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INFINITY MAGIA  作者: 二月ノ三日月
第一章【IGNITION】
16/26

第15話 祝う新たなる門出

 入学二日目、対面式当日となった今日、彼はいつも通りに教室へと向かっていた。

 迷路のように広大な学園で、迷わずに教室へと到達した青年はそのまま教室入り口の扉を開くと、そこは異様な雰囲気で包まれている様子だった。

 何があったのか、それは一目で見当が付く。

 それは、とある席に座する男の周囲を避けるように、学生達が席を離しているという点。


(あ? 誰だアイツ?)


 その男を中心に空席が円状に開かれている。

 一方で中心点に在籍するのは、右目に眼帯をし、青黒い髪は後ろに流されて鬣を彷彿とさせ、鋭い眼光が力強さを感じさせる男、昨日ジオが見なかった存在。

 真っ赤な前髪が鼻筋を擽り、その横にある見開かれた左目が教室全体へと睥睨する。

 それだけで何名かは震え上がっていた。

 主に貴族達、彼等はその男に対して何も言えず、恐怖に慄いていた。

 教室入りしたジオは、そんな不穏な様相を肌で感じ取りながらも、空いた場所に着席する。


(ここで良いか)


 それは誰も近付こうとしなかった、中心点から近い席。

 場所は教卓と正面向かい合う最高位置、授業で居眠りすれば即座に露呈する場所。

 教室内が騒然とし、ジオに対する陰口がどんどん伝播していく中で、興味無しと判断した彼は暇を弄ぶために本を読もうと異空間を魔法陣で繋ぐ。

 その行動の最中、陰口に混じって耳朶を震わせたのは、背後の席に座る男からの舌打ち、根深い嘆息、そして痛恨極まれる愚痴だった。


「コイツもハズレか……」


 何かを期待する声すら発さず、早々にジオに対して評価を付与した男は、腕を組んで目を伏せた。

 彼に対して一瞬で興味を失った。


(ハズレ? 一体何の話だ?)


 身に覚えない評価に、青年も僅かに背後へと目線を向けるがしかし、その男は睡眠下にあった。

 ジオより大きな体躯、片目の黒い眼帯より古傷が見え隠れしていた。

 右目が深淵に封じられ、左目も瞼に重く閉ざされる。

 退屈を噛み砕いた男は一人、孤高に生き、一匹狼を気取る狂犬、その名もアレストーリ=ロールデンス、件の貴族への暴行沙汰を誘発させた問題児だった。

 その事実を知らぬ者は、青年ただ一人。

 誰もジオに声を掛けず、全員が彼等二人を厄介者扱いして遠くから罵詈雑言を言葉として漏らすばかり。

 その声を音として拾わず、二人は各々好きなように朝の時間を送った。


(ま、どうでも良い話だな)


 彼も背後を陣取る男への興味を削がれ、意識は手にした書物に移っていた。

 分厚い本は淡い黄色で高級感を醸し出し、題名の書かれた場所には幾何学な文様が言葉を取り囲み、その下にある著者の名前を指でなぞった。

 著者:ゼシア=ウルタイト、『対魔導師戦闘における空間把握術/極意編』という題目の、戦闘術における間合いについて記載された、対魔導師戦闘を想起した時の生き残る術が描かれた書物だった。

 魔導師における戦い方は基本的に三つ。

 一つ、魔法を扱う遠距離型。

 二つ、剣や徒手空拳を得意とする近接型。

 三つ、その両方を駆使する中堅型。

 魔法適性に応じて、その三種から好きに選び、戦闘に臨むのが魔導師の基礎と言える。

 実際に魔法は多種多様、詠唱での遠距離攻撃のみならず、身体強化や強靭による武術や剣術での戦闘、設置型魔法による地雷式、中距離を維持して間合いを読ませない特殊戦法等々、戦い方は個人個人で変化する。

 ジオは、魔法紙によって効果を変えて戦法も変化する万能型である故、相手の苦手とする間合いで戦う後出し戦法と呼べる代物を体得している。

 つまり相手が遠距離なら近接で、近接なら超遠距離で、中距離なら相手の扱う武器によって戦い方を変化させて、武器も多種多様に使い分ける。

 それぞれの間合いには、それぞれの得意とする領域、苦手とする領域が存在している。

 彼の読む著書は、空間把握術の基礎、応用、発展、そして極意の計四巻に分かれて出版されており、発展編は上級者が、極意編は完全に戦場に立ったりする戦闘のプロが愛読するような本だったりする。




 ――間合いとは、己と相手の心の距離を測るものである。




 そう基礎編で最初に説かれている。

 実際に心で相手との距離感を測り、その測った距離で戦うために、そう解説を始めた著者の言葉は間違いではなく、事実とも捉えられる。

 そこから何節かに分類され、基礎、応用、発展、そして極意と難易度は徐々に上がっていく。

 基礎では簡単な距離感の把握方法から始まり、応用で距離感を読んだ上での対処法を身に付けさせ、発展で距離感、つまり間合いを自身が誘発させる方法を学び、最後に極意では己と相手の心の距離感を作り出す前から勝負に挑ませる、という四段階構成となっている。

 極意編では、相手との戦闘開始直前までに相手の特徴や癖、歩き方や佩帯した武器、魔法の種類や魔力属性、といった数多の情報を審美眼で見抜き、それに応じた戦法の主導権をこちらが握ってしまえ、というもの。


(空間把握における極意は、相手と対峙した瞬間に、心の距離感を見出だし掴めている事にある、か。如何にも彼女の言いそうな内容だな)


 しかし、この著書は売れ行きが非常に良好だったが、とある理由によって現在絶版状態となっている。

 著書の香りがページを捲る毎に感じられ、心の平静が保たれる。




 ――空間を見極めた者こそが、読み合いを制す。




 ジオの考えと著者の考えは一部ズレている。

 空間を見極めたところで、読み合いに勝てる道理は有りはしない。

 圧倒的実力差があれば簡単に結果は覆る。

 空間を見極めたところで自爆攻撃されたら負ける。

 予測不能な魔法攻撃に晒された場合、誰だって一瞬は思考停止に追い込まれる。

 結局は戦闘は総合で見るべきである。

 対峙、距離感把握、構え、戦闘始動、経過、そして終息、戦闘の一連の流れ全てで戦闘結果は決まる。


(面白い見解だが……)


 彼にとっては読み合いだけでは決まらない。

 自分が良い例だ。

 空間を見極めたところで、対策を練られる場合もある。

 ジオのように特殊な戦法を用いて魔法を使い熟し、近接遠距離スイッチしてきたら、読み合いが狂い出す。


(けど、人気なんだよな、この人の著書)


 一体どれだけ荒稼ぎしたのやら。

 才能に秀でた者程陥りがちな落とし穴が、距離感の勘違い、である。

 戦闘のプロは、そもそも近接遠距離と多種多様な戦法を持っていたりする。

 初心者同士なら、或いは正規の魔導師相手なら、特化型も多いために戦法が偏ったりするが、非正規魔導師や裏世界に生きる者達はより多くの戦い方を身に付けている。

 それも正々堂々とした戦いから、小細工や小手先の技、殺人技といったものまで多種多様。

 距離感の勘違い、相手の手癖や歩き方、武器から勝手に決め付けてしまうところ。

 そうしない対処は、戦闘中も常に審美眼フィルターを通して物事を俯瞰して意識を途切らせない、そうすれば咄嗟の判断で迷わず行動に出られる。


「ジオ君、何読んどるん?」


 ヒョコッと机前で顔を覗かせた少女ニーナベルンが、孤立して読書中の彼に聞いてみる。

 視線を動かして、少女と目を合わせたジオは、指を挟んで本を閉じ、タイトルを示す。


「ニーナか、対魔導師戦闘における空間把握術/極意編って題名の本だ。絶版だがな」

「何や凄い本読んどるんやね。でも極意編って、他にも種類あんの?」

「あぁ、基礎編、応用編、発展編、そして極意編だ。この学園では『決闘』があるからな、今のうちから間合いを読む方法を学んどくのも手だ。何なら空間把握術の基礎編から全部貸してやるぞ?」

「や、ゴメン、遠慮しとくわ」


 読書が苦手な少女は、青年からの提案を断った。

 この本が人気な理由は、全部が字説だけでなく、文章の合間に挿し絵やイラストが沢山載っているため、把握しやすいところにある。

 間合いの読み方、相手の癖、そういったものが挿し絵と共に執筆され、人気著書の一つとなったくらいだ。


「で、この状況どうしたん?」


 本への興味を失った少女は、教室に入った瞬間に気付いた違和感をジオにぶつける。

 何があったのか、彼なら知ってるのではと思った。

 しかしジオも到着した時にはすでに膠着状態だったため、知らないと素直に教える。


「さぁな。朝来たら後ろの奴を中心に席が空き放題だからな、座り放題って訳で、昨日と同じ席が空いてたから座らせてもらった。昨日見なかった奴がこのクラスにいるから、皆ビビってんじゃねぇの?」

「あぁ、アレス君やな」

「アレスって確か……昨日、バルトスのおっさんが自己紹介の時に言ってた『狂犬』って奴か?」


 狂犬、その言葉に反応する者が一人席を立ち、彼はジオの眼前より素早い動きで、胸倉を捻り上げた。

 思わず腰を浮かすジオも、睨めっこを返す。


「テメェ、喧嘩売ってんのか? あぁ!?」

「喧嘩? 急に何なんだお前?」

「ちょっ――ふ、二人共、喧嘩は御法度やで……」


 三者三様、怒りに身を任せて睥睨するアレストーリ、彼に対して胸倉を掴む手首を掴み返すジオルスタス、そして蚊帳の外で戸惑いを露わにするニーナベルン、その二人の喧嘩は周囲にも波及する。

 威圧、殺意、気迫、そういった意識の集合体が、波動となって恐怖が伝播する。

 誰にでも噛み付く狂犬が、今度は下民のゴミを漁り始めたぞと、陰口を叩いていたが、その者達へとギョロッと視線を動かすと、その者達も生まれたての子鹿のように手足がブルブルと震えてしまう。

 当然ながら一番近くにいるジオが殺意を察知し、それに晒されてるが、狂犬の逆鱗に触れた理由が一切分からず混乱していた。

 しかし思い当たる節があるとすれば、『狂犬』という蔑称で呼んだから。

 狂った犬、何者にでも突っ掛かる化け物、それが彼アレストーリだったが、本人はその名を嫌っている。


「雑魚の分際で、俺様を『狂犬』なんて呼ぶんじゃねぇ」

「あ、アレス君、喧嘩は駄目やよ!!」

「……チッ」

「うおっ、と」


 強引に胸元から手を離され、ジオは勢いのあまり椅子に尻を落とした。


(乱暴な奴だな……コイツが貴族をボコッた奴か。確かに学年の中でも五本の指に入りそうな強さだな)


 その実力が如何程か、洞察力と肌感で掴んでみる。

 彼の持つ魔力量と質、鍛え抜かれた体躯、鋭い殺意、戦場慣れした武装、アレストーリという生徒の持つ気迫と実力を審美眼が見抜いた。

 変質して灰色と化した魔力が、体内を巡っている。

 狂気じみた魔力の鋭さは、他を圧倒する。


(今ギルベルトが戦ったとして、十戦中四勝六敗くらいの戦績、かな)


 それだけアレストーリとギルベルトの実力差が如実に、魔法技能として肉体に表れている。

 ただガムシャラに鍛錬してきた過程が、大いなる実を結んでいた。


「成る程、噂通りの狂犬っぷりだな」

「おい雑魚、二度目だぞ?」

「あぁ、二度目だな。で?」


 二人の睨み合いは、ギスギスした鋭い雰囲気を解き放ち、全員が息を呑む。

 膨大な魔力の渦が教室内を震わせる。

 その膨大な魔力に一切引かないジオに、アレストーリは怪訝に感じ、一瞬彼から濃密な殺気が漂って身の危険を肌で受け取った。

 だから咄嗟に、考える前に後ろへ下がった。

 殺意には殺意で、青年から発される死の香りは、狂犬の精神を蝕んだ。


「おはよう、ジ……お? え、何この状況?」

「何かあったんですか?」


 タイミング悪く、友人二人も入室する。

 外では一触即発中の二人が放つ殺気と魔力に晒され、入れない生徒も多数いた。


「ふ、二人も喧嘩止めてぇな! アレス君がジオ君に喧嘩吹っ掛けよったんよ!!」

「巫山戯んじゃねぇぞニーナ、先に喧嘩吹っ掛けやがったのはこの雑魚だ。俺様を『狂犬』なんつぅ不名誉な渾名で宣いやがった。舐めてる証拠だろうが」


 ジオに他意は無かったが、それでも喧嘩腰の男に対して好奇心が疼いた。

 強者か強者でないかではなく、利用できるかどうか。

 彼には魔導師としての強弱にしか興味を持っておらず、他者の名前や渾名に微塵も唆られず、ただアレストーリという人間性を観察する。

 何に怒り、何を誇りを持ち、何を志すのか。

 そして魔導師としての技能、ジオは自身にとって大事だと感じた本質のみを審美眼に通していた。


(一年の中では一番強そうだが……)


 戦ってみない事には、完全に把握はできない。

 しかし戦闘に突入するとなると、手続きがいる。

 ここでは魔法戦闘が禁止されているため、徒手空拳のみの戦いでは、実力の半分も分からず仕舞いとなる。


「おい雑魚、覚悟はできてんだろうな?」


 観察を続けていると、憎悪を宿す隻眼がジオの濁った満月の目へと、突き刺すような鋭利な視線を傾けた。

 握り拳を作り、振り被った腕から放たれる一撃は、一人の薬学者が教室へと入室したところで、青年の顔から僅か数センチ離れたところで停止した。


「おー、入学二日目から喧嘩か? 元気の良いこった。だが私闘なら『決闘』で白黒付けろ。こんなとこで喧嘩おっ始めんな餓鬼共」


 草臥れた薬学者バルトスが名簿を脇に、教卓前に陣取って周囲を見渡した。

 喧嘩を遠巻きに眺望し、誰もが動けずにいた様子を一目で看破し、その中核にいた二人に頭を悩ませる。

 貴族に大怪我を負わせたアレストーリ、その男の相手をするのは異例の入学を果たしたジオ、二人の超人的鬼才にバルトスは疲労を醸し出す息を吐き捨てた。

 戦闘と叡智の天才達、しかし何度も語るように二人は貴族にとっては害悪でしかなく、平民下民出身の二人は貴族教師からしたら邪魔者となる。


「この教室での戦闘は禁止だ。だからアレストーリ、お前も矛を収めろ」

「チッ……」


 彼等の喧嘩を止めようとした友人達も、バルトスの一喝によって、警戒を下ろした。


「先生、タイミング良いね」

「まぁな、扉の外で一部始終見てたし」

「覗きかいな!? 早よぅ入ってきて欲しかったわ……」

「喧嘩は基本生徒同士で解決するもんだ。教師はある程度までは介入しない、って決まりなんだよ。良いからホームルーム始めっぞ、全員席に着けー」


 バルトスの本音としては、ジオとアレストーリの二人の喧嘩を見たい、そして可能なら喧嘩に巻き込まれたくない、という気持ちが強い。

 ジオは自身煽るだけ煽り、その挑発からアレストーリは即座に手が出た。

 教師の間では、生徒同士の私闘には手出ししない不文律が存在している。

 これは、何でも教師で解決できる、と思い込ませないための措置であり、彼等はまだ生徒手帳を持ってないため、学園内の規則を知らない状態だった。

 ただこの規則は、貴族が平民達へと喧嘩を吹っ掛けても黙認する、という意味も含まれており、解釈次第では抜け道は幾らでも用意できる。

 全員が着席したところで、バルトスはニッと口角を吊り上げた。


「んじゃ、出席確認すっから、呼ばれた奴から順番に前に来てくれ。生徒手帳と学生証をくれてやる」


 その発言に生徒達は多少の興奮を心に宿す。

 それは、ルグナー魔法学園の一生徒としての自覚云々の話に繋がり、また彼等にとっての目的『決闘』が使えるようになるため。

 だから待ち侘びていた貴族生徒達や、一部の腕に覚えのある生徒達は、挙って教卓へ視線を伸ばす。

 しかしバルトスの手元には出席名簿のみ、何処にも見当たらない。

 怪訝に思うものの、出席確認するために教師が出席簿を開いて、順番に呼んでいく。


「ギルベルト」

「は、はい」


 最初に呼ばれたのは、学年第三位の実力があると入学試験で証明された男。

 彼よりも上の成績だった二人は、別の教室に在籍しているため、必然的に彼が一番となる。

 席を立ち、バルトスと対峙する。


「魔導具、起動」


 手首に装着していた腕輪型装飾品が、彼の魔力を吸い込んで、そこに刻まれた魔法陣が起動する。

 彼が装備していたのは、異空間収納が施された空間魔法機能のある腕輪、それによって全員の生徒手帳と学生証を持ち運ばず楽々と異空間から取り出せた。

 結構珍しい空間魔法の収納魔導具。

 右手に出現した二つの贈り物(アイテム)が、剣士の青年へと下賜された。


「次、ルーテミシア」

「はい」


 少女が席を立ってバルトスからのプレゼントを受け取ると同時に、ジオの隣にはギルベルトが腰を下ろしていた。


「凄いね、これ。校歌とかも載ってる」


 掌サイズの生徒手帳には、細かい字で学園内の規則や寮生活について、『決闘』のルールや校歌、年間予定表も記載されている。

 そして学生証は、何の変哲もない普通のカード。

 だが決闘手続きするために、必要な道具であるのは間違いない。

 これで、強者は強者として、弱者は弱者らしく、学園生活を送るようになる。


「ねぇジオ、僕と決闘しない?」

「お前、とんでもない事言い出したな……」


 決闘は双方の合意が必要不可欠だが、ジオは乗り気ではなかった。

 戦って力を誇示する手もある。

 そうするメリットは結構な大きさとなって自身に返ってくるだろう。

 しかし、彼は断りを入れた。


「悪いが、決闘はしない」

「えぇ? 何でさ?」

「周囲に魔法を見せびらかす趣味が無いだけだ。今のところ決闘する気は無い。大金払ってくれるってんなら対戦してやっても良いぞ?」

「君は守銭奴なのかな?」

「魔法研究には資金が必要になるからな、どうしても金が必要なんだ」


 とは言っても、彼には長年戦場で戦ってきた戦果が報酬として銀行口座に記録されている。

 そのため、本当なら金を受け取りはしない。

 要求するのも専らの嘘、本当は時間の無駄だからと考えているためである。

 ある程度の強者となら、戦闘で勉強になる部分も多くあるだろうが、今の一年生達と武闘会を開いても楽しく踊れやしないと先が見えている。

 決闘は合意の下、執り仕切られる。

 つまり貴族が相手でも、断れば決闘を回避できる。


「でも、貴族達なら払ってくれそうだけど?」

「そうだな。一億クレサ払ってくれたら、俺ももう少し考えるだろうな」

「い、一億って……」

「貴族なら払ってくれるかもな」

「一億クレサ払ってまで、ジオ君の戦う人っているんでしょうか?」

「いないだろうな。だからこその金額設定だ」

「それ、本気なんです?」

「半分本気で半分冗談だな。ま、決闘なんて野蛮な遊びは観戦するに限る。リングの上に立つよりは、客席から観察する方が面白いし発見も多い」


 ギルベルトが決闘制度の項目を確認してみると、そこには予想通りの内容が記されていた。

 決闘は、場所が指定されている。

 決闘のための闘技場が学園内に存在する。

 そこで決闘が行われるが、場合によっては複数人による対戦や連続しての決闘が行われる。

 そこに結界が張られ、全方位から見やすいよう設計されて対戦ルールが敷かれていた。


「おい、ジオルスタス」

「何ですか?」

「最後はお前だ、サッサと受け取れ」

「あ、はい」


 出席確認最後の番号、ジオルスタス。

 自分の番号が回ってきていると気付かずに、隣同士で会話を挟んでいたため、聞き逃していた。

 彼も二つの貴重品を受け取り、全員が席で大人しくバルトスの説明に傾聴する。


「その二つを紛失した場合は、俺のとこに来てくれ。申請書類書いて、発行してもらうからな。ってか大事な貴重品なんだ、絶対失くすなよ!!」


 と言っても、毎年何名かは紛失している。

 時には隠されて、時には落として、時には木っ端微塵となって何処かへ。

 まるでカードや手帳に手足が生えて旅に出てしまった、なんて事態にはならない。


「生徒手帳は中を開いてくれれば分かると思うが、規則について掲示してある。また予定表とかも書いてあるから参考にして、時には記入してスケジュール管理はしっかりしておけ。学生証は身分証明にもなるから、この国にいる間は自由に使える。絶対失くすなよ?」


 何度も念押しし、生徒等にとっても重要な物品であると認識が刷り込まれた。

 それを仕舞い、ホームルームが始まる。


「さて、今日は対面式と部活動説明会だが、土日挟んで来週から本格的に授業が開始される。当然、授業をサボれば代償はお前達自身に返ってくる。それに年間行事予定表にも記載されてると思うが、新入生のお前達にも幾つか試練が課されている。怠れば置いてかれるから、勉強は計画的にしとけよ新入生共ー」


 今日の講義を終えれば、土日休暇が与えられ、その二日間を終えれば月曜日から授業が開始される。

 魔法の授業や座学、実技から特殊なものまで、多種多様な講義が生徒達に課され、常に予習復習を怠らなければ問題無く進級できる。

 しかし、勉学が苦手な者も中には存在する。

 置いていかれる不安が付き纏う者達も、必死に勉強に励むと決意する。


(講義は最低限出席日数稼げば問題無さそうだな……後は試験を零さず、禁書庫に入って、学園長との約束を果たすだけだな)


 好きなように講義を受け、好きなように禁書庫で知識を貪り、好きなように仲間を育成する。

 ルグナー魔法学園に合格する目的があったから実力をほんの少しだけ露呈させたジオだったが、学業に専念できる今は魔法技能を完全に封じるのも手と考えた。

 つまり、手を抜く。

 周囲から突き刺さる視線に対し、回答は『決闘』であるだろうから、そこで勝ちを譲れば今後関わる者も少なくなるはず、と甘い見通しを持っていた。


(しばらくは静観するか)


 何日かすれば生徒会が勝手に情報を流布するため、自分から動かずとも、自然と噂が鎮静化する。

 先を予測していると、何処からか澄み渡る鐘楼の音が鳴り響いた。


「っと、鐘が鳴ったな……うっし、じゃあ全員講堂館に移動すっぞー。次は対面式だ」


 バルトスの指示により、全員が移動を開始する。

 朝のホームルームが終了した次は対面式、新一年生を歓迎するための一つの儀式であり、これから六年間を過ごす新入生達のための激励。

 何をするのだろうか、と生徒達は不安と好奇心に晒されながら、講堂館へと移動を開始した。









 講堂館に集合した新入生達を待っていたのは、新五年生の魔導師達だった。

 教師の指示によって現在ジオ達二百人全員が五年生約二百名と向き合った状態で、用意された椅子に自由に着席し、学年総代表生徒として選ばれた生徒会長が、花束を手に対面する通路の中央に立っていた。

 柔和な笑みを持ち、その男、生徒会長ランドールは相対する一人の男子生徒へ花束を手渡す予定である。

 碧眼が映すのは白髪赤目の美男子、新一年生主席となったリーベストである。

 赤と青の瞳が交差する。

 片方は緊張を面持ちに、もう片方は笑みを崩さず花束を両手に抱えている。

 そして準備が整った合図と共に、ランドールはリーベストへと花束を贈った。


「入学おめでとう、一年生諸君。これから君達には数多くの困難が待ち受けているだろう。我々も通った道だ。数年後には君達がこちら側に座り、未来に入学してくるであろう新一年生を歓迎する事になる。入学が始まったばかりで勝手が分からない生徒も多いだろうが、できる限りのサポートはさせてもらう。ここに歓迎の印として、君達にこの花束を贈り、祝福の証とする」

「つ、謹んで、頂戴いたします」


 五年生から一年生へ、希望の種が蒔かれていく。

 この作業に何の意味があるのか、実は意味なんて大して無いのを殆どの生徒は知らない。

 単なる形式的な儀式ではあるものの、この作業はルグナーで連綿と受け継がれてきた伝統的儀式であり、その典礼は更に下級生へと継承される。


「さて、堅苦しいのはここまでにしよう。まずは上級生による歓迎の音楽を披露しよう。さぁ、吹奏楽部による夢のような演奏を楽しんでくれたまえ!!」


 高らかに指を鳴らした合図により、壇上の緞帳がゆっくりと上昇していく。

 その奥に待つのは、楽団員と遜色ないゴテゴテとした楽器を携えた何人もの生徒達、上がりきった緞帳より上から照明の光が降り注ぐ。

 スポットライトに当てられた上級生達が、楽器に魔力を通して音楽を奏で始める。

 幻想的で心奪われる光景が、青年の精神に僅かに影響を与えた。

 照明が大気中に燐光を灯らせ、ピアノの独奏ソロから始まり、鍵盤を叩く度に燐光が明滅を繰り返す。

 初めは小さく、次第に大きくなる鍵盤の音に連なり、トランペットの目覚めるような爆音が、生徒達を音楽の魅せる世界に引き摺り込む。


(ほぅ、フランネーゼの花畑か)


 有名な演奏曲『フランネーゼの花畑』、それは一人の吟遊詩人フランネーゼが旅した時に作曲したとされる計七節構成の音楽、その第二節である。

 彼女の逸話、世界中を旅して見つけた七つの秘境が、その音楽に込められている。

 楽器が次第に増えていき、幻想の中の花は七色へと増えていった。


「綺麗な音色……」

「凄いなぁ、こんな音楽初めて聞いたよ」


 周囲の景色も、幻影魔法によって創り出されたであろうもので、座る生徒達の周りには地平線まで埋め尽くされた花畑が見えている。

 綺麗な音色に共鳴するように、幻想的な花吹雪が踊り狂っている。


「『置換式』の魔法だな」

「えっと、それって魔法の種類だったよね? 魔法なんて見当たらないけど……」

「音楽のドレミを魔法文字に置換して、それを音として放ってるのさ。これは幻影魔法の置換、緻密に組み上げて音楽の演奏中にのみ発揮される類いの魔法だ」

「じゃあ、この光景を見せてるのは……」

「あぁ、音楽を奏でてる先輩達だ」


 置換式の魔法は、儀式的魔法を身近な物で代用したり、こうして音楽で魔法文字を模ったりして発動させる、一つの魔法体系である。

 その先駆者となったのが、吟遊詩人フランネーゼ。


「魔導歌手が稀にこういった芸当を披露できるが、それも同じ原理だな」

「す、凄いですね……」

「まぁ、魔法はイメージで発動できるから本来なら演奏に式を組み込む必要は無いんだが、楽器に魔力を注いで演奏すれば、こうして幻想的な景色を見せるのは造作ない」


 楽器の複合的な音階によって、組み合わさる魔法文字は無限に存在する。

 そして、その無限の音が連続して効果を発揮し、魔法が完成していく。

 これも部活動紹介の一環。

 ランドールが『吹奏楽部の演奏』とハッキリと明言しているため、対面式と合わせて先んじて吹奏楽部の部活動紹介が始まっていた。

 壇上の中央では指揮棒を振るう生徒が一人、全員に指揮して魔法を操っている。


(あの指揮者の指揮棒の振り方……あれは『紋章式』か。効果は音の振動か? 外に演奏を送ってるのか?)


 この講堂館のみならず、その外側にも演奏が響いているという魔法を看破したジオは、講堂館より外の様子をコッソリ探ってみる。

 すると、多くの生徒が勧誘の準備を行っていた。

 校舎の中や広場、食堂や研究室、色んな場所で新一年生達を待ち構えているのを探知魔法で感知した。


「音楽、か……」


 懐かしい音階を、彼は耳にした。

 フランネーゼの花畑、その音楽を昔聴いたなと、もう二度と聴けない音楽を記憶から引っ張り出し、今奏でられる音楽と重ねてみる。

 記憶の中で生きる友人の奏でた音楽は、今上級生達の弾く音とは真逆で、こんなにも静謐としておらず、逆に溌剌とした活発感溢れる音楽だった。

 その音をもう二度と聴けないから、記憶の中に大切に仕舞っておく。


「思い詰めた顔して、どうしたんです?」

「……昔、知り合い達が同じ音楽を披露してくれた事があったんだ。その時の光景を思い出しててな、懐かしいと感じたのさ。また聴きたいものだ」


 昔を偲ぶ彼の表情は何処か寂寥感を帯びているようだと、ルーテミシアには見えた。

 寂しそうに、そして悲しげに、壇上へと視線を送る彼を横目に少女もゆったりとした空間に浸り尽くす。

 弾む音程に耳を澄ませば、次第に世界は創り出される。

 それはきっと誰かの願い夢見た理想郷であり、結局は実現しない妄想でしかないのかもしれないが、それでも誰かは願い続ける、この幻想が実現しますように、と。

 しかし仮初の平和を手に入れた現代で、幸せの花畑は見つかりはしない。


「ジオ君の知り合いの方の演奏、私も聴いてみたいです」

「……」


 声が届いてか届かずか、彼は演奏が終わるまで一言も口を挟まなかった。

 まるでその音楽を身に刻むように耳を傾けてるのだと、彼女の目には映っていた。

 黄金色の瞳は、未来と過去を行き来する。

 そして、次第に瞳は閉じられる。


(また、聴けたら良いのにな……)


 叶わぬ夢に想いを馳せて、彼は断ち切れぬ願いを胸中に秘めた。

 サヨナラと、死した仲間達からの手向けの声が、幻聴となって音楽に添えられた気がした。

 想いを断つ時が来た。

 しかし、未練は残り続ける。

 彼にとっての卒業までに、この想いを解消できるだろうかと、ジオはただ一時を懐旧の念の籠もっている追憶に身を預けた。






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