私メリーさん、今、……にいるの
この小説はフィクションです。実在の人物や宗教、観光地などとは関係ありません。
初めて書いた千文字以上のお話です。読みにくいところも多々あると思いますが、読んで頂けると嬉しいです。
私の名前はメリー。知る人ぞ知る都市伝説と呼ばれる存在だ。電話を掛けてターゲットに徐々に近づいていき、最後はターゲットの背後に現れる。
現れてどうするのかって?別にどうもしないわよ、ちょっと驚かせて終わり。たまにターゲットを殺してるとか言われるけど、そんなことをしたら私の噂が拡散しないじゃない。忘れられたらそこで存在が終了しちゃう都市伝説の私が、そんなことするはずがないでしょう。
さて、今日も哀れなターゲットに電話を掛けて驚かせてあげましょう。
プルルルル、プルルルル、プルルルル……なかなか出ないわね……プルルルル、ピッ、あ、ようやく出たわ。
「もしもし?私、メリーさん。今、『高野山金剛峯寺』にいるの。えっ?」
最寄りの駅の名前を言おうとしたら、それに被せるように言われた言葉に思わず首を傾げると、いきなり視界が変わって何処かのお寺?みたいなところに私は出現していた。
その瞬間、まるで全身に熱湯を掛け続けられているかのような激痛が私の体を走る。
「え、何?何が起こっ……痛ぁ!何、痛い痛い痛い痛い!ちょっと、ここ何よ!?早く移動しないと……電話、電話!」
プルルルル、プルルルル、ピッ。
「もしもし!私、メリーさん、今、『富士山頂上浅間大社奥宮』にいるの。えっ!?」
次の瞬間、私は何処かの山の頂上に出現していて、目の前に鳥居が見えた。
ワンピース姿にはきつすぎる冷たい風が吹きすさび、腰まである長い金髪が物凄い勢いで風になびいて身体に当たって痛い上に、さっきのお寺のような痛みがまた体を走る。
「寒っ!何、ここ凄い寒いっ!それにさっきよりはマシだけど、痛い!電話!電話しなくちゃ!」
プルルル、プルルルル、ピッ!
「もしもし!私メリーさん、今、『白神山地青池』にいるの!」
次の瞬間、私は森の中、木々に囲まれた神秘的な青い池のほとりに立っていた。
青い池の水はとても澄んでいて、余りの綺麗さにびっくりしてしまう。
「ここは……痛くないわね、それに少し寒いけど耐えられない程じゃないわ。それにしても一体何が起こってるのかしら。私が場所を言う前に相手が場所を言って、そこに私が飛ばされてるのよね。まさか私の能力に対抗する手段があるなんて、長くメリーさんをしてるけど知らなかったわ」
この手段に対抗するには、こちらが相手より早く場所を言えば大丈夫だと思うんだけど、タイミングの取り方がいやに上手いのよね、こちらの呼吸を読んでるっていうか、分かってるっていうか。
そうなると大きな声で相手の声をかき消すっていう手もあるだけど、直ぐに相手も大きな声を出して対抗してきそうだし、根本的な解決にはならないわね。
「ターゲットを変えるっていうのが出来ればいいんだけど、出来ないのよね。それに、もしこれで私への対処法って言うのが世に広まったら、私、消滅しちゃうんじゃないかしら。最初とその次に飛ばされた場所、聖地というか神聖な場所で私みたいなのが入ったらダメージを負うみたいだし。もし連続で飛ばされ続けたらって想うとぞっとするわね。やっぱり、このターゲットをどうにかしないと駄目だわ」
眼下に広がる美しい青い池を見つめながら、ターゲットの口から私の対処法が広まる危険がある以上は、このターゲットをどうにかしないといけない、とりあえず説得して口外しないようにして貰わないと。
そうと決めれば次こそはこちらが先に場所を言おうと、頭の中に浮かんでいる場所の名前を覚えて、ターゲットへと電話を掛ける。
「もしもし私メリーさん今『屋久島縄文杉』にいるのって、また先に言われたぁっ!」
可能な限り早口で言おうとしたのにまた先を越されてしまい、私の身体はまたその場所から消えて大きな木の側へと現れる。
ここは寒く無くて少し暑いくらいだけど、肌がちくちくして痛いとかはなくて取り敢えずそのことに安心する。
「それにしても凄くおっきいわね。これが縄文杉っていうの?こんなに大きくなるまでどれくらい掛かったのかしら。凄いわね……見上げても全然、上の方が見えないし。自然って凄いわねぇ……って、観光しに来たんじゃないのに、私は何をのんびりしてるのよっ!」
縄文杉の太さ大きさに圧倒されながら、こんなに大きく成長できるなんて自然って凄いと感心して、はたと自分が観光気分になっていることに気付き大声で叫んでしまう。幸い、自分以外には誰もいないようなので聞かれてないみたいだけど、ちょっと恥ずかしい。
「先に言われちゃったけど、途中までは私の方が早かったし、次はもっと早口で言えば勝てるわよね。それじゃあ、もしもし私メリーさんい『摩周湖』にいるのって、また言われたぁっ!」
次の瞬間、私は青色のとても綺麗な湖が見渡せる場所に立っていた。
さっきの青い池ほど透明度はないけれど、圧倒されそうなくらい青くて広くて、神秘的な光景に私は暫し、声を忘れて見入ってしまう。
「綺麗……摩周湖って霧がかかりやすいから、なかなかこんな風に見えることがないって言うから貴重よね……ラッキーだったわ……って、だから観光してるんじゃないのにぃ!もうやだぁ!こっちが早く言おうとしても寧ろ相手の方が早くなってるし!なんなのよいったい!」
つい大きな声で叫んでしまう。周りにはまた誰もいないから良かったものの、この癖は直さないといけないわね。
はぁ、と溜め息を零して目の前の風景を眺めると、なんとなく胸がきゅっとなる。
どこか切なくて懐かしくて泣きそうな、そんな感情に襲われた私は思わず胸元を抑えてしゃがみ込んでしまった。
「っ!何?この感じ。なんだか胸が締め付けられるみたいに痛い……私、前にここに来たことがあるような気がする。別のターゲットを狙ってたときに来たのかしら。良く覚えてないし思い出せないわ。こんなの、初めてで怖い」
未知の感覚、感情に不安を抱きながらターゲットに電話をかけようかどうか迷う。こうも不可解な現象――都市伝説の自分が言うのもおかしいけど――が起こるとどうしても躊躇ってしまう。とはいえ、電話を掛けてターゲットまで辿り着かなければ自分の存在意義を失ってしまい、最悪、消滅してしまうかも知れない。
とにかくどうにかして相手より早く場所を言うしかない、私は電話を掛ける前に早口言葉の練習をすることにした。
「生麦生米生卵、隣の客はよく柿食う客だ、赤巻紙青巻紙黄巻まみ、東京きょっきょきょきゃきょきゅ、手術室でしゅじゅちゅちゅう……よし、途中から言えてないけど舌の回転は速くなったような気がするわ。もしもし私メリーさんいま『薬師寺東京別院』にいるのっ!ってまた負けたぁっ!!」
次の瞬間、左手に薬壺を持った坐像とその両脇に綺麗に彩色された二体の菩薩像が並んでいるその前に、私は姿を現す。その美しさに私は一瞬、心を奪われ見とれてしまい、そして体に痛みが走っていないことに気付く。痛くない、そう思って手を見ると少しずつ透けて言って感覚がなくなりつつあるのにぞっとする。
「あれ?痛くない……寧ろ何だか気持ちいいような、心が安らぐような、穏やかな気持ちに……って、透けてきてる透けてきてる!私の体、透明に……このままじゃ成仏しちゃう!?もしもし私メリーさん今『小泉八雲記念館』にいるの!」
ふわっと私の体が宙に浮いて消え、次の瞬間、歴史を感じさせる日本家屋の前に現れていた。
手を見れば透けかけていた私の体は急速に元へ戻っていて安心する。ここ、なんだか力が沸いてくるっていうか、土地からエネルギーを貰えているみたいな感じがするわね。
「危うく成仏するところだったわね……っていうか私みたいな都市伝説でも成仏するって言うのかしら?それにしても、ここはなんだか力が貰えるっていうか、エネルギーが満ち溢れているというか。流石は様々な怪談を書いたことで知られている人の記念館ね。まぁ、怪談以外にも翻訳とか他にも色々書いてるらしいけど」
なんとなくだけれど妖しの力を感じる気がするし、今までの場所の中では私にぴったりの空気のある場所ね。
それにしても、なんだかここも見覚えがあるような気がするわね、前に来たことがあるような……そう言えばさっきのお寺もゆっくり思い出すと見覚えがあるような気がするし、どういうことかしら。
「相手の言うままに移動してたら、どういうことか分かるのかも知れないわね。神社とかお寺とか、聖域になってるところに行ったら存在の危機になっちゃうけど。ここでだいぶエネルギーも補充出来たし、そう簡単に消滅しちゃうようなこともないでしょう」
こちらを消滅させるつもりなら立て続けに神社やお寺に放り込めばいい、この国にはたくさんそういう場所があるのだから、そのつもりがあるならもうそうしているだろうし。そうしないってことは、何か意図や目的があるっていうことよね。
「ふふ、いいじゃない。あんたが何を考えてるか分からないけど、乗ってあげようじゃないの。最後の最後、行き先を思いつかなくなったときがあんたの最期よ。さぁ、それじゃあ――」
それから、私は電話の声の主に依ってあちこちへと飛ばされた。行く先々で綺麗な風景を堪能したり、壮大な自然に浸ったりと、今までにしてきたようなターゲットへ近づく為だけの移動とは違う楽しいもので、懐かしさや切なさを感じて胸が締め付けられるような想いを何度も感じながらの移動だった。
「仁淀川のにこ淵ね、ここも凄い水が綺麗な青色をしてて透明度が高いわね。パワーが満ちてくるっていうか、凄く気持ちいい。滝つぼの音も木々の緑も凄く素敵ね……こんな機会でもなかったらまたくることもなかったでしょうし、ターゲットには感謝してあげてもいいかも知れないわね……って、また?」
自然とまた、という言葉が口に出た。確かに私はここに来たことがある、それがいつだったかとか誰とだったかとかは、記憶に靄がかかったように思い出せない。
そもそもそれをいえば私は誰なのだろう。気が付けば都市伝説のメリーになっていたけれど、メリーになる前は?それに、メリーになったばかりの頃は確かに目的があったような気がする。数多ある都市伝説の中で、私がメリーを選んだ理由、それは。
「誰かを探して……そう誰かに会うために、私はメリーになった?」
そう、私には目的があったのだ。メリーとなってでも叶えたい願いが。どうして今まで忘れていたのだろう、こんなにも大事な願いだったというのに。
でも、これでようやく今までに飛ばされた場所の意味が分かったわ。
「仁淀川に来たということは次が最後の場所ね。その次が貴方のところになる筈、うふふ、ようやく会えるわね。もしもし?私メリーさん、今『秋吉台』にいるの」
そして彼へ電話を掛ければ私の体はその場所から消え、次の場所へと移動する。お寺だったり神社だったりはしない場所だから、安心して移動できるわね。大分慣れてきたとはいえ、痛いことに変わりないもの。
「秋吉台、ね。国定公園で特別天然記念物にも選ばれてる場所で、日本最大級のカルスト台地。展望台からの眺めが凄いのよね。夏みかんのソフトクリームも美味しくて、来たのが冬だったのに寒い寒いって言いながら食べたのもいい思い出だわ。野焼きっていうのも見ることが出来なかったし」
ソフトクリームを食べたその後、身体が冷えてお腹を壊し、暫くトイレの住人になったのも今となっては懐かしい思い出だわ。
もし、今そんなことをしたら花子が出てきてからかってくるでしょうね、都市伝説がお腹を壊してるんじゃねぇよって。
「そう言えば花子、隣の個室でお弁当を食べてる子がいて落ち着かないって言ってたわね。衛生的にどうなのかとか、もしかしたらイジメられてるんじゃないかって心配してたし。まぁ、声を掛けて驚かせても申し訳ないから、もうちょっと様子を見るって言ってたけど」
まぁ、花子が関わるんだったら悪いようにはならないでしょう。あの子、口は悪いけど面倒見はいいし、不良ぶってるけど正義感は強い方だし。学校の怪談の中でも最強クラスの力の持ち主だしね。
それに今は他人のことより自分のことよね、この場所で最後だから次は彼のいるところへ出るでしょう。
一度深呼吸をして、私は彼へと電話を掛ける。
プルルルル、プルルルル、ピッ。
「もしもし?私、メリーさん。貴方だったのね、本当に回りくどい思い出させ方をするんだから。でも、その回りくどいやり方じゃないと気付かなかったでしょうし、仕方なかったのよね。それじゃあ、今から貴方のところにいくわ。少しだけ待っててね」
電話の向こうで相手が頷いたのを感じ、一度大きく息を吸ってそれから吐いて、私は改めていつもの台詞を口にする。今まで何度も口にしてきた台詞なのに、こんなにも緊張するなんて自分でもびっくりだわ。
「もしもし?私、メリーさん。今、貴方の後ろにいるの」
そう言った瞬間、私の体はその場から消える。そして次の瞬間、暖かなクリーム色の壁紙にふわふわの茶色い絨毯、青色のレースのカーテン、そして色々な本の入った本棚のある少し手狭な部屋に置かれたベッドの横に立っていた。
「後ろにって言ったのに横になっちゃったわね。相変わらずお茶目なことをするのね、ジョン」
ベッドの上に横たわっている老人にそう声をかけながら、私はその場に屈んで布団の上に出ている彼の手を握る。年を取って肌は乾燥して少しカサカサしてるけれど、その温もりは昔のままの暖かい手だった。
「君ほどじゃないよ、メリー。君は昔から、後ろから人を驚かせるのが好きだったからね。それは今でも変わっていないようだけど……見た目も余り変わっていないかな?いや、あの頃より少し若いね……私は見ての通り、もうお爺ちゃんだけども」
「見た目については色々と事情があって仕方ないのよ、だから気にしないで。それよりも本当にお爺ちゃんになったわね、ジョン。あれからそんなに経っていたのね……貴方がお爺ちゃんになる訳だわ。それにしても、良く私の正体とか対処法とか分かったわね」
私がメリーさんになったとき、元のメリーさんと一つになる形になったから見た目が若くなったのよね。まぁ、見た目が多少若くなっていても見て分からないほど若くなった訳じゃないから、彼も私を見て誰だか分からなくなったりしなかったのは良かったけど。
そして私が一番、気になっていたことを聞くと彼は目を細めて楽しそうに笑った。彼がこういう笑い方をするときって大抵ろくなことじゃないのよね。
「君の友人を名乗る女の子から電話があってね。私の愛しい女性が都市伝説になって私のことを探してさまよっていると聞いたときは、凄い与太話をする女の子もいたものだと思ったよ。でも、誰もいないはずのトイレから出て来られては、信じない訳にはいかなくなってね。その彼女が君の対処法を教えてくれたのさ」
「あの子ったら余計なことを……と言いたいところだけど、今回はありがとうってお礼を言わないといけないわね。それで貴方は私を昔、二人で旅行に行った観光地へ送り込んだのね。記憶を失っていた私に、記憶を取り戻させるために」
そう、私が送られた場所は二人で昔、旅行に行った場所だったのだ。パワースポットが多かった理由は、昔は体の弱かった私の体調が少しでも良くなるようにと彼が思ったから。
それでも私の体調が良くなることはなく、三十歳で天に召されてしまったのだけれど。
「その通りだよ。そして君は私の目論見通り、記憶を取り戻してくれた。ようやく会えたね、メリー、私の大切な奥さん……君を失ってからというもの、私の人生は色を失ってしまったけれど、最後にこうして会えて嬉しいよ」
「私も会えて嬉しいわ、ジョン、私の旦那様……貴方に会うために私はずっとさ迷っていたのに、忘れてしまっていてごめんなさい。今まで寂しい思いをさせたけれど、これからは一緒よ。ずっと貴方と一緒に、貴方と共に……」
そう言って彼の手を包み込むように握り直せば、彼が私の手を弱い力ながらも握り返してくれる。
そうしてお互いの温もりを感じていると、徐々に二人の身体を優しい白い光が覆っていき、全身を包み込んだ次の瞬間、私と彼は部屋の中央にふわりと浮いていた。
そして二人で見つめ合い、お互いの姿を確認すると恥ずかしそうに少し照れたように笑ってしまう。
「ジョン、随分と若返ったわね?お爺ちゃんの貴方も素敵だったけど、今の貴方も素敵よ?」
「そういうメリーは一気に大人になったね。若い君も可愛かったけど、今の君も魅力的だよ」
はにかんだように、照れを誤魔化すように笑みを浮かべながら、ぎゅっと手を握り合う。
そしてゆっくりと私達は空へと向かい浮き上がっていく。
「やれやれ、ようやく会えたっていうのにもう天に向かわなくてはいけないんだね。積もる話もあるのに神様も無粋だね」
「こうやって会えただけでも奇跡なのよ?それに、積もる話なら天国でゆっくりすればいいじゃない。もう、死ですら二人を別つことはできないんだから」
「ふふっ、確かにそうだね?確かにもう何者も僕達を離れ離れにすることは出来ないんだから、天国でゆっくり話をしよう。話したいことがたくさんあるんだ、本当に……本当にたくさんあるんだよ?」
私達はゆっくりゆっくり空へと向かっていく。優しく白い、暖かい安心する光に包まれて。
少し涙声の彼に優しく微笑みながら、そっと彼の方に身体を寄せていく。
そして光がひと際大きく輝いた瞬間、私達の姿は夜空の中へと消えていた。
この日以降、メリーさんからの電話が誰かに掛かることはなくなったという。
ある人はそもそも作り話なんだから掛かってくる訳がないと言い、ある人は退治されてしまったのだろうと言い、そしてある人は探していた誰かに出会えたからだと言った。
真実は誰にも分からない。
ただ、もし今、メリーさんから電話が掛かってきたとしたら、彼女はきっと嬉しそうにはにかみながら言うだろう。
「もしもし?私メリーさん、今、大好きな人の隣にいるの」