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INFINITY MAGIA  作者: 二月ノ三日月
第一章【IGNITION】
1/26

第1話 Prologue of chapter 1

 この世界において人類に一番貢献してきたものは何か、火種を生み、水流を操り、土壌を耕し、空気を薙ぐ、その万物に作用する自然の摂理への干渉が、『魔法』と呼ばれる世界の神秘である。

 人々は魔法社会に貢献し、魔法の発展と共に進化の一途を辿り続け、より多くの文明が魔法と共存関係にある。

 その文明と共に歩んできた魔法を扱う人達を、魔法使いの総称として『魔導師』と呼んでいる。




 では……魔法は万能なのか?




 答えは否、決して万能な道具にあらず、それは一人の少年の眼前に繰り広げられる惨状が物語っていた。

 辺りには腐敗臭が充満している。

 人肉の焼けた臭いも鼻に染みる。

 血溜まりで作られた海で、仲間の上半身だけが俯いて泳いでいる。

 彼の足元には、知り合いの肉の欠片が踏み潰され、拉げている。

 ここは、まさに地獄だった。


「……」


 荒れ果てた地獄の中、仲間の死骸をただ茫然と見下ろす少年が一人、佇んでいた。

 血に塗れた仲間の死体を見ても、感情も特に抱かず。

 そんな少年に対して、戦場である事実を思い起こさせる一人の男がいた。


「おいジオ!! そんなとこでボーッと突っ立ってんじゃねぇぞ!!」


 野太い男声が、その少年に注意勧告を突き付けてくる。

 ジオ、そう呼ばれた彼『ジオルスタス』は、その声の主に強引に肩を引っ張られて、無理矢理視線を合わせられ、現実に引き戻された。

 両肩を力強く掴んだ男は、般若の顔で怒りを露わにし、少年を叱咤する。


「何してる!! 死にてぇのか!?」


 その怒りは当然だと、彼は怒られて然るべしだと、そう他人事のように思えた。

 ここは人が人を殺す戦場、殺意に塗れ、血の雨が降り、時には爆発音が木霊し、死者を築き上げた猛者共が嗤い声を上げる舞台、そこに呆然と仁王立ちする者は即座に命を刈り取られ、無駄に生命の灯火を散らす羽目になる。

 格好の的となっていた少年を親のように叱りつけ、地獄へと引き戻された少年ジオは謝罪の文言を口にした。


「ルドマン……悪い、気にしないでくれ」

「今は戦闘の真っ最中だ、子供だからって相手は油断してくれないぞ」

「あぁ、百も承知だ」


 相手も人を殺す覚悟で立ち向かってくる。

 自分も人を殺す覚悟で立ち向かっている。

 それは理屈としては重々承知しているが、それでも少年はここから離れる決断を下さなかった。


「けど、皆を置いてはいけない、そうだろ?」

「それは……」


 側に仰向けに倒れているのは、一緒に共同生活を送った仲間達だった。

 一人は爆発に巻き込まれてバラバラとなり、同時に命も四散した。

 一人は頭部を魔法で吹き飛ばされ、文字通り口も利けなくなった。

 一人は上半身のみとなって、これからの未来を歩めなくなった。

 一人は腹を貫かれて、次世代へと命を繋ぐ事が叶わなくなった。

 同じ部隊の者達はジオとルドマン二人を残して死に絶え、残りは彼等だけになってしまったから、散っていった仲間の身体を戦場に放置したまま、少年は敵地を突破しようとは考えなかった。

 せめて墓でも作らねば、敵国を滅亡に追い遣らねば、これは血で血を洗う戦争、だから綺麗事はすぐに血と泥で薄汚れてしまう。

 死した者を生き返らせはしない。

 当たり前の自然の摂理だ。

 この子供の身体では、守れるものも守れやしない。


「クソッ!!」

「……泣くなよ、ルドマン」


 気付けば、子供のジオではなく、大人であるルドマンが大粒の涙を目尻から溢れ出させていた。

 仲間に庇われて、目の前で大切な仲間を沢山失って、それでも前に進まなければならない。

 自分達を守って死んでいった彼等を、少年達は見捨てたりしなかった。

 だから停滞している。

 少年はまだ十二の餓鬼、人の死を受け入れられない年齢であるはずが、表情にも瞳も酷く冷静沈着なジオを見て、薄情だなんて思わなかった。

 これは死に慣れた者の目、顔、動きだから。

 ルドマンには、対面で感情を晒さない幼い子供が怪物に見えた。

 今すぐに振り向いて、跪いて、彼等の骸を抱き起こして、優しく語り掛ける、なんて甘い行為は敵国が決して許されない。

 それは魔法の飛び交う戦場では自殺行為だから。

 だから、頭では理解できてはいる。

 しかし、心では納得できなかった。

 仲間を放置するという残酷な判断を下さなければならない立場であるから、ルドマンの目からは、拭えども拭えども涙が零れ、袖を濡らし続けた。


(僕は……無力だ)


 仲間の屍を超えていく自分達は、そうする資格をもたないのではないか、そうするだけの力を持っていないのではないかと立ち止まるジオ。

 仲間すら守れない自分が、何故生き残っているのか。

 仲間に守られ、自ら命を捨てて、そうまでして自分を生かそうとする。

 少年は自身の血に濡れた手を、ギュッと握り締めた。


「いたぞ!!」


 敵軍に見つかった彼等はギリッと奥歯を強く噛み、苦渋の決断を下したルドマンと共に、戦場を走り出す。

 仲間の亡き骸を戦場に置き去りにし、彼等は包囲網を抜けるため、帝国軍の武装軍隊へと突撃を仕掛けた。

 逃げ道は絶たれ、四面は敵一色、帝国軍は連合国軍の兵士全員を根絶やしにするまで進軍を続け、最後には国すらも滅ぼす存在。

 自分達では止められない。

 生き残りを選択し、戦場からの離脱を実行に移した。

 だが、そう易々と逃がしてくれる帝国軍ではない。

 ジオの住む『クレサント連合国』は現在、大きな土地を巡る争いで『ユーザニシア帝国』と戦争していた。

 発端は帝国軍からの攻撃、連合国軍も攻撃に転じてはいるが、戦況はやや劣勢だった。


「「「【生命の灯火 燃えし煉獄の炎 焼き尽くすは大気 唸る業火は塵となりて 灰燼へと還すは逆巻く紫炎】!!」」」


 魔法の詠唱文が重なり合って耳朶を貫いた。

 魔法の媒体となる『魔力』が大量に掌へと凝縮していく様子を知覚し、ジオは先行するルドマンの腕を掴んで、留まらせた。

 走っていては、アレに反撃できない。

 間もなく詠唱文が完成する。

 回避は不可能、そう決断した瞬間、魔法名がジオとルドマンの二人を強襲する。


「「「【紫焔大柱(ヴァイオレティア)】!!」」」


 二人の足元に赤色の幾何学な魔法陣が出現し、そこから紫炎が立ち昇った。

 摂氏数千度を超える帝国式の魔法、連合国で教えられるものとは別種の魔法は、彼等を丸焼きにせんとし、その渦中にいる二人の命を奪おうとする。

 瞋恚の炎がとぐろを巻き、敵を逃さんと術者達が維持し続けた。

 帝国軍は、完全に二人を消し炭にするつもりで魔法を放ち続け、その炎は約一分間地面が焦土と化すまで空気を燃やしていった。

 魔法を解き、土煙が晴れる。

 そこにはジオとルドマンの焼死体……ではなく、半透明ながら黄金色に輝いた魔力の殻に包まれた、連合軍の二人が佇んでいた。


(【聖櫃障壁(ホーリーシェル)】、ギリギリだけど間に合ったか)


 対象を守る結界を張るために、彼はルドマンを引き留めて停滞した。

 理由は三つ、一つは帝国軍を抜けようとした時に遠距離から魔法を仕掛ける者達がいたため、一つは逃げられそうもないと高を括ったため、そして一つは仲間を見捨てて逃げれないという一瞬の迷いから。

 そして三つの理由とは異なり、倒さなければ、という命令が彼等には下されている。


「クソが、絶対許さねぇ……油断すんなよ、ジオ!!」

「あぁ、背中は任せるよ、ルドマン」


 互いに背中合わせとなり、拳を構える。

 逃げ場は無い。

 退路も絶たれた。

 帝国軍が隊を為し、近接から、遠距離から、二人の命に狙いを定める。

 迷いを断ち切り、大男は意識を切り替える。

 仲間を殺された怒りを糧に、力に変え、激昂した。


「【身体強化ブースト】!!」


 ルドマンの筋肉という筋肉に魔法陣が出現し、魔力が筋肉に作用する。

 瞬間飛び出したルドマンの神速の動きによって、彼に攻撃を仕掛けようとした数人の敵軍の人間が、血肉を抉り取られた。

 握力が数倍にまで引き上げられ、その上で相手の肉や首を掴んで残虐にも引き千切る。

 それは敵軍からしたら脅威であり、それによって名付けられたのが『血潮の鉄人』、血に塗れた強靭な肉体の戦士、それがルドマンという男である。


「い、一斉攻撃!!」


 敵軍の一矢報いる先制攻撃に、思考を停止させた相手の指揮官は、気圧されながらも指示を下した。

 震わせた声が味方に届く。

 だが、その時にはすでに半分以上の人間が、少年と大男の攻撃で死骸へと成り下がっていた。


「なっ、い、いつの間に武器を――」


 ――手にしたのか、と言葉にする前に、首が胴体とお別れした。

 背後には短剣を手にしたジオが、横薙ぎの一撃を繰り出した動作をし、その武器は血に濡れ、彼の背後には無数の屍が転がっていた。

 頬に飛んだ血を拭き、ルドマンのサポートに徹する。


「【創魔工廠(ジェネレイト)】」


 今度は手元に生成した針三本を指で挟み、それを即座に投擲した。

 真っ直ぐに軌道を描く針は避けやすく、それを簡単に躱す軍人達が、ジオを殺すために迫っていく。


「死ねぇぇぇ!!!」


 殺意の剣が彼の首を刈り取る直前、その攻撃はピタリと止まった。

 先程投げた針が軌道を変え、それぞれの太腿に深々と突き刺さり、たったそれだけで三人程いた男達は全員泡を吹いて倒れてしまう。

 針を刺された場所に魔法文字が刻まれ、その者達は魔法毒に侵され、死に瀕する。


「ガッ…ァ……」

「……グゾッ……」


 首を絞められたように苦しみ、呼吸困難に陥る者達は次第に静かに息を引き取った。

 赤色の泡を吹いて、敵は死んだ。

 少年が殺した。

 その死骸三匹を放置した彼は、そのまま敵の戦場を駆け抜けて、連続して短剣を血潮に染め上げ、同時に死の恐怖を伝染させる。


「オラオラオラオラァ!!!」

「フッ!!」


 二人は軍隊を殲滅させていく。

 血に塗れ、肉を削ぎ、命を摘み取る行為に抵抗は最早存在せず、何度も繰り返してきた攻撃の数々に、ジオ少年は感情を映さない瞳で敵を屠った。

 遠距離からの魔法攻撃は防御魔法で防ぎ、近接では二人には敵わずに、ユーザニシア軍の人間達は命を失う。

 たったの十二歳の子供が、敵には悪魔に見えた。

 撤退もできず、戦っても殺される、ならばできるのは本国への連絡のみ、そう思った通信伝達の魔導師が、背中に背負っていた魔導電通信機器の受話器を取る。


「伝令! 伝令! こちら帝国軍第七魔法戦闘部隊!! 増援求む!! 増援求――ギャァァァァァァ!!」


 受話器を握る右手を遠方数十メートル先から狙撃され、その魔法使いの右手を一つの弾丸が貫き、そこから流れ出る血で動転する。

 遅れて痛みが脳へ伝わる。

 痛みが声に変換され、その悲痛な叫びが恐怖を象徴していた。

 通信伝達は戦争において最も重要視され、その通信魔導師の役割には、増援催促や斥候、状況毎に応じた精神共有での作戦伝達、幾つも重要な場面がある。

 それを倒すのも攻略の鍵となる。

 魔力でその通信の魔力を傍受したジオ、彼はその方角に向けて人差し指中指で鉄砲の銃身の形を作り、指から魔力の弾丸を射出し、見事的中させた。


「流石だな、ジオ」

「……先生が言ってた、戦争において通信に秀でた魔法使いを先に潰す、それが戦いの定石だってな」


 まだ未熟な魔法使いで、彼の体内にある魔力も極端に減っていた。

 残り数分もすれば枯渇状態となり、魔法が使えなくなるのは自分で感じていた。

 若くして才能があり、しかし少年の身体は成熟前、だから何度も油断して仲間に守られて、その仲間も皆戦場で散っていった。


「【魔導弾(マナバレット)】」


 もう一発、今度は眉間へと狙いを定めて発射した。

 数十メートルの距離を一瞬で貫通し、狙った通信魔導師の眉間に小さな穴が空き、そこから大量の鮮血が飛び散って倒れる。

 頭蓋と脳を打ち抜き、その魔導師から血液が池を作る。

 情報が途絶えたせいで、精神を同調させていた軍隊は戸惑いを隠しきれず、その一瞬の隙を縫って刃を届かせ、その後数分で百人以上いた軍隊が二人の特殊な魔導師によって壊滅した。

 静まり返った戦場で、少年達は息を整える。


「……」

「ルドマン?」


 戦いが一時的に終結し、自分が殺した敵の死骸を、ルドマンはただ意味も無く虚ろに凝視していた。


「なぁジオ……俺達、本当に正しい事をしてんのかな?」

「いきなり何だよ?」

「だってこんなの、ただ人を殺すだけの仕事だ。ジオなんてまだ餓鬼じゃねぇか。これで国を守れてるとは思えねぇんだよな」


 その実感が湧かない、たったそれだけ。

 国の礎になったのだと言われても、鉄人には納得ができなかった。

 仲良くできないのか、無駄な戦争を回避できないのか、無駄に命を奪わなくても良いのではないか、そればかり考えてしまう。

 それが甘い考えであるのも、彼自身は分かっていた。

 上層部は机にふんぞり返り、ヌクヌクと安全圏から命令を下すだけで命も賭けず、命令された側は強制的に命を賭けねばならない。

 戦争なのだから当たり前、そう言われてしまえば終わりだが、それでも人殺しの仕事は手に余るものだと、生温かな返り血が両手に感触を残す。

 しかし、ジオにはルドマンの気持ちを理解できず、首を傾げるのみ。


「皆、この戦いで死んでいく……もう俺の部隊で残ってんのはジオ、お前だけだ」

「そうだな。全員、戦って死んでいった。それが戦争ってもんだろ?」

「誰も死んでほしくなかったんだ。皆、良い奴等だった。優しくて、面白くて、アイツ等と一緒に過ごした二年間はホント楽しかった……こんな情けない俺を生かすために、皆が死んでった」


 声の抑揚は無くなり、次第に感情がグチャグチャとなっていく。


「俺さ、人を殴り潰してく時、どんどん自分が自分じゃなくなってく気がすんだ。慣れたくない、人を殺した時の感触にだけは慣れたくねぇよ、ジオ」

「ルドマン……」

「怖いんだ。仲間も、部下も、大好きな奴等が消えてくのも怖い。それ以上に自分が自分でなくなるのが……一番怖ぇんだ」


 僅かに声が震えていた。

 微かに身体が強張っていた。

 それでも戦争では、失った命を数える間にも人は亡くなっていく。

 大好きな者達から次第に消えていく。

 怖い、苦しい、辛い、恨めしい、狂おしい、殺したい、殺したくない、感情が幾つも綯い交ぜとなって濁流のように部隊長ルドマンを飲み込んだ。

 壊れかけの壮年の頬に、渾身の一拳が振るわれて、ルドマンは近くの岩に身体を強打し、その大岩が四散した。


「痛った……何すんだジオ!!」

「戦争で人はどんどん亡くなってくし、人を斬る、殴る、殺す感触は僕にだってある。けどさルドマン、ここで僕達が守らないと国は滅ぶ。僕達に二度と平和が訪れない。帝国の圧政に敷かれ、苦しい日々が続くだけだ」


 勝てば得られる物は大きい。

 だが負ければ、その仲間の死は無駄になる。

 結局、自分達は最後まで戦い続けなければならない、それをジオは身を以って教えた。

 殴られた隊長も、震えが止まっていた。

 代わりに部下から受けた攻撃で、頬と身体に鈍い痛みが走り、拳を握るジオを見上げた。


「辛い気持ちも、苦しい気持ちも、生きてるって証なんじゃないの? それを忘れずに生きなくちゃならない。それが生き残った者の責任ってやつでしょ、ルドマン」

「ジオ……」


 仲間を見殺しにした罪を背負って、自分達は血に塗れながら地面を這いずり回って生きる、それが戦争で仲間から託された想いの結晶でもある。

 それを齢十二の少年に諭され、ルドマンは部下であるジオと共に戦線離脱する。


「ありがとよジオ……お前も、いつか――」


 少年にはその言葉の先が聞こえなかった。

 途端に視界がグニャリと歪み、景色が上下反転して何もかもが見えなく、聞こえなくなった。

 その崩れた空間の先には、大勢の仲間の笑顔が見え、ジオ少年は無意識にそこに手を伸ばそうとした。


「――!!」


 名前を呼ぼうとして、その名前が言葉にならなかった。

 自分と同じくらいの少年少女達が、自分よりも幾何か成長した姿をした仲間達が、全員背を向けて何処かへと歩いていく。

 自分と同じくらいの少女が一人、悲しげに去ってゆく。

 その先へと少年は手を伸ばす。


(待ってくれ……待って! まだ僕は……俺はまだ答えを見つけて――)


 無駄だと分かっていながら、彼はただ手を、その血に塗れた腕をひたすらに伸ばし続け、暗闇だけをその手に掴んでいた。

 手にしたのは闇、その闇から血潮が垂れていく。

 自身の手が赤黒く染まっていく。

 仲間が消えて、心には大きな穴が空き、その闇の先には一人の男が立っていた。


『じゃあな、ジオ!!』


 ルドマンが白い歯を見せて、笑顔のまま背を向けて光の向こう側へ歩き去っていった。

 ジオは彼を追い掛ける。

 しかし距離が縮まらず、血潮の鉄人は手を振って仲間と共に光へと消えた。

 次第に足を止め、孤独に膝を落とし、絶望に打ち拉がれてしまう。

 世界の何処にも居場所は無く、手に入れた場所も一人きりになってしまった。


「皆……俺を…………僕を置いてかないで!!」


 その言葉も闇が飲み込み、世界は歪む。

 足場も無くなって、自由落下によって彼は現実世界へと落ちていった。









 陽だまりがカーテンを縫って彼の目元を照らし出し、その光に揺さぶられ、重たい瞼を開けた。

 久方振りに見た四年前の光景の夢、その意識の世界から目覚めた青年は、辺りを見回して自分が何処にいるのか、何故ここにいるのかを思い出す。

 ガタンゴトン、ガタンゴトン……

 と、身体が振動を味わう。

 窓から見える景色はどんどんと移り変わっていく。

 魔石炭を燃やし、煙突から出る汽笛の音が軽快に空へと響き渡る。

 ここは魔導蒸気機関車内、その機関車に乗って現在とある都市へと向かっている最中だった。


(夢か……随分と久し振りに見たな)


 夢の世界から覚めた青年ジオは、数年分の時を食ったかのように身長が伸び、顔立ちも身体つきも大人へと変貌を遂げていた。

 モデル並みの高身長に、鍛え上げられた細くもがっしりした肉体、誰もが二、三度は振り返る程の美貌を持ち合わせ、寝癖の付いた漆黒色の髪を掻いて欠伸を漏らす。

 夢のせいで眠気が燻っている。

 もういない仲間達へと想いを馳せ、カーテンを開き、窓を上へ開け放つと、入ってくる風が自身の陰鬱とした心をも換気するようで、微睡みも吹き飛ばしてくれる。

 新風が彼を誘っている。

 新しい一日の始まりだ、と。

 戦っていた頃が今では懐かしく感じられ、苦い経験ばかりだった記憶も、現在では一つの人生の過程だと理解納得している。

 あの記憶の後も仲間が沢山死に、戦いに明け暮れ、結局は自分一人だけが生還し、周辺国との戦争は一応の終結を迎えた。

 そこからは苦労の連続、毎日悪夢を見て魘され、戦場に出なくなってからも毎日のように自分を責め続け、墓参りも毎日欠かさず行った。

 眠る行為に恐怖を覚え、まともな睡眠を取るのも辛くなった。

 戦争がほぼ終結し、機関車の向かう国はかなりの発展を築いた。

 結論から言えば、ユーザニシア帝国との戦争は連合国軍の勝利に終わり、仲間の死も報われたと言えようが、その彼の仲間達は全員墓の下に埋葬され、その御霊は天国へ召された。


「随分と平和になったもんだ……」


 列車内で景色を眺めていると、花畑を通り抜けていく。

 色取り取りに咲き乱れ、花びらが列車を歓迎するように風に乗って綺麗な景色を映し出す。

 同時に、座っているのが退屈だったのか、通路で子供達の走り回る姿が目に入り、人々の往来が激しく、喧騒に絶えない場所へと向かっていると実感できた。

 列車が大きく揺れ、転びそうになった子供が一人いた。

 その子供に向かって彼は一枚の長方形の紙を投擲し、子供の背中に貼り付いたところで、今し方刻んだ浮遊の魔法陣を作動させる。


「うわっ!? う、浮いた!?」

「す、スゲェ……」

「あ、知ってる! ふゆーまほーだ!」


 二人の少年少女が、一人の少年が浮いている様をキラキラとした目で見て、その魔法陣を発動させたジオを尊敬の眼差しで凝視した。

 少年を床に下ろし、怪我をしていないか確認する。


「怪我は大丈夫そうだな」

「あ、ありがと兄ちゃん!」

「あぁ、列車は揺れやすいから、気を付けてな」


 そう言って、少年の頭を優しく撫でる。

 十歳の少年少女三人が、青年の隣席と向かい側の席にそれぞれ座り、魔法を見せて、と目で語っていた。

 そこに現れたのは妙齢な女性、旅行鞄を手にしており、平民出の服装を身に纏う様から、何処かからやってきた観光客なのかと推測する。

 と、その女性客が突然青年に頭を下げた。


「こ、子供達がご迷惑をお掛けしました!!」

「あぁいや、別に気にしてませんから。宜しければ、どうぞお掛けください」


 向かい側の空いている席に座るよう促す。

 まだまだ道のりは長いため、話し相手のいない彼としては退屈凌ぎの一環で誘っただけだった。

 花畑を過ぎて、長いトンネルへと列車は入る。

 魔法による明かりがトンネル内を薄暗く灯し、子供達はその暗さに燥いでいた。


「子供連れで旅行とは中々に大変だったでしょう。中央都市には観光で?」

「えぇ、祖父母がクレサントで暮らしてるので、夫と子供達と共に会いに行くんです」


 観光のために、母親は少し離れた場所で座っている夫と子供三人で老夫婦へと会いに来たと述べる。

 治安が良くなり、国同士で線路が引かれ、こうして気軽に国境を越えられるようになった。

 これも戦争による変化、物流も盛んになり、海運業のみならず、機関車運業でも資源のやり取りが為され、中央都市と呼ばれる場所は、発展を繰り返している。

 しかし平和になったが、それだけ人々は戦争の痛みを忘れていく場所となり、彼にはその中央都市の空気が合わないと感じた。

 彼等の向かう場所は『アンシュリーローヴ月邦国』、戦争によって拡大した土地を総合して呼んでいる場所の『中央都市クレサント』である。

 元々はクレサント連合国だったのが、領土拡大に伴い、そのように名前が変化した。


(今では都市、だもんな)


 ユーザニシア帝国もその一つに含まれてはいるが、帝国は戦争によって負けて隷属国となり、戦争の芽は全て摘まれてしまった。

 簡単に言えば、処刑。

 もっと生々しく言えば、斬首刑。

 帝国の辿った運命によって、戦争中だった他の国も武器を地面に落とし、白旗を上げた。


「なぁなぁ、兄ちゃんもクレサントに行くのか?」

「あ、アルティ!? す、すみみせん! ウチの子まだ言葉遣いを知らないものでして――」

「いえ、お気になさらず。成長すれば自ずと覚えるものですから」


 貴族ならば相手によっては侮辱罪、不敬罪等と難癖付けて処刑したり、暴力を振るったりする場合もあり、それを機敏に警戒していた母親が再び頭を下げていた。

 そこから、貴族と何かあったのかと予想できる。

 だが、初対面相手にそこまで踏み込みはしなかった。


「それに彼の言った通り、自分もクレサントに用事がありまして、長旅を終えて向かっているところです」

「お一人で旅、ですか?」

「えぇ、戦争終結後の平和になった国々を一度、この目で見てみたかったので」


 それは戦争で奪ってきた命が、同じく奪われた命がどう紡がれ繋がっていくのかを確認するため、戦争終結より三年間で他国を渡り歩いた。

 時には困難に立ち向かい、時には苦難に直面する。

 時には食べ歩いたり、時には人伝手に各地で戦にも参加した。

 それを説明しなかったが、旅によって彼は数多の経験を通して成長した。

 窓の外には、トンネルから抜けた一面草原の広がる景色が見えて、心に深く残った。


「ではクレサントにはどのような用事で?」

「今年で十六となったので、クレサントにある魔法学園に入ろうかと」


 魔法使いになるための方法は幾つかある。

 誰かに師事してもらうか、独学で覚えるか、魔法学園に入学して講師陣に教えてもらう。

 他にも方法はあるが、長旅も終了しようとした矢先、知人から学園案内通知が届き、こうしてクレサントにある魔法学園へと赴いていた。

 クレサントの魔法学園は、この大陸でも有名である。

 戦勝国として名高いクレサントの、その発展の真っ只中にある魔法学園は設備が充実し、幾人もの有名人を輩出している。

 魔法使いの環境に最も適した魔法の学び舎は、倍率が非常に高く、毎年門戸を叩く者で溢れ返る。


「確か……入学試験があったはずですよね?」

「えぇ、それに今年は――」


 言葉が紡がれず、突然機関車内が大きく揺れて、全員椅子から腰を浮かしてしまう。

 蒸気機関車のブレーキが掛かり、耳を劈くブレーキ音が慟哭する。


「い、一体何が!?」

「どうやら前の方で何かあったみたいですね」


 急停止したために、網棚に乗せていた荷物が通路へと飛び出した。

 大きなリュックやアタッシュケース、ショルダーバッグといった私物が全部落ちて、それを拾おうとしたところで子供達が持ち上げた。


「はい! まほーつかいのお兄さん!」

「お、重たっ!?」

「か、カッコいい……」


 ショルダーバッグ、リュック、アタッシュケースの順で手渡される。


『緊急放送、緊急放送、線路上にBランクモンスターが出現しました。乗客の皆様は車掌の指示に従い、速やかに避難してください。繰り返します、緊急――』

「も、モンスター!?」


 女性の驚く様を横目に、一枚の長方形の魔法紙を取り出したジオは、そこに魔力で幾何学な魔法陣を描いていく。

 目を閉じ、意識を魔法陣に集中する。

 脳裏とリンクした魔法陣が周辺の情報を読み取り、機関車の進行方向に大きく歪な魔力反応を感知する。

 

「どうやらそのようですね……お姉さん、貴方は子供を連れて旦那さんと逃げてください」

「へ!? あ、貴方は!?」

「俺は少しばかり用事を済ませてから逃げますよ。俺の事は気にせず、早く行ってください」


 その母親の背中を押し、逃すよう促す。

 緊急アナウンスが尚も避難勧告を出し、唸り声も耳に響いていた。

 しかし転びそうになっていた少年だけは、青年の元を離れなかった。


「に、兄ちゃんはどうするの?」

「ん? まぁ、そうだな……もし、この乗客の中で戦える奴がいなかったら俺が戦うけど、Bランク程度なら問題無いだろう。何せ俺は『魔導師』だからな」


 少年の頭を撫でて、目線を同じにする。

 膝を曲げ、こちらに来ないようにと一つの約束事を取り付けておいた。


「少年、家族はお前がしっかり守ってやれ。できるな?」

「う、うん!」

「よし、なら母さん達のとこに行け。次は転ぶなよ」

「分かった! 頑張ってね、兄ちゃん!」


 その言葉を胸に、少年達を見送った。

 遠くで母親達が頭を下げているのを目にしたため、手を振り返し、後ろの車両へと逃げていく家族を横目に、青年は窓へと身を乗り出して敵を見据える。

 清涼吹き渡る草原に、一匹の大蛇が列車の進行を塞いでいた。


(魔法使いが一人か……珍しいな、回復系魔導師をこんなとこでお目に掛かれるとは)


 魔法使いの特徴は幾つかに分別されるが、その中でも回復魔法を使える人間は、約三(パーセント)未満と言われている。

 それくらいに貴重な存在、しかもその少女は自分と同じくらいの年齢だと推察された。


(貴重な人材だが、数分も持たなそうだ)


 回復に特化した魔法使いならば、戦闘は得意ではない。

 その価値観があるため、その少女を戦力と考えずに様子見する。

 敵は蛇の怪物、赤黒い装甲のような鱗、太長くしなやかな動きを見せる胴体、真紅色に輝く瞳が小さな魔法使いを見下ろして、尻尾での横薙ぎ攻撃を繰り出した。


「うっ!?」


 辛うじて風の魔法で攻撃を上方に逸らした少女は、息も絶え絶えに更に魔法を発動させようと両手を翳した。

 詠唱が始まり、魔力が掌に収束していく。

 黄緑色の魔法陣が浮かび、風の刃が形成される。


「【風裂刃(エアカッター)】!!」


 鋭利な風刃を何発も放ち、その赤蛇の胴体に着弾したが、それでも外皮は硬く擦り傷一つさえ与えられず、歯痒く防御に徹する。

 だが、詠唱のせいで瞬間展開できず、尻尾攻撃を紙一重で躱していた。


「きゃっ!?」


 ズドンッ、という重たい尻尾攻撃が、機関車すらも震わせていた。

 少女の手には余る。

 砂塵が巻き上がり、太陽を反射する銀髪が汚れている。

 ケホッケホッと咽せる声も青年の耳に届いていた。


『お客様の中にA級魔導師様はいらっしゃいませんでしょうか? 魔物の討伐をご依頼させていただきます。現在魔導師の少女が一人で抑えてくれています。A級魔導師様はいらっしゃいませんでしょうか?』


 回復魔導師の少女が戦っている中、機関車の車掌室ではマイクを片手に、車掌が戦闘の様子を緊張の面持ちで観戦していた。

 しかし素人目線でも、彼女一人では絶対に勝てないだろうと判断していた。

 だから応援を呼び掛ける。

 乗客の中にいるともしれない魔導師に。

 魔物討伐の依頼、それは即ち報酬が発生する案件として扱う、という公言でもあり、それを聞いた乗客達は魔法を扱えない一般人でしかないと聞き流す。

 ジオもその放送を聞いてはいたが、どうするべきか迷っていた。


(あまり大事にはしたくないんだが……)


 ジオとしても、目立ちたい訳でもなく、事件に関わりたい訳でもない。

 だが、少女の力では倒せないのもまた事実。

 それに対して、彼が取った行動は一つだった。


「クッ……も、もう一度……【吹き渡る風よ 一陣の刃となりて 我が前に現れし敵を 切り裂きたまえ】」


 高速での詠唱文を発し、魔法詠唱を完成させる。

 そして彼女の持ち玉である風の攻撃魔法を繰り出した。


「【風裂刃(エアカッター)】!!」


 今度は魔力をより多く使用し、大蛇の外皮へと風の刃をお見舞いしたが、それでも倒しきれず、多少の傷を負わせる威力しか出なかった。

 途端に魔力切れを発症し、強い倦怠感が彼女を襲う。

 足に力が入らず、その場に倒れる。


「あ、あれ……」


 意識が朦朧とし始める。

 眠気と疲れが同時に現れて、彼女を夢の世界へと連れていこうとする。

 それを好機と考えた赤大蛇は、ゆっくりと獲物を食らうように顔を接近させる。


「やっぱり数分も持たなかったか。考え無しにバカスカ魔力を使うから魔力切れを起こすんだ。まだまだ魔法使いとしては未熟な証拠だな」

『ッ!?』


 ビクッと背筋が身震いした大蛇、その声の主へと恐る恐る顔を向けてみる。

 そこには圧倒的な殺気を纏い、重苦しい威厳を放つジオの姿があった。

 蛇に睨まれた蛙、ではなく、蛙に睨まれた蛇という構図となっており、硝子越しに車掌もスピーカーでの放送を止めて、青年達の戦いを静かに見守る。


「おいどうした、掛かってこいよ?」

『シュルル……』


 警戒心が働いて、青年を攻撃すべきか迷いが生ずる。

 逃げて別の機関車を狙うのか、それとも青年を倒すべきなのか、本能で青年を倒すべきだと判断した大蛇が、その長い身体をバネのように利用し、上空へと跳躍した。

 尻尾を起用した跳躍に、青年は瞠目し、警戒する。

 紙に複雑怪奇な魔法陣を描き、落下して物量で攻撃してくる蛇に対して、少女を背に守護した。


「【聖櫃障壁(ホーリーシェル)】」

『シャッ!?』


 黄金色の球体に守られ、その蛇は弾き飛ばされたが、諦めずに果敢に障壁へと攻撃を繰り返す。

 尻尾攻撃、牙での噛み付き、毒噴射、跳躍からの物量攻撃、持ち得る全てを青年の魔法へと向けたが、無駄な時間だった。

 青年が無傷で立っていたのが証拠だ。

 時間経過により、聖属性魔法を描いた魔法紙も役割を終え、ボロボロと消滅する。

 魔法による結界が消えた。

 好機と判断した化け物は、地響き鳴らして着地し、青年を即座に殺そうと蛇行しながら迫り、身体を巻き付けて潰そうと決意する。

 その素速い動きに翻弄されるかに見えた青年は、冷徹な瞳で蛇を捉え、魔法陣の描き終わっていた別の魔符を蛇に向けていた。


「【麻痺(パラライズ)】」

『ギッ!?』


 規模の大きな電撃が大蛇に当たり、動きが止まる。

 バチバチと雷が蛇から迸り、格好の的となった大蛇は感電で動けない。


「ぅぅ……あ、あれ、私は何を……」

「ようやく目が覚めたか」


 ここで、青年に守られていた少女の意識が回復した。

 横たわっていた身体を起こし、状況を即座に理解して立ち上がろうとする。

 だが、体内の魔力は空っぽで、起立だけでも結構体力を奪われる。


「無理するな、お前は魔力を使い果たして気絶したんだ、随分早い回復だったがな。まぁ、休んでろ」

「し、しかし――」

「安心しろ、もう終わる」


 白紙の札が束で入った四角い小型レッグポーチを太腿から切り離し、その口を開けた状態で上空へと投げ、大量の紙が周囲へと規則正しく並んでいく。

 普通の魔法では、蛇の外殻にすら傷を負わせられない。

 だから枚数は気にしない。

 その魔法紙が五十枚以上、一匹のモンスターを取り囲んでいた。

 空間に作用する魔力そのものを全て掌握し、遠隔操作で魔力を操り、全部の魔法紙に同時記載、膨大な魔力に赤大蛇が怯えていた。

 が、蛇が怯えようと攻撃してこようと、倒すのみ。

 魔法一斉照射、彼の魔力操作一つで全魔法が意のままに大蛇に向けられ、放たれる。

 殺す、ジオの明確な殺意が蛇を喰らう。

 拳を握り締め、魔法発動を合図した。


「【完全爆撃(デトネーション)】」


 超発光からの大爆発が炸裂し、爆撃は彼等のところには届かずに、内部で収束する。

 焼却炉のように、廃棄物を燃やし尽くすかのように、巨大な赤蛇は感電による麻痺と恐怖心によって動けず、そのまま丸焼けとなり、内部まで焼却された巨躯を地面へと横たわらせた。

 轟音を打ち鳴らして、その大蛇の怪物の目から生命の輝きが失われた。

 生命反応の停止、これで討伐は完了した。


「す、凄い……」


 魔法の紙が全て灰燼に帰し、残ったのは蛇の丸焼きだけだった。


「こんな魔法、初めて見ました……貴方は一体、何者なんですか?」


 魔導師の中でもかなり異質な存在、詠唱もせず、無詠唱にしては紙を媒体にして、自身でも傷一つ付けられなかった蛇を倒した。

 それ故に、彼女は異質な魔法使いに興味を抱いた。

 それが同じ魔法使いとしての性、魔法の存在が二人を結び付ける。


「俺はジオルスタス、知り合いからはジオって呼ばれてる。好きに呼んでくれ」

「あ、はい。えっと、私はルーテミシアと申します。親しい人は皆、ルー、或いはルシアと呼びます」


 白銀の髪を靡かせて、少女は青年の手を取って握手を交わした。

 翡翠色に煌めく慈愛の双眸は、青年の爛々とした黄金色の瞳と交差させているが、少女は安心しきったために力が抜けてしまった。

 地面にへたり込み、息を切らしている。

 魔力切れによって起こる弊害は、気絶、倦怠感発症、体力低下、といった負の効果を齎すため、魔法使い達は魔力切れにならないよう気を付けている。

 中には精神を鍛えて気絶しなくなったり、身体を鍛えて体力低下を抑える魔法使いも存在する。


「しばらくは安静にしてろ。魔力回復薬(マナポーション)が荷物の中に……お、あったあった」


 自身の持ってきた荷物から、魔力を回復させる液体瓶を手に取った。

 青緑色をした綺麗な瓶に、中には水色の液体がある。

 怪しげな薬瓶ではなさそうだと、厚意を受け取って一口液体を飲んでみる。


「ふわぁ……凄い、一気に魔力が回復していきます……こ、これは?」

「魔導大国で作り方を教わってな。自作したものだ。回復速度と回復量を上げてあるから、飲んだ数秒後には一定量回復してる」


 そう言いながら、彼の興味の対象はすでに大蛇へと移っていた。

 赤黒い魔力を持つ化け物、魔力が暴走状態になっていたために、より強力な力を扱えてはいた赤大蛇だったが、その怪物は討伐された後。

 その手柄は当然青年に与えられるが、手に余る代物を入手してしまったと後悔する。


(ブラッディバイパーって種類のモンスターのはずだが、こんなに大きな個体は初めて見たな……)


 魔力反応に異常が出ていた事もあって自身で調べようかと思った彼だが、線路上での解析は邪魔でしかなく、時間も圧しているために片付けから開始する。


「【空間収納(ストレージ)】」


 紙を貼り付けて一瞬にして次元空間へと収納したジオは、車掌へと討伐完了したと身振りで伝え、それを見た車掌がアナウンスを開始した。


「立てるか?」

「は、はい……いえ、まだ足に力が入らないようです。すみません」


 立とうとした彼女は、足に力が入らずに尻餅を着いてしまう。

 スカートの奥が見えそうになっていたため、青年は目を逸らして視界に入れないよう注意を払い、労いの言葉を彼女へ掛ける。


「いや、気にするな。皆を守るために一人立ち向かった。よく頑張ったよ」


 ルーテミシアの身体を横抱きにして、ジオは軽々と持ち上げた。

 体重が軽い彼女は突然抱き上げられ、驚きと恥ずかしさで赤面する。


「こ、この年でお姫様抱っこなんて……」

「悪いが我慢してくれ。今はクレサントに行くのが重要だからな。いつまでも列車を止めてると、後続に迷惑が掛かっちまう」


 魔導機関車の走行時間は決められているため、このまま停滞していると後ろから追突される。

 一両目へと乗って彼女を席に座らせた後、自身の荷物も外に置きっぱなしだった彼は、それを回収して運転手と共に乗客の安全確認を行い、機関車を発進させた。






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