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INFINITY MAGIA  作者: 二月ノ三日月
第一章【IGNITION】
12/26

第11話 入学 前編

 入学式、それは新入生にとっては華やかな学園生活を想像させる、一つの関門と言える。

 総勢二百人の一年生を歓迎するのは、教師、生徒会、それから学園に招かれる来賓だが、在校生千人のうち大半は入学式に参加しない。

 そもそも、まだ春休み中である。

 休暇を返上して活動しているのは、生徒会や入学式の設営の手伝いに駆り出された者達のみ、大きな講堂館の収容人数は二百人以上、しかし在学生全員を収容するのは流石に困難であった。

 だから在校生は参加しない。

 敷き詰めれば可能かと思いながら、彼は壇上前に群がっている何人かの生徒の下へ。


(これ、適当に立ってるだけで良いのか?)


 何人かすでに到着しており、その誰とも面識が無いジオは一人浮いてしまう。

 寮在宅の彼等と違って、彼は森寮を借りて一人暮らしに興じているため、この一ヶ月間で交流は一切無く、ずっと鍛錬ばかりしてきた。

 周囲に目線だけ動かしてみる。

 壇上では着々と準備がされており、引っ切り無しに動き回っている。

 花飾りの位置や大きな校章、マイク等の設定を、数人の生徒達が設営に当たっている。


(あ、フローラ先輩だ)


 壇上に訪れ、司会進行のための段取り確認のために、一人の男子生徒と何かを話し込んでいるのか、そう推測を胸に彼は残り三十分以上の時間を静かに過ごす。

 退屈とした数十分をどう過ごすか。

 考えるも、特に思い浮かばない。

 交流する、という選択肢が最初から無かった。

 だから側の壁に背を預けて、瞼を下ろし、脳裏に所蔵されている記憶の本の一つを開いた。

 読みかけの魔導書を複数開き、暇潰しのための魔法開発を進めていく。


(さて、前回から止まってた開発の続きでもするか)


 複数の魔法開発を同時並行して行っている彼の趣味、暇さえあれば強くなるために新魔法の開発に着手して、それを脳裏の記憶領域に保管している。

 その一つを脳内展開して、開発途中の魔法陣へと術式を刻み込んでいく。

 ただしこれは脳裏での開発なため、実験は完成してからとなる。

 強くなるため、彼は新たな魔法理論の構築に挑戦しているが、簡単に魔法を生み出せるものでもなく、何度も試行錯誤を繰り返している。


(この術式は因数式の値を変換するか……こっちは自然魔法陣を置いて、魔力門を立体接続させてから……いや、これだと理論上術式そのものが発動しない。別のアプローチが必要だな)


 どうするかを考えては、彼は意識をより深く内在に潜らせていった。

 魔法陣の理論構築は一進一退、容易には完成しない。

 しかも術式の威力計算や探知精度把握、持続時間測定等の計測も必要不可欠である、万が一にも誤爆があってはならないからだ。

 そのため、魔法文字を連続記入しては、不必要分の回路を消去する。

 精緻に丁寧に、それでいて繊細に、無駄を削ぎ落とし、集中力を趣味に注いでいく。


(刻印するには術式が複雑すぎるな、もっと簡略化できれば良いんだが……)


 魔法設計なら超一流の腕を誇るジオ、彼の魔法陣設計の手順は大きく分けて三段階、第一段階に既存の魔法陣を単一、もしくは複数用意する。

 第二に用意した魔法陣の改造。

 第三は改造の終えた魔法陣の試し撃ち。

 そこで第二と第三の間には確認、理論上威力計算を測ったり、更なる簡略化を施す。

 そこをループさせている最中で、突然思考が中断される外的要因に晒された。


「ジオ君!!」


 肩を揺さぶられ、下ろした瞼を上げた。

 そこには一人の生徒の姿が目に映り、少し頬を膨らませ、怒っている様子だった。

 銀白色の長髪が白い特待生専用の学生服とマッチし、綺麗だ、という実直な感想が浮かぶ程に美しく、その彼女は腰に手を当て、顔を近付ける動作を取った。

 一体何したのか、と考える前に挨拶から。


「久し振りだな、ルー」

「久し振り、じゃないですよ! ジオ君、何で寮に入らなかったんですか?」

「唐突に何の話を――」

「入ると思ってたのに……」


 話の筋が見えず困惑を顔に出した彼だが、特待生は服装の色からして異なるため、異様に目立つ。

 しかし無碍にもできない。

 流麗な佇まいに、まるで上位貴族のような立ち振る舞いだと、彼女に華を感じたジオ、しかし彼女の怒れる理由が皆目見当が付かない。

 可愛らしく頬を膨れさせ、彼女は怒りを露わにする。

 だが、その感情理解が知識に無いため、彼は彼女の考えを今一つ理解できなかった。

 しかし間違えている。

 入寮はした、しかし学生寮に入っていない、不自然な状況の完成となった。


「あ〜えっと、一応入寮はしてるぞ」

「へ? ですけど、クラリス先生に聞いても『寮にはいない』って言われました」

「確かにそうだが、何処から説明すっかなぁ……」


 状況が状況なだけに、説明するのが面倒臭い。

 だが入寮に手続き違いのせいで寮生活が不可能となり、住む場所確保のために森にある管理寮を充てがわれた、と軽く説明した。

 ただし、教頭云々や学園長から事情を聞いた、という説明等は省いた。


「そ、そうだったんですね……寮内の噂では聞きましたけど、ジオ君の事でしたか」

「噂?」

「はい、寮に入れなかった問題児、と」

「問題児? まぁ成績は最下位だったし、その表現も強ち間違いじゃないか」


 だから目の敵にするように、周囲から敵意の混じった視線が突き刺さるのか、と納得した。

 この場合、特待生と会話している時点で、敵意ヘイトが鰻登りで高まっていくような、そんな感覚を味わっていた。

 これ以上特待生と会話していたら厄介事に巻き込まれる、厄介事が増える。


「あ、ジオじゃないか!」


 そして一つの厄介事が大手を振って、周囲を魅了する満面の笑顔が、小走りで現れた。

 金色の顔と髪は整っており、入学式に気合いを入れてきたのかと窺える煌びやかさが眩しく、二人目の特待生がジオという問題児の下に集う。

 次第に増える生徒達の半数以上が、ジオ達へと視線を向け、陰口を発している。

 

「……面倒な奴が来やがった」

「えぇ!? その扱い酷くない!?」


 光属性ではないはずが、キラキラと燐光を纏っている剣士特待生のギルベルトが、ジオと対峙する。


「えっと、ジオ君、この人は?」

「知らない男だ」

「ちょっと!? 僕達親友じゃないか!!」

「親友と仰ってますけど……」

「そうなのか?」

「え、私に振るんですか?」

「せめて僕に聞いてくれない!?」

「いや、お前とは数時間程度の付き合いだろ。友達ならまだしも、親友ってお前、サバ読みすぎだぞ」

「数時間とは?」

「あぁうん、僕とジオは第四ブロックで一緒になってね、二次試験で共闘して先生とも戦ったんだ。最早君とは親友と言っても過言じゃないでしょ!!」

「いや、過言だよ」

「えっと、結局どっちの言い分が正しいんですか?」

「僕だよ!!」

「ギルベルトだが……お前必死すぎだろ」

「という事はつまり……揶揄ったんですね!? ジオ君、私達で遊ぶの止めてくださいよ!!」

「悪りぃ悪りぃ、面白くてつい、な」

「ってか弄ばれてたの、ほぼ僕だよね!?」

「何言ってんだギルベルト、弄られるのが大好きな超弩級の変態キャラだろ?」

「ねぇ待って、君の中の僕は一体どうなってんのさ? 変態じゃないから!! それに初対面の人に第一印象を勝手に植え付けないでくれない!?」

「あ、安心してください……わ、私は誰でも分け隔てなく接するつもりです……多分」

「ほらぁ、君のせいで目を逸らしちゃったじゃん!! どうしてくれるのさ!?」

「安心しろ、俺だけはお前を信じてるぞ」

「何で憐れまれてんの僕!?」


 三人の和気藹々とした会話は周囲には届かずも、その雰囲気や楽しそうに語る二人の表情が、そのジオルスタスという生徒に対して、周囲は興味や敵愾心を抱く。

 唯一視線の意図に気付いているジオ。

 下らないと一蹴し、視線を閉じる。

 冗談はここまでにして、そろそろ互いに自己紹介させるべきだろう、そう思考を新たに、自己紹介の言葉を脳内整理しておく。

 二人の関係性を壊すつもりは毛頭ない。

 だからジオ本人から、二人を互いに紹介する。


「互いに俺から自己紹介するよ。コイツはルーテミシア、前に同じ列車に乗っててな、その時知り合ったんだ。回復魔法の使い手でもある」

「ルーテミシアと申します」

「んで、こっちはギルベルト、剣の腕が立つ優秀な男だが、些か変態なのが玉に瑕だな」

「待って、僕変態じゃないから誤解しないでね?」

「フフッ、分かってますよ。剣聖の孫、ガルスクア家の次男ですよね?」

「う、うん……って知ってたの?」

「はい、有名ですから」


 華のように笑む少女は、ギルベルトを知っていた。

 それだけ彼が有名人であるのだ。

 剣聖の孫で、剣にも魔法にも天才的な才能を持ち、文武両道才色兼備、地元にはファンクラブすら存在する、超期待の魔剣士である。

 剣聖の武勇伝は世界に轟く。

 その孫や孫娘は全員が優秀、特に長男と次男は剣の才能に秀でており、その次男である彼は魔法を学ぶために学園を訪れた。


「お前、兄弟いたのか」

「大家族だよ。兄姉一人ずつ、弟妹一人ずつ、五人中僕は真ん中だね。それに父さんと、爺ちゃん婆ちゃんもいる」

「そうか」


 母親が語られない理由は、敢えて聞かなかった。

 名前が連ねられていない理由は、簡単に想像が付く。

 もうすでに他界している。

 単なる予想でしかないが、彼等は各々察し、喉奥まで出掛かった言葉を胃に戻した。


「剣聖の孫の一人、だったとはな」

「まぁね。でも、兄さんは剣より魔法が得意だし、姉さんは外交官、兄さんは魔法協会に所属してる」

「優秀な家系だな」

「……そうだね」


 その分剣聖の孫に集約する期待は高まるばかり、辟易とした肩の荷を早く降ろしたいものだ、そんな楽観的な気持ちが僅かばかり心を蝕んだ。


「それよりも僕は、回復魔導師が目の前にいる事に驚きだよ。回復魔法の使い手って魔法使いの三%(パーセント)未満だもんね。凄いと思うよ」

「そうだな。国賓レベルの重鎮だ」

「そんな、国賓レベルだなんて。私は偶然光属性に目覚めただけですから」

「それでも光属性は希少属性、唯一回復魔法を扱える属性だからな。国が重宝するのは間違いない。何処からでも引っ張り蛸だろうぜ」


 光属性の魔法は用途が多岐に渡る。

 回復や浄化能力を持つ唯一の属性で、神に愛された属性とまで言われるくらい優秀な属性だが、練習量は普通の属性の何倍も要る。

 優秀属性なだけに希少性が高いから、教える人間も数少ないのだ。

 暗闇を照らしたり、目潰しや戦闘にも利用でき、光は汎用性に富んでいる。


「しかも二種属性者(デュアルマギア)でもあるだろ、風魔法も使ってたしな」

「本当かい? 凄いな、僕は火属性だけだし」

「けど、お前には付与魔法と持ち前の剣技があるじゃん」


 特待生二人の輝かしい才能を、ジオは認識している。

 ギルベルトは魔剣術と付与魔法の才が、ルーテミシアは回復魔法と二属性持ちの才が。

 二人はジオには無い得難い才能の塊で、それぞれが恵まれた才能を持っている。

 努力型のジオとは正反対。


「羨ましいもんだな」

「「羨ましい?」」

「俺には才能らしい才能なんて持ってないからな。それに俺の場合、保有魔力量が初級魔法二発分くらいしか無いし、更に魔力を生成する側で常に放出状態だからな。魔法使いとしては完璧から程遠い欠陥品だ」

「君が欠陥品なら、僕達は何なのさ? あまり自分を卑下しないでくれよ」

「そうですよ! ジオ君の実力は私が知っています! ジオ君はとても強いです!!」


 努力の結晶が実を結んだから、彼は今の魔法的強さを確立している。

 その実力は学生レベルを遥かに逸脱している。

 世界基準で見ても彼個人の技量は異端、保有している魔法の数も、そこに込められる魔力量、最適で最速の魔法発動、適切な対処、戦闘慣れしている行動力、彼の才能を語るなら枚挙に遑がない。

 そう二人は彼を評価していた。

 魔法の才能なら、誰よりも上だろう。

 しかし、そこには彼の弛まぬ努力の数々が、その過程で身に付けた知識量が、彼の努力の証があった。


「そう言ってくれるのは嬉しいし有り難いが、残念ながら他の連中は俺がペテン師に見えてるようだ」


 視線の数々から侮蔑や嘲笑、嫉妬や畏怖にも似た感情の嵐が渦巻いていた。

 人間の醜さが顕著に表れている。

 まるで腫れ物扱い、そこにいるだけで害意を振り撒いている存在となっていた。


「凄い視線の数だね」

「半分はお前達のせいだろ」

「私達が、ですか?」

「だって二人は特待生だし、そんな凄い奴等と会話してんのが一般市民の中でも特に落ちこぼれの存在、良い気はしないだろうよ」


 それに、二人の容姿にも問題があった。

 片方は清爽な美男子、もう片方は清楚な美少女、二人には清純さが窺える。

 立ち振る舞いや成績、物腰の柔らかさ等、どれを取ってしても人気が出ないはずもない。


「落ちこぼれって……誤解も甚だしいね」

「ま、誤解させとけば良いだろう」

「撤回させないんですか?」

「こっちとしては侮られてた方が楽だしな」

「どういう基準だい、それ?」


 敢えて学園の中で最弱を装っておく。

 損得勘定を考慮に入れた上で、最弱のままの方が何かと都合が良いと判断して、放置している。


「でも、改めて戦闘状況を思い出すとさ、君の強さって本当に非常識だよねぇ。ジオ、君はどうやって無詠唱魔法を使えるようになったんだい?」

「あ、それ私も気になりますね」

「別に、普通に学んだだけだ」


 子供に教えられる最初の基礎的な魔法学は、特定の呪文を詠唱し、体内に存在する一定量の魔力を燃料に自然現象を発現させ、その事象に見合った効果が得られる、という図解や実演での勉強になる。

 だが、ジオ本人の勉強方法は丸っ切り異なる。

 彼は詠唱魔法の学習の前にまず独自理論を組み立てて、トライ&エラーを繰り返し、調整しているうちに、自然と無詠唱魔法が使えるようになった。

 戦場で大怪我を負い、魔力回路が切れてからは古代魔法に目を向けて、術式を刻印する方法を確立させた。


「俺には指導してくれる『先生』がいたんだが、その人から学んだのは主に生存術や格闘術、戦術といった生き抜く方法ばっかだったな。魔法に関しては本読んで理論組み立てて実践して、それを何度も繰り返してきた」

「つまり君は誰にも師事せず、独学で無詠唱にまで辿り着いたって言うのかい?」

「詠唱魔法を初めて見た時は効率が悪すぎるって思ったし、それなら誰かに教鞭執ってもらうより、自分で本読んで学習する方が良いと思った」

「だとしても……魔法書にも詠唱魔法について書かれてたはずだよね?」

「あぁ、だが詠唱文は見てないな。俺が注目したのは魔法陣の方だし」


 聴者の二人の頭上に疑問符が発生する。

 何故魔法を覚えるのに魔法陣の方を気にするのか、常識的に考えても不思議だった。

 付与魔法や特殊な魔法は魔法陣を付与するのではなく、魔法陣に相当する『魔言』と呼ばれる魔法文字の組み合わせで術式を発動させる。

 しかし魔法陣も魔言も、基本は同じ。

 魔法陣の中にある文字も魔言の一種、魔法陣は魔言の効果を一点に留めるための、謂わば柵となる。

 だから円形魔法陣が多く残存する。

 つまり、付与魔法等を学ぶ訳でもないのに、そこに注目する理由が見当たらなかった。


「魔法陣は自然現象を確立する上で最重要な情報体だぞ。当然、最初に見るべきは魔法陣だ。その既存の魔法陣を地面に描いて使用、そこから理論を組み立てていく」

「理論って?」

「例えば【灯火(トーチ)】、有り触れた魔法だ。この魔法が形成する魔法陣は火の元素魔言や魔力回路図で描かれるんだが、何故人は詠唱で発動させられるのか、そこが気になった」

「つまり、どういう事でしょうか?」

「じゃあ、その魔法の詠唱文、言ってみろギルベルト」

「う、うん……【燃えし火種よ 生出したまえ 灯火トーチ】」


 その二節のみの短文詠唱によって、ギルベルトの掌に少し大きな灯火が発生した。

 それは真っ赤な火種、ジオの発生させられる最大出力の火種よりも何倍も大きいが、何故詠唱すれば魔法が発動するのか、そこに注目した。


「【灯火トーチ】」

「詠唱してない、けど……」

「やっぱり小さいですね」

「ま、俺の体内の魔力回路なら出力が出ないのも仕方ないんだが、問題はそこじゃない。本来詠唱ってのは一つの自己暗示なんだ」

「自己暗示?」

「そうだ。例えば……【燃え盛る炎よ】、の一節で二人はどの属性を思い浮かべた?」

「火だね」

「火属性ですね」

「そう、二人は俺の発した序節で、火属性の魔法を思い浮かべた。当然だよな、基本そう学ぶから。つまり詠唱の序節でまず属性イメージを練り上げる。燃え盛る炎よ、で水を思い浮かべる奴なんていないしな」

「でも、それが何なのさ?」

「魔法ってさ、イメージすれば使えるんだ。俺が詠唱してないのも、【灯火トーチ】の魔法イメージを固定させたからで、詠唱せずとも発動させられると証明されたな」

「確かにジオ君の言う通り、魔法名以外は詠唱文を発していませんね」

「そ、だからイメージが重要なんだ。その詳細な仕組みは今の二人に説明しても分からないと思うから省くが、詠唱も無詠唱もイメージしてるのさ。序節を言っただけで二人は火属性だとイメージできてただろ?」

「た、確かにそうだね……」


 魔法は、自身の魔法イメージを読み取って脳裏の前頭葉に作用し、発動される。

 つまり詠唱の仕組みは、まず詠唱文を脳裏で用意、次に音声で詠唱文を発する、耳で聴く、声を通してイメージが強固となる、無意識にイメージに引っ張られて魔法陣が用意される、脳が魔力を既存の場所に収斂させる、魔法が発動する、という手順。

 ジオの使う魔法紙による刻印式の魔法は、その手順を大幅にすっ飛ばしているため、参考にはならない。

 だが、その魔法式となるまでは確かに無詠唱だった。

 その時の知識を二人に分かりやすく説明して、どう強くなったのかを伝えた。


「詠唱魔法の非効率さは『詠唱』だけじゃない。無詠唱だと魔法陣に必要な魔力量を調整できるし、素早く魔法を切り替えたりも可能、それに慣れれば二種三種と複数同時に魔法を発動させられる」

「それを全部イメージでできるんです?」

「あぁ、だが俺の体内の魔力量だと、【灯火トーチ】一回発動させるだけでも結構キツいから、並列起動させるのは無理だけどな」


 何度も念押しする、魔法はイメージ、という説明。

 それが正しいと彼は証明してみせた。


「だから俺は脳裏で何が起こってるのか、自分で色々調べてみたんだ。その結果、魔法発動時には脳全体、特に前頭葉に影響が出てるのが判明した」

「魔法を使うのに脳が関係してるんですか?」

「そりゃな。詠唱だって記憶、つまり脳から始まるんだ。結論を言うと詠唱も無詠唱も、表面上は詠唱文を発するかしないかって違いしかないからな。ま、詠唱で慣れた奴等は無詠唱を覚えるのも一苦労だろう。詠唱文を口にすれば魔法を発動できる、そうイメージされてるしな」


 魔法を学び、強くなり、そして無詠唱を覚えた。

 それからも魔法の研究に没頭して、戦場で実践して、改良や新魔法の構築に入る。

 そういった生活が昔の自分。

 今は魔法陣を中心に研究している。


「ん? これって何の話だったっけ?」

「ジオ君がどうやって魔法を覚えたか、ですよ」

「そうか、なら説明は以上だ。独学で覚えた、最初に言った通りさ」


 結論、独学でした。

 そう彼は語ったが、常識と異なる脳の構造に二人は格の違いを見せつけられ、そんな風に捉えた。


「喋ってるうちに、大分集まってきたな」

「あ、ホントだね」


 時間が過ぎて、殆どの生徒が入場を果たした。

 この講堂館に散らばっていた生徒達は、いつの間にやら出現していた在校生の案内の下、順番に並んでいた。

 ギルベルトとルーテミシアは最前列、ジオは最後列という場所に離される。


「俺は最下位だからな、仕方ないな」

「そっか……ちょっと寂しいけど、じゃあまた後で」

「ジオ君、失礼しますね」

「あぁ」


 二百人の中の最下位、十人単位で横一列を成し、それが十列の塊が二つ横に並ぶ隊列で、特待生二人と最下位の生徒の距離はかなり離れていた。

 たった一人、周囲からは負の視線が。

 隣では少女が能天気に周囲を見渡しては、蓮のような淡い桃色の瞳を輝かせて、嬉しそう、という感情を表情として全面に表していた。


(凄い楽しそうな目……何だか子犬みたいだな)


 貴族と平民の格差社会の縮図、それがルグナー魔法学園であるが、それを知らなさそうな顔色。

 内巻きとした金色の髪やその少女の顔立ちも、何処かの高貴な貴族かと感じるも、しかし制服の上から着込んでいるローブはお下がりか、薄汚れている。

 また解れて直された箇所が幾つも散見され、使い込んでいる印象を受ける。

 捨てられた子犬のような、哀愁を感じた彼。


「ん? 何でウチ、初対面の人に憐れまれてんの?」

「ッ……」


 そう言われ、少女と目が合った。

 多少の訛りを言葉に含みながら、少女は不思議そうに青年の瞳を覗いた。

 しかし彼女の言葉通りジオは彼女を憐んでいたため、それに気付かれ、困惑を呈する。


「あ、今度は困惑したなぁ。どう? 当たっとる?」


 すると彼女は、またもや彼の心内を言い当てた。

 表情に大した変化は無かったはず、なら何故彼女は自分の胸中の感情を言い当てたのか、湧き出たのは恐怖ではなく好奇心だった。

 凄い、そう感情が胸の内に灯った。

 その機敏な反応に、少女は頬を赤く染めた。


「へ? な、何で興味持ってんの?」

(心を読んでる? いや違う、コイツ感情を察知、それか視認してるのか……何かの受動的魔法か?)


 ジッと凝視され、少女は顔全体が茹で蛸のように真っ赤となり、湯気が出る勢いだった。


「お前、何か魔法使ったか?」

「……凄っ、何で分かったん?」

「内心を読んでる、そう感じた。それに今の質問で心か感情か、どっちを読んでるのかが分かったからな」


 魔法を使ったのを聞く、それに対して彼女は質問を返した。

 つまり、心を読めていたら彼が魔法を看破した理由も彼女は読んだはずが、返答されたのは『何故分かったのか』という問いだった。

 だから心の言葉ではなく、感情をオーラのような形で読んでいるのでは、と判断した。


「ウチな、相手の感情が分かるんよ。例えば君、青色の憐れみ、それからオレンジ色の好奇心、それが全身から出てんのが見えるんよ」

「感情が色で、か……」

「そ、オレンジは警戒とか関心、相手に対する期待が含まれてんのかな。そんで、青色は悲観や哀愁を表しとるんさ。やから君の心、そうなんちゃうかな〜って」


 感情を色で感知する魔法使い、今までに見た事の無いタイプの魔導師だと青年には感じられた。

 それは『感応魔法』、相手の感情を読んだり、心で何を考えているのかを読み取ったりする、特殊な固有魔法の一種であると知識が伝える。

 つまり、彼女は特殊な魔法使い。

 ジオとは別種の異質な魔導師。


「凄いな、驚いた」

「……驚いてんのは分かるんよ。けど、顔と心が合致しとらんから、何か不思議やな」

「お互い様だな」


 少女は青年が、青年は少女が、互いに興味関心を抱いていた。


「ウチ、ニーナベルン=スターリットや、仲の良い人達からはニーナちゃん、って呼ばれてるから、君もそう呼んでくれて構わんよ」

「俺はジオルスタス、長いからジオで良い」

「あれ? ジオ君、家名無いん?」

「お前……」

「何で呆れられてんの?」

「いや、何でもない」


 人の事情も関係無く、家名が無いという理由を聞いてきた彼女に呆れてしまった。

 溜め息を吐く彼を不思議そうに見る彼女も、壇上端で司会を務める生徒が咳払いの後、入学式を執り仕切ったために口を閉じた。


『静粛に』


 その言葉で、全員が一斉に押し黙った。

 静まり返った講堂館で、今から何度も繰り返されてきた入学式が始まろうとしていた。


『これより第八十九期生、ルグナー魔法学園、入学式を開始します』


 そう拡声の魔法により、声が講堂に広がってゆく。

 そして生徒達は期待と不安を胸に、長い歴史のあるルグナー魔法学園で彼等にとってたった一回きりの、第八十九期生の入学式がいよいよ開始された。






 本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。

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