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INFINITY MAGIA  作者: 二月ノ三日月
第一章【IGNITION】
18/26

第17話 都市探索 中編

 鍛冶屋で時間を潰したジオは、魔法研究素材の幾つかの購入を済ませ、すでに昼食時となっていた。

 クレサント中央広場に位置する巨大時計塔が午後一時を知らせて、見上げれば浮かぶ時計盤が、その長針と短針が時間的役割を果たして大鐘楼を力強く鳴らせる。

 魔力で動いている魔導時計塔、これもクレサントの立派な観光名所となっている。

 だが、基本その塔内には入れない。

 入り口は施錠され、一般人は侵入できないよう細工されている。

 その塔が綺麗な鐘の音を、クレサント全土に届けた。

 その音色によって、真っ白な鳥達が羽休みを終えて飛び立っていった。

 人々が堂々と闊歩する。

 雑踏を擦り抜けて、クレサントを堪能する彼の休日は中盤に差し掛かった。


(もう一時か……さて、残る材料は――)


 その直後、腹の虫が鳴って食欲が増した。

 朝食を頂いてから六時間が経過して、何処かのレストランにでもと、クレサントのレストラン街へと赴く。


「久し振りに、あの店にでも行くかな……」


 休日は特に人通りが多い。

 外から来る人間の交通手段は、飛行船、蒸気機関車、連絡船のどれかが基本、馬車での移動もあれば歩きで国を経由する旅人も存在する。

 そのため、多種多様な格好の人種が動き回り、彼はそれを避けて歩いていく。

 と、通路の先、人混みの奥で騒ぎがあった。

 喧嘩の怒鳴り声、遠くで誰かが騒ぐ音、周囲で野次馬が作られていた。


(何かあったのか?)


 喧嘩の見物客が邪魔なため、何が原因となっているかが窺えない。

 野次馬の囁きで、怒鳴り声の内容も不明。

 となれば、その人混みを縫って中心地点へと掻き分け進まねば喧嘩を拝めないが、空腹によって覗くかどうかに迷いが生じていた。

 しかし空腹指数が高まっていく。

 それに、喧嘩には特に興味を唆られない。

 自身を優先しようとした時、その迷いを両断するように金切り声が空へ上がった。


『だからウチちゃう言うてるやん!!』


 怒鳴り声の主の独特な訛りが耳朶を打ってしまう。

 無関係な人間だったなら、素知らぬフリをして立ち去るものを、知人が、特に有力そうな仲間が喧嘩相手と小競り合いをしている。

 素直に立ち去れば良かった、と後悔しながら人混みを抜けた。

 するとそこには、知人が二人もいた。

 一人は太陽をよく反射する金色の髪をした活発な少女、もう一人は金とは対照的な銀色の長髪を揺らす淑やかな少女、ニーナベルンとルーテミシアの二人だった。

 知人、友人、仲間……友人の関係になるには時間的に短かすぎるが、二人を知る人間であるのは確か。

 野次馬達も、困惑した様子で彼等の惨状を遠巻きにし、何人かは警邏隊を呼びに行っていた。


「何度も言わさんといてぇな!! ウチ等はこの子の親探しとるだけで、おっちゃんの荷物になんか触れてすらおらんって!!」

「貴様等が横を通った瞬間に縄が切れたんだぞ!! この縄は新調したばかりのものだ!! 貴様以外に考えられんだろうが!!」

「あぁもう!! だからウチちゃうって!!」


 二人の学園生に手を引かれているのは幼き女の子で、対峙しているのは太く鍛えられた巨躯をした商人風の格好の強面男、荷運びのための馬車が横転しており、荷物も道路へと大量に散乱している。

 荷物の中には大きな物もあれば小さな箱もある。

 また、詰められた銀色に輝く剣槍や野菜類の多い食糧、宝石類から食器、珍しい魔導具まで、色んな商売道具が周囲に落ちて放置されていた。

 二人の喧騒から状況を類推する。

 少女達が親探しに奔走していると、馬車の横を通り過ぎた瞬間に何等かの事故が生じ、新調した縄が中程で千切れて馬車が横転する羽目になった。

 商人の男は、非常に焦っている。

 冷や汗と緊迫の表情が、妙に感じ取った。

 様子からして、荷物の中には貴重品もあったのだろう、ガラス製品の幾つかは割れて木箱から飛び出しており、その責任を擦り付ける気だったのか、と勘繰る。

 馬も興奮状態で、商人の仲間らしき女性が慌てて宥めようとしている。


(成る程、そういう訳か)


 馬車が横転して、地面のタイルも傷付いていた。

 しかも積み上がっていたらしい大きな荷物が、成人女性の脚に怪我を負わせたため、回復魔導師見習いの少女が魔法で治療していた。

 だから女の子の手を握って、ニーナベルンが一人弁明に明け暮れていた。

 その様子、つまり商人との喧嘩は周囲へ伝播する。

 怒鳴り声、金切り声、叫び声、憤怒や苛立ち、焦燥の感情が渦巻いている。

 何度も言い合いをして、折れない水掛け論に痺れを切らした商人の男は、眉間に皺寄せて、血管が浮き出るくらいの怒りを拳に纏わせる。


「ちょっ!? 暴力反対やで!!」

「黙れ!! 俺の大切な荷物をグチャグチャにした責任、取ってもらうぞ!!」

「ヒッ――」


 少女に向かって商人は拳を振るう。

 その光景を止められる者はおらず、少女が殴られるかに見えた。

 しかし、その拳が乾いた音を奏でる。

 目を閉じたニーナベルンが、恐る恐る開けると、黒髪の青年の後ろ姿が目に入った。


「流石に知人が暴力振られるのは、見過ごせないな」

「ジオ君!!」


 咄嗟に飛び出て、商人の拳を掴んだ。

 筋力差があるため、商人はジオに掴まれた拳を動かせずに焦りを孕み、青年が黄金色の双眸で睥睨すると、一瞬だけ恐怖に戦いて後退りした。

 その睨みは、まるで暗殺者の如き鋭利さを持ち、青年に突っ掛かる気概を奪われる。


「な、何だ貴様は!?」

「コイツ等の知人だ。で、コイツ等が何か?」


 人を射殺す目が、その商人の瞳を見つめる。

 それは殺意に満ちた瞳、数多の経験をしてきた商人だからこそ、彼の危険度を推し量れた。

 だが、ここで引き下がるのは商人としての矜持が許さなかった。


「そ、ソイツ等が悪戯して荷物をぶち撒けたのだ!!」

「証拠はあるのか?」

「この縄を見ろ!! 鋭利な刃物で切断したような斬り口じゃないか!! この餓鬼の腰に短剣が装備されてる!! 横を通った瞬間に斬ったに違いない!!」

「だからウチちゃうて!!」


 ニーナベルンの腰には短剣が装備されている。

 この国の憲法において、銃刀法違反といった内容の法律は存在していない。

 武器屋があるのが良い例だ。

 魔物討伐の装備品、護身用、道具として持ち運んでいる場合もある。

 同じく感情の色が見える少女は、腰にポーチと短剣を装備していた。


「その短剣は?」

「ウチ、魔物討伐組合(ハンターギルド)に所属しとってな、一応の装備や。これ無いと落ち着かへんねん」


 注目を浴びる彼等だが、警邏隊が来るまで時間は掛からないため、ジオは手っ取り早く事件を解決させるため、周囲に散乱する物を観察して回る。


「大まかな状況は掴めた。ルー、そっちはどうだ? 怪我人は大丈夫か?」

「荷物の中に重量級の物があったようでして、この人の足の骨が折れてしまって……い、今の私では応急処置が限界なんです。ご、ごめんなさい」


 少女は先程からずっと患者となった女性の脚部へ、手を翳していた。

 魔法陣が出現し、必死になって治療を施そうと躍起になっていたのだが、女性は荷物に押し潰され、同時に後頭部を強打したとルーテミシアから情報を得た。

 何故商人が焦っているか、荷物の監督不行き届きによって責任を追及される可能性があったから。

 もし女性が脳に何かしらの後遺症を持てば、色々と問題が生じる。

 賠償問題にも発展する。

 また、商売にも悪影響を及ぼすのは予想に難くない。

 しかし、実際には原因は分かっていない。

 何故突然縄が切れたのか、固定してあったはずが何故か切断されていた。


「多分、と言うか十中八九、コイツは犯人じゃない」

「ハァ!? 何の根拠があって――」

「まず馬車を立たせようか」


 状況を整理するために、青年は魔法を駆使する。

 一枚の紙を取り出して、そこに重力の魔法陣を刻印して使用した。


「【月の支配者(グラヴェイト)】」


 重力を精密操作して、荷物が大量に浮かんでいく。

 その魔法的光景に周囲の野次も含めて、全員が感嘆とした息を漏らし、青年はそのまま馬車を横向けて立たせ、大きな車輪が四つ石畳に落ち着いた。

 すると、一つの意外な真実が判明する。


「う、ウチの身長やと届かへんやん!! やっぱ言う通りやん!! ウチちゃうって!!」

「そう、彼女が犯人だったら魔法でも使わないと縄を短剣で斬れない。しかも中間部で斬れてるから、積み上がった荷物が高さに加算され、切断された場所はもっと高い位置になる訳だ。俺でも届かない」


 だから、ジオより身長の低いニーナベルンでは、縄を斬る行為に及ぼうにも、高さ的に不可能だと証明された。

 片方の縄が裏側の車輪に巻き付いているため、無理に引き摺られてバランスを崩し、荷物ごと馬車が横転したとジオは見ていた。


「それに斬り口を見る限り、ニーナの位置から切断したとしても、切断面が完全な円形にはならないだろ。つまり垂直に斬られた訳だ」

「そ、それは……」

「ニーナが斬った場合、位置的関係からして斜めになるはずなのに、これは可笑しくないか?」


 斬り口は完全な円形、歩きながらもだが、彼女には犯行が不可能であると証明した。

 ならば、どうして新調したはずの縄が切れたのか。

 それが不思議でならなかった。


「じゃ、じゃあどうして縄が切れたんだ!?」

「簡単な話だ、そこに転がってる武器が関係してる」

「け、剣が独りでに動いて斬ったとでも言う気か!? 巫山戯るな!!」

「別に巫山戯てないさ。鞘から抜き身となった武器、特にこの鋭利な槍が原因だろう。馬車は結構揺れ動くし、武器もそれに合わせて小刻みに揺れてたんじゃないか? 位置が悪かったのか、何度も擦れ合って縄が斬れた。これなら円状に縄が斬れてた理由にも説明付くんじゃないか?」


 それに加えて、その槍に縄の毛が付着していたため、それを見せる。

 何よりの証拠を暴かれて、腑に落ちた。

 同時に、途端に怒り散らしていた自分が情けなく、恥ずかしくなった商人の男は、四つん這いとなっていた。


「武器の手入れをしっかりしてるのは賞賛に値するが、流石に武器の扱いを見直すべきだな。それか縄をワイヤーとかの強靭な材質のにするか、だな」

「そ、そうだったのか……」

「で、何でそんなに苛立ってたんだ?」

「荷物に悪戯されて怒らん商人はいない。それに、このガラス製品は貴族様に売りに行く予定だったのに、壊れちまったしな。頭に血が昇りやすいんだ……あぁ、またやっちまった……」


 商人の男は、荷物に対する愛着や焦り、色々と加味した結果を早合点して決め付けてしまった。

 それが彼の悪い癖だったりする。

 溜め息を零した後、額を地面に打ち付けて、大きな声で謝罪した。


「済まねぇ嬢ちゃん!! 俺が悪かった!! この通り、許してくんねぇか!?」

「わ、分かったから大声出さんといてぇな! メッチャ恥ずいわ!!」

「お前も結構な声出てるぞ?」

「う、うるさいわアホ!!」


 一旦、この場が収まりを見せる。

 しかし、まだ終わっていない。

 傷害を引き起こしたのは事実、商人である男、それから商人の仲間らしき女性の二人は、責任不足による傷害罪に問われてしまう。

 武器を持ってるだけでは罪科とはならずとも、それを他人へ振るえば傷害となるのと同じ。

 少女が回復魔法を駆使して治療を施そうとしている。

 だが、現時点での彼女の魔法技能では、自身の肉体とは違って他者の骨折まで治せはしない。


「ルー、俺が変わろう」


 未熟である回復魔導師よりも、何年も魔法研究に没頭して実験を繰り返していた熟練の魔導師の方が、まだ回復の見込みがある。

 しかし、魔法の常識から乖離している。

 何故なら属性を持っていなければ、威力が出ないのが当たり前だからだ。

 

「え、ジオ君も光属性なんですか?」

「いや、光属性は持ってないよ。まぁ見てろ、完璧に治療してやる」


 倒れている女性の足元にしゃがみ込み、何枚もの魔法紙に別々の魔法を瞬時に判断して刻印し、それを一枚ずつ魔法を展開していく。

 医療における解析魔法によって空中に健康状態画面(バイタルモニター)心電図カーディオグラム透過装置レントゲン等が複数展開され、傷の部位が赤く示されていく。

 それに対して、適切な処置を行う。

 今回は左足の複雑骨折、腰の椎間板ヘルニア、後頭部強打による内出血、と中々の怪我だった。

 部位ごとに的確な回復魔法の魔法紙を投げ飛ばし、魔法的効果が現れる。

 金緑色の光の粒子が上空へ昇っていき、徐々に回復力が適応されていき、治り始める。


「す、凄いですね、ジオ君……」

「光属性持ってへんのに、魔法をどう使うとるんや?」

「属性刻印、魔法陣に属性を刻んでるんだ。その属性を形成する魔言が、注入した無色の魔力を光属性に変換して、その魔法が発動してるんだ」


 腫れていた左足が元通りの肌色になり、後頭部の内出血も即座に止血されて出血も除去し、腰に関しても椎間板を修復して圧迫していた神経も矯正し、治療を終えた。

 魔法紙が役割を終えて塵屑となり、消滅する。

 解析に使用した複数枚の魔法については、紙を回収して魔法を消去した。


「しばらく安静にしてれば、大丈夫だ。後は……」


 壊れたガラス製品へと目を向けて、商人の男へ視線を配っては質問を繰り出した。


「おっさん、ガラス製品ってこれだけか?」

「あ、あぁ、そのグラスだ。シグナット共和国産のグラス、とあるガラス細工師の傑作だったんだが……それを一体どうする気だ?」


 どうする気か、その答えは即座に見られた。

 一枚の魔法紙を用意して、そこに適切な魔法陣を刻んでいき、魔法陣を翳す。


「【鍛冶修復リペア】」


 すると途端にガラスが勝手に動き始めて、二つの対のワイングラスの形へと戻っていく。

 一方は半透明の赤、もう一方は半透明の青、綺麗なガラス製品に周囲の者達も驚嘆し、ジオはそれを浮かせて荷物へと丁寧に仕舞った。

 そして、その箱を手渡す。

 これで一件落着、ではない。

 馬車も同じように修理して、縄もしっかり結び、これで一先ずは解決した。


「ハァ、ここまでしてもらって本当に済まねぇな。ありがとう、魔法使い君」

「知人が喧嘩してたので、仲裁に入っただけですから」


 気にする必要は無いと語るジオは、未だ眠っている女性へ視線を送る。

 この喧嘩に関わった以上、責任を持って安全な場所に運ばねばならない。


「君達にも迷惑を掛けた。本当に済まなかった」

「いえ、誤解が解けて何よりです」

「ホンマや、今度からは気ぃ付けてな、おっちゃん」

「う、うむ……」


 笑顔で許すルーテミシアと、バシバシと背中を叩くニーナベルンの二人は、結局は無関係だった。

 だがしかし、商人の男の沸点の低さに巻き込まれてしまった不運から、こうして面倒な足止めを喰らってしまったのである。

 それが青年によって解決された。


「主人がご迷惑をお掛けしました」

「お気になさらず、この人もジオ君のお陰で回復したようですし」


 意識の無い女性を気遣いながら、少女は微笑みを繕って返答した。


「我等は連合国騎士団だ!! 市民の諸君! 道を開けたまえ!!」


 喧騒の外側より人混みが割れて、鎧を纏った男達が中心にいる者達へと介入する。

 鎧姿が非常に印象的で、金色の髪、黄金色の意匠を拵えた白光りする鎧甲冑、腰にある直剣、赤色のマント、どれもが輝いて眩しかった。

 利発そうな好青年が、黒い青年と目を合わせる。

 しかしジオは目線を逸らした。


「……ここで何をしていたんだ?」

「……ちょっとした誤解から喧騒に発展したんだが、もう解決した。詳細はそこの商人の男から聞いてくれ。後、女性が巻き添え喰らって怪我したが、俺が治療しておいた。彼女の保護を頼む」

「……了解した。他には?」

「……そこにいる彼女達が、保護した女児の親御さんを探してる様子だった。人員捜索を頼みたい」

「……あぁ、分かった」


 気不味い様子で二人は対峙していたが、仕事をしなければならない騎士の男は、総動員する。


「二人はその商人達から現場の事情聴取を、私は迷子の子供をご両親へと届けねばならん。他の者は予定通り、巡回を続けなさい」

「「「はっ!!」」」


 一斉号令を下して、一人の男の命令によって騎士団はテキパキと働く。

 しかしジオと同じように表情に一切変化を見せない騎士団長の男は、まるで業務だと言わんばかりに、一人の女の子へと跪いて質問を繰り返す。


「まず聞かせてくれ。君の名前は?」

「に、リウ……」

「リウちゃん、何処で迷子になったか覚えてるかな?」

「わ、分かんない……」

「そうか。ならご両親どちらかの名前を――」


 親探しのための情報集めが進行していく。

 固い感情のまま変動させず、子供は表面上怯えながらも辿々しく答えていった。

 その近くで、少女達がジオへと接近する。


「それで、ジオ君は何故ここに?」

「逆にお前等は迷子を引き連れて何してたんだよ?」

「ルーちゃんに買い物付き合うてって頼まれてなぁ、その途中で迷子の子見かけたもんで、彼女が飛び出して、こうして一緒に探しとった訳なんよ」

「成果は?」

「ゼロやな、見つからんかった。けど、後は騎士団の人達に任せればえぇんちゃうかな。あの子、そこまで怯えとる訳ちゃうし」


 感情が色で識別できる彼女だからこそ、こういった時は便利に測れる。

 感情を面に出すのが苦手でも、常時発動している魔法能力によって感情が見えてしまう。

 覗けてしまう。

 だからジオ、そして騎士団長が対峙した時の二人の感情も計れてしまい、そこにある感情を一瞬しか見ていないからこそ、質問すべきか迷う。

 騎士団長の感情の色が、ドス黒い憎悪だったから。

 そしてジオの気持ちも、その憎悪に蝕まれたから。

 ジオも騎士団長にも、その真っ黒な憎悪を孕んでいたからこそ、そこに触れるべきでないと口を噤んだ。


「それで、あの騎士団長と知り合いなん?」

「有名な人だ。国軍省魔法騎士団所属第二部隊隊長、その名もレイモンド=クラウン=フィールズロッド、平民ながらに、数年前までの戦争の功績を連合国帝王に認められた近衛騎士団長だ」

「功績とは?」

「帝国殲滅作戦に一役買った人物だ」

「……それ、ホンマ?」

「あぁ、そう公式的に記録されているはずだ。その殲滅作戦で功績を上げたのは計六名、うち四名は公式記録から名前を抹消されている」

「お名前を? 一体どうしてですか?」

「俺が知る訳無いだろ……」

「の、残り一人は、誰なん?」

「国立図書館に公式記録が保管されてるはずだ。記録から抹消された四名は依然と消息不明、残り一人も死亡が確認されている。つまり唯一公式で残ってるのが、現在子供に四苦八苦中のレイモンドのみ、だそうだ」


 レイモンドは、月邦国の『帝王』と呼ばれる人物から武勲を認められている。

 稀代の為政者であり、クレサント連合国を一気に巨大国にまで押し上げた現代の生きる伝説、その帝王に認められている人物の実力は、世界最強レベルとまで言われるくらい、破格な強さを保持している。

 騎士レイモンドは、帝王に忠誠を捧げた最強の戦士。

 この国で悪さをするならば、帝王の剣である彼が黙っていないだろう。


「実際に人類史上最強、とまで言われてるくらいだ。大抵の人間は挑んでも勝てない。が、非常に穏健派で有名な、ただのお人好しなのさ」

「……やっぱり知り合いやろ?」

「温厚な性格が結構有名なんだ。市民達からも評判で、実際彼目当てでクレサントに来る人間もいると聞く」


 それだけ有名であり、だから耳にして知ってるだけだと答える。

 彼から噴き出る感情も、無関心の色が映っていた。

 嘘を吐いてるようには見えなかった。


「ま、後は彼等に任せて、昼食でも食いに行くとするか。二人はどうする?」

「あ、ならご一緒にどうですか? 学園が始まる前、お知り合いの方に美味しいお店を教えて頂いたんです。えっと、ジオ君さえ宜しければ、ですけど……」

「あぁ、俺は構わないが、ニーナは?」

「ウチも構へんで。丁度ルーちゃんお勧めん店行こう思うてたし、あの子も大丈夫そうやしな」


 一段落着いたのか、レイモンドは子供の頭を撫でながら親探しのために、ジオ達の眼前に立った。


「君達のお陰で、この子が攫われたりせずにご両親の下へ送り届ける事ができそうだ。ありがとう」

「い、いえ、ウチ等別に大した事しとらんし……なぁ!」

「は、はい! 当然の事をしたまでですから!」

「そう言ってもらえると助かる。この子を保護して頂き、感謝する」


 軍人のような敬礼ポーズを取り、鎧甲冑を装備しているために、違和感があった。

 それに気付き、ハッとしたレイモンドは敬礼から右手を自身の胸元へと置き、感謝の意を評した。

 拳を握り締め、頭を垂れる。


「それから、君にも感謝を。この騒動を止めてくれたようだね……ありがとう」

「……あぁ」


 ジオは彼を直視せず視線を逸らし、会話は終了した。

 気不味い雰囲気を払拭するかのように、部下の一人がレイモンドへと耳打ちする。

 それを聞いた途端、表情が強張っていく。


「あの、どないしたんです?」

「あぁいや、別のところで喧嘩が発生したらしくてね、その対処にも向かわねばならないようだ。済まないが、失礼させてもらうよ……この子を詰所に案内してあげなさい。それから魔導放送で母親に呼び掛けを。怪我人の女性は念の為医療施設に移送を頼むよ」

「了解です、後はお任せを。お気を付けて」


 レイモンドと部下の遣り取りを見送る二人の少女達は、互いに顔を見合わせた。

 野次馬達も次第に引いていき、元の雑踏に戻る。

 レイモンドの甲冑の擦れる音が次第に遠ざかり、騒ぎも鎮静化したが、ジオは先程の部下との遣り取りに違和感を禁じ得ず、去っていった方向をジッと凝視していた。

 だが、それも数秒間だけ。

 気にするだけ無駄かと、気持ちを腹に向ける。

 腹虫が鳴って、空腹感が途端に押し寄せ、飯を食いに行こうと少女に願う。


「案内頼むよ」

「あ、はい、分かりました。では行きましょうか」


 彼女行きつけの店、その場所を知るのは彼女のみ、だから少女が先頭に立って一緒に食事場へと向かう。


「ちょっと待ってくれ!!」

「ん? さっきの商人か、まだ何か?」


 ジオ達の行く手を阻むのは、早合点して騒動を大きくした商人の男、と随伴する妻の女性。

 二人が彼等を足止める。


「君達に迷惑を掛けたお詫びだ、受け取ってくれ」

「へ? い、良いんですか?」

「どうか遠慮なさらないで下さいませ。元はと言えば主人の点検ミスが原因ですから。感謝の印に、どうぞ」


 それぞれが一品ずつ、お詫びの品を受け取った。

 一人は流麗に装飾が凝らされている髪留めを、一人は高級感溢れる刺繍と肌触りのリボンを、そして一人は綺麗なガラスに包まれたペンダントを、それぞれ受け取った。

 ジオが貰ったペンダント、ガラス玉の中には魔力に反応する特殊な砂が入っている。

 瓶に詰めた砂のよう。

 所有者の魔力を吸収し、使用者によって様々な色を見せる不思議な砂のペンダントを、青年は静かに眺めた。


「しかし、良いんですか? 商売道具だったんじゃ……」

「いや、これは喧嘩を止めてくれた事に対する俺の誠意だ。気にする必要は無ぇ!」

「……分かりました、有り難く頂戴します」


 そのペンダントをポケットに仕舞う。

 ポケットから異空間へと、魔法紙を秘密裏に用いて格納しておいた。

 これで落としたり傷付けたりする心配は消えた。

 そんなヘマはしないジオの、念の為の措置。


「俺はロドベルナス=アンバー、んで彼女は妻の――」

「ミシェリー=アンバー、と申します」

「俺達は『鳳凰商団』に所属してる者だ。何か欲しい物があったら訪ねてくれ、色々と便宜を図れるからな!! っと、もうこんな時間か……じゃあな魔法使いの兄ぃちゃん達! グラスありがとよ!!」


 風来坊の如く、慌ただしく馬車を引いて商談に向かった商人夫婦を見送り、最後には彼等だけが残った。

 プレゼントを渡される。

 そんな予想すらしておらず、少女達は何もしていないのに申し訳ない、と気持ちに罪悪感が僅かに芽生えていたが、それでも返品不可な品物を受け取ったため、箱の中身の代物を取り出して身に付けた。

 一人は少し長い前髪を掻き分けて留める。

 もう一人は腰まで伸びた髪を纏め上げる。

 金色の髪に映える宝石のような髪留め、銀色の髪に溶ける淑女然としたリボン。


「どや? ウチに似合うてるやろ?」

「そうだな、似合ってるな」

「えへへ〜、そうやろそうやろ〜、この魔女っ子美少女ニーナちゃんなら、どんな装飾品でも似合ってまう美貌の持ち主やからな〜」

「まぁ確かに、美少女ではあるが……自分で美少女言うか普通? それに魔女っ子美少女って何だよ?」

「その場のノリやな」

「ノリかよ」


 活発な少女の美貌は、彼女自身の言った通り、どんな装飾品も似合ってしまう。

 それを彼女は自覚していた。

 一方で、恥ずかしそうにするルーテミシアは、ジオの顔を直視できずにいた。


「あ、あの、えっと……に、似合ってるでしょうか?」


 頬を赤らめ、恥じる様は庇護欲を掻き立てられる。

 ジオにそんな欲望を持ち得ていれば、の話だが、彼は素直な感想を口にする。


「あぁ、似合ってるぞ。二人共、綺麗だ」

「「ッ!?」」


 破壊力抜群の微笑みを贈り、彼女達は鼓動が一瞬跳ね上がったのを感じた。

 ジオに他意は無い。

 ただ素直に感想を述べただけ、それ以外特に感情を込めてないから、感情を読む彼女もジオの素直な様子に面喰らってしまった。

 不甲斐なく赤面してしまう。

 しかし褒めた側の直後が無表情というのは一体どうなのだろう、そんな余計な情緒を削ぎ落としたジオの顔は、ルーテミシアには酷く悲しげに見えた。

 それから、三人並んでレストランに歩き始める。

 哀愁や悲壮感を纏っていたのは一瞬、その感情は早々と白けていった。


「……」


 雑踏を抜けていく。

 ジオとルーテミシアが会話しながら先行く中で、少女は二、三歩分間を空けた場所で、青年を観察していた。

 少女の【万色鏡カラースコープ】でしか見えない、ジオから噴出しているはずの感情の渦は無色透明、全く何も感じていない様子だった。

 感情はその時その時で感じ方が変化し続ける。

 だが、青年はその感情の変動が外的刺激より受け付けていない、と取れる。

 少女の視線に気付きながらも、青年は背後へと一瞥した双眸を隣にいる少女に戻して、会話を続けた。

 他者から心を覗かれる感覚。

 青年はその視線から逃れるために、レストランに到着するまで、刺さる少女の視線と目を合わせなかった。






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