Karte.1-6「こいつらは星の力……自然そのものだ」
(毎週月・木曜日、18時頃に更新中です)
【Karte.1「ただの白魔法師」】
ルクスエン大公国とベルアーデ帝国との国境地帯に、『ただの白魔法師』と嘯く乙女……イエが現れた。彼女は精霊や妖精たちが蔓延る森の奥へと進んでいく。
一方、ベルアーデ帝国のとある青年兵士が、仕事のため国境地帯を訪れるのだが……。
次いで彼女は尉官へ顔を向けた。
「責任をというお話なら、ええ、わたしたちが取ってみせましょう」
「なに……?」
「あら、またまたお聞きになっていません? わたしたち、第一王女シドニー・ハーフェン・ベルアーデ殿下の勅命で実地調査に来たのです」
「なッッ。なにぃっ!?」
皮肉や優越感ではなく、やはりあくまでも淑やかに。きっと彼女は笑っていたのだ。
そうして、
マリベルが伸ばした鉄腕の上にリヒトは跳び乗った。
「リヒト。寄せ集めで悪いけどなんとかなる?」
「なんとかするさ。そうでなきゃ第七開発室の名折れだろ」
「そうこなくっちゃ!」
そうしてまたまた、スチーム噴射。
尉官が「ぐぉぉっ!?」、舐めまわされるほどの蒸気を巻いて、二人は跳び上がった。
鉄壁なるゲートもひとっとび。
魔法結界用の増幅ポールも三角跳びの足場にされた。
リヒトの眼前に広がったのは、今まさに夕陽が地平線に消えていった薄暮れの森林地帯だった。
表面上はただただ静謐に見える。慌てた様子で飛び立っていった野鳥の群れも、轟音とともに滑空するマリベルの気配に驚いてのことだろう。
しかし。濃くなりつつある陰影を抱いて大木がひしめく風景は、まるで葉の下の混沌を隠しているかのようでもあった……。
リヒトの手の『エレトンレーダー』には、いまだ数を増やしながら一点を包囲しつつある精霊たちの反応があった。
その方向をロックオンする調子で指差した。
「こっちだ。俺はまっすぐ向かう」
「なら外周に引き付けるわ。逃げる時は南回りで走って」
「了解……!」
シュネーヴィ、宙を直滑降。
「そんじゃあーの!」
「ああ!」
枝葉の天井をぶち抜く直前、リヒトは『L』の字に切り返したマリベルの腕から跳び下りた。
急速に遠ざかっていった噴射音は、枝葉を踏み抜いた騒音によってかき消えた。
「うぉっ……」
細々とした枝葉の群れはたやすく突破できたが、それでもやたらめったらと身体中をはたかれた。
リヒトは双銃剣『パラレラム』を二振りともに抜き、安全装置のピンを弾いていた。
木の葉の海を潜りきれば、
不意打ち気味に、腐葉土まみれの地表が迫った。
「っと!」
頭からまっ逆さまにぶん回りながらも、リヒトは頭上……つまり地表めがけてパラレラムを撃ちまくった。
光線じみた高圧水流……魔弾の連射、連射、連射。
通常なら逃がして然るべき反動が、リヒトの不時着をだいぶと和らげてくれた。
「あいだっ! ぺっ、ぺっ!」
それでもまあ痛いものには違いなかったし、水溜まりから張り付いてきた枯れ草や泥は気持ち悪かった。
ーー「人間!」
ーー「こっちにも人間!」
ーー「人間、人間!」
ーー「グンジンの人間だ! 人間!」
「さっそくきたな……!」
周囲の森そのものからけたたましい声たちが跳ねだしたのと同時、リヒトはレーダーが示していた方角へと駆けだした。
ーー「森を荒らすな!」
ーー「出ていって!」
ーー「あっち! あっちにも悪い人間がいるよ!」
ーー「赤くて大きいヤツ!」
ーー「それと……!」
「出ていくよ! おまえたちを怒らせたワルい人間をとっ捕まえたらな! だから通してくれ!」
遠近感を狂わせてくる鬱蒼とした景色を測位し、ひたすらにまっすぐ。諸手を挙げて平和的アピールも忘れない。
「ーーダメ!」「ーー倒す!」「ーーりゃぁぁぁぁ!」
樹上や草むらの中から、エーテルを丸めただけの魔弾を手に手に、いくつもの怒気が飛び出してきた。
中位の精霊たちだ。
一見すると年若い人間のような姿。
二足歩行に適した骨格と五体を備え、滑らかに過ぎる素肌にオーガニックの衣服を纏っている。
しかしよく見れば、その肌の半分近くは樹皮や砂利でできている。
低位の精霊たちが物質的な姿をもつように、これが、彼ら中位の精霊たちの受肉の限界である。
「だよな……!」
素直に通してくれるとはリヒト自身考えてはいなかった。
(こいつらは星の力……自然そのものだ。一つ一つの自然が守るべきものなんだ。わかるよ)
理解できる。たとえその意志が精霊王たちの言葉の複写であったとしても、彼らにとって『個』は『全』にして逆も然り。想いに偽りは無い。
(わかるから……わかってくれなんて言わないさ)
だからこそ、挙げた諸手には双剣銃を持っていた。
精霊が投げつけてきた魔弾玉たちが、跳び退いたリヒトのそばで鋭利なつむじ風となって爆散……、
「恨みっこなしだぞ!」
空中を蛇行してきた風の精霊へ右手のパラレラムを向けるーー、
ーーその狙いを見て軌道をずらした彼女へ、陰に隠した左手のパラレラムから水の魔弾を撃ち込んだ。
「ぷばっ!?」
設定出力は中の下。酒樽を投げつけられた程度の衝撃はあっただろうけども、ただ悶絶するほど痛いだけだ。風の精霊は仲間たちを巻き込みながら木の幹に打ち付けられた。
「このこのっ!」「よくもぉ!」「やっぱり人間悪いヤツ!」
今度は数に任せて、土の精霊たちが真正面から突撃してきた。彼らは宙を浮遊するというよりはホバリングする調子で地を走っており、やはり土の魔弾玉を抱えている。
「熱くなると……っ、良いこと無いぞ!」
対するリヒトも真っ向勝負。突き出した二丁のパラレラムを交差させ、重心を安定させるとともにスライディング。
連射。
右手のパラレラムからごく低出力にて撒かれたのは、放物線を描く火の玉たちだった。
「ひ!?」「火!?」「ひあちゃぁっ!?」
火の玉を避けようとして、土の精霊たちがワチャワチャとすっ転んだ。取り落とした魔弾玉から石つぶてや砂埃が飛散し、あっという間に混沌を引き起こす。
一方、属性的に火と相性の悪い風の精霊たちも、かなり遠くにいたのにこぞって逃げ去っていた。
しかし着地した火の玉たちはいとも容易く落ち葉や草むらに燃え移って、
「邪魔するなよ!」
いや。リヒトが次いで斉射した水の魔弾により、余さず鎮火された。
しかも火に水が叩きつけられたことで、それらは爆発じみた白煙となって周囲一帯に噴き上がった。
その時だった、
「ーーきゃあぁぁぁぁ!」
「ーーみんな、っ、逃げる、逃げて……!」
「ーーえ、っ、こっち、ニンゲン!?」
「んっ!?」
煙幕の一つがたくさんの影に突き破られた。逃げるハルトと追う精霊たち、その縦列に横手から食いついてきた。
怒り心頭の精霊たちとは別の一群……怯えた精霊たちが、何かに追われている様子でやって来たのだ。
「ィィィィ、ィィィィ、ィィィィ……」
「ィ、ィ、ィ、ィィィィ」
「ィン……ィィィン」
……そう。晴れた煙幕の向こうからのろのろと駆けてきた、精霊のなりそこないたちに追われていた。
「やばい、っ、妖精か……!」
妖精。通称フェアリー。
赤、青、緑、茶……すなわち『火』、『水』、『風』、『土』。四大属性が揃いぶみした十数体が、ただ存在の証明のためにエーテルを求めてくる。
……すでに何体かの腕には、主に下位の精霊たちが捕まっていた。
「ぁ、ぁぁっ、ゃめ、ヤダ、ァ……!」
「た、た、た、す……て……」
「ーーーー」
取り合いながら、独占し合いながら。クリスタルの単眼から魔力の針たちを放射し、獲物のエーテルを吸い尽くしていた。
「イィ…………ぅ……ぁ……わた……イッ、ィィィィ」
「ーーィィィィィィ」
するとどうだろう。一部の妖精たちが分裂……いや複製された。
白化した影を捨て、星の癌細胞と揶揄される彼らは際限無しに虚無を歩んでくる……。
「ちっ……おまえら、離れてろ!」
「うわっ、ニンゲン!?」
「なにサ、ニンゲン!?」
「やるの、ニンゲン!?」
「あーーもういいからっ、は・な・れ・て・ろ!」
滑りながらも急ブレーキ。魔弾を回避。空気も読まず殴るわ蹴るわで絡んできた精霊たちを、リヒトは革袋のジャイアントスイングでぶっ飛ばして。
「ついでだ! これも何かの『縁』だろ……っ、と!」
リヒトは革袋の中から取り出したものを腕に装着し、起動させた。
【妖精】
エーテルの乱れにより、在るべき姿で生まれ変わることができなかった精霊のなりそこない。
正しく在るモノたちのエーテルを貪る性質は、矛盾の中でしか存在できない己を、せめて独立した個として定義づけようとしているのだという。
統括の輪廻から外れた彼らは、果てに光となって天へと散る。それは正しく星が忌む悪夢であり、死から誕生への逆行の様だった。