなってしまった。

 貴族として英才教育を受けたグラーク伯爵家のフレストリッドでさえも、二つまでしか魔力の性質を言い当てられないため、挙手できなかった。

 が、教師が全部語るのでは授業としては退屈直進コースとなろう。

 そこでビドーレスが考えたのは、入学試験で本来なら満点以上の点数を取得できたはずのジオへ、目線が向かう。

 本人は素知らぬ顔をしている。

 が、丸眼鏡は怪しく輝き出す。

 誰にしようか、呟きながらも決まっている人物の名前を勿体振りながらも明言する。


「では、ジオルスタス君、お願いします」

「……体内魔力、自然魔力、その基本的な分類に区別されますが、体内魔力を細分化すると、『有属性魔力』『無属性魔力』の二種類に『自然魔力』を加えた計三種類に区分されます」


 そう語る魔法研究者(ジオルスタス)に、大半の生徒が怪訝な表情をしながら、隣同士の生徒達とコソコソと会話を始めて愚かな下民へと評価を投げ付けた。

 どうせ嘘だろう。

 ハッタリに決まっている。

 調子乗るなよ、下民の分際で……

 そんな侮蔑を物ともせずに、ジオは起立した状態で待機していた。

 何故なら、どうせ説明させられるだろうから。


「お見事。では、そのまま三つの魔力の違いについて、説明できますか?」

「はい。黒板をお借りしても?」

「構いませんよ」


 絵や文章、口頭よりも確実で生徒達も覚えやすいだろう、という配慮からジオは前に出る。

 回答せずに、やり過ごす手もあった。

 だが、本当に大好きな魔法には嘘は吐けないから、彼は真面目に魔法授業に取り組んで、三つの種類の魔力概念を分類していく。

 空いている部分にチョークで書いたのは、自然魔力の源として理解しやすいような大樹の絵、そして隣には簡易的な人体図だった。

 そこからチョークで意味を加えながら、生徒達に説明していく。


「まず、体外における自然魔力です。さっきギルベルトが世界中に満ちる、と言いましたが、根幹は星の中心点、つまり地中遥か下より生成される巨大な魔力核が、地脈を通して地上に放出され、地面から湧き出たり、樹木を通して排出される『気』を自然魔力と言います」


 大樹の下に、弧線を書き記し、その更に下に魔力エネルギーの核を描く。

 そこから矢印で上へと印していき、地面から、同時に樹木の中を通って枝葉から排出されている、と説明した。

 それが自然魔力の総称である。


「次に体内魔力、有属性魔力から説明します。これは自然魔力と違って、体内にある『魔力核』が生成、循環、操作、放出を繰り返して常に体内を巡っています。体内魔力が属性、つまり火や水のような性質を持っている状態を有属性魔力と言います」


 カッカッとチョークが黒板を叩く音が、教室全体に響き渡っていく。

 人体図の丹田辺りに魔力核として円を描き、そこから矢印で生成、循環、操作、放出の流動線を簡単に記載して、右手が横に広げられていた図が、教師の描いた火の絵と重なり合うように調整していく。

 これで、人体が魔法を放つ絵になった。


「例えば火属性が適性の人は、その系列の魔法を得意としますが、他の属性が極端に苦手です。それは属性毎に波長が異なるからです。体内で形成される魔力は大半が有属性、何かしらの属性を保持して生まれてきます。つまり有属性魔力というのは、基本的人体における魔力を総称した名称です」

「す、凄いですね……で、では無属性魔力の説明を」

「分かりました」


 と、三つ目の無属性魔力を隣の樹木と合わせて書き記していく。


「魔法を放つと、当然ながら魔力が減っていきます。減った魔力を回復させる方法は幾つかありますが、基本的には呼吸や睡眠によって自然魔力を吸収して、体内に入り込んで回復させます。その時、魔力核が吸収した魔力の波長を属性に変換しますが、その直前の変換されていない体内魔力を無属性魔力と名称されます」


 丹田辺りに描かれた魔力核を、大きく下に描き、それに斜線を入れた。

 片方は有属性魔力、そしてもう片方は自然から取り込んだ無属性魔力。

 要するに、無属性魔力=自然魔力、と同義。


「つまり、無属性魔力というのは体内に吸収された自然魔力の一種となります」


 だが、それだけでは説明不足であるのもジオは理解している。

 無属性魔法というものが存在する。

 物質を浮かしたり、身体能力を強化したり、魔力そのものの魔法も多々ある。

 魔力障壁もその一つに認定されている。

 ならば何故、魔力障壁等には属性が付与されないのか、という疑問が浮上してくるが、これは人体が無意識的に魔法の波長を消失させているためだ、と言われている。

 魔力の波があるのが有属性魔力。

 その色を失った体内の無属性魔力は、脳を仲介して波長を生み出す前頭葉の命令を一時的に消去して、無属性として放っている、と研究結果も出ている。


「だから無属性魔力は、自然・有属性とは異なった特殊な魔力になります」


 両方の性質を有し、かつ、両方の性質に依らない魔力であると結論付いた。

 これで彼の理論証明は終了した。

 ここまでの完璧な説明によって、ビドーレスは説明できる部分が無くなってしまった。


「驚きましたね……まさか、こんなにも完璧に、いや、それ以上に理論を説明できるとは」

「余計でしたか?」

「いえ、充分です。後は席で講義を受けなさい」


 お辞儀して、彼は元の場所に着席する。

 魔法の才能は皆無であるが、知識は豊富、顔も良し、物静かな性格であり、優良物件であると周囲の生徒達は認識を僅かに改める。

 僅か、というのは、ジオのこれまでの行動や噂が付き纏うために、未だ払拭されない要因が生徒達の認識を邪魔しているのだ。

 しかし、彼の魔法に対する知識量は尋常でない、という証明にはなった。

 一方でフレストリッドは、自分が回答できなかった問いに対して、下民風情が活躍を掻っ攫っていったため、恥を掻いた気分となった。

 だから拳を握り締め、彼は憤怒を表層に塗りたくる。

 恐ろしいまでの憎悪が背後より感じられ、しかし一瞥すらせずに、ジオは飄々としていた。


「さて、基本的な魔力が三つあると証明されました。まぁここまで覚えろ、とは言いません。ですが、この三つの魔力それぞれによって、扱う魔法が変化するのも事実。ですから次は……」


 腕輪型の空間魔導具から一つの水晶玉を取り出した。

 綺麗な透明色の水晶玉。

 小さな紫色をした座布団に置かれたソレは、教師の着用する魔法ローブと相俟って、まさに占いのような環境となった。


(完全に占術師だな……)


 そんな冗談は置いておく。

 それよりも、教師の用意したのが何なのか、全員が即座に理解する。


「これは魔力診断に使用される『魔水晶』です。これに魔力を注ぐと、自分の魔力適性が水晶内で形作られます。私の場合は水と土なので、青と黄土色の魔力が循環する仕組みですね」


 ビドーレスの適性は二つ、二種属性者デュアルマギアと呼ばれる結構珍しい適性者だった。

 水と土、相性の良い二つの属性を持っている彼は、水晶から手を離すと、水晶内の魔力も消えてしまう。


「これは先程ジオルスタス君が述べたように、魔力の波長を読み取って、それを内部で色として表すものです。一人ずつでは時間が足りませんので、五人班を作って確認してみましょうか」


 微笑でいる丸眼鏡教師が指を鳴らすと、一つの魔導具が出現して、その巻き物(スクロール)を開いた途端、教室内が徐々に変化していく。

 段差のあった教室が全員均一となり、最前列と同じ高さになったために、後ろに座っていた生徒達は教室の天井が余計に高く見える。

 錯覚を感じながらも、生徒達は変形する長机を前に、呆然と立ち尽くす。

 部屋の内装全体が変化する規模の魔法。

 設定を組み込んである、特殊な無属性魔法を駆使したビドーレスは、円形になって窪みができた机全部に水晶玉を出現させた。

 それが窪みに嵌まり、全員の視線が教師へと向いた。


「五人班を作って、それぞれで属性を確認してみましょう。魔力を操作する訓練にもなりますしね。班は現在立っている場所に集まった五人です」


 周囲を観察すると、全員が上手く五人を形成した立ち位置に並んでおり、そう仕向けたのかとジオはビドーレスに多少関心を寄せた。

 と、ここで四名の班員が発覚する。

 剣聖の孫ギルベルト、光属性持ちルーテミシア、感情の識別者ニーナベルン、最後に狂犬の異名持ちアレストーリの計四人と一緒に属性を確認する。

 寝ていた男は、いつの間にか起床して、ジオを品定めするように視線を移していた。


「では、初めてください」


 魔力を流すだけの簡単な作業、誰から始めようか、悩む直前に抜け駆けで少女が水晶に触れた。


「んじゃ、ウチからな〜」


 パッと体内の魔力を流していき、少女の魔力に反応して水晶が色めき出す。

 淡く綺麗な燐光を佩帯し、水晶内の魔力が彩られる。

 ニーナベルンの適性は水晶内が示す通り、真っ白な光だけが映し出されていた。


「こ、これ、どうなってるん?」


 質問を求められたジオが答えようとした瞬間、少女達の側を通り掛かった教師が物珍しいように、質問に答える。


「無属性魔力を保有する者の兆候ですね。固有魔法使いの適性は、無属性が自身の魔力波長の影響を受けて変質化したもの、と言われています」

「へぇ、そうなんやねぇ……じゃあ、ウチの属性は?」

「そうですね、何の魔法かは分かりませんが、固有魔法を扱える固有属性なようですね」


 固有魔法や固有属性は、一子相伝や遺伝的な継承、特殊な場合に発現する属性であり、発現する可能性は一(パーセント)未満という、超極稀の存在。

 それを引き当てた彼女は彼女で、幸運と周囲からは思われるだろう。

 しかし、彼女には彼女なりの悩みがあった。

 常時発動型の魔法として、瞳に映っている、というものだったのだ。


「凄いですね、ニーナちゃん」

「エヘヘ、まぁ戦闘用じゃないし、ウチも使い熟せへんもんやからなぁ……」

「ま、それは追々解決してけば良いだろう」

「せやな」


 物珍しい魔力適性を身に付けていた少女に、周囲の生徒達もチラッと少女へ視線を定めては、授業に集中すべく宝玉へと手を触れていた。


「んで、次は誰にすんの?」

「時計回りで良いだろ」

「じゃあ僕かな。とは言っても、ニーナちゃんみたく、凄い訳じゃないけどね。僕の属性は……」


 触れた水晶玉が主張するように淡く輝き、緋色の粒子が弾けている。

 典型的な火の魔法属性だった。

 しかし彼は剣聖の孫、属性が火だとしても、彼の扱う魔法は身体能力の強化や剣の鋭利化、属性はそこまで重要視していない。

 実質ジオ本人も、指導するなら剣に関連する魔法を重点的に見るだろう、と考える。


「ふむ、魔法属性は火か、予想通り過ぎて詰まらんな」

「酷くない?」

「いや、どうせお前は剣術で魔法をゴリ押すだろうし、そっち方面の魔法を習得するべきだろうな。この適性機器の精度は結構低めだし……」

「そう、なんですか?」

「高級な適性機器ってのは、一概に属性だけを測る訳じゃないんだ。現在の適性や伸ばすべき長所に短所、魔法の出力値や射程距離、瞬間最大威力や精緻さ、見るべき場所は色々とある。そう言った、より細分化した適性機器もあるんだよ」


 能力値における魔力の立体的波長から、数多くの情報が得られるために、今回使用している適性だけを見る魔導具であるのは、授業の一環であるため。

 適性について、簡単に触れるため。

 だから魔導具も低級のを利用している。


「さて、次は……」

「私ですね。では、参ります」


 次は光属性を持つ少女、ゴクリと生唾を飲み込んで、少女は魔力を流し込む。

 希少属性である光属性、そして彼女は珍しい上に他の属性も持っている。

 黄金色と黄緑色の粒子が水晶内で綺麗に輝いて、幻想的な燐光は宝石箱のように、それ以上の無数の星団に照らされて、周囲には絶対に見られない光景を映し出す。

 感嘆とした声が、他の班から漏れ聞こえる。

 才能を持った人間の、反応する水晶玉。

 特待生の一人が放つ魔法属性は、やはり努力では手に入らない幸運の証。


「ほぇぇ……凄いやん、ルーちゃん」

「えっと、どうも」


 照れ臭そうに鼻頭を掻く少女は、水晶から手を離し、内部の燐光は自然消滅した。


「次アレス君の番やな」


 順番的に、アレストーリの番が回ってきた。

 しかし本人は三人の水晶反応を確認して、茶番であると気付いていた。

 今回の授業は魔法に触れるところから。

 属性は人それぞれ、他人に知られる時点で隙を晒す羽目になると考えるアレストーリは、水晶玉へと触れようとは思わなかった。

 敵愾心を剥き出しに、両手をポケットに突っ込んだ状態のまま、ヤル気を出さない。

 脳ある鷹は爪を隠すように、狂犬も牙を隠す。

 だから水晶玉には触れない。


「巫山戯んな、何故俺様がこんな馬鹿馬鹿しい茶番に参加しなきゃならねぇんだ?」

「えぇやん別に、魔力を検査するくらい。それとも水晶触れん理由でもあるん?」

「うるせぇ、黙れ」


 仲良さげな二人を横目に、ジオはそのまま躊躇せず水晶玉に向かって魔力を流し込む。


「は?」


 誰かが不思議そうな、困惑気味な声色を発する。

 それだけ不自然な光景だったから、魔力適性に関して絶対に有り得ない属性反応を示したから、その異様な光景は全体へと広がっていく。

 それは教師も同様に、人間が測るなら決して発生しない反応を示していた。

 彼の魔力反応によって発生した水晶の反応は、禍々しい燐光であり、その魔力反応は人間特有のではなく、魔獣やモンスターの持つ魔石特有の反応だった(・・・・・・・・・・)

 それが意味するのは、ジオルスタスは魔獣の性質を持っている、となる。

 黒い粒子が漂っている。

 弾けては消える粒子の数々に、魔力反応が魔獣のソレと一緒だと学習済みの者達は理解する。


「なっ、君のその魔力……魔物の、だよね?」


 ビドーレスが丸眼鏡を拭いて再度確認するが、青年の魔力反応は魔獣のような禍々しく、人間に適応しない魔力だからこそ、何者かと疑わしくなる。

 しかし本人が考えていたのは別の内容だった。


(あ、しまった、変えてなかったか(・・・・・・・・)……)


 片方をポケットに突っ込んだ状態のまま、彼は魔力を操作するだけで、水晶玉の魔力性質が完全に変化して、黒い粒子が消え失せ、代わりに無色透明の綺麗な燐光だけが発生していた。

 属性ではなく『魔力性質』そのものの変換、属性変換ならまだしも、魔力の質自体を変化させるのは普通できない。

 常識的に不可能である。

 だが、その不可能は目下で覆っていた。

 色んな意味で注目を集める青年の魔力が、魔獣の性質を持っていた。

 敵意が変な勘繰りを寄せて、次第に噂に尾鰭が付き、それが広まっていくであろうと理解するも、気にせずに魔力の流れを止める。


「せ、性質が……変化、した?」

「こちらが元々の性質なんです」

「だ、だとしても可笑しい。体内の魔力だけで性質が変化するなんてのは不可能だ!!」


 言葉を捲し立てる教師だが、そこまで全部を教える気は毛頭なかった。

 理由としては、ビドーレスも魔法研究家だから。

 同じ研究者同士、他者の魔法理論を簡単に教えるのは御法度であるため、敢えて伝えない。


「先生も魔法に関して造詣が深いなら分かるでしょう。魔法使いなら、他人の理論を簡単に教えられてちゃ、面目丸潰れだと思いますが?」

「う、うん……そ、そうだ、ね………」

「それに、俺の場合は状況が特殊ですから」


 性質を書き換える、それが彼の魔法的技能の一つ。

 性質の変換に魔法を組み込めば、いつでも体内に仕込んである魔法を起動させられ、属性における性質が『魔』から『自然』へと変化する。


「しかし、変化した後の性質はまるで自然の――」

「先生」


 これ以上は無粋だと、ジオは教師の発言を止める。

 授業から逸れた属性であると彼自身が一番理解していたからこそ、追及を免れるためにも意識を別へと持っていく必要があったのだ。

 だから、彼は授業へと方向転換するための一助を、教師へ差し伸べる。


「授業の続き、してくれますか?」

「あ、あぁ、そうだったね。では皆さん、自分の適性を把握できましたでしょうか? 属性について――」


 教師の慌てようは直ぐ様収まったが、青年は自身の右手を凝視する。

 ビドーレスの背中から下げた視線に入った自分の手は豆だらけで、無骨ながらに血を浴び続け、沢山の命を奪ってきた手だから、あんなにも禍々しかったのか。

 有り得ない妄想を捨て置き、教師の説明を耳にする。

 その中で青年は、魔法とは何か、についての見解を一つ思い出していた。






 ――魔法ってね、人の願いを叶えてくれるんだよ?






 そう言った懐かしき少女の姿を追憶に並べて、青年はギュッと握り拳を作った。

 伸ばしても届かなかった手が、命を零していく。

 虚空に晒される手を、寂しくないようにと、空いたポケットへと突っ込んで記憶と共に眠らせる。


「ジオ君、先程の魔力、一体何だったんですか?」

「僕にも説明してもらいたいね、ジオ。あの現象、実家で勉強した時とは全く違う状況じゃないか。有り得ないはずの事象のはずだろ?」

「そうなん? じゃあ、ジオ君の魔法適性って?」

「多分、さっきのだと適性が無いんじゃないかな? 普通そんな事有り得ないけどね」


 授業そっちのけで、質問攻めにされるジオ。

 その質問に対する解答は、もう決まっていた。


「お前等も魔法使いなら、自分で解明するのが一番だ。そうだろ?」


 魔法使いなら、魔導師を志す者達なら、強くなりたいなら、自分で見て、学んで、暴くために挑戦する。

 それくらいの気概を見せろ、と暗示していた。

 しかし青年自身、教えられない理由もある。

 だから彼等に心の中で謝罪を述べて、ビドーレスの続く授業に耳を傾ける。


(人の願いを叶えてくれる、か……なら、君達を生き返らせると願ったら、叶うのかな?)


 幾ら魔法を勉強しても、魔法を開発しても、結局は叶えられない願いだってある。

 だから、未だ稚児のように夢を諦めきれない。

 才能は無かった、属性も得られなかった(・・・・・・・・・・)、しかし魔法という存在が自分を今日まで生かしてくれた。


(なぁ、皆……)


 遡れない月日は何年も経過して、色褪せてゆく景色の数々に時折夢を見る。

 瞼の裏には未だ、後悔の日々を映し続ける。

 だがもし力があれば、今とは異なる未来に行けたのではないか、そんな後悔ばかりが心の内側に再燃する。

 燃えては消えて、また猛り狂う炎は自身をも侵蝕する。


「ジオ君?」

「……」


 教師の説明を耳から耳へと聞き流し、青年は過去へと後悔し続ける。

 そんな様子を二人の人物は、それぞれ違う観点から観察していたが、片方は憎悪を膨張させて、もう片方は物珍しそうな視線を向けている。

 その二人の視線に気付きながら、青年は疲れた息を吐き残していく。

 魔法とは何か、人の願いを叶えるための道具。

 それが、かつての大切な人の理想的な解答だった。

 血に染まり、あの日全てを滅ぼし尽くす時までは、信じて疑わなかった理念。


(魔法とは何か、か……)


 他者を犠牲に歩んできた人生で出た結論が、彼女とは真逆となるとは何とも皮肉な話かと一蹴して、今浮かんだ回答を即座に忘れる。

 魔法という摩訶不思議な存在が何か、残酷で、無慈悲な結論が、青年を歪めた。

 逸脱した日々の中で常に隣り合わせであったから、彼は雑念を抱いた。






 ――魔法は、人殺しの道具でしかない。






 そう彼は、静かに語った。

 かつての仲間達に、それが真実だと、夢を叶えるのではなく、他者の夢を奪うためだけの凶器としてしか、魔法は発展して来なかった。

 だから今、魔法とは何か、という新たな命題を彼は模索している。

 何のために魔法を行使するのか。

 どうすれば、魔法を発展させられるのか。

 彼は人殺しの道具としての魔法を、別の何かに形容するために魔法を研究開発している。

 雑念を振り捨てて、今はただ学園生活に身を任せる。

 それがアナストリアの願いであり約束だから、青年は魔法を学ぶ……新しい『何か』を見つけるために。






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