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ie ~白式の白魔法師~  作者: 奈雲 ユウ
Karte.1「ただの白魔法師」
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Karte.1-2「……イエ、と申します」

(毎週月・木曜日、18時頃に更新中です)


【Karte.1「ただの白魔法師」】

 ルクスエン大公国とベルアーデ帝国との国境地帯に、『ただの白魔法師』と嘯く乙女……イエが現れた。彼女は精霊や妖精たちが蔓延る森の奥へと進んでいく。

 一方、ベルアーデ帝国のとある青年兵士が、仕事のため国境地帯を訪れるのだが……。

「……たしかに。失礼しました。今はあなたの誤診を突き詰めるよりも、みなさんの治療が大事ですね」

「そんなことを言っているのではないわ!!」

「ごめんなさい、お話はまた後で。ユグドラシルの毒には水属性のヒスラミン薬を用意してください。最近は品薄なので火属性で代用してもいいですが、その場合は鎮静作用が強すぎるので昼間の処方は控えたほうがいいでしょう」

 医師をごく自然に押しのけていた乙女は、医療鞄の一つから引き抜いた薄手の手袋を填めていた。

 さらに別の鞄から、手製の錠剤入りの瓶を取り出す。

 他でもない、水属性のヒスラミン薬だ。

「失礼します」

「げっぼぁ」

 トゲが抜かれて間もない民兵の口をこじ開け、抉り込むように薬を投与した。

「うーーうぎゃっ、うぎゃぁぁぁぁ!? あちちち、体がアチチチチあぢゃぁぁぁぁ!」

「おい!? きみぃ!?」

「エンチャントしてありますので、数時間分の効能がすぐ作用するようになっています。痛みは体が戦っている証拠……生きている証です。頑張ってください」

 ぐったりするばかりだった民兵が火のついたようにのたうちはじめようと、医師が肩を引っ掴んでこようと乙女は顔色一つ変えなくて。

「ぎゃぁぁぁーー……あ……あれ? おっ、おぉぅっ? ……なんだこりゃすげぇっ、もう痛くも痒くもねぇやぁ!」

「……ええ。それはよかった」

 ……いや。嘘のように民兵の傷口から蕁麻疹が薄れると、乙女の据わった眼差しには笑みが浮かんだのだ。

 慈愛に溢れ、助手たちはおろか医師までハッとさせられるものだった。

「この薬は全て差し上げます」

 しかしすぐに、乙女にはまた鉄の表情が戻っていた。

「後のことは任せても大丈夫ですか」

「う、む……まあ、そう、だな……礼を言う。なんとかしてみせよう……」

「ありがとうございます」

 そんな彼女は会釈程度に頭を下げると、手袋を外し医療鞄に突っ込んだ。

「それではみなさん。お大事に」

「おぉぉ嬢ちゃん、誰だか知らんがあんがとなぁ……」

「あ、ああちょっと待ちなさいっ、きみっ」

 そうしてさっさと踵を返した彼女に対して、ようよう手を振った民兵と、呼び止めた医師と。

「きみは、ムウ修道会の白魔法師か?」

「…………」

 乙女は歩みこそ止めたものの、包帯まみれの巨躯を負った背を向けたままで。

「私も……いや今はもう、そのローブを脱いでしまって久しいが、私もかつては白魔法師だったのだ。……せめて名を教えてくれないか」

「…………」

 ようよう、乙女は横顔だけ振り向いた。

 黒曜の眼を、一度、長く瞑って……。

 また開くとともに、フードを脱ぎ、医師たちへ向き直ったのだった。

「……イエ、と申します。ただの白魔法師です」

 薄い唇を細やかに引き結んだ、真白の、乙女。

 白髪は、邪魔にならないようにか横髪をおさげに束ねて。その一方でローブの内に突っ込んだ後ろ髪は、溢れざるをえないストレートロング。

 誰もが回復魔法を使えないこの時世に、彼女……イエは自らを白魔法師であると語ったのだ。

「それでは」

 今度こそ、鉄白衣の乙女は立ち去っていった。

「失礼します。これは脱臼ですね」

「いぎぃぃっ!?」

 ……去り際に、別の民兵の膝をノーウェイトで填めていきながら。

 圧すら漂う足音が聞こえなくなるまで……、診療所内の誰もが、痛みに呻くことすら忘れて傾聴していたのだった……。


 ○



 4月16日 午後8時


 黄金色だった夕暮れの空が、黄昏に呑まれて色を薄めていく。

 まばらな針葉樹が落とす影が、長く、そして濃くなりつつある。

 グレイブマハの村の東、ここは街道の最中の森。

 開発用地としての伐採や除草が、齧られたように中途半端なまま停滞した道……。

 その地面は、突き刺さった杖たちによって黒々と壊死していた。

 ーーズガガガ!

 放置されていた杖状のそれら……魔法具たちが思い出したように起動すると、地の向こうへと魔力を刺し穿った。

 すぐに、その何倍ものエーテルを星から搾り取った。

 細かな術式の群れが魔方陣となって先端に瞬き、そして……杖たちの脇に置かれていた巨大な樽へとエーテルを集めた。

 しかし、その樽はとうに遺棄され壊れていた。

 かち割られたようなヒビから、土色に偏ったエーテルが漏れ出ては無意味に散っていった。

 その色彩に反比例して、地の壊死はさらに広範囲へと広がっていったのだ。

 『E.DIG.MAエディグマ』と刻印されたそれらを、白地に包まれた細腕が乱暴に倒した。

 今、ここにはたった一人の影しか無かった。

「…………」

 鉄白衣の乙女……イエ。

 彼女の前には、道を塞ぐように立てられた一枚の看板があった。

 そこにはこう書かれている。

 『危険!! この先、()()()()索敵範囲内!! ベルアーデ方面への迂回路は下記参照……』。

 赤々とした警告文の脇には、東へ向かう道筋の迂回路が地図で案内されていた。

 イエはそれらを指でなぞって確認する。

 が。それらの迂回路たちは、ろくに整備されていないだろう大自然の奥地を突っ切るものだったり、精霊大陸付近の海域を大層な航路で回り込むものだった。

「…………」

 イエは、看板の向こうへ……森の奥へと歩きだした。 

 その面持ちにも足取りにも、警戒心こそ張ってはいるが迷いは一欠片も無かった。

「……いいえ。まだ交渉の余地はあるはずです」

 イエ自身にしか聞こえないような、唇の奥でかき消えてしまう小声。独り言。

 今、ここを歩く彼女は一人である。それは間違いなかった。

「…………」

 イエは、ほんのかすかだがため息をこぼした。

 頷いて。

 進むにつれて密度を増していた木々の合間へ、視線を向けた。

「ーーィィィィン……」

「ーーィ、ィ、ィ、ィ……」

 そこに、『風』と『土』のなりそこないがいた。

 風色と土色の輝き……エーテルだけで構成された、肉体の無い人型が。二体。

 手足は五指まで明瞭で、頭部に揺らめく不安定な魔力は髪のよう。だが生物らしいパーツはそれだけだ。

 それ以外には、胸も、ヘソも、生殖器すら存在しない……。

 クリスタルの単眼だけが、額で虚ろに瞬いている。

 それ以外には、耳も、鼻も、口すら存在しない……。

 輝きに音が付くのならこういうものなのだろう、高次元の『X言語』を無意味な羅列で囁いていた。

「ィィィィン……」

 一体は、色濃い『火』のエーテルに満ちた毒キノコの群生にしゃがみこんでいた。

「ィ、ィ、ィ、ィ……」

 ーー「キュ……?」

 一体は、野うさぎを鷲掴みにしていた。

「「ィィィィィィィィィィィィ」」

 そして二体とも、クリスタルの単眼から針のような輝きたちを伸ばした。

 一瞬しか存在できない、拡散と放射の群れ。射程距離も手の長さほどしかないそれらは、しかし確実に()()へと接続された。

 ーー「キュッッ!? キ、ッ、ヒンッ、ヒ……!」

 そして毒キノコも野うさぎも、体内のエーテルを()()されていった。

 吸う、喰う、貪る、正しく在る存在からその根源を奪う……。

 ーー「ーーーー」

 毒キノコも野うさぎも、存在そのものを塗り潰されたかのように()()していった。

 そうして完全に、ただ白色の()となってしまった。

 『風』と『土』が、渇望の失せてしまったそれらを捨てる。

 毒キノコや野うさぎだったものは、もう存在すらできずに地の向こうへ……星へと還っていった。

 ただそこに、()()()だけが焼き付いていたのだった。

「…………」

「ィッ」

 背後に忍び寄っていた真白の彼女……イエは、袖の中から抜いた小刀で『風』のうなじを刈り取った。

 輝きは即座に霧散し、星ではなく天へと還っていった。

「ィ、ィ、ィ、ィ」

「っ……」

 仲間をやられた怒り、いや、そんな煩雑なものではない。ただ新しい獲物を感知しただけの反応で、『土』が振り向きざまにイエへ掴みかかってきた。

 のけぞる華奢な肢体。放射される輝きの針……!

【精霊】

 世界に満ちる魔力、エーテルを統括するため星が生んだ情報生命体。


 エーテルへの呼び声は数多の精霊を通じ、その総ての親なる精霊王に伝えられる。そして数多の精霊を通じ、返されたその願いは『魔法』として顕れる。


 天にあらず地の星より生まれても、彼らはしばしば『落とし子』と仰がれる。逆さの世界樹の向こうに胎なる闇があることを、賢人たちは知っているのだ。


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