第13話 未熟な魔法使い達の始動
魔法学園の全生徒数は、一年生から六年生まで、合計約千二百人。
何故『約』と付いているのか、それは魔法実験による死が稀に起こるためであるが、他にも幾つかの要因による死が学園内外で訪れていた。
そのため、本当は千二百人丁度ではない。
しかし千人を超えているのは事実であり、しかし今日は新一年生の今後の説明に入るだけで、廊下には他の学年の生徒は一人もいない。
そして生徒達は魔法で壁に描かれた矢印に従い、自分達の指定された教室へと向かう。
(やっぱ見られてんなぁ)
ただ歩いているだけ、その動作だけで周りから注目を集めている。
ヒソヒソと陰口を叩かれている。
何故か、悪目立ちしているからだ。
廊下で友達と会話する者もいれば、意気揚々と教室内に入る者、すでに入寮によるコミュニティが形成され、一人疎外感を覚える。
「こういうのには慣れてるが……」
悪評は即座に広まり、すでに彼は孤立している。
周知の事実のように彼を遠くから見ては裏で何かを話し合っている。
その光景を素通りしながら、一年Dクラスの教室へと到達した彼は、そのまま教室出入り口の扉を横にスライドさせて入室した。
入学試験の時に入った教室と変わらない造り。
階段上に並ぶ横長の机、広く作られた窓から入る風がカーテンを揺らして、女子のスカートに悪戯をしては、教室の扉から出て行った。
机に腰を下ろして会話を弾ませる生徒、本を読んで空気に溶け込む生徒、取り巻きと花を咲かせる生徒、十人十色の生徒達全員が音に気付く。
扉がガラガラと音を立てる。
その瞬間、四散していた視線が入室した青年へと突き刺さり、様々な感情が彼を射抜く。
怪しげな行動一つ見逃さないような無数の目に、鋭い睥睨を返すと、一斉に霧散した。
(こりゃ、育成どころの話じゃないな)
育成以前に人間関係の構築ができないため、このままだと対抗戦に出場させられる。
意地でも出たくない彼にとって最初にすべきは友人関係の構築だが、すでに三人構築には成功しているものの、現在悪評が付き纏う。
そのため、貴族から目を付けられている。
この後何が発生するかは、想像に難くない。
諍いの巻き添えにならないよう、地雷を踏み抜く勢いのジオルスタスに近付こうと勇気を振り絞る者はまず存在しない、例外を除いて。
「ジオ、こっちこっち!」
「ここ、空いてますよジオ君」
「ギルベルト、それにルーも……」
先に教室に入り、階段状になっていた教室の机の空いた最前列の席に、ジオの自称友達が着席していた。
その隣には、同じく知り合いの少女が。
銀白色の髪を垂らし、姿勢を正した佇まいは何処かの王族を想起させ、それは周囲の男性達から羨望の眼差しを向けられるに相当する座り方。
ルーテミシアも、ジオのために席を空けていた。
ポンポン、と隣の座るための場所を指定し、それに釣られて青年は少女の隣に着席せざるを得なかった。
「いやぁ、さっきの嚔、良かったよジオ!」
「教頭先生に喧嘩腰でしたね、大丈夫なんですか?」
入学式の中で起きた事故、それは百九十八人の一年生全員が認知し、その元凶たるジオはある意味では超有名人となっていた。
学年きっての問題児、そう呼ばれる。
教師達からも、問題児筆頭だと認識されている。
ギルベルトは珍事を面白がり、ルーテミシアは青年の身を案じていた。
「まぁ、何とかな。人の噂も何とやら、二ヶ月もすれば全てが忘却の彼方だろう。大多数の人間の記憶なんて、所詮そんなもんだ」
「そうでしょうか?」
「大体はそうだろうね」
楽観的、そう見られても不思議ではない。
しかしジオ的には他人からの評価より、学園長との約束をどうするかをまず考える必要があったから、現在候補二人について思考を回していた。
二人の強さや突出した才能、魔法以外の能力や戦闘センス等を、これからの学園生活で把握する。
「ジオ君は楽観視しすぎですよ」
「そうか?」
「この学園は平民にも寛容とは言っても、生徒の半分が貴族なんですから、気を付けなきゃ駄目です。後で何されるか分かりませんから」
「逆に退屈せずに済みそうだ」
「うわぁ、僕より君の方が変態じゃないか。この状況で笑ってられるとは……」
「失敬な。変人であるのは認めるが、変態の称号はお前の方が相応しいぞ、ギルベルト」
「だから何で僕!?」
退屈凌ぎに貴族を煽る、それくらいの偉業を成し遂げそうだと二人は認識を改める。
この男は目を離すと何をしでかすか分からない。
ギルベルトとルーテミシア、二人のジオに対する認識が一致した瞬間だった。
「ま、ギルベルトが変態なのはともかく……」
「変態じゃないから」
「今日は入学式と、これからの諸々の説明だけだよな?」
「うん、明日は対面式、それから部活動説明会だね」
今日は入学式、明日は別の式と説明会がある。
授業開始はまだまだ先の話、しかし部活動説明会という存在について、ジオは興味を示した。
「部活動って、絶対に何処かしらに入部しなくちゃならないんだったか?」
「そうだね。因みに生徒会、風紀委員とかの学園治安維持会のような組織は部活とは違って、基本スカウト以外はお断りなんだってさ」
「詳しいなギルベルト」
「兄さんがこの学園の卒業生でね、色々教えてもらったんだ。それで、生徒会メンバーは基本特待生のみ、風紀委員は実力があれば一年生からなれるんだってさ」
「あの、生徒会と風紀委員って何が違うんです?」
「簡単に言えば、生徒会が文官、風紀委員が武官のような役職なんだよ」
「つまり政府か軍部かって感じだな?」
「そ、基本スカウトだけ。下手な人間を招き入れるのを防ぐために、委員の過半数以上の任命権が必要なんだって兄さんから聞いたんだ」
生徒会にしろ、風紀委員にしろ、自分から入りに行くのは不可能である。
ただ、そこに所属する先輩達は、入学試験の映像記録や点数表を確認しているため、その二大巨頭の会員達は挙って優秀な生徒の勧誘を最初期から行う。
その会員になりたい生徒は大勢いる。
生徒会になれば様々な行事に携わり、より実力を伸ばせるから。
風紀委員になれば、実力が認められた証であり、多くの権限を貰える。
「思ったより面倒そうだな」
「言うと思ったよ」
「因みにだが、二人は何か入りたい部活とかあるのか?」
「う〜ん、まだ決めてないけど、魔法に関する部活なら基本何でも。強くなりたいだけだしね。ルーちゃんは?」
「私、園芸部に少し興味があります。お花を育てるのが好きなので。ジオ君は……何もなさそうですね」
「まぁその通りだが……」
部活動に入部し、学会や大会等に出場出席して実績を伸ばせば、将来に繋がる何かを見つけられる可能性に賭け、部活動説明会で見極めよう、そう考える。
三人ワイワイ、部活動について会話に花を咲かせていると、教室を開ける扉の音が教室全体に響いた。
「おら、いつまでくっちゃべってんだ? 全員席に着け」
そう一喝し、全員を着席させる。
唯ならぬ雰囲気を纏わせて、中年辺りの年齢層の草臥れた男性が、纏った白衣を翻して黒板へと文字を書き記し、カッ、カッ、とチョークの音が鳴り渡る。
黒板の上を滑らせて、白い粉が付着していく。
徐々に文字一つ一つが名前、家名を形作る。
横に描かれた文字の最後の一文字を書き終えて、男はチョークを置いた。
「えー、俺は魔法薬学専門のバルトス=ウォーレックって者だ。一応、国家魔法薬学専門資格第二種を取得してる超優秀な魔法薬学者だから、ま、よろしくー」
ヤル気が一切感じられない男、バルトスは溜め息を吐き散らして、四十九人の顔を見た。
明るい金髪を軽く掻いて、言うべき内容を億劫そうに同じ声のトーンで物語る。
「取り敢えず一年間はこのまま、Dクラスの担任を務めさせてもらう。今年は結構粒揃いだって言われてるようだが、所詮学生だ。まぁ一人例外もいるようだが……」
僅かな目線の動きで、ジオを捉えた。
その規格外な生徒を除き、殆どの生徒は学生レベルに留まっている。
それも当たり前、まだ彼等は若い卵なのだから。
「んじゃ、最初に自己紹介でもしてもらおうか。成績順に行こう。まず最初は……ギルベルト、お前からだ」
「あ、はい!」
席を離れて、バルトスに指示された最初の人間が壇上に直立しようとした。
だが、教師がそれを止める。
「あ〜その場で自己紹介しろ。一々前に出てする必要も無いだろうしな」
「分かりました……えっと、僕はギルベルト=ガルスクアって言います。剣聖の孫って言えば分かるかな? この学園には強くなるために来ました。僕は魔法全般が苦手で、唯一付与魔法だけが取り柄です。だから皆と研鑽し合い、共に学園生活を送れたらと思います。以上です」
簡潔に纏めたギルベルトの自己紹介が、この場における指標となった。
名前と家名、学園に来た目的、苦手分野と得意分野、そして最後に抱負を語る。
まさに手本と呼べるであろう自己紹介の在り方だと、ジオは改めて感心すると同時に、自分を手本に当て嵌めてみると、名前しか言えないと思った。
この場において、名乗る家名は持っておらず。
学園に来た目的も話す気は無かった。
また、苦手な物も得意な物も何も無く、趣味嗜好と言えば魔法研究だけ、抱負など持ち合わせていないのも当然、共に学園生活を送りたいという気持ちも薄い。
卑屈な人間と自覚するも、どうしようか迷いに迷う。
「え〜、次はルーテミシア」
「は、はい!」
少し緊張気味な少女は、呼吸を整えて咳払いし、笑顔を携えて全員の方へと身体ごと向ける。
そして慇懃な、それでいて周囲を癒す笑みと挨拶が第一印象となった。
「ルーテミシア=ロッサヴィーテと申します。聖天国出身で、回復魔法を学びたく、このルグナー魔法学園に来ました。趣味は読書、園芸、それから料理ですね。これから六年間、皆さんと多くを学んで行けたらと思います。どうぞ、よろしくお願い致します」
慈愛を含んだ笑みは、この教室にいる男子達の心を魅了していた。
一部の女子も、彼女と仲良くなりたい、という気持ちが膨れ上がっていた。
「き、緊張しました……」
「この自己紹介は成績順だろ? 最初二番手はまだ良い。最後俺だぞ?」
「何を語ってくれるか期待してるよ、ジオ」
ギルベルトに無駄な期待を持たせ、よりハードルが上がってしまった。
苦手な分野を見つけた、自己紹介だ。
それを自己紹介の場面で伝えるのはどうかと考え直し、他の生徒達の自己紹介を聞く。
「え〜っと、次は……フレストリッド」
蒼銀色の整った髪を掻き上げ、その貴族の男は自信満々に答える。
「僕はフレストリッド=ノゥス=グラーク、グラーク伯爵家の嫡男である。火と水属性魔法を得意とする魔導師の家系だ。平民に指図されるのは嫌いだ、おい教師、僕の事はグラーク様と――」
「そうか、んじゃ次、テュフォン」
「おい!! 僕の話を遮るな!!」
酷い扱いを受けるも、結局は時間の無駄と判断したのか、バルトスはそのまま少女に目配せした。
「テュフォン、後ろの奴は気にしなくて良いから、自己紹介してくれ」
「わ、分かりました……」
貴族の自己紹介を遮って、次へと進む。
次の少女は黒色の髪を靡かせ、ルーテミシアと似た雰囲気の美少女ではあるが、気弱そうな態度が表出して、それが余計に怒りを撒き散らすグラーク家嫡男の彼を刺激し、引け目を感じていた。
また、彼女自身が人前に立つのを苦手としているために、緊張から冷や汗が額から滲み出て、隣にいる少女と全くの別物かと、自己紹介の惨状が物語っていた。
「て、テュフォン=リディアーラと、い、言います。えと、えっと……り、リディアーラ商会の家系で、その、そのぉ……あ、頭が真っ白に………」
「あぁ済まん、分かった、ありがとなテュフォン、座って大丈夫だぞ」
「す、すみません……」
教師にまで気を遣われ、恥ずかしそうに着席した少女を尻目に、自己紹介が流れていく。
(伯爵家の嫡男、公爵家の令嬢、大商会の娘……他のクラスには王族もいるしなぁ)
平民も貴族も分け隔てなく、という校風を謳うが、それは夢物語だろう。
平民がおいそれと話し掛けるのすら無礼千万、それが溝を出来上がらせる要因となる。
そんな重鎮達が何人か流れて、とある男の順番が回ってきた。
「えっと、次は……アレストーリ」
バルトスの呼ぶ声に、誰も反応を示さなかった。
アレストーリという人間を、ジオを除いて殆どの生徒が知っていた。
何故なら、その男は二次試験で教師をタコ殴りして暴走を止められるという、珍事を引き起こしたからだが、その男が教室にいない。
いないから、教師の呼び掛けにも無反応で、教室全体が静寂に包まれた。
「おいおい、あの狂犬はいないのか?」
「先生、アレス君なら多分今も学園のどっかで寝てると思います。入学式前に木の上で寝とるの見たんで」
目撃していたのは、ニーナベルンだった。
独特な訛り、その方言による喋り方よりも、授業放棄を決め込んだ生徒の位置情報に耳を傾けた。
バルトスの名簿にある名前は、アレストーリ=ロールデンスという名の生徒、その男の人間性を二次試験という場において嫌という程理解していた。
アレストーリ、通称『狂犬アレス』と噂される彼は、二次試験において貴族教師に暴行を働き、しかし確実に他の試験で好成績を修めている優秀な新入生だが、その凶暴性は教師でさえも手を焼く。
だからバルトスという男の受け持つD組に、厄介者として放り込まれた。
成績においても、貴族教師に暴行を働いたのが決め手となり、成績がかなり下の方に落とされたが、ジオ同様に何処吹く風だった。
しかし入学初日から遅刻欠席を決め込んだ問題児の一人に対し、溜め息を我慢できない。
「おいおい、見たなら起こせよ」
「いやぁ、あまりにも気持ち良さそうやったもんで、起こすのも忍びなくてなぁ」
アハハ、と空笑いする少女に対し、彼は名簿の出席欄にバツ印を書いておく。
(アイツ学園に何しに来たんだ……)
そう言いたくなる気持ちは一教師として吐露しないが、折角入学できたのに入学式にすら出ない。
初回の授業にも出る気が無い。
教師的にも、厄介者を押し付けられたという気持ちが強かった。
「まぁ良い、時間も勿体無いし次行くぞー」
遅刻欠席する者に対して、バルトスはただ印を付けていくだけ、勉学に励もうとしない者は周囲から置き去りにされるだけで、教師として選別していく。
ここは義務教育ではない。
アレストーリの退学も近いだろう、そんな予感を胸に秘めたまま、次々と生徒が己を名乗る。
(それにしても、変な奴ばっかだなぁ)
自分を棚に上げて生徒達を評価していくジオルスタス、彼が一番の変人であると周囲から認識されているのも知らずに、何人もの生徒が自己アピールする。
貴族にも種類があり、公爵家から騎士爵家まで、身分の違いもハッキリしてくる。
誰がどの身分で、どういった思想を持ち合わせているかは観察眼一つで把握できた。
そしてどの人材を起用するか、彼は見極め続ける。
ここには四十九人の生徒が在籍しており、そして他クラスにも五十人ずつ存在するため、誰を矢面に立たせるか計画を練り始める。
そんな考えを無視するが如く、遂に彼の一歩手前の順番に差し迫った。
「んじゃ、残り二人だな……ニーナベルン、頼む」
「はい!」
元気良く起立した少女は、フレストとは違い、笑顔を振り撒いていた。
その溌剌とした気迫が、周囲に活力を与える。
「ウチ、ニーナベルン=スターリット言います。趣味は占い、得意なんは品物の目利きや。結構訛り強い方やと思うけど、皆と仲良うなりたいから、話し掛けてくれると嬉しいです。そして魔法について皆と沢山学んで行けたら思います。よろしゅう頼んます!!」
方言による弊害は大抵の生徒には存在しない。
彼女の花咲く笑顔は周囲をも開花させ、心を開きやすくするもので、彼女に対して好印象を抱く生徒達も教室内に数多く存在していた。
「よーし、んじゃ最後……ジオルスタス」
「はい」
起立し、彼は必要最低限の自己紹介に留める。
何を語るかは、即時脳内で纏まった。
「ジオルスタス、下民故にこの自己紹介という場において家名は無い。縁あって学園に入学するに至ったが、俺は絶望的に魔力量が少ないから、授業に付いていけるかどうか不安を感じている。だが、この学園で様々な事を学び、皆と研鑽を積んでいけたらと思う。これからよろしく頼む。以上だ」
無難に終わらせ、ジオは着席した。
「何だよジオ、普通の挨拶じゃないか」
「ギルベルト……お前は俺に何を期待してたんだ?」
「いやぁ、嚔をした時のように、何かしてくれるんじゃないかって思っただけさ」
何かを期待する目が、青年の黄金の瞳を覗く。
流石に自己紹介にまで棘を付ける気は無く、それでも周囲から侮蔑を孕む眼差しを向けられていると、その視線を肌で感じていた。
「うーし、これで一先ずの自己紹介は終わったな。んじゃあ早速、今後について軽く説明してくから、ちゃんと聞いとけよ餓鬼共」
面倒臭そうに授業概要から、日常生活における注意事項まで、多岐に渡る内容を掻い摘んで説明していく。
その内容は、入学手続き時に受け取った学園に関する書類や年間行事等で把握している生徒も多く、教師の説明によって全員理解するに至った。
黒板を巧みに用いて、バルトスは授業説明をしていく。
基本的にスケジュール表通りに進められ、授業毎に課題があったり、小テストや抜き打ち試験、実技といった教師主体で決められる。
しかし、学年が上がると必然的に『学科』別の授業も組み込まれたりするようになり、全員が全員同じ授業を受ける訳ではない。
学科は複数あるが、将来設計次第では重要な分岐点ともなるため、慎重に選ばなければならない。
「以上が授業内容についての説明だ。一年生のお前達は選択授業とか無いから特段気にする必要も無い。これで基本的な授業に関する説明は終了だ。質問は後で受け付ける。ちゃっちゃと次行くぞー」
学業についての説明を終え、次に話すのは行事的な内容だった。
「次は行事や学外での演習等について説明するぞ。このルグナー魔法学園は幾つもの行事や試験を用意している。例えば一番近いのだと、五月中旬から下旬に掛けて行われる無人島サバイバル演習だ。これは一つの試験でな、お前達の現時点での魔法行使能力を確認するための措置だ」
そのサバイバル演習を、列車の中で会話したなと、二人の記憶から呼び覚まされた。
無人島サバイバル演習、班で活動する実技演習であり、過酷な試練でもある。
ただ単に魔法行使能力を確認するため、と嘯くが、事実としては他にも様々な点を見極めて、モンスター蔓延る島で七日間キャンプさせる。
「他にも見るべき要点は幾つもあるが……それは期日が近付いてからで良いだろ。とにかく沢山用意してあるから、行事は楽しめ、試験にはしっかり準備して臨め、それだけだ。ま、今言った内容は全部生徒手帳に書かれてるから、後日配られる手筈になってるから、ちゃんと確認しとけよー」
試験は主に筆記、実技の二種類に分かれるが、筆記はまだ教室内での試験だから不安は少ない。
だが、実技試験は場合によっては命の危険性すら孕んでいる過酷な試練の時もある。
その分、生徒に対して飴も用意されている。
パーティー、祭典、長期休暇、飴と鞭の多寡によって生徒のモチベーションも増減する。
学業に関する注意、成績について、学園での規則について等も含めて、後日配布される予定の生徒手帳に全てが記されている。
そう語り、最後にバルトスは一つの規則を語る。
「最後に一つ、この学園での魔法攻撃行為は一般的に禁止されている訳だが、例外がある」
これが最も学園にとっての重大事項。
勿体振らず、彼は内容を語った。
「それが学園伝統の『決闘』だ」
それは生徒同士の諍いを解決するための手段であり、決闘というシステムによって、優劣が決まる。
その仕組みは、どちらが強いか弱いか、ただ一点のみ。
魔法を扱う技術の高い方が弱者へと命令でき、その命令権を賭けて形式的な戦闘を行うのが『決闘』という、貴族平民達の学園内における共通ルール。
挑戦者が決闘を申し込む。
それに対して対戦者は決闘の受諾、或いは拒否の意思を相手側に伝え、受諾した場合は公平性のあるルールを試合に組み込んで戦闘する。
魔法使用有り無し、体術や剣術のみ、降参宣言や制限時間、対戦人数、といった様々な縛り条件を整えての戦闘となり、最も多く行われるのは一対一の貴族方式の決闘。
「問題解決に利用される『決闘』なんだが、これは表面上公平性を求められる」
バルトスの言い分に、ジオは気掛かりを覚えた。
その言い方は、表さえ平等に見えれば裏でイカサマし放題で露見しなければ黙認される、と捉えられる。
「ここは魔法的実力至上主義の学園、ここは強い者が勝ち、弱い者が淘汰される学び舎だ。この学園において身分は一切関係無い。だから喧嘩や諍い、仲裁や代理、鍛錬、力比べ、色んな場面での解決策に決闘システムが肯定、利用されてきたし、去年……いや、それよりも以前から生徒会長の地位に就いた大半は平民出身だ。今年もそう、奴等は実力でその地位に就いてきた。何故か? 強くなるために戦い続けてきたからだ」
それは言うなれば新一年生への鼓舞、バルトスの言い分を解釈するなら、戦って実力を証明しろ、と言っているように聞こえた。
(実力の証明か……逆に利用できそうだな)
戦場から身を引いた人間として、実力を証明するための機会に触れる気すら起きず、その決闘というシステムを何かしらに利用できないか画策する。
育成の場とするために、彼は教師の話を聞き流す。
が、ここで気になる情報が舞い込んだ。
「決闘は同学年のみあらず、上級生に挑むのも可能だ。だが一つ言っとくが、悪質な決闘に関しては風紀委員による強制鎮圧が罷り通る。他にも喧嘩の仲裁に入ったり、学園への侵入者の排除、役割は多岐に渡る。ハッキリ言うが、風紀委員は圧倒的な実力に基づいた委員集団で、中には戦争に徴兵されて生き残った奴もいる」
この中央都市クレサントは、戦争地域からは縁遠い場所にある。
しかし、それは戦争終結三年前より現在までの話。
長期の戦争では人手不足もあり、学園生の徴兵という話もあり、その生徒達は人脈を利用して戦争を体験、生存したという生き伝説がある。
それが風紀委員に席を置いている。
彼等が鎮圧に来る、という風評が広がってるため、悪質な決闘は殆ど起きない。
風紀委員という名前だけで、この学園は平和そのものを維持できている。
「決闘では、公平に戦闘が行われる。だが不測の事態を防ぐためにも、また不正を防ぐためにも、風紀委員や生徒会が立会人になる場合も結構ある。毎年不正による決闘を申し込む、或いは受けて執行する者もいるからだ」
生徒会や風紀委員は学生治安維持により、決闘に深く踏み込める。
その役職に入るには、並々ならぬ実力が求められる。
当然ながら義務や責任もある。
「詳細については、これも後で貰える生徒手帳に書いてあるから、よく読んでから行動するように。ここまでで何か質問ある奴はいるか?」
「はい先生!!」
「ニーナベルン、お前元気だな……で、何だ?」
「一つ思うたんやけど、決闘で大抵が決まるんやったら、例えばスカウトのみの生徒会や風紀委員って、決闘で覆ったりするん?」
それならば、生徒会に挑んで新一年生が地位を得る、という方法も可能。
しかし、それなら毎日が決闘騒ぎで、その役職の者達が騒ぎの元凶となってしまう上、彼等の業務にも支障が出るために学園側で対策が練られた。
「いや、規則上は不可能だ。スカウトのみというのは、その目ぼしい人材に対して実力が伴ってるか、その役職に就けても大丈夫かを多数決で決議して、生徒会風紀委員合わせて過半数以上の票を集める必要がある。よって役職を賭けた決闘、及び学生治安維持の生徒の決闘は原則禁止となってるよ」
「原則って事は、明確な理由を提示できれば戦えるって訳だ。そうですよね、先生?」
「その通りだが……ジオルスタス、お前戦う気か?」
「いえ、決闘に興味ありませんから」
その発言から、バルトスの感情が多少変動したのを、ニーナベルンだけは見逃さなかった。
「ま、とにかくだ。これからの学園生活で、お前達に数々の試練を学園側は課していく。研鑽を積めばより魔導師として高みへ登れるが、研鑽を怠れば一気に堕落する。不正行為をした者はその試験において点数評価されないから、くれぐれも不正行為の無いように。これで一先ずの説明は終了だな」
学園生活の基盤、それは授業、部活動、そして決闘という三つのシステムで築かれている。
実際の二年生以上の生徒達は、その三つを基盤とした充実した学園生活を送れていると言えるが、それは大多数であって少数は何かしら悩みを抱えている。
その話はさて置き、教師が生徒達に一枚ずつプリントを配布する。
そこには、教科書購入一覧表と記されていた。
代金についても同様に、教科書毎に異なっている。
「これから授業を受けるに即して、教材が必要になる授業も沢山ある。そこで、この紙に書かれた教材一覧を元に購買部で教科書や参考書、必要書物を購入してもらう。一応無期限だが、なるべく早めに教科書を揃えておくのを推奨する。その紙を紛失した場合、また教科書を紛失した場合は俺に言え」
「あの、僕等は授業料以外にも教材費の免除を説明されたんですけど……」
ギルベルト、そしてルーテミシアは特待生として様々なものが免除される。
授業費や学食、費用面において学園側が費用全面を負担するため、ジオの隣にいる二人には適応されず、記された代金表が無効となる。
つまり一覧表にチェックマークを打ち、名前を記載しておけば学園側で判断され、特待生達には金額支払い時に説明されて、一クレサも支払わずに済む。
貨幣単位は終戦直後に発生した国の合併、『月邦国』の象徴とするために『クレサ』という単価名称となり、だから金貨や銀貨といった貨幣には月の紋様と魔法文字が刻まれるに至った。
形は六角形であり、中央にある月の紋様がクレサントを意味して、六角形が併合された国々を表す。
そのクレサを全額負担してもらえる特待生にとっては、ギルベルトの質問は当然のものだった。
「安心しろ、生徒手帳と一緒に配られる『学生証』を代金支払い時に見せれば大丈夫だ。そもそも制服からして特待生って分かるよう区別されてるからな」
「学生証?」
「あぁ、その説明をしてなかったな。学園の業務担当所に確認のため見せる時とか、街中で学生である証明をする時とかに使われるカードだ。例えば訓練施設を使いたい時、業務担当所で学生証を見せて、使用申請書にサインし、初めて訓練場が使えるようになる」
だからこそ学生証を失くすな、と念を押した。
「ま、とにかく後日配るし、その時は指示してやるから気にするな」
「分かりました。ありがとうございます」
「他に質問は無いか?」
「先生、金の無い学生はどうするんです?」
そう問い掛けたのはジオだった。
金が無い、彼にとってそれは有り得ない話だったが、こうして授業費や教科書費用といった生活費とは別の費用を要求される場面は多々ある。
そのため、稼ぐための仕組みは無いのか、と遠回しに聞いていた。
「それを今から説明する。このルグナーの学園生が稼ぐ方法は主に二つある。一つはアルバイト、何処かしらで働いて稼ぐ方法だな。もう一つは学園の業務担当所横に設置されてる『簡易依頼掲示板』だな」
「何だそれ?」
「簡単に言えば、魔法協会や魔物討伐組合での仕事の簡易版のようなものだ。学内アルバイト、って言う奴もいる。詳しい内容については、担当所の者が説明してくれるはずだ。分かんなかったら取り敢えず聞け」
「説明丸投げかよ……」
「専門的な人から聞いた方が早いしな。それに俺は薬学教師だから、そっち方面の専門的なのは分からん」
しかし、何処に行けば良いのか、何をすれば良いのかの道標にはなった。
そこには猫探しや雑用、簡単な仕事から、犯罪者の捕縛や遺跡調査募集等の高難易度のものまである。
何故そういったものが多数存在するか、それはルグナー魔法学園が住民達に信頼されているためで、そのために掲示板を用意して貰える立場にある。
裏側は複雑と化しているが、学園の生徒達が覚えておくべきなのは学園の名前を背負っている事実、そして金を稼げるという二点のみ。
「他に質問があれば遠慮無く言ってくれ。まぁ、後で質問が浮かんだ場合は、俺のとこに来てくれたら良いから」
ここまで一通り説明し、誰も質問は無かった。
「んじゃ、これで一応授業ってか説明は終了だ。明日は上級生との対面式、それから部活動説明会がある。毎朝八時半までにはこの教室に集合だから、寝坊すんなよー」
そう言って白衣の教師は、授業終了の合図として全員に起立するよう声掛けした。
全員が席から腰を浮かせ、立ち上がる。
「一応、学級委員ってのを決める必要があるが、それはまた今度授業を設けるから、取り敢えずは……ギルベルト、学級委員長が決まるまではお前がリーダーな」
「……へ?」
「授業開始、終了は挨拶すんだよ、常識だろ。良いからサッサと挨拶しろ」
その無茶振りに少し慌ててから咳払いしたギルベルトは、溜め息を飲み込んで、代わりに声掛けを発した。
「き、気を付け……礼、ありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
殆ど全員が頭を下げて、バルトスも同時に頭を下げた。
授業終了、そして全員が頭を上げた時にはもう、バルトスは教室から出て行ってしまっていた。
(これで授業終了、なのか?)
雑に終わったような感覚を残しながらも、彼は異空間へとプリントを収納する。
魔法陣を描いた紙の上にプリントを置くと、そのプリントが跡形もなく消えた。
「ジオ、さっき先生に聞いてたけど、君ってお金無かったのかい?」
「まぁな。肉親縁者一人もいない天涯孤独の身だからな、資金援助してくれる人がいない以上は、必然的にバイトしたりするだろうな」
「……ごめん、迂闊に聞いちゃって」
「気にするな。ま、この前討伐した赤大蛇の死骸を商会にでも売り払えば幾らか足しになるし、それか魔法協会の派生組織である『魔物討伐組合』、に行く手もある」
先に生まれた魔法協会とは別に、現在の時代では、モンスターという存在が一般市民を危険に晒す場合も多くあるため、『魔物討伐組合』と呼ばれる自治組織に赤大蛇を売り付けるという方法もある。
魔法協会と密接な関係にあるが、協会は組合を、組合は協会を敵視しているのが現状。
役割が被っているからだ。
しかし協会は魔法有りき、学力も問われる。
一方で組合は身分や魔法使いである有無も関係無し、学力も問われず、実力さえあれば誰でも即座に組合員になれるという違いがある。
似ている部分もあり、先程バルトスが語った掲示板については、設置場所が殆ど一緒なのだ。
「金は何とかなるし、そこまで気にしてない」
「そっか……ん? 赤大蛇って、テレビのニュースでやってた……え、もしかしてテレビに出てた魔導師って――」
「俺じゃないぞ」
「あ、うん」
不思議と威圧感が彼から放出され、それ以上の追及ができなかったギルベルトは、仕方なくその話題を終える。
「んじゃ、俺はこれで――」
「ジオルスタス君、で、良いかしら?」
唐突に、その美声は正面にいるジオの耳にも入った。
ギルベルトも、ルーテミシアも、他の生徒達も、誰一人その女性が教室から入ってきた姿を捉えておらず、しかし麗しの美貌と均整の取れた体躯、落ち着いた声色に、特徴的な制服の色が、周囲に一気に存在感を現した。
それは上級生らしき特待生の一人、何故か自分の名前を知っていると、彼は警戒する。
「貴方は?」
「私はイヴリー=レイゼンドルフ、風紀委員長を務めてるの。二次試験の映像を見て、貴方に興味が湧いたの。少しお話し良いかしら?」
その会話は周囲にもダダ漏れで、全員が驚愕に満ちた顔を繕っていた。
それは勧誘ではないか、と。
笑顔で彼女は青年を凝視するが、その空の瞳は青年の内在魔力量の少なさを見抜いて、しかし試験結果が物語っている事実に違和感を孕みながらも話しを聞こうと迫る。
不正したのか、それとも実力なのか。
絡繰りがあるはずだと、風紀委員会議でも話題に上がっていたジオルスタス、彼を見極めるために五年生の彼女が一年生の教室へと足を運んだ。
そして青年は、そんな彼女に切り返した。
「いえ、人違いです。では俺はこれで」
横を通り過ぎると、その藍色をした髪が微風に靡く。
人違い、そう伝えてジオは教室を後にした。
「……へ?」
残されたイヴリーは、その突然の、それもまた有り得ない行動によって思考停止に追い込まれた。
何が起こったのか、全くの不明。
名誉ある勧誘を、人違い、で済ませた彼に対して彼女は理解の範疇を超えていた。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「え、えぇ……」
下民が風紀委員に勧誘された。
名誉ある勧誘だった。
貴族からしても、一年生のうちから実力が認められた証明でもあるから、余計にジオルスタスへと敵意が集まっていたのだが、更にそれを無碍にして拒否した。
入学式の舐めた態度、風紀委員の勧誘を断る不遜な姿勢、それは貴族を馬鹿にしているとしか思えない行動ばかり。
下民風情が、という風潮が広まっていく。
いずれ、誰かがジオへ決闘を挑むだろう、そんな未来さえ誰もが予想できた。
立ち上がったイヴリーも、そんな彼等を視界の端に捉えていた。
「ま、まさか人違いするなんて、恥ずかしいところを見せちゃったわね、特待生のお二人さん」
「いえ、人違いじゃないですよ。あれがジオ、ジオルスタス君です」
「へぁ?」
「それで先輩は、ジオを勧誘するつもりだったんですか? 何だかそんな雰囲気でしたし」
「そ、そうね……え、さっきのがジオルスタス君?」
「えぇ、彼は学生寮裏手にある森に住んでるそうなので、訪ねてみたらどうです? 良ければ僕も行きますよ」
「あ、なら私も!」
学生寮裏手にある森、それは四年以上生活している風紀委員長でも知っていた。
とある学生が植物魔法を暴走させた森。
そこにある廃墟同然だった寮を、バーベックによってジオが住むよう手配した、と彼女は知っていた。
「ハァ……いきなり『人違いです』なんて言われて、驚いちゃった。そうね、お願いしようかしら」
「「はい」」
授業が始まるまでの暇潰しと好奇心から、二人もイヴリーに追従する。
この一部始終を見ていた貴族達から次第に話が噂として拡散されていき、そこに尾鰭背鰭が大量に付くようになるとは、彼等はまだ知る由も無かった。
そして一人、その光景を前に尾行を開始する者は周囲の光景を一瞥し、目線を切って教室を後にした。
「クソッ!!」
一瞬視線が合い、見透かされたような視線に、その男は苛立ちが少女から青年へと向かう。
震える拳を握り締め、心内に秘めていた怒りが頂点に達しようとしていた。
「フレスト、これから街に行こうぜ」
「体調でも悪いの?」
「うるさい!!」
貴族の友人達に向かって吠え、その二人は機嫌の悪い伯爵家嫡男から、一歩引いて見守る。
機嫌が悪いため、飛び火しないように。
だから、歯軋りして苛立ちに身を委ねている彼に、何も言わずに二人は教室を後にした。
長年の付き合いから、友人達のフレストリッドへの対応を理解していたから、今日は刺激しないようにと二人で街へと出掛けていった。
「ジオルスタス、下民の分際で……」
下民と貴族では立場が違うが、自分は選ばれず、下民のはずの彼が風紀委員に勧誘される場面は、貴族としては決して面白くない。
更に興味無さげに去った。
それが彼の琴線に触れてしまった。
下民風情が調子に乗るとは、そんな考えから、バルトスの説明した『決闘』で実力の差を思い知らせる方針へと移り変わっていく。
「僕の方が強いんだ……僕の方が………」
何度も譫言のように、自分の方が強いと口走り、席を立った彼は教室を去っていった。
復讐に身を焼かれたように、貴族のプライドを傷付けられたグラーク伯爵家フレストリッドの形相は、酷く醜悪なものとなっていた。
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