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INFINITY MAGIA  作者: 二月ノ三日月
第一章【IGNITION】
19/26

第18話 都市探索 後編

 到着した目的地、それは魔法により成長した観葉植物が壁や天井へと伸び、レトロな雰囲気を内包している、小洒落た喫茶店だった。

 魔導蓄音機によって、音楽が絶えず流れている。

 天井はファンがゆっくり回転運動を、木製の内装はリラックス効果を発揮し、料理の香り深い匂いと雰囲気が居心地の良い喫茶店だと客達に高評価を付けさせる。

 気持ちが安寧に誘われる。

 客足も上々、騒ぎによって昼時間を過ぎてしまい、満席にはなっていない時間帯に来てしまった。

 だがカウンター席も、家族席も、結構人がいる。

 そして客層は老若男女様々、料理も軽食から大盛りまで種類も豊富となっている。


「へぇ、中々に洒落た店だな」

「はい、料理も美味しくて、隠れた名店なんだそうです」


 テーブル席に三人自由に着席して、メニューを開く。


「おぉ、色んな料理あるんやなぁ……でも、意外と金額高いなぁ」

「アハハ……でも味は保証しますよ。日替わりメニューもありますから、悩んだ時はお勧めですよ」

「じゃあ、ウチそれにしよ〜っと」


 豊富なメニューに記載されている名前、その隣にある写真と金額、どのメニューを頼もうか悩みどころで、悩むのも億劫となった彼は適当にメニューを選ぶ。

 ルーテミシアのメニュー選択を待っている間、答えてもらっていない質問を再度ジオへ投げ飛ばした。


「そんで、ジオ君は何しとったん? 買い物?」

「あぁ、魔法実験の資材を買いに来たんだ。昨日、ちょっとした実験を試みたんだが、側に置いてあった観測装置とかが誤爆した結果、木っ端微塵になったって訳だ」

「さっきのグラス修復しとった魔法で直せやんの?」

「無理だな。あの魔法は簡易的な修復しかできないし、他にも何かと要り用だからな」


 魔法開発には費用がいる。

 その費用を削減するため、極力脳内か研究ノートで理論実験して、それを地下の実験室で威力実証を試みる。

 だが、それでも費用は嵩張る。


「俺はこの身体のみでは魔法を使えないんだ」

「……それ、どういう意味なん?」

「魔力回路が何箇所も焼き切れてるからな、初級の魔法でさえ二発が限界なんだ。だから、俺は魔法陣を刻印して魔力を削減した状態で魔法を駆使してるのさ」

「じゃあ詠唱は?」

「しないな。本来魔法に詠唱は必要無いし、魔力運用に関しては、俺の魔法は一般とは乖離するから参考にならない。逆も然り、俺は一個一個開発しなきゃ普通の魔法すら満足に使えないのさ」


 灯火の魔法すら、開発しなければ満足に使用できず、仮にできたところで他の弱点が露呈するため、その弱点を克服するためにも三年間で新たな魔法体系を習得した。

 しかし、その代償は大きかった。

 時には腕全体を時空の彼方に消し飛び、時には記憶の一部を欠損する羽目になり、時には全身を耐え難い苦痛に苛まれ、時には精神を千切られた。

 それでも彼は、魔法研究だけは止めなかった。

 それが彼の起源ルーツでもあったから。

 だからジオは、魔法技能に耐え切れない罅割れた肉体となっても、また魔法を使えるようにと努力を注ぎ込んだ。


「けど、ジオ君の魔法技能は、凄い、の一言に尽きます。どうして、そこまで魔法を極めようと?」

「魔法を極める、か……どうかな、何で学ぶのかと問われると改めて考えさせられる」

「じゃあ、単に学んでるだけなん?」

「そういう訳じゃないが……まぁ自衛のため、って理由でもある。この通り、魔力が少なすぎるからな」


 彼の体内に残存する魔力量は、酷く少ない。

 熟練の探査魔導師でさえ、彼を感知できるかできないか程度の魔力しか保有していないため、逆に数多くの魔法を習得して使用している状況が理解不能だった。


「何処から魔力持って来とるん?」

「企業秘密だ」

「えぇやん、教えてぇな!!」

「断る。って言うか、教えたところで他の奴等には決して真似できない。魔力には個人毎に性質があるからな」


 だから教えない、そう口を噤む。


「あんだけの魔法使えるんやったら、貴族連中をギャフンと言わせられそうやな」

「貴族、ねぇ」

「明後日から授業始まるやろ? 多分色々難癖付けてくると思うで? しかもジオ君、結構悪目立ちしてるやん?」

「してるやん、って言われても……」

「人脈馬鹿にしたらあかんで。結構ジオ君の入試について上級生の間で広まってるようやったし、入学式での態度は一年生の約半数から大顰蹙買うとるし」

「約半数? それって貴族の方達ですか?」

「せや、昨日の部活動見学ん時、ウチ『新聞部』行ったんやけど、もうすでに有力な人物についての情報収集が始まってたんよ」


 部活動見学に一切参加せずに自宅に引き籠もったジオには知り得ない情報が、ニーナベルンにはある。

 これはかなりの有利な部分だろう。

 何故なら、彼女を抱き込めば情報漏洩が容易となり、勝手に流出するから。

 しかし、彼女はジオにとって周知の事実として伏せていた内容も教師の口から聞いて、その事実が余計に彼女のジオに対する評価が変化していた。

 それは入試成績に関係する内容。


「んで……ジオ君、入試成績どないなっとんねん?」

「入試成績? 何の話だ?」

「新聞部の顧問やっとる先生が口滑らしとったで。ジオ君、入試成績の総合得点が千四百八十五点や、ってな」

「せ、千四百八十五点!?」


 驚いたのはジオ、ではなくルーテミシア。

 その圧倒的な得点保持者に対して、彼女は驚愕を口に出してしまい、周囲から睨まれる結果になったため、慌てて頭を下げて客達の溜飲を下げる。

 しかし、それだけジオの異次元さが分かる内容だった。

 ニーナベルンを信じている、が、それでも彼の稼いだ総合得点数が普通の受験生に採れるはずのない点数であるのは受験した二人には理解できている。

 だから、本当に何者なのか、と二人はジオの背景に興味を抱いていた。


「ジオ君、知ってたん?」

「いや、入試成績に関しては誰からも聞いてないし、そもそも受験者に教えてくれるはずもないと思ってたから、教師にも聞いてない。実際今日が初耳なんだが……」


 敢えて知らないフリをする。

 しかし、ニーナベルンは相手の感情を色で識別する人間あるが故に、彼女は過信する。

 その能力を、この場においてフル活用していた。

 だが、その彼から発せられる感情値は、何故か変動していなかった。

 驚きも興味も、特段感知していない。

 むしろ興味すら無いと言ってるようなものだ。

 これは彼自身、学園長アナストリアと接点があると他人に露呈しないよう、自己判断で配慮した結果だった。


「けど、デマもかなり流れてる様子やったし、どれが本当の情報か偽物のかって、錯綜してる状態やったなぁ」

「そう、なのか?」

「けどウチはその点数が本当なんやろうなって思った」

「根拠は?」

「先生の顔と風紀委員長の勧誘やね。ジオ君の魔法技能については、そこまで知ってる訳やない。けど、ルーちゃんが絶賛してたもんでなぁ」

「ちょっ――ニーナちゃん!?」


 ルーテミシアにとっては、ジオの魔法は何度か拝見していたから、入寮後に仲良くなったニーナベルンへと会話が弾んだ時に語ったりした。

 が、今この瞬間、彼からは覇気すら感じ取れない。

 魔力も微々たるもの、途轍もない魔法使いには見えないのが彼女の主観だった。


「別に口止めしてないし、好きに語ってくれて構わないが、俺自身入学さえできれば、後は平穏無事に静かに授業を消化していくだけだ」

「……あの、一つ宜しいですか?」

「何だ?」


 唐突なる少女からの質問に一瞬身構えたジオは、彼女の口元へと視線を落とす。

 何を話すのか、多少気掛かりが生まれたから。


「もしジオ君の入試成績の点数がそれなら、何故最下位で通過したんですか?」


 意外と鋭い部分を追求する銀色の少女に、金色の少女が便乗する。

 その通りだ、と。

 青年を二人の少女が純粋な眼で見つめるが、本人は何処吹く風、素知らぬフリを貫き通す。


「俺が知ってる訳ないだろ」

「ホンマか?」

「仮に知っていても教える気は無い。ルーはともかく、ニーナは口が軽そうだからな」

「酷っ!?」

「それに興味も無い。合格できれば、点数なんて何点でも構わんだろう」


 メニュー表に視線を落としながら淡々と述べる彼に、二人は怪訝な表情を向ける。

 そんな風に語る人間はまずいない。

 成績によって受けられる待遇も変化するのが一般的であるからこそ、彼の発言は特待生達と一般生徒を同列視していると捉えられる。

 事実、そういった節が彼にはある。


「けど、その点数やったらジオ君、主席やったんとちゃうの? ほら、特待生になれたやろうし」

「それなら、五位だったルーが特待生から落ちるが?」

「そ、それは……」

「私は別に構いませんよ。ちゃんと学園側が公平に試験を見て下さるなら、それが私の評価ですので。不正はあまり好きではありませんし」

「ルーちゃん、達観しとるなぁ。ウチ、そんな風には考えられへんわ」


 各々の考えが反映され、ジオは試験に対して興味を示さず、ニーナは特待生という仕組み評価に並々ならぬ想いを携え、その特待生の一人として選出されたルーテミシアに至っては公平性を重んじる。

 入試成績が五位という時点で、もしジオが一位だった場合、当然ながら少女は六位と格を下げられ、特待生の恩恵を受けられなかった。

 いや、本来なら形としては少女は六位だった。

 ジオの点数が化け物染みていただけ。

 しかし平民ですらない青年が一位となるのは、周囲からの品格も疑われ、不正行為云々や貴族達との確執、彼が一位という立場に立てば亀裂が大きく裂けるのは必至。

 色んな条件が合致され、結局彼が最下位として入試に合格するに至った、とは彼自身も大して知らない。

 これは公平性を欠いた、一つの裏工作。

 当然それを知覚すれば、品行方正を心掛ける少女としては抗議案件に入る。


「ウチがルーちゃんの立場やったら、ジオ君最下位のままでいてくれ〜って、星に願うてたかもしれへんなぁ」

「よく本人の前で言えたな……」

「ジオ君知ってたとしても、目立ちとう無さそうやし、多分最下位で構へんって思うとるんちゃう?」

「あぁ、そうだな」


 単に主席という立場が面倒だから、とは言わない。

 学年総代表生徒として見られるのは、彼としても悪目立ちする上、豪華な特典に魅力を感じないから、特待生は足枷だと考えていた。

 下民であるが故に、もし一位になれば、その先は簡単に想像できる。

 貴族が手を回す理由も、彼は理解している。

 そうしなければ平民出の生徒達の謀反も有り得るから、ジオルスタスという一人の学生を最下位に据えるという選択が、彼にとっても正解だと感じている。


「けどジオ君、周囲から相当嫌われとるよね?」

「そうなのか?」

「って、周囲からの視線に無頓着かいな!?」


 ジオは貴族の人間達、彼と仲良くしようと考えても貴族からの報復を恐れる生徒達、大半の人間から圧倒的に嫌われているのだ。

 現段階での彼の友達は四人。

 ギルベルト、ルーテミシア、ニーナベルン、そして先程出会ったマーガレット。

 特待生の剣聖の孫(ギルベルト)光属性持ち(ルーテミシア)二名が最下位の生徒(ジオルスタス)と仲良くしている光景は、貴族側からすれば面白くない。

 面白くないと言うのも、貴族達は何より家柄や品格品性等の要素を競っている。

 取り巻きの数、武勲、家柄や個人の能力、人脈といった数々のステータスが学園生活の地位を確立させる。

 そして特待生を何人取り込めるか、も対象に入る。

 今年は例年とは違って五人中三人の生徒が平民出、うち二人は貴族よりも下民である青年と仲良くしている。

 更には青年自身が貴族に対して舐めた態度を取っているのだと、入学式の場で発生した嚔と後の謝罪で証明してしまい、加えて風紀委員長からの一番最初の勧誘者としてジオが悪目立ちしている。

 しかも何人かの貴族生徒はすでにジオに目星を付け、妨害や邪魔立てする気だと、彼女は知っている。

 それ等を分かりやすく説明して、ジオ自身がどんな状況下にいるかを伝えた。

 それに対する青年の反応は以下の通り。


「へぇ、そうなのか……」


 という感想だけ。


「え、それだけ?」

「特に興味も湧かないしな。ま、俺としては禁書庫にさえ入れたら、他は割とどうでも良いし」

「他人に関心無さすぎやろ……ルーちゃん、コイツと友達になって大丈夫なん?」

「た、多分?」

「疑問系は流石に傷付くぞ、ルー」

「あ、アハハ……」


 一切表情を崩さないジオは、本当に興味すら湧かない、取るに足らない存在達だと認識している。

 貴族連中に対して彼が思うのは、烏合の衆。

 無能ばかりな人間、という認識だけ抱いているから舐めた態度を取り、自分を害せる人間がいるなら記憶に残るだろうと、必要な名前以外は全部記憶から消した。

 その記憶が無駄だから。

 無益に詰まった記憶容量をクリアにして全部魔法研究に費やすという、我が道を行く彼は、貴族という弱者を一々認識しない。


「けど、ジオ君気ぃ付けなあかんよ?」

「気を付ける? 何に?」


 少女の警告を青年は理解できず、聞き返す。

 何に対して気を付けるべきか、学園生活や日常とは無縁だったから、世間に疎い部分が露呈する。


「貴族達は結構執念深いし、明後日から授業が開始されるからこそ、常に警戒しとかんと――」

「ニーナ」


 彼は話を遮った。

 それは何故か?

 簡単だ、それ以上聞く必要が無かったから。


「お前は歩く度に、地面を彷徨く小蟻を踏み潰すかどうか、気にするのか?」

「え、いや……気にせぇへんけど、え?」

「それと一緒だ。有象無象を一々気にしてたら、身が持たないぞ」


 彼の言葉は要約すれば、雑魚相手に意識を向けるのすら無駄である、となるだろう。

 貴族達を小蟻だと宣い、有象無象と言い切った。

 勿論、貴族全員が同じ考えではないのはジオ本人も理解しているが、無数に存在する人間全員を気に掛ける必要性も感じられない。

 それは人間として、当然の行動。

 赤の他人に対し、意識を向けたりしない。

 しても無駄だから。

 もし仮に邪魔立てするならば、ジオは全霊を以って二度と再起できないよう徹底的に粉砕する。


「ともかく、忠告は受け取った」

「無駄になりそうやけどな」


 悪態吐くニーナベルンは、頬杖をして外方を向いて拗ねてしまった。

 何を言っても無駄だ、ジオが周囲を気にしないように、彼女もジオなら何とかするかと考え、これ以上の言及は止めておいた。

 ここで、先程出た明後日からの講義に関して話題が広がっていく。


「と、その前に注文しましょうか。私のためにお待ち頂いて済みません」

「気にせんでえぇよ。実際に話弾んでたし、何なら注文に関しても頭から抜けてたし。な、ジオ君」

「俺は別に忘れちゃいないが……こうして待つのも、たまには良いもんだ」


 料理を運ぶウェイターを呼び、三人はそれぞれ決めたメニューを注文する。


「あ、ウチ日替わりセットな」

「私はブヨブヨ鳥の若鶏定食にします。ジオ君は?」

「……この、連突猪(ラッシャー)のステーキ定食で」


 各料理に魔生物が食材として使われ、どれも美味しいと評判のある店であるから、ジオは適当に選んだ。

 ニーナベルンは圧倒的コミュニケーションによって店員を即呼び付け、三人の注文を一手に引き受けて、三人の選択した料理名を述べる。

 記入される料理の名前が、厨房へ。

 それを待つ間、三人は別の話へと意識を拡張していく。


「話は変わりますが、明後日から授業、楽しみですね。お二人は楽しみな授業とかってありますか?」

「せやな……ウチは、『占星術』の講義が楽しみやな。占い好きやし」


 占星術、読んで字の如く星を詠み、色々と占う魔導の一つである講義が存在している。


「そう言や自己紹介の時、趣味が占いだって言ってたな。確か特技は商品の目利き、だったか」

「よぅ覚えとるなぁ、ジオ君。はっは〜ん、さてはウチの事気になっとるんやな?」

「いや全然」

「ガクッ……即答すんなし!!」


 少女の趣味と合致する講義が、魔法学園に何講義か存在している。

 一年生は基本的な授業が多いが、学年が上がると自由選択肢が生まれ、好きな授業を取れる場合が増えるため、彼等は一年生のうちから方向性を決めねばならない。

 そして少女は、天体観測に関係する授業を中心に取る気概でいた。

 占術の力は侮れない。

 魔力流るる不思議な世界では、占いによって未来を予言したりも可能で、実際に魔法協会には占星術を専門とした人間も在籍している。

 だから、占星術は結構な重要講義でもある。

 が、その講義が面白いかは別として、ジオは何の授業を楽しみに待つかを思考する。


「私は『戦闘基礎学/体術科』が楽しみです」

「意外だな。園芸部に興味があるって言ってたから、俺はてっきり『魔生物学』とかに興味があると思ってたんだが、体術に興味があるのか?」

「体術は私の得意分野ですから」


 笑顔で語る彼女に対し、二人は淑女然とした少女の意外な一面を見たと感じた。

 体術や剣術、武器術、隠密訓練、基礎体力向上訓練、戦闘基礎学には幾つかの項目があり、曜日ごとに種目が変わって実行される。

 その中でも体術訓練は、魔法使い達にとって重要な項目になるのを三人は知っている。

 魔法使いは遠距離戦闘を得意とする。

 逆に言えば、近接戦が苦手でもあるのだ。

 その苦手分野の克服のために授業として取り入れられているが、その近接戦の意義を理解している生徒は少ない。


「意外だな」

「ま、まぁ、家庭的事情で仕込まれまして……それで、ジオ君は何か楽しみだって思う授業とかはありますか? やはり魔法に並々ならぬ関心があるようですし、『魔法言語学』とか『魔法学概論』とかでしょうか?」

「まぁ、そっち方面にも多少興味はあるが、強いて言うなら俺は……学園側が俺達生徒に課す『試練』に興味があるかな。色んなテスト形式で行うらしいし、多少退屈凌ぎにはなるだろう」


 戦場に身を置いていた青年にとって、子供騙しの授業に興味は湧かず、逆に試練の過酷さに注目を向けていた。

 どんな試練の数々が待っているのか。

 楽しみである、と。


「し、試練……それって、学期末試験とかやんな?」

「そうだ。初回授業とかは基礎中の基礎を習うだろうし、魔法の授業に関しては、習う価値があるかどうかだ」

「ジオ君……何しに学園来たん?」

「さっきも言ったが、学園が所有する禁書庫に興味があってな。そのために入学したようなものだ」


 だから授業を真面目に受けるかは、判断しかねる。

 講義よりも魔法漬けの毎日の方が幸せなのだと、魔法への執着は度を越していた。

 が、その執着故に一般的な魔法解釈が他と異なり、無詠唱での魔法使用や独自の魔法体系を構築するに至った稀代の天才と言える。

 しかし、そんな称号に微塵も興味を示さない。

 そんな男だと、二人は改めて理解した。


「ジオ君、魔法得意なんやよね?」

「まぁな」

「教えてってお願いしたら、教えてくれへん?」


 あざとく、彼女は願う。


「別に構わんぞ。が、目的は何だ?」

「……ウチ、この目を何とかしたいんや。けど、普通に解除するには魔法の知識が足りへん。やから、ジオ君なら何とかしてくれるんちゃうかって考えてる」

「だから習いたいと?」

「せや。それに自衛のためでもあるし、魔物討伐組合(ハンターギルド)でより稼ぐのに便利やしな。それに魔法協会で資格取れば色んな場面で使えるしな〜」


 魔法は使う人によって、用途は変わる。

 武器に、医療に、農具に、それは悪用を考える人間に覚えさせれば、簡単に犯罪を成立させられる。

 それだけ、彼の魔法技能は至宝である。

 無詠唱から属性における指導法まで、全てを網羅、熟知しているからこそ、青年は少女に伝授する。

 仮に悪用したとして、悪いのは少女。

 使う人次第だから、自由に教える。


「わ、私も良いでしょうか?」

「あぁ、しかし一応聞いとく。ルーは何故魔法を?」


 ある意味では面接、これは彼女達の学習の動機を知る必要があるための調査、それに答えない場合は魔法指導の方針すら定まらない。

 意図を理解してか、せずか、素直に回答する。


「私は光属性の魔力を持ってます。回復魔法を極めて、多くの人を助けたいんです」


 真っ直ぐな目が、青年の濁った瞳と交差する。

 その彼女の瞳に嘘が一ミリも含まれてない事実に、青年は僅かに驚愕を顔面に滲ませる。

 そこまでの潔白を持つ少女に、青年は昔のとある少女の面影を見た。


「分かった。なら明後日の放課後から、早速教えようと思うんだが、二人は部活どうすんだ?」

「そっか、そこも考えんと駄目なんか。って、まぁウチは金稼ぐために入る気は無いんやけどな。ルーちゃんはどうするん? 園芸部に誘われとる言うてたし」

「はい、部長から直々にお誘いを受けてはいるのですが、その部活は貴族の方が多いようでして……」

「入りにくい、と?」

「えっと、まぁ、そうですね。上級生の方からは、何故か睨まれてるよう感じました」


 光属性を持つ希少な魔法使い見習い、そんな彼女が平民出であり、しかも彼女は特待生の一人であるため、上級生の殆どは彼女の才覚に嫉妬していた。

 しかし、それを露知らず、少女は何故か睨まれる、何故か恨まれている、と思っている。

 だから入部しにくく、現在迷いが生じている。

 派閥的な問題もあるから平民出身の彼女には酷だろう、そうジオは冷静に判断して、今後の方針を決める。


「園芸部に入るかどうかはルー次第、俺達が介入する訳にもいかないから、そこは自分で決めろ」

「えぇ、そうします」

「けど、ジオ君は何処の部活に入るとかあるん? 昨日の見学で色々と回ったんやろ?」

「いや別に、その日は部活動見学には行かずに真っ直ぐ家に帰って研究だ」

「あぁ、そう……」


 呆れて何も言えず、溜め息が零れた先には料理が置かれていた。

 丁度、定食が注文より届いた。


「こちら日替わりセット/春の山菜天ぷら・ソース五種合わせ定食と、ブヨブヨ鳥の若鶏定食、連突猪(ラッシャー)のステーキ定食になります。以上で宜しかったでしょうか?」

「あぁ」

「では、ごゆっくりどうぞ」


 営業スマイルを浮かべながら、店員は他の客への対応に向かっていった。

 湯気立ち昇る料理を三人一緒に頂く。


「んじゃ……」

「「いただきます!!」」


 香ばしい肉の香りが鼻腔を突き抜け、食欲を一気に唆ってくる。

 プレートに乗った魔猪のステーキが、熱された鉄板で踊っているため、音も空腹を刺激して、我慢ならずナイフとフォークで丁寧に切り分け、完璧な所作で口元へと分厚い肉を運んだ。

 一口噛むと、一気に内部で味が弾け飛ぶ。

 舌が歓喜に震え、食欲が余計に肉を欲する。


(おぉ、結構イケるな……弾力あって噛みごたえある食感に、噛む度に溢れ出る肉汁が特製ソースと絡み合ってご飯が進む。かなり良い店だな。ラッシャーの質も良さげだし、街で偶然ルー達に会えたのは僥倖だったな)


 前方に座る二人も美味しそうに食べている。

 ニーナベルンの選んだ日替わりは、山菜やキノコ類を土台に天ぷら、つまり揚げ衣を主体に彩られた定食であり、五種のソースが別容器に入れられている。

 それぞれ違う種類の味わいが楽しめ、主食たる白米が輝いて見える。

 一方で若鶏定食は、柔らかい若鶏を唐揚げにして、キャベツと共に三種別のソースで味わっている。

 両方美味しそう、そんな率直な感想を浮かべながら、ステーキ定食を平らげていく。


(こんな豪華な食事、いつ以来だろうか?)


 退役後、全国を回る間にも外食はして来なかった。

 理由としては毎日が狂ったような魔法漬けの研究の日々であり、彼には一つの目的があったから、食事も一日、二日抜いたりする時も何度もあった。

 魔法研究において極限まで集中力を上げ、彼は食事を簡単に済ませられるよう、食事時間を効率化するため、携帯食ばかり食べていた。

 栄養バランスを考慮したシリアルバー、味は度外視、ステーキなんて食事は以っての外。


(研究も一段落したし、たまには、こんな食事も悪くないかもしれない。それに……)


 今後を考えると、こんな平和な日を享受できるのは今しかないと思ったから。

 彼は、一口一口を味わって食べていく。

 ゆっくりと咀嚼して、舌で味を感じ取り、最後には嚥下する過程を、彼は脳裏に焼き付ける。


「フフッ」

「ん?」


 突如として、前方で少女が笑みを漏らしていた。

 その漏洩音が気になって顔を上げると、少女が優しげな目をして、ジオ本人を綺麗な瞳に映した。

 和やかな視線や向けられる表情に対して、意図を全く理解できず、しかし何処か嬉しそうな少女の顔がこの瞬間、一際強く印象に残った。









 昼食後、遊びに付き合えと言う女子二人に連れられ、観光名所を巡ったり、屋台でショッピングに興じる二人の荷物持ちをさせられながら、青年は残りの素材を買って、何とか帰路に辿り着いた。

 手荷物は無く、空間魔法によって異空間へと収納してあるため、荷物持ちとして最適だった。

 帰路に立ち、夕焼け空に想いを馳せる。

 懐かしい茜色の空、時間が経つのが異様に早いと思い知った今日、自分の中で『何か』を得られた、そんな感覚が脳裏を過った。


「ん? ジオ君、立ち止まって、どないしたん?」

「いや、何でも」


 鳥達が列を成して、赤く燃え滾った夕焼け空に向かって旅をする。

 まるで自分とは真逆の生き方に、何とも言えない感情を内に宿していた。

 今は羽休めの時。

 明後日からの講義と、日常の中で、自分は果たして最期まで生きられるのか、そんな予感は風に乗って吹き飛んでいってしまった。

 過去には戻れないから。

 明日へと進むしかできないから、彼は今日という日を脳裏に大事に保管する。


「明後日からの授業、楽しみやなぁ」

「ですね。けど、試験が厳しいと言われてますし、ちゃんと予習復習をしなきゃですね」

「ルーちゃん真面目やなぁ。適当でえぇやん」

「お前、入学試験で百九十九位だったろ? 結構不味いんじゃないか?」

「そんなんやったらジオ君だって……う、裏切り者!!」

「何でだよ」


 入学試験の成績に関しては、彼は貴族達の情報操作のせいで最下位に落とされただけで、本当なら歴代最高得点保持者として特待生に組み込まれていたはず。

 その情報を教師から得ていたため、仲間意識を持っていたニーナベルンは天才に向かって叫ぶ。

 裏切り者、状況が状況なら彼女の言葉通りだ。

 彼とて、本意で最下位に落ちた訳でなく、他の介入あっての位置付け。

 教師達の判断でも、ジオの魔法技術や魔力量に関する謎があるため、不正したと未だ考えている教師もいる。


「まぁしかし、最初の試験は無人島って分かってんだ。対策は何通りか講じれるはずだ」

「そ、そうなん?」

「先を見据えて考えれば、必要な魔法も、指導方針も、ある程度は見えてくる。だからニーナ、お前の長所を生かした技術指導も可能だ。だから心配するな」

「な、ならえぇけど……」

「指導するからには手を抜かない。しかし、懸念事項が一つある」


 それは、明後日からの授業だった。

 ジオ本人の指導、それが学園で習う理論説明と完璧に食い違うと理解しているため、その支障にならない程度で指導する必要がある。

 何故なら筆記試験において、例えば暗記科目で詠唱文を記述せよ、等が出題された場合、無詠唱修練のせいで答えられない、という場合があるからだ。

 そのため、注意しなければならない。

 のだが、この学園は筆記試験よりも実技試験の方が多いというのは、周知の事実だったりする。


「学園側の授業次第で、指導法も多少変化するのは覚えといてくれ」

「了解や。で、具体的にどんな訓練すんの?」

「訓練メニューは個別対応だ。ニーナの場合は魔力運用をキチンと学べば常時発動状態の魔法も、簡単に解除できるようになる」

「ホンマか!?」

「嘘は言わない。俺から指導を受けるかは、各々の判断に任せるよ。放課後空いてる時間に声掛けてくれれば大抵は相手できる」

「大抵は?」

「俺は俺で色々と用事がある。だから空いてる時間のみって訳だ。その分、特訓では分析と鍛錬を重ねていく」


 これは千載一遇の好機、強くなれるチャンスを我が物にできるかは各々の努力次第となるが、彼女達のジオの判断材料は意外にも少ない。

 だから、彼女達は理不尽にも選択を迫られている。

 まだ出会って数日、そんな相手から教わるのか、学校の授業で着々と実力を付けるか、青年にはどちらでも構わない事案だった。

 教える相手がいるかいないか、の一点のみ。

 青年にとっては何一つ不利益を被らない。


「その分析ってのは?」

「文字通りだ。個人の魔力を属性検査に掛けて細分化し、そこから得意分野と苦手分野を割り出し、長所を伸ばして能力を強化、後は反復練習、それが一連の大まかな流れだな。深く分析して、普通の測定器では判別できない部分まで丸裸にするから、自分の伸ばすべきポイントもハッキリしてくる」


 個人別に、魔力の質が変化している。

 指紋や遺伝子、人間の肉体情報と同様に、魔力にも個々人で『波長』が存在している。

 そして人同士波長が噛み合わないから、魔力を他人へと譲渡しても、魔力で弾き返されるだけ。


「まぁ、習いたくなったら言ってくれ。っと、ようやく学園に着いたな」


 門番に学生証を見せて許可が下り、全員が魔法学園の敷地内に戻ってきた。

 正面には、大きく聳え立つ学園が見える。

 まるで巨城のような学園だが、夕刻であるためか周囲は静けさで満ちていた。

 石畳の橋を渡って学生寮が間近となった現在、これで青年は少女達の荷物持ちの役目を終了して、お役御免となったために彼は、二人に異空間収納の魔法陣が刻まれている用紙を手渡しておく。

 学生寮にまで荷物を運ぶ訳にもいかない。

 だから、この場で二人に魔法陣を手渡して、簡単に説明を付け加えた。


「その紙に自分の魔力を流せば、自動的に荷物が出てくるようにしてある。んじゃ、また学校で」

「はい、お休みなさい」

「またな〜!!」


 二人に背を向けて、青年は自分の家へと帰還する。

 日曜日を挟めば、いよいよ本格的に学生にとっての青春の日々が開始され、これからの講義や定期試験で新入生全員が高い壁に阻まれるだろう。

 そのためにも努力が必須となる。

 魔法の指導に関しては本人達の自己判断に任せて、彼は日常を謳歌しようと心に思い描きながら、月夜の迫る暗闇に支配された森林を闊歩していく。

 森に響くのは、草木を踏み締める足音。

 それから、風に囁かれる木の葉の擦れ合う自然の声。

 静まり返った世界は、青年に昔の思い出を想起させ、断ち切れぬ未練を向かい風によって攫われる。


(俺は……後どれだけの日数を、こうして平和に、生きられるのかな?)


 失った仲間達の元へと、行けるなら行きたい。

 だが、それは死んだ仲間達の願いを踏み躙る行為だと分かっているから、彼はまだ死ねない。


(なぁ、皆……)


 木々の隙間から見える星々が、ただ輝いている。

 天国へと召された仲間達、いつか自分もそちらへ行くよと心の中で呟いた。

 星団に見守られながら、青年は森林の中に建っている我が家へと到着した。


「……さて、夕食の準備でもするかな」


 孤独な木造建築が、一人の主人を迎え入れる。

 開けた扉を潜り中へ、閉まった扉の向こう側から灯りが漏れ出ていた。

 暗闇の中で主張する光が、闇を振り払う。

 順風満帆な学園生活を夢見ながら、明日もまた、孤独な彼は魔法を織る。






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