第12話 入学 後編
入学式の定義、それは学園や学校という教育機関への入学を許可し、新入生への歓迎を祝う式典、という話を彼は昔何処かで聞いた覚えがあった。
知識として、入学式では学園長や学校のお偉い様方の有り難い話を聞くというものだ、と。
なら、ただ聞いてれば良いのか?
否、そうではない。
学園長が『はいオッケー、入学して良いよー』、等と軽く語るのではなく、学園長や学校側から新たなる入学生へ何を語り、そして何を胸に刻み付けるかが、教師達の課題となるのだ、と耳にしたジオ。
(相変わらず綺麗だな、あの人……)
壇上では司会進行により、最初に学園長からの大切な言葉が下賜される。
彼女は『泡沫の魔術師』、水属性魔法の専門家であり、その美貌と圧倒的な実績が、今日の魔法社会で人気を誇っている一人である。
現在は学園長という器に収まっている。
しかし、それまでは世界で活躍していた。
魔獣退治から魔法犯罪者の捕縛、違法実験場の破壊まで、様々な業務を魔法協会員として熟していた。
「なぁなぁジオ君、あの人メッチャ綺麗ちゃう?」
「あぁ、そうだな」
小声でジオへと語り掛けたのは目を輝かせた美少女、短く肩口で切り揃えられた金色の髪が内巻きとなった、活発さの窺える少女だった。
名を、ニーナベルン。
相手の感情をオーラとして捉えられる、感応魔法の持ち主。
彼女の言葉通り、壇上を照射する照明が、靡く青髪を海を模したように煌びやかに輝かせ、光を纏わせた。
淡い桃色の口紅が、照明によって艶やかに光を反射し、何処か蠱惑的な魅力を醸し出していて、そんな彼女の唇が開かれた。
『生徒諸君、入学おめでとう。私はルグナー魔法学園現学園長を務める、アナストリア=イブ=エルドゥークです。貴方達の入学を心より歓迎します』
そう出だし謳い文句より、彼等の歓迎を祝う。
もう少し彼女について語るなら、まず彼女は現在クレサントと同盟を結んで合併された『アンシュリーローヴ月邦国』の一つ、『ヴィーガナッハ魔導大国』という魔法使いの棲む特殊な国の出身。
特徴としては、中間名が付属している。
魔導大国出身者の証。
その中間名は『誕生』を意味し、魔導大国にとって誕生は特別な意味を持つ。
「声も綺麗やなぁ」
凛と発された声色に、ニーナは感嘆とした声を上げた。
壇上にいる彼女の実年齢は三十歳丁度だが、その容姿は二十代でも通用し、整った美貌は二十代そのもので、一切引けを取らない。
だから未だ求婚が相次いでいる、との噂。
王族並みの発言権を有し、学園生で例えるなら会長のような生徒会最高地位のポジションに鎮座する。
『この学園は六年間の学び舎として、貴方達に幾つもの試練を与えます。入学時に一番だから大丈夫、最下位だから不安だ、そう思っている生徒が中にはいるかもしれません。しかし、貴方達の今立っている位置は、鍛錬を怠れば脆く崩れ去り、逆に鍛えればより高みへと登れます』
それは生徒への激励の言葉だった。
この学園に入学してから、何をするのか、どう魔法使いとしてのビジョンを見据えるのか、考えねばならない。
それはジオ本人にも言える事だ。
彼には、明確な未来設計が無いから。
『この学園で皆さんは多くを学ぶでしょう。楽しい事も、苦しい事も、悲しい事も、きっと多くの発見ができると思います。友人と切磋琢磨して、研鑽を積み、時には楽しんで、六年の学園生活を通して自分だけの大切な『何か』を見つけてください。それが、私からの最初の課題です』
ルグナー魔法学園で巡り会う様々な出来事が、全て血肉となり経験となり記憶となり、やがてそれは、大切な思い出として昇華されていく。
六年間の学園生活を経験して、初めて大切な『何か』を得る、そう信じて彼等は入学する。
たった一人、ジオを除いて。
彼には友人との切磋琢磨も、楽しむのも、無意味になると知っているから、蚊帳の外にいる気分だった。
「……」
『皆さんの成長を、心より楽しみにしています』
それが彼女の最初の言葉を総括する、新入生への祝詞となった。
一礼する彼女へ、盛大な拍手が齎される。
自然と自分も拍手を重ねていた。
学園長の挨拶が終わり、壇上を去っていく彼女に続いて教師陣の挨拶となる。
「なぁなぁ、学園長の言ってた、自分だけの大切な『何か』って何やろなぁ?」
「さぁ、何だろうな」
それが今分かれば苦労しない。
だが逆に言えば、その『何か』は苦労の果てに手に入る一級品、という事実の裏返しにもなる。
その何かを求めるために沢山学んで、コミュニティを形成して、切磋琢磨していく、そうなるよう教師としての彼女は願っている。
そして青年を学園に呼んだ。
理由は前に聞いた通り、彼女の課題に取り込んでみるのも暇潰しになるかもしれない、そんな考えが過る。
解答の無い答えを探しに、暗中模索する。
だが、六年間ここに在籍できる保証は何処にも無いから、彼は暇潰しに付き合うだけ。
『――であるからして、え〜、学園生として、節度ある行動を以って……』
学園長の語らいに、頭を悩ませていると、他の教師がすでに登壇していた。
貴族然とした格好の教師が今後の抱負を語っているが、殆どの生徒は退屈して欠伸を漏らしたり、その場で立ったまま居眠りしていたり、ジオ達のように小声で会話していたりと、かなり緩い状況となっていた。
それもそう。
実際に話を聞いている者は一割にも満たないだろう、壇上にいる貴族の男は、『であるからして』と、口癖のように使ってるためだ。
また話を要約できていないため、下手くそ、という最低評価が全員の脳裏に刻まれていた。
抱負の論点が不明であり、意味を総合させても学園長の語った内容と大差ない。
「何だか話長くて、ウチ眠なってきた」
「気持ちは分かるが……」
話が下手だと睡魔が襲ってくる。
何処の職場でも一緒だな、そう感じながら適当に耳を傾けていると、隣から予想外の言動が発掘された。
「けど、オモロいなぁ」
「面白い? 何処が?」
「ちゃうちゃう、先生やあらへん。注目しとんのは並んどる生徒の方やな。ウチな、【万色鏡】って魔法が常に発動しとるんよ。やから、今も周囲の人達の感情が丸分かりなんよね。大半が退屈しとる」
「へぇ、中々に面白い魔法だな」
「……でもウチ、これ、結構辛いんよ」
彼女の『辛さ』は、恐らくと言うか十中八九、二つの意味から来ている、即座に理解した。
一つは常時発動状態により、常に魔力を消耗し続けている代わりに、感応魔法が発動している状態だから。
もう一つは、その常時発動状態となった感応魔法のせいで、常に他人の放出する感情に晒されているからだと、そう推測できる。
詳しくは原理を知らない。
だが彼女の能力、思った以上に厄介。
人の心を暴く、そういった類いの魔法に成長すれば、ジオ自身の心底に眠る感情も見られる可能性が高まる、そんな危惧が根底に芽生えた。
「常時発動状態ってのは?」
「この魔法、何故かは分からんのやけど、いっつも発動しとるんよ。やから、ずっと魔力が減りっぱやなぁ」
「魔力切れとか魔法使用の弊害とか、併発しないか?」
「そこは大丈夫や。魔法は日中使わへんし、何とかなる。そんなに魔力は消費しとらんしな。それに魔法を阻害する訳やあらへんから」
常時発動型の魔法は結構珍しい。
感応魔法そのものが、まず超希少だ。
使い方次第では他人の感情のみならず、他者理解による行動予測や心理掌握もできるだろう、それだけの才覚と能力を秘めている。
「それが発現したのは、いつからだ?」
「ん〜、物心付いた頃からすでに見えとったよ? 最初は普通かなぁって思ってたんやけど、親父に話したら魔法やって判明したんよ」
「そうだったのか」
「そうなんよ……常に魔力が減り続けてるもんで、魔力の回復速度も遅くてなぁ」
それは、一定の回復速度の何割かを魔力自動消耗に使用しているため、だろう。
それはデメリットでしかない。
利点が何一つ無いため、彼女も慣れてはいるが治したいと思っていた。
だから魔法を学びに来た。
「一応ルグナー滑った時のためにな、他の学校も受験したんよ。けど、ここが受かったから入学式に参加できたんよ。今登壇しとる人の話はメッチャつまらんけどな」
「要約できてないしな。正直、さっき見掛けた奴みたいにサボれば良かったな、時間の無駄だ」
「さっき?」
「あぁ、右目に眼帯してる変わった奴だ」
「あ、その人確か、二次試験中に貴族教師ボコった人や。髪色は分かる?」
「全体的に青黒かったな。前髪は赤かったぞ」
「やっぱりそうや、学生寮の食堂で何度か見掛けたわ。よう一人で食べてるしな」
「へぇ、学生寮って食堂は男女共有なんだな」
「そうや……って、よくよく考えるとジオ君、学生寮で一切見掛けへんよね。寮におらんの?」
「いや、もうこれ説明すんのも面倒臭ぇな……」
小声で会話を挟みながら、時が過ぎ去るのを待つ。
眠気を携えたまま、次の教師へと移った。
司会進行の紹介によって、その男、エイレクシス教頭が猛々しく叫び出す。
『よく聞け、誇り高き貴族の諸君よ!!』
学園生、ではなく貴族のみへと伝言する。
その男の特徴を列記するなら、大金を掛けて作成に注力したような魔法衣を羽織り、貴族然とした格好をした、ちょび髭を生やした男。
何処か若々しく、三十台かと推測する。
威厳溢れる風格と強面をした人間で、厳しそう、という印象が第一に浮かび上がった。
『私はバーベック=ブレード=エイレクシス!! 誇り高き勇爵家の者である!!』
勇爵家、それは魔導大戦で功績を上げた七人の英雄の家系であり、その子孫が貴族として権威を振り翳している現状が、傲慢な態度と考え方である。
誇り高く、平民との差別化を容認している。
それが彼バーベックという男で、味方される貴族達にとっては憧れの存在でもあった。
『貴様等は凡夫共の上に立つ才覚を有している!! 持って生まれた環境と才能こそが、貴様等上に立つ貴族としての証である!!』
傲慢な考え方は貴族至上主義者の証、平民や下民を凡夫と嘲り笑い、貴族が誇り高い人間である、そう思って差別を簡単に口にして貴族達の意識を向上させた。
逆に約半数の平民達にとっては、その教頭に対する評価は真っ逆様に落ちる。
『才能無き平民共は、身分を弁えて行動せよ。才能の無い者は才能ある者の邪魔でしかないからな』
あれが本当に教師なのかと、甚だ疑問を持つ平民の生徒達だが、ここで口出しする訳にもいかない。
それに加え、その威厳に立ち向かう勇気を持っている人間も少ない。
『才能溢れる貴族諸君!! 我がエイレクシス家の名の下に!! 上に立つ者としての強さを伝じ――』
「ぶぇっくしょんっっ!!」
バーベックの演説中、その空間に超巨大な嚔が木霊して、その武勇伝を語るが如く演説は停止した。
大袈裟な生理現象が、この入学式という場面に響く。
講堂館の内部に反響して、より大きく嚔を吐き出した青年へと一同目線が向かう。
「いやぁ済んませんねぇ、どうしても嚔を抑えきれませんでしたー」
『わ……私の大事な演説を邪魔して貴様!! 一体何様のつもりだ!?』
怒鳴る貴族の男に対し、嚔をして演説の邪魔をしてしまったジオは、無感情のまま、言葉だけヘラヘラと笑っているように答えを返す。
それが棒読みであるのも、ニーナには聞き取れた。
また、ジオが適当に喋っているようにも、オーラで見えてしまった。
「何様って言われても、ただの下民の入学生っすよー、ワザとじゃないんすよ、だから誇り高い貴族様のその広い度量で許してくんないっすかねー?」
『げ、下民の分際で――』
「どうぞ無駄な演説を続けてください、バーベル先生」
『私はバーベックだ下民!!』
「へ? あぁ、済みませんでしたー、美味しそうな名前っすねー、バーベキューせんせー」
小馬鹿にしたような小さな笑みが、逆にバーベックの神経を逆撫でする。
逆にジオのお巫山戯に、大半の平民出身の生徒達や一部の貴族出身の生徒達から、クスクスと嘲笑の声が壇上の教頭の耳にも届き、屈辱を味わう。
ワナワナと震え、憤怒が頂点に達した。
演説台に拳を振り下ろし、拡声魔法が付与された魔導具に向かって声を荒げ発する。
『私を笑うなぁぁぁぁ!!!』
その怒声に、全員が静まり返る。
ただ一人を除いて。
『名を名乗れ下民!!』
「いやー、残念ながら俺、馬鹿に名乗る名前は生憎持ってないんすよー、バカベックせんせー」
何処までも馬鹿にするジオに対し、怒りはすでに沸点を超過していた。
「ってか、こんな事してる場合じゃないでしょう。今は入学式、アンタの役目は無駄な演説を終わらせて次へ繋ぐ、たったそれだけだ。それとも、本物の馬鹿に成り下がるつもりっすかー? ハハハー」
『き、貴様ぁぁぁ……』
震える男はジオを恨みを込めて睨む。
しかしジオの言葉通り、今は入学式であるから、次へ進まねばならない。
不遜な態度のジオは下民、貴族と平民との確執を生む一大事であるが、舞台袖にいるアナストリアには、敢えて挑発したジオの考えに違和感を覚えた。
目立ちたくない、注目を浴びたくない、そう彼女に語った青年にあるまじき行動、その矛盾が妙に心内に蟠りを生み出していた。
そして学園長という立場にいるから、この身分格差にハラハラと心中穏やかではなかった。
(じ、ジオ君凄いなぁ……まるで物怖じしてへん)
隣にいるニーナベルンだけは、ジオの胸中を察した。
このままでは学園生活を送れないから、何か考えの元、動いている。
「ジオ君、貴族様敵に回して大丈夫なん?」
「大して問題無いが、俺に近付かない方が良いだろうな。厄介事が舞い込んでくるし、ニーナもとばっちり食らう可能性がある。俺の友達になるなら覚悟が必要かもな」
「覚悟って言われてもなぁ」
「俺は天涯孤独の身だし、この学園に愛着も湧いてない。退学させられても別に怖くないからな、好き放題やりたい放題できるって訳だ」
退学させられても、困るのは自分一人だけ。
友達を作らない方が気楽だと考えながら、彼は隣の少女に警告する。
「俺は貴族が嫌いだ。目立つのは嫌だったが不可抗力だったし、あのままだと逆に気恥ずかしいからな、敢えて挑発した。それに教頭からは目ぇ付けられてるし、学園生活送ってっと多分色々仕掛けてくる」
「仕掛けてくるって?」
「貴族は嫌がらせの専門家、腐った奴等ばっかだ。俺も貴族に対して悪目立ちしてるからな、下民の俺に圧力掛けたりしてくるだろう。ってかもうすでに圧力掛けられて寮から追い出されたんだが……」
だから友達にならない方が身のためだ、と伝える。
友人、知人、親しき人、それは人によっては弱点に成り得る関係性、しかし弱点は弱点でも鍛えれば強くなるため、学園長との約束のために弱点克服を実現実行しなければならない名目がある。
言ってしまえばジオ本人、彼自身自分が爆弾状態であると正しく認識している。
貴族達から大顰蹙を買い、身分を弁えない言動は非常に目に余る。
だから彼はニーナベルンへと警告する。
俺に近付かない方が安全に学園生活を送れる、と。
ただ、そうすると彼自身が対抗戦に出場する羽目になり、それでは本末転倒も良いところ。
どうするかの対策を講じる。
現状彼には知人もいなければ家族や友人も学園にいないと思われている。
「ま、あの教頭だ、何とかなる」
「楽観的やなぁ……」
実際舐めてるが、大した被害を被っていない。
あったのは、成績が最下位と書き換えられ、森に住む権利を与えてくれたという真相。
逆に感謝すらしていた。
夢の一人暮らし、何したって自由だから。
寮規則に縛られない不思議な存在となった彼は、欠伸を漏らしながら次の人物の登壇を見守った。
『では次に、生徒会長のお話です』
司会進行に従って登壇したのは、ギルベルトよりも明るい金髪が目立つ美男子だった。
それは魔性の魅力、それは蠱惑的な笑み、一年生の女子生徒達の何十人かは生徒会長のご尊顔を拝謁し、心の臓に矢を突き立てられた。
憧れの先輩、そんな淡い色がニーナベルンの目には見えていた。
(うっわ、凄い魅力やなぁ……ピンクと黒二色やで)
恋に恋するお年頃、そう言われる学園一年生達、逆に黒い煙が噴き出ているのは嫉妬の色、生徒会長の顔面偏差値の高さに何割かはドス黒いオーラを纏っていた。
その生徒会長が、設置されたマイクへと言葉を流した。
『ご紹介に預かりました、生徒会長のランドール=イーストレスと申します』
美形に加えての物腰柔らかな声色に、女子生徒達の心をギュッと掴んだ。
男子生徒からすれば嫉妬の対象、しかし憎めない。
それが生徒会長の天使の笑顔。
『我々在校生一同、並びに生徒会一同、皆さんのご入学を心より歓迎申し上げます』
慇懃なお辞儀によって、周囲を漂流する桃と黒の視界に気分を害した少女を一瞥しながら、ジオは生徒会長が何を言葉に残すのか、気になっていた。
そして、一瞬ジオと視線が搗ち合う。
僅かに口角を上げたと視界に捉えれば、すでに向こうから視線は切られていた。
『生徒会とは、学園生活をより良くし、学園生を統治するための学生主体の運営組織です。常に意識を高く持ち、日々切磋琢磨し、皆さんがより学園生活を快適に過ごせるような学園改革を目標に活動しています』
と、学園長とは別の視点から切り込むランドールは、心から彼等に伝えたい内容を入学式という場に贈る。
『ですが時代が変われば人も変わる、それは不変の心理と言っても過言ではないでしょう。だからこそ、我々生徒会は時代の先駆者としてルグナー魔法学園を纏め、発展させ続ける義務があります』
熱演する彼に、退屈していた生徒達は徐々に引き込まれていく。
それは彼の話に共感する部分があったから。
そして単に話を切らず、流れるよう演説を熟しているからに他ならない。
『上に立つ者としての重責もあります。しかし、今一年生の皆さんも数年後には上級生としての役割が回ってくるでしょう。その時、今度は皆さんが下級生の子達を導くという義務が生まれます』
(まぁ確かに……)
『先輩として皆さんに言えるのは一つだけです』
より強調するために一度区切り、再度彼は一年生へと激励の言葉を胸に刻み付けた。
『恐れず挑戦してください。その積み重ねが今後、様々な場面で活きる糧となるでしょう』
それは不安を払拭させるには充分だった。
未知への挑戦は、とても苦しいものだ。
それは五年先に生きた先輩だからこそ言える格言、挑み続ければ、結果として経験という『過程』が築かれる。
『我々生徒会は皆さんの活躍を期待しています。これからの六年間、有意義のある学園生活となるよう心より願っています。以上です』
恭しくお辞儀して、彼は生徒達の希望となった。
憧れの存在のために頑張ろう、そう考える生徒も出始めていた。
だが、ジオは少し違和感を禁じ得なかった。
(有意義のある学園生活? 何だそれ?)
この学園は身分制度という溝があるため、有意義な、という表現は些か変だと感じた。
ただ、それはほんの僅かな違和感として認識できるかどうか程度の小さな歪みでしかないため、生徒会長の言葉を頭の片隅に追い遣って、溜め息を漏らす。
「早く終わんねぇかなぁ……」
「同感やな。けど、何や不思議な色してたなぁ」
「不思議な色?」
「うん、緊張とか不安とかは一切無くて、代わりに身体から出てたんは好奇心、黄色いオーラやった」
彼女にしか見えない世界がある、青年は彼女の能力、その魔法に対しての興味を唆られていた。
つまり、自分にも黄色いオーラが出ている、となる。
(だが、好奇心って何だ?)
意味が分からないのではなく、何故生徒会長から好奇心という感情が湧き出しているのか、その理由が一切合切不明、理解不能である。
悪目立ちした今、生徒会に関わる気が無かった。
唯一ジオと出会ったフローラも彼を勧誘したが、敢えて生徒会勧誘を保留にして、入会するかしないか迷っている。
考えを巡らせていると、気付けば他の教師や来賓の挨拶も終了していた。
(何も聞いてなかった……まぁ良いか、どうせ無駄な演説だろうし)
話していたのは大半が貴族の教師や来賓で、ジオの興味から外れていたため、思った以上に入学式の退屈さを理解させられたジオは、適当に思考を飛ばしていた。
これから始まる学園生活を妄想して。
だが浮かぶのは一人での生活ばかり、昔と変わらない生活様式に思考を中断した。
『最後に、新入生代表挨拶、第八十九期生代表、リーベスト=ノゥス=エンブレイン、前へ』
「はい!!」
溌剌とした声を発するは、髪も、服も、瞳以外の全部が真っ白な大人びた青年で、その真っ赤な目が鋭くもあり、同時に気品すら纏う彼も生徒会長同様に、周囲から羨望の眼差しを向けられていた。
登壇するのではなく、国旗に向かっての抱負演説。
だからこそ、壇上前に設置されたマイクのある場所にまで歩いた。
それはつまり、学年総代表生徒として百九十九人の生徒を背負うという覚悟の形、一人の生徒に伸し掛かる総代表としての言葉を口にした。
『緩やかな春の風が訪れ、魔花も顔を見せ始めた今日この日、私達二百名は無事、ルグナー魔法学園の入学式を迎える事ができました。本日は私達新入生のために、このような素晴らしい式を執り行って頂き、誠にありがとうございます』
抱負の第一声は、学園への感謝だった。
それは当然、この春無事に入学式を執り行えたという全員の感謝を代弁した形だった。
『これからの六年間、このルグナー魔法学園で生活するにあたり、勉学は勿論、部活動や課外活動、行事等、学園生活に携わる様々な活動に積極的に取り組み、この学園に貢献できるよう努め、新たな経験を通し、有意義ある学園生活にできるよう尽力したいと思います』
堅苦しいと感じる者も多々いる挨拶、しかし、それはリーベストという生徒の覚悟の挨拶でもあった。
『経験を経る毎に壁に突き当たる時もある事でしょう。試行錯誤し、失敗し、超えるべき壁を越えられない時もあると思います。その時は仲間と手を取り合って乗り越え、時には先生方先輩方の力を借り、一歩一歩確実に前へ進めるよう努力する所存です』
努力は絶対に裏切らない、そんな言葉を昔誰かから聞いたジオは、静かに一人の生徒の話に傾聴する。
そう言えるだけの器があるかどうか、見極めるために。
利用できるかどうかの審美眼を備えて、彼はリーベストを品定めする。
『入学するまで、不安や心配も多くありました。ですが、この学生服を身に纏った私達は今、ルグナー魔法学園の一生徒としての自覚と誇りを持ち、この学園に在籍する方達を導いて来られた先生方、今日まで魔法学園の歴史と伝統を築き、守り、そして紡いで来られた先輩方に恥じる事の無いよう、一つ一つの行動に責任を持ち、日々精進していく事をここに誓います』
そしてリーベストは代表生徒として、締め括る。
『……新入生代表、リーベスト=ノゥス=エンブレイン』
降ろしていた手を強く握り締める。
ギュッと音が鳴るくらいに。
少しの間の後、彼は代表挨拶を終わらせた。
その時一瞬だけ、ニーナベルンには代表生の抱える感情が窺い知れた。
(変な人やなぁ……)
そう思った彼女だが、言葉にはしなかった。
何故そんな感情を抱いたのか、それは本人のみが知る唯一の心、元の場所に戻っていく彼を目で追い掛けながら、少女は入学式に身を任せる。
『これで入学式は終了となります』
式はこれにて終了、のはずが、壇上にはアナストリアが悠々と仁王立ちしていた。
『これより、クラス分けを発表するわ。頭上注目!!』
アナストリアの命令に、全員が一斉に上を見る。
親指と人差し指で円を作り、そこに張った水膜に息を吹き掛けるとシャボン玉が大量に空中へと躍り出て、それは設置された照明を屈折させ、虹色のシャボン玉の幻想的な光景が空間を占領した。
綺麗だ、という感想以外、語彙力を失う生徒達。
美しい水玉の宝石が、生み出した張本人の指鳴らしによって花火のように弾けた。
「綺麗な演出やなぁ……」
「それだけじゃないようだ」
虹色に弾けるシャボン玉の周囲には、植物魔法で生まれた大量の花が歓迎する。
花びらが舞い、春の訪れを予感させるものだった。
壇上を見ると魔導具が設置されており、フローラや生徒会の面々が砲台のようなものを駆使していた。
(成る程、【空中浮遊】で花を浮かせてるのか……それにシャボン玉の水分と植物魔法の付与で花を開花させた、と。面白い使い方だな)
弾けるシャボン玉、浮遊魔法で浮かぶ大量の開花、そして花が額縁を作り、水によって空中に全員の名前が記載されていく。
クラス分け、二百人いる彼等生徒達を合計四つに分別、一クラス五十人となる。
(AからDまでの四クラスか。で、俺は……)
組み分けは成績順ではなく、完全ランダム。
つまり、貴族平民の混合クラスとなる。
「お、ウチDクラスやな」
「……俺もDだ」
「奇遇やなジオ君! これからよろしく!」
「あぁ」
二人の名前は、一年Dクラスという場所に記載されていた。
他にもDクラスの生徒達を探していくと、二人の知った名前が記入されているのに気付く。
(ギルベルトとルーもDクラス……絶対あの女の仕業だな)
特待生は基本バラけるはず、にも関わらず、二人が一緒のクラスとなっていた。
要は、これは学園長の仕業だ、と推測できる。
前に知人が二人いると話したためか、余計な気遣いにジオは長大息を漏らす。
『クラス分けの掲示板を外に設置してありますので、自身のクラスを確かめ、速やかに教室に向かってください』
魔法が消え、じっくりと確認できなかった生徒もいるかもしれない。
その配慮として、外に掲示されているらしい分布表を見に生徒達が一斉に外に向かう。
その波に飲まれそうになり、誰かの肩と衝突しそうになるものの、流麗な足運びで隙間を縫って端っこへと退散したジオは一息吐く。
(クラスは合計して四つ、一クラス当たり五十人丁度か。結構多いもんだな)
出入り口に人が押し寄せているため、今しばらく彼はその場に留まる。
「さてさて、どうなる事やら……」
黒服も白服も、皆が一緒に授業を受ける。
貴族も、平民も、そして下民も一緒に、それに対する文句や嫌味が飛んでくる可能性を考慮に入れながら、彼は会場の出入り口に群がる生徒達が去るのを、冷めた目で見送っていた。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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