第14話 穏やかなる来客
ピチチチ、と小鳥達が鳴き声を奏でている。
自然の空気が美味しく感じられる森の中、真っ白な特別な制服を木漏れ日色に染めながら、地面を埋め尽くす木の葉に足跡を残して、とある上級生の男は目的地へと進んでいる最中だった。
一人の学生が暴走させた巨大な森が学園の一角に存在しているが、これを学園側は撤去しない。
理由は幾つか存在するが、この環境は魔法練習においても優れた隠れ訓練場でもある。
「ふむ、久し振りに森に入ったけど、やっぱり気持ち良いものだね」
ステップを踏みながら、その男、ランドール=イーストレスは森を歩く。
小鳥達が彼の肩に群がり、何匹かが肩、そして陽光に照らされた金色の髪へと落ち着いた。
驚く程に魔力との親和性が高い彼だから、鳥達とも仲良く戯れられる。
「っと、ここだね」
森の散歩の目的は、とある木造建築の一人寮だった。
自然豊かな学園の森に、新一年生で最下位だった生徒が住んでいる。
学生寮にしては、一人で二階建ての建築物に住むという豪華さを入学開始直後から味わっているが、貴族でさえ二階建てではなく、ここに追い遣った教頭でさえ予想していない事態だった。
その生活基盤が築かれた木造の家のドア付近に、呼び鈴を鳴らす装置が取り付けられていた。
中に人の気配、微力な魔力反応が探査魔法で示され、その有線通話の装置のボタンを押し、中にいる生徒へ呼び掛ける。
「もしも〜し、誰かいませんか〜?」
間延びするような声が、家の中にいた男に届く。
十秒もしないうちに、その扉が開かれた。
「あ? 誰だアンタ?」
出てきたのは、風紀委員長からの勧誘を蹴った男、ジオルスタス本人だった。
ここはジオの住む寮屋敷。
そこに生徒会長自らが足を運んできた。
しかし新入生であるジオにとって、眼前でニコニコと笑みを繕ったままの生徒会長に対し、その顔に覚えは無く、第一声から無遠慮に問う。
「僕はランドール=イーストレス、生徒会長だ。君に話があってね、お邪魔しても大丈夫かな?」
「……どうぞ」
「では、お邪魔しま〜す」
嬉しそうに下級生の家に入るランドールは、その家の広さや内装の清潔さ、テレビや魔導具の類いの揃い具合に、寮生活と掛け離れていると感じた。
誰よりも贅沢な日々を送っている。
受像機を個人所有し、自炊できるよう手広なキッチンや、洗濯機や掃除機で清潔感を保ち、また魔法を至る所に仕掛け、水道ガス電気設備を完備している。
しかも二階建て。
学生は一人一部屋以下という状況なのに、彼は二階建ての住居に一人悠々自適な生活を過ごしていた。
居間にある木製の椅子に腰を下ろし、対面にジオが着席した。
「オンボロ寮に住むよう教頭先生に圧力を掛けられたって聞いたけど……前見た時とは比べ物にならないくらい綺麗に再建築したようだね」
「まぁ、魔法がありますから」
魔法によって作業効率は何倍にも跳ね上がるため、彼は魔法を駆使して数時間もせずに一軒家を創り上げてしまったのだが、それは現在この場にいる生徒会長には信じ難い内容でもあった。
ジオの体内にある魔力量は過去最低レベル。
その量では一軒家を建てるのは勿論、初級魔法すら満足に扱えない。
だからこそ魔法使いの端くれとして、ランドールは青年に興味を抱いていた。
どうやって魔法を駆使してるのか。
どうすれば彼のような強さを得られるのか。
映像を見ているだけでは感じ取れない強者の貫禄が彼から滲み出ており、戦闘を仕掛けても一分で処理される未来しか浮かばない。
「僕が来たのは、君の魔法が不正かどうか確認するためなんだよ」
「つまり、試験を見て俺が何か不正をした、と?」
「僕は不正してるとは思ってない。第四ブロックの試験官だったジャン先生に直接聞いたから、そこは心配してない。けど、彼の話から妙な部分が出てきてね」
そう言って、ランドールは出入り口付近に置かれていた靴箱の上にある受話器、その隣のメモ用紙を一枚破ってテーブルに叩き付ける。
「戦闘後に、一枚の紙があったって言ってた」
「……それで?」
「その紙からは煙が出てきていたそうだ。そして君が使ったのは【白筒煙】という火と水の複合魔法。つまり魔導具を使用したのではないか、という疑いがあるのさ」
ジオの用いる魔法紙は何の変哲も無い普通の紙切れ、なればメモ用紙でも代用可能である。
しかし実際には大抵の魔法紙は攻撃魔法や付与、使い捨てによって原型を保てずに崩れ去り、また彼自身魔法紙に不可視の魔法を付与しているため、見えないのが普通。
稀に魔眼の持ち主に看破されるも、看破されたところで彼にとっては痛手にならない。
「あの試験において、魔導具の使用不可の条件は組み込まれてませんでした。俺が何をしようが不正行為にはならなかったと思いますが?」
「そうだね。でも、もし決闘とかで『魔導具の使用を禁ずる』という条件を付けられたら?」
「別に戦法は変わりませんよ。魔導具の定義は、その道具に魔法的付与が為されているか、或いはモンスターから取れた魔石を組み込んでいるか、ですからね」
だから、ただの紙切れを持っていても、それは魔導具禁止に反映されない。
紙は謂わば触媒だが、彼の場合、魔法を促進するための触媒ですらない普通の紙であるため、ワザワザ紙切れを決闘の場に持ち出さない、というルールを設ける意味が無いのだ。
逆に公平性を掻く恐れもある。
しかし、彼にとって紙があるか無いかは些細な問題でしかない。
「で、何が聞きたいんです?」
「君の無詠唱魔法……いや、護符のような魔導具を使用してる戦法が気になってね。どういう原理で魔法を使ってるのか、ご教授願おうかと」
「お断りします」
「即決だね……」
「言ったところで、先輩には真似できませんし。それに俺の戦い方は普通の魔導師には効率が悪すぎますから」
他人の魔導師の技術を暴く、それは人によってはかなり難しいだろう。
基本的に詠唱での魔法が主流だが、中には常識外れの魔法運用方を思い付いたり、魔導具が戦闘の生命線になったりする者もいる。
他にも固有属性を取得して固有魔法を極めた者もいれば、基礎的魔法のみで上位に登り詰める変人奇人も、世界に出れば珍しくもない。
「それで先輩は、そんな無駄話をするために俺の下を訪れたんですか?」
「いや、君が不正してるかどうかが一点、残り二つある。一つは君の学内治安維持組織への勧誘と……もう一つは人がいない時にしようか」
チラッと窓の外へ視線を向けるランドールに賛同し、話の続きを促した。
「それで、学内治安維持組織への勧誘ってのは?」
「文字通り、君の力が欲しいのさ。けど、それは僕個人の意見でしかなくてね。フローラから聞いたけど、その場で断らなかったんだよね?」
「まぁ、それは……」
ただ、選択肢を増やしたかっただけ。
生徒会に入りたい、という気持ちは無かった。
「先程、風紀委員長が勧誘に来ましたけど、下民風情の俺が入るのは自治組織的に不味くないですか?」
「僕も平民だよ。それに魔法使いの家系じゃない、ただの農家の生まれだしね」
農家の生まれが学園トップの実力を持っている、それが生徒会長の地位に就いている。
本当に実力で地位が決まる世界に入ったのだと、改めて実感したジオは一考の余地ありと考えるものの、どうするか保留にする。
まだ部活動説明会に参加していない。
それが終わってからでも、遅くはないだろう。
「何で俺の力が? 生徒会は文官のような立場だと聞きました。つまり入れるとしても風紀委員の方では?」
「確かにそうだね。生徒会よりも風紀委員に入ってもらいたいってのが本音だ。実際にイヴリーが君の教室に向かったのを見たしね」
「……お知り合いなんですか?」
「彼女とは腐れ縁でね、家が隣同士なのさ。謂わば幼馴染みの関係にある」
生徒会長と風紀委員長の繋がり、幼馴染みという存在が異様に映った。
彼の知らない関係。
幼馴染みという、知識でしか知らない間柄に僅かながら興味を抱くも、話が脱線してしまっている。
「っと、今は僕より君だ。君の魔法力は凄まじいものだ、それが不正かどうかはともかくね」
「不正してないですよ。何なら、実証しますけど?」
「え? さっき即断されたけど……」
「それは先輩に俺の魔法理論を説明するって話で、どう魔法を生み出してるのかについては見せるだけなら可能です。そうしないと不正不正って周囲がうるさいですしね。俺は実演するだけ、暴くのはアンタだ」
「……分かった、なら見せてもらおうか」
ジオを凝視する視線は、彼の動かす手に注目する。
テーブルに置かれていたメモ用紙へと手を持っていき、人差し指を軽くメモ用紙の上に置いた。
魔力を操って、魔法陣を刻んでいく。
それは僅か一秒未満、一瞬で魔力が広がって用紙の上に書かれた魔法陣から、微風が吹き上がり、二人の前髪を揺らしている。
「これで分かってもらえましたか? 俺は普通の紙を媒体に魔法陣を刻んだんだ。後は自分で考えてください」
返答が来ないため、ランドールへと瞳を持ち上げると彼は茫然自失としていた。
その魔法体系を僅かでも理解できてしまったから。
一瞬で魔法陣を完成させた技術、それを自在に操れるなら、魔法を付与する速度から始まり、威力や属性、射程距離、持続時間、強度、必要魔力量といった無数の条件を無視できてしまい、普通の魔法使いには不可能な芸当も可能に変えてしまう、そんな強さがある。
だから危険でもあると感じた。
まず詠唱をしていない。
次に魔法の触媒促進の効果も無しに、普通の紙に魔法陣を刻んでしまった技術。
そして体内魔力とは無関係の、別の魔力が使用された形跡があるが、ランドールはそこまで見抜き、しかしそれ以上は暴けなかった。
「因みに聞きたいんだけど……君の魔法適性は?」
「俺の適性は……」
スッと立ち上がるジオ、そのまま玄関口へと足音立てずに向かう。
気配も魔力も完全に消し、玄関の扉を押し出した。
「うわっ!?」
「ひゃう!?」
扉の向こうから二人分の悲鳴が聞こえ、ドアの横から覗くと、案の定三人の人間がいた。
二人その場に臀部を着いて、摩っている。
見上げると、そこには呆れ顔をしたジオが二人を見下ろし、皮肉を垂れる。
「盗み聞きとは良い趣味だな、ギルベルト、ルー」
「あぁいやぁ、これは、そのぉ……エヘヘ」
「やっぱ変態だったか」
「違うから!!」
即座に必死に否定する姿を見て、ジオはやはりか、と溜め息をその場に落とした。
「何の用――って、用事は一つしか無さそうですね、イヴリー先輩」
「えぇ、そうね」
凛とした雰囲気を携える風紀委員長イヴリーは、扉から少し下がっていたため、扉に押されたりせず、尻餅も着かなかった。
しかし何故か多少の苛立ちを孕んでおり、眉間に皺を寄せている。
怒りの感情を察知したが、身に覚えは無い。
「で、何故怒ってるんです?」
「貴方ねぇ……さっきはよくも『人違い』だなんて嘘吐いてくれたわね!!」
確かに言った。
「いや、風紀委員長様が下民を登用する時点で駄目でしょ。それに俺としても時間をあまり無駄にしたくなかったので、こうして生徒会長様共々お招きしようかと」
「ゲッ、ランドール……」
「イヴリー、顔合わせて早々『ゲッ』は無いんじゃない? 僕は悲しいよ」
玄関先での会話が弾みそうで、ジオは全員を一時的に中に招き入れた。
木材の自然の匂い、テレビや魔導具で満たされた居間、二階へ続く階段や他の部屋への扉、一人暮らしするには贅沢と言える。
生徒会長や風紀委員長の二人でも、ここまで立派な家に住んではいない。
学生寮で一人部屋、しかし広さも大きさも設備もジオの寮屋敷の方が圧倒的に上で、イヴリーを案内した二人も、友人が作り上げた設備に驚嘆していた。
用意された椅子に三人が腰を下ろす。
流石に四人も来たなら粗茶でも出さねばと、台所に立ち寄った。
イヴリー達客人が着席し、最初に目が行くのは先程ジオが創り出した魔法陣の刻まれた紙切れ。
「何よこれ?」
「それ、彼が付与した魔法だよ。彼の魔法技術の高さに驚いちゃってね、本当に凄まじい技術力だ。是が非でも欲しい人材だね。君も勧誘だろ?」
「えぇ。人違いです、なんて嘘吐かれて黙ってられる訳ないもの」
「えっと……何の話かな?」
一部始終を見てないからこそ、ランドールは不思議そうに聞き返す。
「それに、この二人の特待生達は……」
「私の付き添いで、剣聖の孫に回復魔導師の卵よ。二人共有望な生徒ね。勧誘に行った時、彼は私に対して『人違いです』って言って教室を出て行ったの。だから隣に座ってた二人にここまで案内してもらった訳」
「そ、そうなんだね。イヴリーが迷惑掛けたね、ギルベルト君、ルーテミシア君」
生徒会長の口から一年生二人の名前が飛び出る。
それに驚いたのは、本人達だった。
「何故僕達の名前を?」
「優秀な生徒には全員注目してるのさ。今年は例年とは違って、平民出の生徒達に才能が集中してるように思えるんだ。特に『暗号式』や『属性変換』、『十角位』に『魔術殺し』といった希少な魔法体系や特異体質があるからね」
「僕は剣聖の孫だからですか?」
「そうだね。そしてルーテミシア君は希少な光魔法、回復による力があるし、君は……親和性が高いようだね」
だから二人も注目されていた。
いや、本当なら最初に注目していたと語弊無く言えるが、それはジオルスタスという人間の突出性が際立っていなければの話、彼がいなければ剣聖の孫たるギルベルトに視点を当てていただろう。
粗茶が運ばれて、湯気の立ち上るティーカップが受け皿と音を鳴らして四人の前に置かれ、自分用に入れた紅茶を口に含んだ。
舌が熱を感じ、胃の中へと熱茶が流れてゆく。
「なら、ギルベルト達を勧誘する方が俺を勧誘するより、よっぽど有意義だと思いますよ」
自分には彼等のような得難き才能が無いから、と付け加えて席に戻ってきたジオは、ランドールにギルベルト達を押し付ける。
「確かに二人の存在は魅力的だ。けど、ハッキリ言うけど現時点で実力が足りない」
「ジオ君なら実力が足りる、と?」
「今すぐに主戦力として組み込むのも可能だろう。それだけの実力と素養を持ってるからね。君達も数年もすれば強力な魔法を駆使したり、治癒能力も洗練されてると思う」
ランドールの発した未来は、彼等が一切鍛錬を怠らなかった場合を示し、現状では足手纏いだとも取れる。
しかし覆りようの無い現実に対し、非情な決断も時には必要である。
「ギルベルト君、君は『付与』が得意らしいね」
「はい、そうですが……」
「付与魔法使いは君以外にもいる。現に風紀委員の中には君の上位互換の付与魔法の使い手が存在するし、剣との組み合わせは斬新だけど、付与魔法の可能性を君はまだ理解しきれていない」
「え?」
「次にルーテミシア君は、攻撃魔法が少し苦手なようだ。攻撃魔法の威力が他より低い」
「うっ……い、痛いところを突かれました」
「風紀委員、生徒会も武力鎮圧が認められている。少なからず攻撃魔法が必須なんだ。だから君は向いてない」
物事をハッキリと語るランドールだが、二人は真摯に言葉を受け止める。
それだけの強さが二人にはあった。
「とは言っても基本的に、一年生は雑事をお願いしたりするから、攻撃魔法の威力が低くても問題無いけどね」
「そうなんですか?」
「えぇ、一年生を登用するのは二年生以上の実力を見てもらうため、そして実力を付けてもらうためね。他にも学園の警備とか事務仕事も多い」
しかし、仕事に対する報酬は豪華そのものだった。
「訓練施設の自由使用、書庫閲覧区域の全開放、自身の研究施設も持てるし、行事には積極的に参加できる。外聞や人脈を広げたりもできるね。どちらに入ったとして、利点は結構大きいはずだよ」
「あの、書庫閲覧区域の全開放って、禁書庫閲覧区域も解放してくれるって意味で合ってます?」
「……それは学園長の許可が無いと駄目だ」
ジオの目的の一つ、禁書庫閲覧区域での魔法研究、そこに入れなければ無駄。
訓練施設は自分で用意できる。
この寮そのものが研究施設となっている。
行事への興味は無し、三年間旅を続けてきて外聞も人脈も結構広まった。
(特に利点らしい利点無いな)
なら、入っても使い潰されるだけ。
魔法研究に没頭したい彼にとって、学園の治安維持には興味は唆られなかった。
「やっぱお断りします」
「理由を聞いても良いかな?」
「先輩の語ってくれた利点は大体が俺自身持ってますし、学園長の許可入りなら、禁書庫閲覧のために風紀委員に入る必要も無いですし」
だから丁重にお断りする。
学園生にとっての栄誉を簡単に手放すジオの思考に、イヴリーは理解に苦しんだ。
「君は禁書庫に入りたいのかい?」
「えぇ、まぁ」
「その理由は?」
「……更なる魔法の研究のため、ですかね。今のままだと停滞してしまうので」
禁書庫にある魔導書は一般の書物とは比べ物にならないくらいの、危険指定された物ばかり。
怨念に侵された魔導書、魔法で何重にも封印された魔導書、開くと仕掛けられた魔法が発動する魔導書、禁忌指定された魔導書、何十何百と危険な蔵書で棚が埋め尽くされた区域が、彼の目的の一つである禁書庫閲覧区域。
そこに入館するには、学園長の許可が必要となる。
実際に許可したとしても、魔法に侵されて精神が消失した生徒もいる、暴走させて二度と現世に戻って来れなかった生徒もいる。
という『噂』である。
だから危険すぎる場所に、研究のために入館を希望するジオを訝しげに思った。
「まさか『禁忌』に手を出すつもりじゃないだろうね?」
「……」
彼は何も答えない。
沈黙は是なり、彼の沈黙こそが禁忌へと手を出そうとする意思だと、生徒会長と風紀委員長の二人は感じ取り、危険人物であると認識を改める。
だが、そもそもの話、禁忌指定された魔法は国に秘匿されているのが普通で、禁書庫閲覧も厳重管理されている。
だから新入生であるジオが、入学早々入れる保証は無い上に、その魔力量では禁忌の魔法を発動すらさせられないと判断する。
「それで、俺の不正は晴れましたか?」
「うん、まぁそうだね……」
「勧誘の話は終わりですか?」
「今日のところはね」
今日のところは、つまりまだ諦めていないという意味に取れるために、それだけ実力を一年生の時点で認められている事実でもある。
だから、その問題が学園全体に伝播すると懸念している。
「僕はまだ学務があるから、今日のところは失礼させてもらおうかな。イヴリーは?」
「一つだけ謝ってくれるかしら?」
「『人違い』って言った事に対する謝罪ですか?」
そこには彼の意図が含まれていた。
勧誘に対する話であろうと無かろうと、勧誘自体が烏滸がましいものであると理解してるから、話を有耶無耶にするための布石を用意した。
だから『人違い』と最初の布石を用意し、教室から去ったのだ。
噂が出始めたら、その噂に上書きする形で別の噂を流布させて、布石が相乗効果を発揮するようにする。
だから人違いと発した。
あの場で彼女の発言は、勧誘と取られるのは必至。
なら、勧誘する相手が人違いだったと周囲へと思わせれば良くて、その相手が現在この場にいる。
「俺は平穏無事な生活を送りたいだけですから。あの場で勧誘されるのは俺としても困るんです。正直、もっと他者を慮って欲しかった」
「そう言われても……」
「ま、ここ数日様子見て、適当に噂を流しますよ。イヴリー先輩が先走って勧誘するはずの人物の名前を勘違いしていた、とね」
「なっ!?」
「成る程、なら僕の方で噂を流しておこう。できれば勧誘を受諾してくれると嬉しいけどね。それに実際にイヴリーはギルベルト君も勧誘しようとしてたし、噂を流布するには都合も良いしね」
ギルベルトやジオルスタスの勧誘は、生徒の治安維持を強化するため、一新するためのもの。
こうして噂を流布する手を請け負う事で、彼に貸しを一つ作れる状況となった。
「ギルベルト君、君はどうする?」
「僕は……もう少し考えたいです。まだ入学初日ですし、それに部活動説明会もまだですから」
その通り、すぐに結論を出させる魂胆は存在せず、そのため一年生達のジオの断りの認識も見当違いである。
断ったところで、それは本人の意思。
嫉妬や憤怒等の感情は、ジオに向けるのは筋違い。
ギルベルト本人も一考の余地あり、という決断の下にランドールへと返答した。
「な、何だか肩身が狭いですね……」
「君は回復魔法の使い手として成長してくれれば、いつでも歓迎するよ。君の歓迎に関しては生徒会風紀委員両組織共に全会一致の結果だったからね」
それだけ光属性の魔法は希少であり、価値ある属性なのだと理解されている。
それは羨望の属性。
光属性の魔力を保有しているだけで何でも手に入り、恵まれた存在であるから、周囲から羨望のみならず嫉妬を呼び寄せてしまう。
三人の勧誘、だけではない。
他にも平民数人の才覚が発露しているが、彼等の様子も見るべきかと思考に含める。
「それにしても、今年の新入生達は一体どうなってるのかしらね?」
「どうなってる、とは?」
「ギルベルト君やルーテミシアさんもそうだけど、他にも何人もの平民出の生徒に才覚が見られた。いつもは貴族の生徒達の方が才能あったりするけど、今年は平民達の才能が豊作だった」
「だから『どうなってる』って訳ですね」
魔法使いの才能は遺伝のみで決められたりしない。
遺伝性による属性の継承もあれば、突然変異で才能が芽生えたり、先祖返りしたりする場合もある。
そして天才的な才能を誇る魔法使いの卵が、今年は平民達の身体に宿っている。
「けどね、一番才能に溢れてると思ったのは君だよ、ジオルスタス君」
「俺に才能、ねぇ」
自身の手を見つめる彼の胸中は、誰にも計り知れない。
才能の有無で言えばジオには欠片さえ無いから、彼自身ランドールの言葉を真正面から受け取りはせず、含んだ言葉を放ち返した。
「俺には才能なんて欠片も持ってませんよ。何年も続けてきた研究と実験と記録の繰り返しが、俺を……欠陥だらけの魔法使いにしたんだ」
才能は無い、第三者からしたら嘘としか思えない。
しかし自分に才覚が無いのは、自身の内在魔力量が証明している。
「とにかく今日のところはお暇させてもらおうかな。勧誘された時点で、判断は君達に委ねられた。生徒会も、風紀委員も門戸は開いてるから、もし入りたくなったら来てくれると嬉しい」
「分かりました」
「それから、生徒会か風紀委員に所属してても兼任できる部活もあるから、そこは僕達と部活動の部長達に相談してくれ。お茶、美味しかったよ。またね」
生徒会長の彼は、目的を果たしたがために椅子から腰を上げて、玄関から外へと出て行った。
木漏れ日を浴びに、彼は帰路に立った。
「ランドールも帰っちゃったし、私も仕事が残ってるから帰らせてもらうわ。ご馳走様、ジオルスタス君」
「えぇ、お粗末様でした」
二つのティーカップは水面を作らず、水滴が僅かに底に残されている。
湯気の立ち昇る紅茶は残り三つ、自分のと、友人二人のもの。
ランドールに続いてイヴリーも一人寮から退室し、ここに残されたのは一年生の三人のみ、まだ親しい間柄でもない二人と対面に腰を下ろす。
「で、お前等は結局何しに来たんだ?」
「暇だったし、先輩の案内を兼ねて遊びに来たんだ」
「私はジオ君が一人暮らししてると聞いたので、どんなところに住んでるのか興味がありまして」
二人の好奇心と行動力によって、自宅が侵食されようとしている。
「それより、さっき先輩が言ってた希少な魔法体系とか特異体質って何だったんだろ? ジオは何か知ってる?」
「あぁ、一応全部知ってるよ」
「良ければ後学のために教えてくれませんか?」
学友の嘆願に、どうしようか迷う。
実際に説明したところで、彼等には扱えない事象ばかりだからだ。
そもそも体質的問題もあり、ギルベルトもルーテミシアも使うのは不可能に近いため、簡単に噛み砕いて説明しようと決め、咳払い一つ、ランドールが口走った四つの魔法的素養を説明する。
ランドールが語ったのは、『暗号式』と『属性変換』、『十角位』と『魔術殺し』の計四つの単語。
「簡単に説明するが、説明しても二人には扱えない。と言うより才能が無い」
「は、ハッキリ言うね……」
「使おうと練習するだけ無駄だからな。先に伝えた方が良いと判断した」
まずは『暗号式』から。
「最初に、世間一般的な魔法の発動形式を答えてみろ」
「『詠唱式』だろ?」
「その通り。普通、大多数の人間は魔言によって、魔法を放っている。だが『暗号式』はそれとは扱い方が丸っ切り変わる」
まず、詠唱しない点。
暗号式というのは、正確には『暗号魔法起動式』という技法であり、魔法陣そのものや魔法文字の一部を個人の特殊記号に暗号化して崩し、術式を発動させる魔法技術である。
そのメリットは主に三つ。
一つ目は他者からの鑑定解析といった魔法を一切受け付けない点。
正確に言えば、解析しても独自の暗号表でも無ければ、解析による情報量で脳がパンクし、仮に脳を利用せずに解析を進めていくと時間が物凄い掛かる。
つまり時間的余裕がある。
二つ目は、暗号であるから、魔法陣の省略や魔法文字の変更等が簡単にできてしまう。
だから暗号解析をする途中で術式を一部変更すれば、相手側の解読は不可能になる。
三つ目は暗号に必要な魔力量が従来の魔法陣に必要な魔力量の二分の一以下に収まるところである。
「へぇ、凄い技術だし便利そうだね。なのに何で誰も使わないの?」
「大きなデメリットが二つあるからだ」
「それは?」
「一つは暗号は個人の技量に左右されちまう。要は使い手次第で強くも弱くもなるが、修練には十年以上の歳月を要する高等技術の一種だ」
「凄いね……それだけのために?」
「そうだな。逆に言えば、それだけ続けられれば、圧倒的な能力を手にするに至る。だが才能に左右されるから、十年以上費やして才能が無かった、なんて場合もある」
「厳しいんだね」
十年以上も磨き続け、しかし実らない魔導師が何人も輩出されたため、十六歳という年齢で暗号化を使える学生がいる時点で、それは学生レベルを遥かに逸脱している。
だから暗号化の魔法は、そもそも賭けで学び始めたりする者が大半だったりする。
そしてすぐに成果が出ないため、諦める人が続出する。
他人の暗号を真似て発動させられる者もいるが、しかし発動させられたとしても真似ただけ、強くなれるはずもなく、弱点を沢山晒す羽目になる。
それが一つ目の弱点。
修練に必要な歳月を犠牲にすれば、圧倒的強さが手に入るかもしれないが、それまでの道のりで挫折を覚える人が多すぎるのが原因だった。
「もう一つは何ですか?」
「……それは本人のために秘匿しておこう。露呈すると本人が深刻な事態に陥る」
暗号式の魔法に挑んだ無数の挫折者達を何人も見てきた彼だからこそ、未知の魔法に魅力を感じ、研究し、利点と欠点を暴き出した。
しかし、無闇に暴露はしない。
「暗号式は歴史が浅い。つまり粗が多いんだ。大きな弱点も、もう誰かが克服してるかもしれないしな」
だから、情報を与えて先入観を植え付けないよう、彼は配慮した。
「じゃあ他の……えっと、属性変換とかは?」
「『属性変換』は文字通り、体内の魔力性質そのものを自在に変換させられる魔力的体質だ。授業で習うだろうが、これを『魔力特質』と言う」
魔力は人間の体内にも、自然界にも、何処にでも存在する万能エネルギーであり、そのエネルギーは稀に突然変異して魔導的能力に変化を及ぼす場合がある。
属性変換は、体内の魔力性質を変換する能力。
つまり自身の本来持つ魔力適性に固定されず、自在に魔力を変質させられる。
「本来持ってる属性を別属性に変換させられるから、属性外の魔法も自身の属性にでき、扱えるようになる」
要は、どのような魔力性質にでもなる不思議な体質であり、それは回復魔導師より少ない。
「『十角位』は雷属性魔法の十大最上級魔法の総称だ。一角位扱えるだけでも魔力の性質と操作センスが試される。ソイツがどこまで使い熟せてるかは知らないが、非常に厄介であるのは確かだな」
特筆すべきところが無いため、説明は終わる。
そして最後の説明に入る。
「んで最後のは、これは一つの魔法だ。魔法協会に登録されてる、その魔法の正式名称は【愚者の理論】、弱点らしい弱点が殆ど存在しない特別な魔法の一つとして認知されている」
魔術を殺す力、魔法の無効化や術式破壊のような存在を身に付けた人間が、新一年生として入学するに至る。
今年の一年生は例年とは何かが異なる。
上級生の中には鼻の利く者も多い。
「基本的に使い手はいない」
「それはまた、何故?」
「魔力属性と相反する力を行使するには、魔力属性そのものを変質化させなければならない。だが逆に、強制的に行うと他の属性魔法が一切使えなくなる欠点がある。系統的には身体強化や無属性の魔法系統しか扱えないんだ」
だが『魔術殺し』という魔法があれば、魔法戦において相手に勝てなくとも、絶対に負けはしない。
「それもレガリア、と?」
「後天的魔力性質の変換、一応『魔力特質』と言えるだろう。だが、その魔法は事例が二件しか無い。そのうちの一件は数十年前。もう一件は……まぁとにかく先輩が言ってた四つは珍しいって話だ」
「僕もウカウカしてられないなぁ。もっと強くならなくちゃだね」
冷めた紅茶を飲み干し、椅子を引く。
大鐘楼が芯を響かせるような、響き渡る音を鳴らして昼の十二時を三人に伝える。
「もう昼時だな。さて、昼食でも作るとしよう。お前等も食ってくか?」
「良いのかい?」
「ジオ君の料理……ご相伴に与らせてもらいます」
「じゃあ僕も、楽しみにしようかな」
「任せろ、美味いの作ってやるよ。あ、一人三百クレサくらい貰おうかな」
「お金取るんですか!?」
「ギルベルトが二人分払ってくれるんなら、俺はそれでも構わないぞ」
「何で僕ばかりに白羽の矢が立つのさ!?」
三人の入学初日は、こうして日常の一光景として消化されていく。
馨しい紅茶の香りが、友人との食卓が、笑顔溢れる賑やかな世界が、かつて想像もしなかった平和に彩られた日常が今、青年の目と鼻の先にある。
日差しが森を抜けて緑光となり、窓から差し込んだ。
部屋全体を煌びやかに照らしては、暖かな世界を等しく包み込んでいく。
その小さな幸福を、彼は強く噛み締める。
いつ自分が消えても大丈夫なように、いつか懐かしむ日が訪れると信じて、その光景を目に焼き付けながら彼は一人、調理場に立って昼食を作り始めた。
二月ノ三日月です。
話の展開において、魔法名を【魔術殺し】→【愚者の理論】へと変更させて頂きました。
ただ、ルビに関しては変更してないので、そのまま読んで頂ければ幸いです。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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