Karte.2-8「やっぱ優しすぎだよ、おまえ」
(毎週月・木曜日、18時頃に更新中です)
【前回までのあらすじ】
ベルアーデ帝国の義勇兵、リヒトはルクスエン大公国との国境地帯で『ただの白魔法師』なる乙女を見つけた。今やありえないはずの回復魔法を用いて無茶に戦う彼女……イエが『ユグドラシルの枝』に貫かれる直前、『ハルト』なんて勝手なあだ名をつけられた青年は、乙女の命を勝手に庇ってみせた……。
【Karte.2「黒金知らずのお嬢さん」】
イエはベルアーデの帝都ベルロンドへと連れてこられる。彼女に看病されていたリヒト……もといハルトは数日ぶりに目を覚ますが、そこに現れた上司マリベルはイエの「目的」を話す……。
「俺にはあった。だっておまえ、俺がいつもあいつらに言ってるみたいに叱るんだもんな」
「叱ってあげるべきです。風と土の精霊でなければ関係無いとでも思っているのかもしれませんが、こちらには関係あるのですから」
「そう、それそれ。またいきなり斬りかかったりとかしなくてよかったよ」
「相手が精霊だからですか?」
「いいや。普通に、おまえをビックリさせたら何しでかすかわからないから」
「……割り切るべきことと、そうでないことの区別ぐらいついています」
「だろうな。やっぱ優しすぎだよ、おまえ」
「…………」
ハルトは、この鉄白衣の乙女の人となりを改めて感じたのだ。
(だからやっぱり、こんなヤツが一人で戦うべきじゃないんだよ)
だから、そう思えども。
(どうしてやればいいんだろうな)
では彼女こそがどうすれば『救い』を得られるのか、それがわからない。
(……いや。俺がこいつを無理やり救ってやったところで、こいつはまたあの時みたいに……泣くんだろうな)
ひょっとしたら。彼女に必要なものは別の何かなのかもしれない。
ともすれば人の優しさですら、優しすぎる彼女には『痛み』になりうるかもしれない。
しかし、それにしたって。
分厚い真白に身を包み、血よりも鮮やかな鎧を接いだ彼女に、いったい何が足りないのかは垣間見えもしないのだ……。
ーー「変な格好ではありません。改造こそ施しましたが、これはムウ修道会の伝統ある治療礼装です」
そういえば。ハルトは気になった。
「ところでおまえ、もしかしてどこでもそのローブ着たままなのか?」
「はい。いけませんか」
「いけないってことはないが、宿屋の中で甲冑着たままの女がいたらどう思う?」
「とても用心深い方だと思います」
「……訊いた俺がバカだった。見てるこっちまで肩凝るってことだよ」
「マリベルさんのお話ですか」
「お・ま・え・の・は・な・し!」
「なるほど。患者に負担をかけるのはよくありませんね」
「いやそういう問題じゃ……ていうかおまえの中では俺はまだ患者なんだな……」
意外にも素直に(?)、イエは段平刀を置くとローブを脱いだ。
「……お。『着物』ってやつだっけか」
「…………」
すると彼女、鉄白衣の下にはまたも真っ白い服を着ていた。
揺れれば陽の光に透けるほどに薄く。帯で留めたそばから、か細い腿の輪郭が浮いている……。
和鎧ローブからのギャップのせいもあるが、一転して儚すぎるほどの乙女がそこにいた。
髪までも『白』しか無い容貌はただただ『無色』であるともいえて、だからこそ、伏せられた黒曜の瞳を際立たせていて……。
「ん、っ……いや、うん、さすが似合ってるよな……キレイな……キモノだし……」
「これは正確には襦袢なのですが」
「どう違うんだ?」
「下着です」
「着ろ!!」
ハルトはイエの手から和鎧ローブをひったくり、ずっぽりと被せた。
……そうは見えないとはいえ下着姿を白日の下に晒すとは、本当に、大変な乙女である。
「ハルトさんしか見ていないので、べつに破廉恥ではありません」
「……もうツッコむだけ狂気だな。どうせ他に服は持ってないとか言い出すんだろ」
おびただしい数の医療鞄は襷掛けしているものの、段平刀以外の大きな荷物は見るからにオミットしている彼女なので……、
「《インベントリ》」
「うぉっ」
と思いきや、イエが撫でた虚空に次元の狭間が開いた。
「いいえ」
薄闇を溶かしたようなそこへ手を突っ込むやいなや、
「ありますが」
中から、着物の上下を引き出したのだ。
星が有す高次元に狭間を見出だし、そこを間借りする闇属性の収納魔法……《インベントリ》だ……。
(闇属性の魔法……あの森では光属性の魔法も使ってたよな。……そういうのも面接でアピールしろよ、レアな属性なんだから)
そんなハルトの呆れもよそに、イエは取り出した着物を広げてみせてきた。
ローブに似ているが丈が少し短めな、純白の『千早』と。
ロングのプリーツスカートのようでいて、よく見るとズボン式な緋色の『袴』だ。
「またずいぶん派手というか、おめでたそうな色の着物だな」
「ニフにいた頃の、実家の仕事着です。これだけなら持っています」
「どちらにしても仕事着か……まあ、おまえにはこれが普段着でもあるんだろうな……」
いわゆる一張羅だ。仕事着だからという点ではハルトも軍服を着っぱなしがちだが、イエと比べればいろんな意味で重みが違うのだろう。
「……ああ。そうだ、良いこと思いついた」
そこでふと、ハルトは思いついたのだ。
「なあイエ」
「はい」
人は『良いこと思いついた』なんて言った時、大抵、それはロクでもない。
「これも縁だと思って、ちょっと俺に奢らせてくれ」
「……?」
ハルトはイエが持ったままの白装束の袖を引き、階下への扉に歩きだした……。
○
単調な階段を降りていく。
一歩、一歩、落下ではなく自分の足で下っていくのは、ただそれだけのことなのに妙な静けさを感じた。
そう、意識してみれば、この鉄白衣の乙女のなんと目立つことだろう。
踊り場を回るわずかな間に、通りすがりの技術科兵たちから様々な眼差しを向けられた。
こんなご時世にこんな場所に白魔法師がいる、好奇心だったり。
こんな白魔法師がローブに段平刀だの装甲札だのを提げている、怪訝だったり。
こんな乙女が青年に引かれて行軍している、なんともいえない何かだったり。
なかにはハルトと同じ第七開発室のスタッフたちもいて、見つかった矢先に笑われた。
「おっ、リヒト!」「起きたんだねーよかったねー」「そちらのセンセに感謝だな!」「後でまた詳しい話を聞かせてくださいませ!」
「はは……ああ、おかげさまで。またな」
「失礼します」
むず痒さがあったし、特に理由も無いはずなのに恥ずかしさもあった。
だが同時に、それらを全部ひっくるめて開き直られる心地よさのようなものもあったのだ。
そうして、一階まで降りて……、
辿り着いたそこは、皆の憩いの場の一つだった。
広いとはいえないスペースにたくさんの棚が詰められ、廊下に面した側にはささやかな席数ながらミニテーブルと椅子が用意されている。
酒保。
つまり購買、売店、アイテムショップだ。
ハルトはイエへ、壁際の一角に吊られた品揃えを示してみせた。
「服、買ってやるよ。こんな売店のでよければ好きなの選んでくれ」
「え……」
非番時などの普段着を想定されたラフな衣料品たちを前に、イエはどことなく頼りなさそうに一声漏らした。
そう。ハルトはイエへ服を買ってやることを思いついたのだ。
こんな軍の酒保に仕入れてある衣類なんて礼服以外には無難なシャツやパンツばかりだったが、だからこそ好みはべつとしても選びやすくはあるはずだった。
ただ、イエはハンガーを繰るまでもなく首を振った。
「いいえ……そんな……頂けません。私には必要無いものです……」
「必要無いってことはないだろ。さっきも言ったとおり、こんな場所でまでおまえがその格好だと窮屈なんだよ」
「私はそうは思いません。べつに恥ずかしい服装でもないので」
まあ彼女の反応はハルトとて想定内ではあった。……口をへの字にそっぽを向かれるとまでは思っていなかったが。
「……そもそも、私はすぐにでもここからいなくなるかもしれないのです。ハルトさんが気を遣うまでもないでしょう」
「それもわかってる。だからおまえに貰ってもらいたいんだよ」
「……?」
ちょっとだけ考えもした。しかしハルトは、悩む彼女を引き留めるためにこんなことを言い出したのではないのだ。
「おまえが出ていくんだとしても。短い間だったが、こんなふうにバカ騒ぎした縁が何も無かったなんて救われないだろ。だから旅のおまじない代わりにでも持っててもらいたいのさ」
これは形ある縁だ。自分を見つめることが苦手だろうイエでも、これならきっと省みることができるはずだった。