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INFINITY MAGIA  作者: 二月ノ三日月
第一章【IGNITION】
17/26

第16話 都市探索 前編

 音楽は止み、恙なく終了を迎えた対面式は、次の部活動説明会という名の上級生からの勧誘へと、休む間も与えず進んでいく。

 簡単に部活動がどういうものかを壇上で説明するランドールに全員傾聴し、これから始まる部活動見学に向けての注意事項を押さえる。

 講堂館の外ではすでに大量の生徒達で埋め尽くされており、勧誘のチラシを配ろうと配置に就いたり、出店や技能披露を行うための準備が為されたり、毎年恒例の喧騒に包まれていた。

 お祭り騒ぎ、そう呼べるだろう。

 生徒会や風紀委員も導入され、喧嘩や無理な勧誘を防ぐために、各学年役員達は自分達の警邏領域に鋭い眼光を放っていた。

 そんな中で青年は一人、音楽の余韻に浸って着席したまま、説明終了後も講堂館に残っていた。


「……」


 五年生達も各部活動へと散り散りとなり、現在講堂館にいるのは教師数名、生徒会長ランドール副会長フローラ風紀委員長イヴリーの三人、それから数名の学園治安維持委員数名のみだった。

 何をしているのか、簡単に言えば後片付けである。

 用意された椅子を空間魔法で収納したり、その講堂館の内装を元通り戻したり、証明チェックや緞帳の確認、作業は結構ある。

 そこにジオは座っているのだ。

 邪魔でしかない。

 だから目を閉じたまま幻想の世界に浸る彼を、学園長アナストリアは気に掛けて、席で微動だにしない青年へと肩を叩いて反応を窺う。


「ジオ君、部活動見学に行ってきたらどう? お友達は全員出て行ったわよ?」


 そう呼び掛けられ、閉じた世界は一瞬で広がった。

 椅子の片付けに勤しむアナストリアは、青年の冷めた視線に貫かれる。


「特に入りたい部活動は無いしな」

「貴方ねぇ……見学なんだから、色々と体験してみるのも良いと思うけど?」


 そう言われても興味が無い上、彼にとっては時間を浪費するだけ。

 また、彼にとって部活動よりも禁書庫の閲覧という報酬が待ち遠しく、部活動によって魔法研究を邪魔されるのを危惧していた。

 だから、勧誘の場に行かない。

 喧騒もあまり好ましくないため、でもある。

 魔法を学んだ意義を悪戯に『決闘』に使う気が無い、という理由もあるが、禁書庫での研究を夢見ている。

 自分のために、不必要は削ぎ落とす。


「部活動って絶対に入部する必要があるのか?」

「いえ、別にそういう訳ではないわ。バイトしてる子もいれば、家庭的事情で入れない子もいる。ただ、部活動入りしてる子は上級生との関係も築きやすいって利点があるのよ」


 バイトして生計を立てている生徒からしたら、部活動に入る時間が無駄となる。

 それはジオとは別の意味で時間を浪費しているのだ。


「ギルベルトが彼の兄貴から、絶対入部だって聞いたらしいんだが?」

「数年前まではそうだったらしいわね。けど、私が学園長に就任してからは廃止したの。生計を立てる必要のある子達が苦しいからって理由でね。貴族の中には特殊な事情を抱える子もいるから、そのついでね」

「成る程、だったら入らない方が得策だな。別にペナルティが課せられるとかは無いんだろ?」

「無い、けど……」


 青年には是非とも部活動、何処かに所属して欲しいというアナストリアの思惑があった。

 それは青年の持つ魔法に対する叡智が膨大で、何処かしらの部活動に影響を齎すと予想でき、また彼にとって良い経験になると考えたからだ。

 しかし効率を重視する彼にとっては、部活動や授業の大半が無駄でしかない。

 正直この学園に入る意味は大して無い。

 幾つかの目的のため、彼はこの学園に入学し、その権利を主張できる立場になるためにだけ奔走する存在、彼女の思惑を理解しながら無視している。


「それなら別に俺の好きにしてて良いだろ。久方振りの余韻に浸らせてくれ」

「……あの音楽?」

「分かってるなら聞くな」


 吹奏楽部が演奏した『フランネーゼの花畑』が、耳から離れない。

 彼の懐かしいと感じさせる思い出の一曲で、それを奏でる仲間達が追憶へと変貌を遂げ、もう存在しない彼等に哀悼を捧げていた。

 二度と戻らない存在。

 もうこの世にいない者達。

 しかしジオの心の中で存命中、だからこその余韻を誰にも邪魔されたくなかった。


「オルマーとフレヴィはもういないわ」

「言葉にしなくとも知ってるよ……だから心の中で音楽を聴いてるのさ。アイツ等の教えてくれた音楽は、俺にとって宝物だから」


 戦争は残酷にも、仲間達を奪っていく。

 夢も希望も全てが絶望一色に塗り尽くされ、逝去した者達は二度と元に還らない。

 蘇生魔法、という治癒術における最大禁忌の魔法が存在するが、彼にはそれが使えなかったから、死んだ人間を元に戻すなんて芸当は不可能だった。

 ただ、死んだ彼等の敵討ちを果たす以外に、選択肢を取れなかっただけ。


「いつまでも過去を引き摺るな、そう言いたいんだろうが、過去が俺を導いてくれた。仲間が俺をここまで成長させてくれた。死ぬその瞬間まで、この想いだけは忘れたくないのさ」

「ジオ君……」

「それに、生き残って得た時間を今更部活動なんかで無駄にしたくないしな。昨日生徒会長と風紀委員長から勧誘を受けたが、俺にメリットは無かった。俺の当面の目的は禁書庫閲覧の許可権利取得だからな」

「それはもう少し待って頂戴、秘密裏に手続きする訳には行かないのよ」

「だが、それなら貴族教師達に阻止されそうだがな」

「不正に不正を重ねて貴方を一位の座から引き摺り下ろし、あまつさえオンボロ寮に入寮させたっていう、二つのカードがあるから、貴族達を抑えるのは簡単よ」

「ハッ、やり手だな」

「珍しく他人を褒めるなんて、明日は魔法の槍が降るのかしら?」

「皮肉に決まってんだろ」


 講堂館が徐々に静かになっていくに連れ、二人が作業を邪魔していると認識が周囲に及んだ。

 それを感じ取ったアナストリアが、ジオを立たせて椅子を片付ける。


「貴方も早く部活動見学に行きなさい」

「行く必要無いだろ。どうせ――」

「なら僕と一緒に回らないかい?」


 一切の気配も立てず、真っ白な男が神出鬼没の登場を果たして、場が変化する。

 生徒会長のランドールである。

 二人の会話を遠くから眺めて青年が未だ部活動見学に行かないため、そちらへ興味が疼いた結果、声を掛ける行動に出たのである。

 因みに風紀委員長や他の委員のメンバーは、すでに学園統治のために外へと出て行っていた。


「ゲッ、生徒会長……」

「イヴリーも君も、そんなに僕が嫌かい?」

「はい」

「正直だねぇ。けど部活動見学に参加しないのは、生徒会長としては見過ごせない。どうだろう? 君さえ良かったら僕達生徒会の活動を一緒にしてみないかい? 無理に勧誘したりしないからさ、お試しって形で」

「生徒会長といると、余計な面倒事に巻き込まれそうで嫌なんですが……」


 本音を隠そうともせず、思った内容を口にするジオは、嫌悪を体現していた。


「それより学園長、彼に禁書庫の許可をするって本当なんですか?」

「えぇ、代わりに『魔導対抗競技祭(スペリオル)』で優勝するため、彼に手伝ってもらうよう入学試験前に取引したのよ。前回は点数的に負けちゃったからね」

「……つまり、学園長は彼を新人戦に出す、と?」

「彼的には出場したくないそうよ」

「大会は九月ですし、俺は誰かを育成して、ソイツ等に出場してもらうつもりです」


 何処までも他力本願な彼に対して、ランドールは何故学園長と知り合ったのか、何故ここに入学させたのか、俄然興味が湧いた。


「君が教えるのかい?」

「個別対応にはなりますが、その方が俺としても指導しやすいですし、魔法知識と技能に関しては誰にも負けない自信がありますから」


 脅威の入学試験合計点数歴代最高記録により、ジオの発言には確証があった。

 魔法技術に関しては、採点した貴族教師の矜持によって八十五点とされたが、彼の点数は教師では計り知れない才能の片鱗を感じさせた。

 だから個別指導が可能となる。

 逆に言えば、集団的指導は苦手であり、彼自身大多数の凡愚や他者を嘲る者達に教える気は無かった。


「さて、対面式には出ましたし、自身の魔法研究のため、俺はこれで失礼します」

「ちょっとジオく――」

「俺の魔力では、何処の部活動も入部させたいと思わないでしょうし、俺自身入る気は無いので。では学園長、禁書庫閲覧の件、よろしくお願いします」


 部活動紹介ならぬ勧誘を回避し、彼は帰りゆく。

 彼の魔法研究に対する執念、その何かを感じ取ったアナストリアは、彼の後ろ姿を止められなかった。

 哀愁漂う背中は、仲間達の死を背負った小さな背中、数奇な運命の下に生まれてしまった戦闘兵器は、静かにその場を退場する。

 ゆったりとした足取りで建物から出た彼は、浮かれ喧騒に包まれる部活動紹介の場を縫い抜けて、一人研究に没頭するために森の家へと帰還する。


(ジオ君……君は何のために魔法を学ぶのかしらね?)


 常人には理解できない程にまで熱中する研究、それをたったの十六歳の子供がしている。

 その熱意は何処から来るのか。

 そして、その熱意を何処に向けているのか。

 研究した果てに何を求めるのか、ジオの行動理念を一つも理解できないアナストリアは、まるで死に急ぐかのような友人の姿を見送った。


「学園長、どうかされたのですか?」

「いえ、何でもないわ。昨日彼のところに勧誘に行ったそうね?」

「えぇまぁ、入学試験で彼が記載した回答、それから二次試験での魔法運用、あれを見て実力を認めない人がいるなら、それは余程の頑固者でしょうね。彼の力は人を救う武器にも、人を殺める凶器にもなる」

「そうねぇ……君の言う通り、あの力は蠱惑的で、それでいて恐怖を齎す存在」


 彼女も、戦場から退いた後のジオの過ごした三年間を把握していない。

 魔法技術は以前より洗練とされていた。

 戦い方も真逆と言って良いくらい、変化している。

 人を殺める道具として更に研鑽を積んだと彼の心身から察知できたが、この平和となった世界で『凶器として』鍛える意味があるのだろうか。

 まだ、彼だけが戦場に心を置いたまま。

 だから過去にばかり、喪われた故人にばかり想いを馳せている。


「ランドール君、彼はね、君と同じ境遇にいたの。大切な人達を亡くして、全て一人で背負って、限界まで心身酷使して身を滅ぼした憐れな子」

「学園長……」

「少しで良いの、彼の事を気に掛けてあげてほしい」

「……分かりました。先輩として後輩の面倒を見るのは当然の措置、ならば僕がその責務を全うしましょう。学園長の依頼、承ります」

「ありがとう、ランドール君」


 生徒会長として、学園の先輩として、そして同病相憐れむ者として、彼等は孤独な魔法使いへと気に掛ける。


「さて、僕は勧誘の様子を見に行ってきます」

「えぇ、頑張ってね」

「ありがとうございます、学園長」


 ランドールもまた、喧騒の場へと消える。

 闇を抱える生徒達の、その病んだ心を救うためにも、彼女は学園改革を続けていく。

 二人の生徒が去った後、彼女は片付けに勤しんだ。

 外からは勧誘を行う生徒達の賑やかな、そして楽しそうな声が響いてくるが、ジオはそこに興味を示さず一切笑顔を見せなかった。

 退屈そうな、そんな表情。

 この学園にジオを推薦して、ルグナー魔法学園そのものが彼を縛る足枷となっている、そんな考えが過る。

 彼の時間を奪っている。

 正しいのか間違いなのか、すぐに結果は出ない。


(ジオ君、大丈夫かしら?)


 同じ釜の飯を食った仲として青年を心配し、彼女は憂いを抱えながらも、次の仕事へと手を付けた。









 土曜日と日曜日、休暇をどう過ごすかは個々人によって変化する。

 部屋で寛ぐ者、食堂で昼食を頂く者、読書に興じる者、仲間同士でテレビ中継に熱狂する者達、何処かで鍛錬に励む者、お菓子作りに挑戦する者、ずっと眠っている者まで、それは生徒の数だけ異なっている。

 そしてジオは現在、街中を歩いていた。

 活気に溢れる街並みでは、多くの人間が自由に観光を楽しんでいる。

 人口約一千五百万人以上、国家の中心に位置する中央都市クレサントは、多くの観光名所で有名である。

 その観光巡りをする者達で犇く中で、彼は露店を見て回っている最中だった。


「結構賑わってんな」


 荷物は異空間に収納してあるため、基本手ぶら。

 私服姿に身を包み、擦れ違う女性達からは何度も振り向かれたりしているが、当の本人は気付かぬフリをしては別の露店へと赴き、入退店を繰り返す。

 冷やかし程度の物見遊山。

 加えて、昨日の魔法実験中に失敗した影響で不足した、材料の買い出しである。

 自分の家の地下に造った特殊な結界魔法の張ってある魔法実験演習場で、とある魔法の耐久テストを行った結果、失敗に終わって大爆発し、そこに置いてあった幾つもの実験用魔導具を木っ端微塵にしてしまった。

 だから資材の調達に、彼は街を練り歩いていた。

 予想外の威力に、個人で製作した魔導具の数々を破壊してしまったため、魔法製作と並行して修理しなければならなくなった。


「さてと、色々不足しちまったからなぁ。全部見つかると良いんだが……」


 そのために、馴染みのある露店や商会に向かう。

 稀に鍛冶屋や魔導具店といった店があるが、戦闘経験者としての血が騒ぎ出す。

 その店々を巡りたい衝動に駆られる。

 しかし無駄遣いできないため、その店々を素通りしようとして、鍛冶屋の奥から何かを打つ、金鎚の強く美しく奏でられる音色が耳朶を超えて心に響き渡る。

 鍛冶屋の煙突からはモクモクと煙が噴き上がり、鎚打つ音が雑踏に紛れる。


(鍛冶屋か、久々に入ってみるのも良いかもな)


 基本的に魔法での戦闘ばかりしてきたため、そして魔法によって武器を創造できたから、ジオとしては鍛冶屋にあまり縁が無かった。

 だから好奇心の赴くままに、入店してみる。

 入店した途端に香り来るのは油の臭い、そして鉄の独特の匂いだった。

 鍛冶屋の中には多くの武器が壁に掛けられたり、棚に置かれたり、樽の中に無造作に放り込まれたり、種類別に配置されている。

 他にも革鎧や鎖、武器防具が多い。

 二、三人の客が、武器を手に取って眺めている。

 不自然に立ち止まるジオだったが、適当に武具を見てみようと近場の短剣を観察眼に通す。


「この短剣……」


 柄を握って刀身とを確認すると、欠陥品だと即座に判断できた。

 隣にある武器にも触れてみる。

 だが、一目で粗悪品であると判明した。

 鍔部分が僅かにグラつき、刃も何度か使えば亀裂が入り、途端に欠けて剣が死ぬ。


(何だこれ、刃がグラグラじゃねぇか。それに鍛造も甘い。使えるは精々三回程度、それ以降は刃が折れる粗悪品にしか見えねぇぞ)


 これが鍛冶師の実力なのか、と失望するジオだったが、他の客達は嬉しそうに素振りしたりしている。

 目利きを怠ると、依頼等で失敗して致命傷を被る。

 だから審美眼は常に養わなければならないが、いつまでも軍人思考が抜けないジオは、うっかりして他人の観察に走っていた。

 自分の悪い癖が出ている。

 他者を観察し、どうすれば勝ち筋が見えるかの構想を練り続けてしまう。


(この短剣、ワザと中途半端に仕上げたようだが……何のためだ?)


 単に鍛造が下手くそ、ではない。

 表面上は綺麗に仕上げてあるため、普通なら間違えて買ってしまうだろう。

 しかし長年武器を手に馴染ませた男は、鞘から抜いた状態の剣を仕舞い、それを壁に釘打たれているフックへと置き戻しておく。

 剣や槍、細剣レイピア円月輪チャクラムや偃月刀、撒菱やクナイ、三日月刃ショーテル鉤爪サーベル朝星棒モーニングスターや双頭刃、蛇腹剣のような特殊武器まで、古今東西の武器が飾られている。

 他にも魔導具的な魔法武器、魔導武具(マジックツール)まで存在している。

 例えば魔力を流せば刃を形成する魔導具。

 機械的道具も、少しだが鍛冶屋に展示されている。

 ただ、金銭的に予想以上に高い。


「ハァ!? 巫山戯んじゃねぇ!! 金払うっつってんだろうが!!」


 幾つもの武器を手に取って観察を続けていると、狩人らしき男が苛立ちに大声を荒げて、受付で頬杖着く一人の少女を睨んでいた。

 褐色の肌、琥珀色に煌めく両瞳、大きな胸はTシャツの上からでも立派に主張している少女。

 そのボサボサの髪をヘアゴムで適当に結え、青黒い作業着を身に纏う姿を、最近何処かで見たような、見てないような気がしていた。

 露出の高い服だ、と素朴な感想が浮かぶ。

 狩人の男も、その少女へと劣情を抱いた視線を僅かに下へ下ろしていた。


「何度も言ってるだろ? アタイ等はアンタみたいな三流剣士に武器を作ってやる気は無いってね。造ってやったとこで振り回されるだけ、武器が可哀想だよ」

「さ、三流剣士、だと!?」

「違うってのかい? ならアンタの実力、ここで見せてもらおうかねぇ?」


 挑発的な態度で不敵に笑む彼女が、その男の客へと課題を出した。


「この沢山ある武器の中から、一番強い武器を見つけな。そしたらアンタの要望通り、特注の武器でも何でも造ってやるよ。どうする?」

「ハッ、なら吠え面掻かせてやる!!」

「良いだろう、なら十分で見つけな」


 男は少女の挑発に乗り、ジオと別の二人の客はその男の挑戦を隅で見守っていた。

 意気揚々と武器の物色を始める男は、手当たり次第に武器を手に取って、鞘から引き抜き始める。

 最初に引き抜いた粗忽な剣は、無骨な造りで、刀身も手入れされてないため、鏡のように反射せず、鈍色に輝く直剣は男の手によって再度樽の中へ入れられる。

 次に見たのは、装飾された長剣。

 かなりの業物感を出して、刀身も非常に綺麗で装飾も主張せず、しかし存在感を出すような工夫がされていた。


(あの剣、銘まで彫ってあんのか……)


 遠くから様子を窺うジオは、短剣を手に血眼になって探す男の様子を一瞥しながら、刃を見ていた。


(あの男は駄目だな。目利きの方法も知らない奴が、見つけられるはずもない、か)


 その男への興味を完全に失って、また商品へと目線を落とす彼の近くで剣を鞘から抜いては乱暴に仕舞い、次に移っていた。

 十分が経過し、男は二つ目に見た装飾ある武器を受付のカウンターへと強引に置く。


「こ、これだ!! さぁ、一番強い剣を見つけたんだ、俺に特注の武器、造ってもらうぞ!!」


 一番強い武器を発見した、そう豪語する男だが、少女は頬杖を着いて歎息を漏らすばかり。

 鍛冶師である少女には、武器の良し悪しを、一目見ただけで分かってしまう。

 だから名前の知らない男の持ってきた武器が、この店の最低級レベルのものである、と簡単に看破でき、少女は得意げになっている男の鼻っ柱をへし折る。


「残念、ハズレだよ。よりにもよって、一番最低級の武器を持ってくるとは……ハァ、三流以下に売る武器すら無いよ。相応の実力付けてから出直してきな」


 不遜な言動をされた客は癇癪を起こし、憤怒のあまり我を忘れて背中の剣を抜き放とうとする。

 当然だ、剣士として馬鹿にされたから。


「ぶっ殺してや――」


 しかし、鞘より剣を引き抜けなかった。

 すでに一振りの業物が少女の手に握られており、その切っ先は客の喉笛を貫く勢いがあった。

 このまま少し前のめりになるだけで殺せてしまう。

 殺伐とした雰囲気が漂う鍛冶屋が息苦しく、二人の客は静かに出て行ってしまった。


(あ、思い出した。アイツ、三次試験の時に注目集めてた魔導鍛冶師か)


 土曜日なのに店番をしている少女が、入学試験の時にいたという記憶をようやく思い出せた。

 その客と店番している少女の二人の遣り取りを、黙って眺める第三の観客であるジオを他所に、その少女は次の脅し文句を言い放った。


「アタイの造った武器はどれも斬れ味抜群なんだ。何だったら、アンタの首で……試してみるかい?」

「ヒッ」


 眼光をより鋭くし、強大な殺意が剣筋に乗せられる。

 剣に魔力を纏わせて、その魔力が風に変換されて、客の首の皮一枚斬り裂いた。


「分かったら、とっとと帰りな」

「お、覚えてやがれぇぇぇぇぇ!!」


 負け犬が遠吠えを吐いて去っていった。

 それを見送り、また頬杖の上で眠りに着こうとして、ジオと視線が搗ち合った。

 琥珀色に黄金色、二つの異なる双眸が何秒間か見つめ合っていたが、やがてジオの方から視線を切った。


「そこのアンタ」

「……」

「一昨日、入学式の場で嚔した黒髪のアンタだよ。無視しないで返事したらどうだい?」


 その内容を知るのは、新入生である二百人のみ。

 だから彼女の言葉は入学生である証となり、ジオは彼女と会話する気が無かった。

 だから彼女を無視しようとするが、殺意も徐々に含まっていき、最終的に反応する。


「……俺に何か用でも?」

「熱心に武器を観察してるから、何か欲しいのかって思っただけさ」

「ここに置いてある武器は殆どが粗悪品ばかりで、正直買う気すら起きない。一般人に拵えただけの欠陥品、棒切れと一緒だ。こんなもんに金払う奴は三流以下だな」

「なら、何でまだ武器を見てんだい? ここにある武器全部、価値は無いんだろ?」


 粗悪品ばかりだと宣ったにも関わらず、彼は一つ一つ武具を丁寧に見ていく。

 形状や重量、刀身に使用されている合金の種類、柄の長さや幅、斬れ味まで丁寧に確認しては、何処が悪いのかを考察していく。

 武器によっては、使えば即座に壊れるのもある。

 武器として使えば一瞬で粉々になると予想して壁に戻し、別の武器へと移る。


「確かに武器的な価値は無いかもしれない。が、これ等の沢山の武器からは、製作者側の意図が隠されてるように思える。まるで相応しい人間でも探すかのようにな」

「製作者側の意図?」

「あぁ、ここに置かれてる武器の大半は使えない。しかし武器の中で一つだけ、他とは違う一級品が眠ってる。さっきの客に出した試練だな」

「へぇ……それは、どいつだい?」


 彼が本物の剣士であるかどうか、少女は見極める。

 非凡な才能を持つか、或いは妄言吐き散らすだけの有象無象かは、彼の選ぶ武器で決定する。


(別に一級品のを選んでも構わないんだが、さて、どうすべきか……)


 普通の鍛冶屋ならば一級品のを選んで終了、だが学園生であるため噂は彼女から広がる可能性もあり、余計に目立つ未来すら簡単に想像できる。

 しかし交流を持てば、対抗戦で役に立ってくれるかもしれない。

 そう打算して、一歩、また一歩と動き出す。

 一つの武器へ、鉄を打ち続けた一人の鍛冶師への敬意を以って、ジオは樽の中にある無数の武器から一つを選び出して鞘から抜き放った。

 銀白色の刀身が曇っている無骨な剣。

 男が最初に選んで、元に戻したものである。


「この剣、ワザと汚してある。しかし、この武器に使われてる玉鋼、『魔鉄鋼オリハルコン』だな?」

「……どうして、そう思ったんだい?」

「見れば分かる。帯びてる魔力の流れを視認すれば、一目でこれが一番の業物だと認識可能だが、あの男には魔法的に物事を俯瞰できなかった、それだけだ」


 チンッ、と鞘に仕舞う金属音が鍛冶屋の中で鳴り響き、それはもう美しい音色を兼ね備える武器だと感じたが、魔法使いである青年にとって必要の無い剣であるため、元の樽の中に戻しておく。

 武器より魔法、だから剣は基本振るわない。

 使うとしても魔導武具マジックツールであり、無駄な出費を抑えるためにも、何も買わない。


「買わないのかい?」

「言ったろ、買う気が起きないってな。鍛冶屋的には邪道だろうが、俺は【創魔工廠ジェネレイト】の魔法が使えるからな。武器は必要無いんだ」

「……へぇ」

「俺はジオルスタス、お前は?」

「アタイは、マーガレット=オランデージ=ニュー、親しい奴等は皆、マグって呼ぶよ。アンタの名前長いから、ジオって呼ばせてもらうよ」

「あ、あぁ、構わない。よろしく、マグ」


 二人は握手を交わす。

 こういった場面を増やして、後々大会に出場してもらおうと画策しながらも、鍛冶師の少女の性質を見極める。


「二つ程聞きたい」

「何だい?」

「さっきの客に向けて放った一撃、剣には魔力が込められて、しかも魔力を流動的に『風』に変換させていた。それがお前の魔力特質レガリアか?」

「一目でよく分かるもんだ。そ、アタイは『属性変換』の体質持ちさ。噂では四種属性者(クアトロマギア)だなんて大層な名称で広まってたけどねぇ」

「あれ、お前だったのか……」


 魔力の属性を自由自在に変換する、彼女の持つ特異体質は非常に強力だが、明確な弱点も存在する。

 未熟な魔法使いに陥りやすい魔力暴走、属性を強制的に切り替えるため、使い慣れていないと魔力性質の反発によって暴走が発生する可能性が極めて高い。

 が、彼女は持ち前の魔力操作技術によって、一度も暴走させたりしなかった。

 それにより、マーガレットは火、水、土、風の四属性保持者と誤解されるようになった。

 使う魔法の属性が四種類に分岐してるのだ。

 間違えられても可笑しくない。


「で、もう一つの聞きたい内容は?」

「……魔導対抗競技祭(スペリオル)、知ってるか?」

「そりゃ、世界的にも有名だからねぇ。何だい? 出場するための武器を製作してくれって話かい? アンタなら別に構わないけど――」

「俺じゃない。お前だ」

「は?」

「マーガレット、いやマグ、競技祭に出場する気は無いか?」


 自分が出場したくないがための、先んじての勧誘。

 勧誘するに当たって何個か切り札を持っているため、仮に彼女が断っても方法がある。


「……何故アタイなんだい?」

「『属性変換』、使い熟せば強力な武器になる。それに鍛冶師としての腕も数段階上昇する。俺は魔法研究家でな、魔力体質については嫌って程理解してる。勿論、その個性の伸ばし方も熟知している」


 ここで使った切り札は三つ。

 まず、彼女の強さを自覚させる。

 次に、彼女が鍛冶師としての腕を自負してるかどうか不明であっても、確実に才能や鍛冶師としての能力を伸ばせると説明した。

 最後に、彼女の現在の実力を把握していると証明。

 他にも手立てはあるが、それはまだ披露しない。


「どうする? 俺としては無理強いはしないが」

「本当に魔法を教えられるのかい?」

「可能だ。それを証明しよう……」


 指先に小さな蒼白い灯火が生じた。

 詠唱文を一切口にせず、【灯火トーチ】の魔法がマーガレットの視界に収まる。

 それは、無詠唱魔法。

 大々的に広まっていないが、確実に存在する高等技術の一つである魔法理論が、この場で実証された。


「俺はとある事故で魔力回路が焼き切れてな。それ以来、高出力の魔法が使えなくなった。けど、しっかりとした知識は持っている」

「それが、無詠唱魔法……アタイにとって、かなり利点があるようだねぇ。けど、アンタに利益は無いじゃないか。そこはどうなんだい?」

「俺は俺で利益があるから気にするな。決めるのはお前自身だ。さっきも言ったが無理強いはしない」


 しかし有能な人材を徴用する機会は少ない。

 特にジオは学年全体から煙たがられている状態で、下民であると噂まで流れる始末、しかも貴族達から大顰蹙を買っている途中なのだ。

 ジオと行動を共にすれば、鍛冶師であるマーガレット自身も貴族達から標的となり、同時にこの店にも迷惑が掛かる場合もある。


「俺は入学する前から悪目立ちしてるしな。今後も風当たりが強いだろう。けど、もし魔法を学びたいなら、その体質を己が物としたいなら、学園の森にある一軒家を訪ねに来い。放課後は大体そこにいる」

「り、了解した……唐突に勧誘されたからねぇ、少し時間を置かせてくれ」

「構わない。俺も別に急いでないしな」


 新人戦のために、仲間を募りたい。

 しかし下民という立場、入学試験における教師達から漏れる噂の数々、生徒会や風紀委員からの公衆の面前での露骨な勧誘、貴族達から受ける敵意、圧倒的不利な状況で勧誘を始めなければならない。

 いきなりマイナスからの開始、しかし約束は約束、九月まで半年ある。


「っと、いつまでも鍛冶屋にもいられねぇし……俺はそろそろ行くよ。有意義な時間だった」

「はいよ、また何か入り用だったらアタイに言いな。アタイはC組だからさ」

「俺はDだ。じゃあな、マグ」

「また鍛冶屋に来とくれよ、ジオ」


 買い物するために都心に来ているため、その途中で放り出した買い出しに戻る。

 偶然入った場所で同じ学園生と出会う確率は低いが、これも必然だったのかもしれない、そんな考えを抱きながらジオは魔法研究を続行するための買い出しを再開させた。






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