第2話 新たな日常へ
乗客達も全員が無傷だった。
避難を終えて機関車に乗り込み、その黒い鉄塊は運行を再開した。
ブラッディバイパーと呼ばれる赤大蛇の化け物を退治した魔法使い二人に対し、乗客達は車掌を通して感謝の気持ちを伝えたが、現在では再出発に伴って事態は収拾し、ジオはルーテミシアと二人、向かい合って着席していた。
車内販売で弁当を買い、それを食べながら二人は会話を弾ませる。
「先程の魔法、素晴らしかったですけど……ジオ君って魔法協会の方なんですか?」
「いや、別に魔法協会には所属してないよ」
魔法協会とは、世界全土に設立されている自治組織であり、そこに所属している者は階級によって仕事が割り振られるようになる。
実際に魔法学園の卒業生の何割かは魔法協会に籍を置いている。
魔導師だと名乗れるのも魔法協会の資格あればこそで、あれだけの強さを誇るなら、魔法協会員でも不思議ではないとルーテミシアは考えた。
しかし彼は旅をしていたため、協会員ではないと首を横に振る。
「知り合いは何人か協会員入りしてるが、俺は協会には所属してない。至って普通の魔法使いだ」
「ただの魔法使いの人が、あんな凄い魔法を使えるとは思えないんですけど?」
大蛇を焼却した魔法は、彼女の知識を凌駕する威力と術式を持っていた。
「あれは立体魔法陣の円環部位を魔法紙に刻んで、その魔力門同士を繋ぎ合わせたんだ」
「はい?」
「立体魔法陣って幾つものパーツに分かれてるんだが、そのパーツ毎に役割を付与して、それぞれの小魔法陣を並べて隣り合う魔法陣同士の魔力門を開き、回路で繋いだんだ。要するに円形陣は完成してるから、後は魔力回路を繋げるだけで魔法が発動するって訳だ。それで立体魔法陣を完成させて全体で起動したんだよ」
「つまり、魔法紙それぞれに違う魔法陣を同時に描いたって事ですか? 予め描いていたのではなく?」
「大雑把に言えば、そうだな」
それがどれだけ難しいのか、少女には分かっていた。
数多くの魔法使い達を見てきた彼女だからこそ、魔法紙に魔法を刻んで魔法を発動させる付与ではなく、即座に刻印している方法を知らない。
「無詠唱とも違うようですけど……」
「魔法発動には種類があるが、その種類、ルーは全部言えるか?」
「えっと……『詠唱式』、『媒介式』、『紋章式』、の三つです」
「基本はそうだな。詠唱式は特定の文言で発動させる魔法、媒介式は触媒を利用した魔法、紋章式は空中に魔法文字の羅列を書き込む魔法だ。他にも『暗号式』とか『置換式』とか幾つか種類はあるけど、俺はそのどれとも違う」
青年は、一枚の紙に魔法陣を刻んだ。
それを発動させると、魔法陣を中心に虹色の魔力で形成された蝶々が列を成して綺麗な光景を生み出した。
その光景を他の乗客も眺めて、息を呑んでいた。
「俺の使うのは『刻印式』、まぁ古い魔法体系だな。媒介式が一番近いが、媒介式は予め仕込んである魔法を使うだけで、付与魔法に位置する。が、刻印式は違う。本当はこんな回りくどい方法を使わずに魔法を発動させたいとこなんだけどな……」
「何か問題が?」
「まぁ、見たら分かる。【灯火】」
今度は魔法紙を駆使せずに、掌を上に向けて魔法を発動させる。
火の初歩的な魔法で、火種を生み出せる。
しかし青年の掌に浮かんだのは、灯火にしては火種が小さすぎるもので、これでは魔法とも呼べないなとルーテミシアは率直な感想を抱いた。
青年が息を吹き掛けると、その魔法陣は消滅した。
「昔、とある事故に遭ったせいで瀕死の重症になってな。その影響のせいか魔力回路が何箇所も焼き切れて、特に太い魔力回路が何本か逝っちまって、こうして出力が大幅に減退して上手く魔法が使えない」
「だから魔法紙というのを使ってるんですね?」
「そうだ。ま、正直なところ魔法の使い方が変わって制限もあるんだが、慣れもあってか不自由はしてない。それに前より自由に魔法が使えるようになったんだ、儲け物だと考えてるよ」
魔法を発動させるために魔法紙を利用している以外は、至って普通の魔法使いである、そう主張する。
しかし、どうしても普通とは思えなかった。
異常な強さ、彼女には青年の姿に後光が差しているように見えた。
「クレサントにはどんな用事で行くんです?」
「魔法学園に入学するためだ。その前に入学試験を受けなくちゃならないから、列車に乗ってるとこだな」
「何故魔法学園に?」
「まぁ、幾つか理由はあるんだが、主に三つ……いや、二つかな」
弁当のおかずを飲み込んで、二つの要因を述べる。
「一つは魔法学園に知り合いがいて、その人に入らないかと推薦されたんだ。推薦枠があるらしいんだが、それを断って普通に試験で合格するつもりだ」
「え、どうして断ったんです?」
「合格するのに大して必要無いし、知人に貸しを作りたくないのが本音だな」
貸しを作れば、どんな無茶振りが返ってくるか分かったものじゃない。
だから彼は推薦枠を突っ撥ねる。
試験は全員合同で行われ、推薦状を持っていれば試験で加点される仕組みとなっているが、青年はその栄誉ある切符を自ら破り捨てた。
「ま、合格できなければ、それはそれで構わない。その時はまた旅に出るだけだ」
「また、という事は、今までも旅を?」
「そうだ。周辺諸国との戦争が終結してから早三年、変わった世界を一度この目で見て回りたくなってな、連合国を飛び出したんだ。それから近隣諸国で滞在してた頃、連合国が新しく『アンシュリーローヴ月邦国』って名前に改名されたのを知ったんだ」
青年が暮らしていた『クレサント連合国』は、合併した国々の頭文字を取って、『アンシュリーローヴ月邦国』となっていた。
因みに、クレサントは古代精霊文字で『月明かり』を表しているため、『月』邦国と名付けられた。
「ジオ君はクレサント出身なんですか?」
「あぁいや、出身は別なんだが、クレサントにいた時間が結構長かったな。今では第二の故郷ってやつだ」
「そうなんですね……それで、もう一つの理由は?」
「魔法学園には、禁書庫閲覧区域ってのがあってな、そこで魔法について更に学ぼうと思ったんだ。魔法学園だけが所蔵する蔵書もあるくらいだしな」
魔法を学ぶ上で、必要に駆られるために禁書庫閲覧の許可を求める、彼にとってはたったそれだけの気持ちでしかなかった。
だが、丁度良い機会だからと魔法学園への入学を決意し、実行に移し、現在に至る。
「俺ばかり話してるな。今度はこちらから聞こう。ルーは何処から?」
「私は『ローディスヴェルト聖天国』出身です。とは言っても、現在はクレサント『第五地区』なんですけどね」
合併によって生じた国の改名でその国は、第五地区ローディスヴェルト、となった。
一つの都市となり、クレサントと同盟を組んでいる。
連合国の傘下に入る形で、ローディスヴェルトは生き永らえて、より貿易が盛んになって互いに利益が満載、都市の発展によって潤っている。
ルーテミシアは魔法学園からのスカウトがあり、推薦枠を手に学園への入学を決意、聖天国を飛び出した。
「私、回復魔導師志望なんです。希少な光属性を使えますので学園から推薦状を頂き、勉学のためにとお父様達から了承を経て、こうして列車に乗ったんです」
「じゃあ、ルーも学園にか?」
「はい。ジオ君と一緒ですね」
嬉しそうに笑う少女を見て、青年は不思議と心が安らいだ気がした。
「回復魔法の使い手、か……今年は大物揃いだな」
「そうなんですか?」
「あぁ、何でも今年は剣聖の孫とか、魔導大国の天才魔導師とか、火、水、土、風の四種属性者もいるとか。他にも武闘都市の大会優勝者とか、固有魔法を持つ奴、粒揃いの猛者達が入学試験を受けに来るって噂らしい」
「凄そうですね、どんな人達なんでしょうか?」
「さぁな。だがまぁ、まずは目先の問題からだな。入学試験を突破しなくちゃならない」
試験がどれだけあるのか、彼等は知らされていない。
詳しい説明は試験当日に用紙を配られて、それを見るまでは謎となっている。
だが、簡単な枠組みを青年は知っていた。
「受験に合格した人達から受け継がれてるそうだが、毎年必ず行われる試験は四つだ」
「よ、四つもあるんですか?」
「あぁ、筆記、実技、魔力測定、面接、その四つな。筆記に関しては基本選択式になってる。実技は毎年変わるから不明だし、面接はその年によって個人だったり集団だったりするらしい。魔力測定は言葉の通りだ」
「何で知ってるんですか?」
「情報収集も試験を勝ち抜くために必要な要素だ、というのが学園側の見解らしい」
だから情報を集めた、と彼は言う。
実際に青年の言う通り、その四つの試験によって合否判定が下される。
合格後のクラス分けはランダム。
しかし重要なのは、その学園が身分制ではなく、実力至上主義を掲げているところにある。
「実力で序列が決まるんだ。その学園では身分は何の役にも立たない」
「ジオ君は何か特別な身分なんですか?」
「いや、至って普通の平民だ。それでも貴族と平民の身分格差とかはあって、教師も黙認してるとこがあるのは知人から聞いた」
「その、ジオ君の知り合いとは?」
「ただの偏屈な怪物さ。魔法については最強クラスと言っても良いくらいだ」
「ジオ君より強いんですか?」
「どうかな。この体質になってからは一切会ってないし、前とは戦法もかなり変わったから、一度戦ってみないと何とも言えないな」
知り合いはジオと同等かそれ以上の力を持っていると聞かされ、自分とは次元が違うんだな、と密かに思ったルーテミシアだった。
「年季の差、経験の差で負けてるし、あの人の魔法はどれも強力だからな」
「凄いお方なんですね」
「悔しいが、実力は認めざるを得ないな」
その知己に誘われて来た、と彼は言っていた。
つまり、それだけ認められた証なのではないか、とも感じ取れた少女だったが、まさか逆に魔法学園で学び直せという暗示か、とも受け取れた。
その顔馴染みの人物の真意が分からない。
(どっちなんだろ?)
強い人達の考えは謎だらけだった。
ルーテミシアからしたら、青年も相当な実力の持ち主だが、それでも互角かそれ以上の力を誇る彼の知人、その架空の人物も含めてジオという人間は一体何者だろうと、気になっていた。
「ん? ジッと見てきて一体どうした?」
「い、いえ、何でも……」
食べ物へと落としていた視線が持ち上がり、凝視していた少女と視線が合い、彼女は恥ずかしさから目を逸らしてしまった。
「それにしても、同じ列車に同じ受験者が乗ってるなんて、こんな偶然もあるもんだな」
「ですね。けど、これも何かの縁だと私は思います。運命という言葉が最適でしょうか」
「……運命、ねぇ」
これも神のお導き、そう唱える彼女はやはり聖天国の人間だなと、ジオは運命という言葉を心の中で吐き捨てる。
運命という言葉は、彼が嫌いとする言葉の一つだった。
それは過去の出来事に起因しているからで、しかし表情を変えずに彼女へと言葉を返す。
「ま、運命様とやらが俺達を操ってんなら、今すぐ解放してもらいたいもんだがな」
「へ?」
「いや、何でもない」
米を口へと運び、咀嚼、嚥下、それを繰り返す。
気持ちごと喉奥へと流し込み、その場に沈黙を作り出したが、その沈黙の空気に耐えきれなかった少女は、青年へと話題を振る。
「た、確か魔法学園では特別課外がありますよね? その中でも『魔導対抗競技祭』は、魔導映像通信で世界中で中継されますから、活躍して自分の実力をアピールする人が多いんですよね」
「ルーも出場したいのか?」
「はい! 前に観戦に行ったんですけど、とても見応えありましたから!」
興奮気味に語るルーテミシアだったが、青年の無関心そうな表情が気に掛かった。
「ジオ君、もしかして知らないんですか?」
「流石に知ってるよ。だが、大して興味は持てないかな」
「どうして?」
「戦うより、観戦する方が好きだから」
実際に戦うよりも、観客達に混じって観戦している方が楽だから、という理由である。
また、彼の場合は身体的ハンデを背負っている。
魔導具の使用は許可されているため、彼の魔法紙有りきの戦い方も文句は言われないが、それでも彼自身、他人に手の内を明かす危険性を回避したいという理由も兼ねているから、もし参加枠があっても他人に譲る。
そして彼は対抗戦での本質を知っていた。
「正直な話、競技祭は集団での行動が多い。そういったのは苦手だし、俺の魔法戦闘方法では集団戦には向かないからな。味方相手関係無しに吹っ飛ばせるってんなら話は別だが」
「そ、そう、ですか……」
「乱戦でも戦える魔法は幾つか習得してるが、下手すると相手を殺しちまうから、出る気にはならないんだ」
武器化、付与、罠設置、狙撃、肉弾戦、多種多様に使い分けて魔法を操れる魔導師である彼にとって、問題は魔法の威力にあった。
相手を傷付ける、または殺す、それをしないためにも彼は出場する気は無い、そう語った。
「そもそも、まだ入学すらしてないのに出れるか分からんしな」
「うっ……そ、そうでした」
「だがまぁ、出場枠は一年生からでも取得できるから、目一杯魔法の修行をすれば、ルーも出場できると思う。それに回復要員としても重宝されるだろうしな」
「お役に立てれば良いのですが……」
回復魔法は全魔法使いの約三%未満、そのため回復魔法を使える彼女がいれば、万全の準備で臨めるようになる。
怪我しても回復させられる。
ならば、ゾンビ戦法もできてしまう。
「課外活動の話だったな。俺が聞いたのは、学園の保有する島で一週間のサバイバルキャンプだ」
「な、何ですかそれ?」
「クレサントの魔法学園は超名門校として有名なんだ。だから資金も潤沢にあって、優秀な魔法使いも多く排出してる。魔法学園が幾つかモンスターの蔓延る島を保有してて、そのうちの何処か一つをキャンプ地に設定し、課外授業を執り行うんだとさ」
「何だか大変そうですね……」
「合格者がゼロだった年もあるらしい」
「そ、そこで何するんですかね?」
「幾つかの班に分かれて、スタート地点からゴール地点まで行くだけなんだと」
彼の聞いた話では、とある島まるごとを使った大規模な課外活動を行い、島の南から北上して、北にあるゴール地点まで辿り着けば合格となる。
逆に言えば、ゴールできなければ失格となる。
島には怪物がウヨウヨ存在し、そこを通って一週間以内にゴールする必要がある。
「簡単なのか難しいのか、あまり聞いただけでは分かりませんね」
「明らかに一年生では無理難題、って言ってたな」
「それを課外活動でして良いんですかね?」
「危機的状況に追い込む、そうしなきゃ人は成長しないんだとさ」
無理難題を吹っ掛けて、その上で乗り越えられるかを試す試験でもある、と聞いたジオだが、その知り合いの性格を知っているせいで素直に頷けない。
事実として、その危機的状況で魔法の才能が開花する、という事例もあるため、毎年危険な活動にしている。
「合格者が出なかった年なんだが、仲間内で喧嘩、戦闘が相次いで勃発したそうだ」
「え? それって幻惑魔法を掛けられたとかですか?」
「いや、単なる内輪揉めだ。生徒に渡されるのは一日分の携帯食糧、数Lの水、だけらしい」
「あの、試験って何日でしたっけ?」
「七日だな」
「それで一日だけって、無理じゃないですか?」
「いや、その島にはモンスターが数多く生息してるらしく、木の実や野菜類なんかも独自の生態系を作って生活してるらしい」
そこでの食糧調達は許可されており、自由に採って料理して食べても構わない、との説明が為されていた。
だがしかし、モンスターは強く、島の食糧達は弱くとも見つかりにくい場所にいたりする上、島のモンスターには夜行性昼行性は問われない。
昼動く化け物、夜徘徊する怪物、多種多様だ。
そのため、四六時中緊張感が漂う。
精神は擦り減り、喧嘩、戦闘が起き、死亡者が出た年もあったと淡々と語る。
「緊張感に加えて飢餓状態ってのは、経験してないとかなり苦しい。そんな状況で不合格者がどうなるかは簡単、教師が即救助に赴く」
「どうやってです?」
「俺もそこまで詳しくは知らん。入れば分かる、とな」
圧倒的な危機感を持たなければ、仲間に食い殺されるだろう、背中から刺されるだろう、という緊張感を持った授業を一年生のうちから始めるという。
スパルタをも通り越した授業内容に、飲み込んだ弁当のご飯が口から出そうになったルーテミシアだった。
「『ルグナー魔法学園』、平民の受け入れも寛容に行ってるから、人気が爆発的に高い。その学園の試験は三日後だが、それまでどうするんだ?」
「知人の家を訪ねる約束をしてまして、そこに泊まる予定です。ジオ君は?」
「普通に宿屋に泊まる。やる事も特に無いし、試験までは適当に時間を潰すだろうな」
試験開始まで勉強する人もいれば、魔法に注力する人もいるが、王都観光でもしようかと画策していた。
受かる気があるのか無いのか、青年は一人旅の最終地点までを満喫する。
『まもなく中央都市クレサントに到着致します。中央都市クレサントに到着致します。お降りの際は、お忘れ物にご注意下さい』
話に花を咲かせていると、間もなくクレサントの駅に到着するアナウンスが車内に流れた。
ここで一旦の別れ、少女は大きな旅行鞄を両手に、頭を下げる。
「改めて、あの時助けていただいて、本当にありがとうございました」
「あぁ」
その謝辞を受け取り、彼は小さく笑みを見せる。
この不思議な出会いが始まりであるのを、二人はまだ知らなかった。
アナウンス後少しして魔導蒸気機関車が無事、中央都市クレサントの乗降場へと到着した。
大きな駅内には、幾つものレールが伸びている。
天井は硝子張りのドーム状で、大きな列車の数々を目線だけ周囲へと飛ばし、発達した魔導技術の粋を眺めながら移動する。
肩にショルダーバッグを、背中にリュック、右手にはアタッシュケースを持ち、ルーテミシアと別れたジオはゆっくりと改札口へ向かう。
「昔は改札で待たされたのに、ここも随分と変わったもんだな」
現在の手荷物検査は、魔法による透過検査が改札を通る時に行われている。
魔導具の監視カメラが乗客を見下ろし、その視線に気付いた彼はチラッと一瞥だけして足は止めず、改札前へとやってきた。
切符を差し込み口に入れると内部で魔導具が作動し、一人でに改札の門が開く。
(文明の発達だな)
戦争終結により、人々は大きな進歩を遂げた。
その影響が、色んな場所に表れている。
例えば改札を通り抜けると切符売り場が見えてくるが、上空には列車の路線図が描かれて浮いており、そこに金額まで記載されている。
魔法によるホログラムが、路線図を投影している。
「さて、数年振りのクレサントを満喫するか」
長年地元から離れて生活していたため、感慨深い何かを感じた彼は、改札の向こう側へ一歩踏み出そうとした直後、声を掛けられる。
「そこの君! ちょっと待ってくれ!!」
息を切らしながらジオの背中に呼び掛けたのは、先程彼が搭乗していた機関車を操縦する車掌だった。
何の用かと、客の邪魔にならないよう、改札の横へと移動する。
「車掌、どうされました?」
「まだちゃんとしたお礼をしていないからね。乗客と列車を守ってくれて、本当にありがとう」
それを言うためだけにワザワザ来たのか、と不思議そうな面持ちで車掌を見る青年。
列車内放送で魔導師への依頼をしたための、討伐報酬を渡す義務が車掌にはあったため、彼を引き留めた。
彼自身、報酬を受け取る気は無い。
理由の一つとしては、赤大蛇の死骸を入手したから。
その蛇の素材があるため、お礼は必要無いとやんわりと断りを入れようと考えた。
「是非とも謝礼の品を――」
「いえ、すでに対価として赤大蛇の死骸は貰ってますし、私自身列車が止められるのは時間の浪費に他ならないと判断したまでですので、どうかお気になさらず」
「し、しかし……」
対価を受け取るのは、魔法協会の人間や一般的な魔導師にとっては普通だが、彼は違う。
そもそも正式に依頼されたりしていない。
偶然居合わせたに過ぎないため、報酬の件を辞退するつもりでいた。
「それに、もう一人の魔導師の方は先に駅を出られたようですので、私一人報酬を貰うのは気が引けます」
と、ルーテミシアを引き合いに出し、一人では謝礼は受け取らないと意思表示した。
謝礼は受け取らない、そう方針を決めていた。
「ハァ……私達の命を救ってくれたから、何か是非にと思って礼をしたかったんだがねぇ」
「いえ、そのお気持ちだけで充分ですよ」
慇懃な態度で、彼は潔く報酬から手を引く。
仮に車掌が依頼で報酬を用意した場合、仲介するのは魔法協会であり、異変化した赤大蛇が協会によって回収される可能性もあった。
そうならないためにも、彼は報酬授与を断固拒否した。
用も無くなったため、ジオは一礼して改札を通過する。
「では、俺はこれで」
「引き留めて済まなかったね」
「いえ」
騒然たる賑わいがジオを歓待する。
数年越しの中央都市に入国した青年は、改札を抜けた先の光へと飛び込んだ。
「……やっぱ賑わってんな、クレサント」
喧騒が所狭しと木霊して、雑踏が彼を迎え入れた。
腹の虫を刺激する焼き鳥の香ばしい匂い、野菜売り場から飛び出し逃げ惑う元気潑刺な野菜達、空飛ぶ箒に跨っている魔導師や魔女達、入り乱れる旅人の装いをした同胞達の満面の笑み、冒険心擽られて、ジオ青年はその人混みを縫って練り歩く。
駅近くにある屋台通りでは商人達が談笑し、客と売り子が物品の売買を成し、看板娘が旅人を宿に連れて、子供達が玩具を掲げて走り回っている。
(四年前とはえらい違いだ)
喧騒に次ぐ喧騒、周囲から笑顔が溢れている。
笑い、楽しみ、して喜ぶ。
戦争の終わった証を見て、その空気が少しばかり居心地悪く感じられた。
(やっぱり平和ボケした場所は肌に合わんな。何であの人、俺を学園に呼んだんだろ?)
戦場に居場所を求めた青年の価値観は、この場所が不適格だと映してしまう。
血は流れず、不条理に命を失ったりもしない場所は、暖かくて眩しくて、それは戦場に生きた者達にとっては太陽のような場所。
しかし彼等は日陰者、今更善人にはなれない。
自分の意思で他者の尊厳を踏み躙った者が、こんな平和な世界にいてはならない、そう青年は考える。
ここは己の身を焦がす楽園、無法者が決して踏み入ってはならない禁断の地、自由であり、何でも願いが叶い、心躍らせる逸話の国。
ジオにとっての血生臭い日常とは大分掛け離れた、謂わば未知の空間。
「眩しい世界だ」
ボソリと呟いたが、その声は勿論、周囲の足音や笑い声等によって掻き消されてしまう。
これから、ここでの生活が始まろうとしている。
それは当然、ルグナー魔法学園への入学が条件として付き纏うが、それでも四年前との勝手の違いに多少の驚きを滲ませ、青年は慣れないながらも屋台を見て回る。
(焼き鳥屋にクレープ屋、握り飯も普通に売ってんのか。どれも気になるが……あっちにも人が集まってるし、後で行ってみるか)
キョロキョロと物見遊山に来たお上りさんは、一つの屋台に目が留まる。
そこに書かれていたのは、たこ焼き。
生地の中にタコの足が入った一品。
ずっと戦いの中にいたからこそ、こういった買い食いの経験も無く、しかし腹の減りは抑えきれずに匂いに釣られて立ち寄った。
屋台で食べ物を買い、宿探しも併用しながら旅の醍醐味を満喫する。
(お、このたこ焼き、かなり美味いな……)
物流が盛んとなり、調味料や食材も豊富となった現代で、凝った料理も楽しめる。
熱々のたこ焼きを買い、一つ口に含む。
カリカリの生地に、フワフワの中身、プリプリのタコが入った一品に舌鼓を打ち、東方の料理という知識のみだったのが、この時初めて東方料理の味覚を知った。
(戦争時代とは何もかもが違いすぎて、正直言って新鮮さすらあるな)
これが日常の光景、しかし日常に溶けきれずに彼は過去を引き摺る。
アタッシュケースを空間倉庫に仕舞い、たこ焼きを食べながら観光を続ける。
(中央都市クレサント、かなり治安も良さそうだが……)
周囲を見れば、どのような人間が闊歩しているかは大体分かってしまう。
一般人、魔導師、暗殺者、諜報員、戦争終結によって現在は冷戦状態となっているため、様々な人種が入り乱れているのに納得している。
兵器を使わない、魔法での戦争もしない。
するのは冷戦、情報戦争。
しかし彼にはその露店並びの繁華街が、その日常が顕著に映る。
これが仮初の平和であり、偽りでしかない、と。
その証拠に他国の暗殺者や諜報員が任務のためか、平和に溶け込もうとしているため、彼等がいる時点で平和は表面上でしかないと思える。
(血の臭いもするが……ま、俺には関係の無い話か)
彼はもう普通の一般人に成り下がったから、そのような雑事に関わりはしない。
そして自身より脆弱な人間に興味も湧かない。
しかし、殺すべきだ、殺さなければ掴み取った平和がまた壊されてしまうのだと、そう悪魔が心の中で囁き、彼は一瞬感じた殺意から、丁度今すれ違った男の諜報員へと振り向いた。
見た目では一般客と相違無い。
だが癖なのか、足音が一切聞こえない。
今なら自分に気付いてない。
このまま背後から脳天を打ち抜けば、相手が自分に気付く前に瞬殺できる、そう脳裏でシミュレートした。
そう思ったが、殺すべきではない。
こんな雑踏の中で射殺すれば、どうなるかは想像に難くないと自身を律し、敵意や殺意を抑える。
(チッ、殺し損ねたか……人が多すぎるってのも厄介極まりないな)
心の内側で悪態を吐きながら、彼は最後のたこ焼きを無造作に口中へと放り投げる。
冷めた残り一個のたこ焼きを咀嚼し、近くのゴミ箱へと爪楊枝と紙皿を捨てた。
「試験まで三日あるし……退屈しそうだな」
観光したとしても結局は退屈の重ね合わせに過ぎず、彼には何も響きはしないだろう、そう自分でも理解してるからこそ彼は、退屈な日常を享受する。
試験まで三日、それまで好きなように過ごそうと考え、煩雑とした街通りを歩いていった。
読者の皆様、こんにちは、二月ノ三日月です。
競技祭についての名称を『魔法競技祭』→『魔導対抗競技祭』に変更させて頂きました。
物語進行のご都合上、変更する事になりましたため、突然の変更をここに謝罪します。
本当にすみませんでした。
名称が変わるだけですので、現状の物語進行に大きく影響はありません。
これからも、この作品を読んで頂ければ幸いです。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
『面白い!』『この小説良いな!』等と思って頂けましたら、下にある評価、ブックマーク、感想をよろしくお願い致します。