Karte.2-6「精霊郷には向かえますか」
(毎週月・木曜日、18時頃に更新中です)
【前回までのあらすじ】
ベルアーデ帝国の義勇兵、リヒトはルクスエン大公国との国境地帯で『ただの白魔法師』なる乙女を見つけた。今やありえないはずの回復魔法を用いて無茶に戦う彼女……イエが『ユグドラシルの枝』に貫かれる直前、『ハルト』なんて勝手なあだ名をつけられた青年は、乙女の命を勝手に庇ってみせた……。
【Karte.2「黒金知らずのお嬢さん」】
イエはベルアーデの帝都ベルロンドへと連れてこられる。彼女に看病されていたリヒト……もといハルトは数日ぶりに目を覚ますが、そこに現れた上司マリベルはイエの「目的」を話す……。
「あらま。あらあら、まあまあまあ……」
「ストップ。今は茶化さないでくれ」
「……私では戦闘科に向かないと思いますか?」
目を輝かせたマリベルは置いておいて、ハルトは首を傾げたイエへ向いた。
「…………」
彼女は怒った様子でも不満げでもなく。もとより読み取りにくい無表情ではあるものの、そこにはただ好奇心だけが浮かんでいた。
「そう思いますか?」
そう、どことなく、年頃の乙女らしい柔らかさとともに。
「いや、おまえならなんとか戦えるとは思うよ。あのツイッグとの戦いを見れば実力はハッキリしてるし」
息をこぼして、ハルトは続ける。
「第一に人命優先で。機転は利くし、回復魔法を織り込んだ立ち回りは凄かった。……おまえがその戦いかたをどう思ってるかはともかくな」
「……ええ」
そして、そんな彼女を見た他人がどう感じるかもともかく……、
「なによりおまえには意志の強さがある。素の身体能力は正直『ただの女の子』レベルだが、それは鍛え方次第でどうにでもなるだろうから、戦闘科で通じるかは本人次第だと思う」
「では、どうしてですか?」
ーー「……どうして、私に怒っているのですか?」
そう訊かれるのは当然だ。
「どうして、って」
そしてハルトは、その問いにまだ答えてはいなかった。
だが、今こそ答えないといけない。
今、答えてやらないといけないのだ。
「だから、おまえが…………泣いてるからだよ」
「……え……?」
そんな顔はないだろう。自分の痛々しさにちっとも気づいていなかったような、いまさら、『ただの女の子』らしい無垢な表情は。
「……あんな泣き顔で戦う女の子が、最前線になんかいていいわけがないだろ」
胸から、杭でも抜け落ちたかのごとく。
「それより俺たちと組まないか。俺たちだって、この戦争を終わらせるためにあちこち走り回ってるし……」
風穴の開いたような落ち着かなさに揺れたもののーー。
「おまえの力……いや、おまえなら、きっと戦うだけじゃない戦いかたができるはずなんだ」
ーーハルトは、イエを見つめていたのだ。
「…………あれは泣いているのではなく、エーテルが溢れ出ているのですが」
「ぬぐっ」
……対して彼女ときたら、このド真面目な返答だった。
「いやアレもそうなんだがそうじゃなくてっ………いや違わないんだが、っ、察せよ!」
「なにをでしょうか」
「見てて痛々しいってことだよ!」
「ハルトさんがですか?」
「そういうところだぞ!」
「くす……っ、あははは! あっはははは……!」
「マリベルも笑うなよ! 俺がバカみたいじゃないか!」
「あーううん、バカじゃないバカじゃない。ええアドバイスじゃったぁて思うよ」
腹を抱えながら言われてもやるせないのだが、マリベルは涙を拭きつつ姿勢を正した。
「そうね。じゃあわたしからも総評に移らせてもらおうかしら」
両頬をパシパシとはたいて。ようやっと上官らしい引き締まった面持ちを張り付けた。
「後出しになっちゃうけど、わたしも言いたいことはハルトと似たようなものなの。……泣き顔が可愛い、ってこと以外はね」
「言ってないだろ!」
いや、はじめからマリベルは緩んでなどいないのだ。真剣だからこそ、そうとわからせない軽妙なる物腰は無闇な緊張感を拭い去る。
「とりあえず。殿下から預かった権限に基づいて、イエちゃんの入隊はわたしが認めます。おめでとう」
「……! ありがとうございます」
「ただし、どこに所属してもらうかはまた別の話。普通、新兵さんは基礎訓練やレクリエーションを修めたうえで、改めて配属希望を擦り合わせるの」
「ですが……私は……」
イエのみならず、この面接の大意は志願者の人となりが軍人として不適格でないかチェックすること。配属希望はあくまでも、とりあえずの第一希望なのだ。
「慌てない慌てない。普通はそうだけど、イエちゃんの覚悟も能力もみすみす寝かせておくには惜しいわ。だから逆に、選ぶ時間をあなたにあげます」
「と、いうと……」
マリベルは自身の胸元に手を当て、もう片方の手でハルトを示してきた。
「わたしからも勧誘させてもらうわ。イエちゃん、わたしたちの技術科に……第七開発室に来ない?」
「…………」
イエは袖から覗く指を所在無さげに動かしたものの、言葉での返答は無かった。
それでもマリベルは身を乗り出しがちに続ける。
「ハルトが言ったことを補足させてもらうと、わたしたちは新技術の開発と任務を兼ねていろんな土地を回ってるの。わたしたちと一緒ならむしろ戦闘科にいるよりも自由に動けるはずよ」
「精霊郷には向かえますか」
「その為にも、あなたはなによりの新機軸になるのよ。精霊郷への道を切り拓くためには、まず各地の『ユグドラシルの枝』を減らしていくべきだから」
精霊たちは人間の侵攻に敏感になっており、その象徴たるものがあの『ユグドラシルの枝』……索敵と迎撃を司るツイッグたちだ。
しかしイエがいれば、あの見えざる防壁を看破できる。この膠着した戦況に一石を投じることができるにちがいなかった。
「……お気持ちはありがたいのですが」
とはいえ。その当人はといえば、目指すべき一点だけを見据えているようだったが。
「それならやはり、戦闘科として前線で戦うほうが効率的だと思うのです。ごめんなさーー」
「うーん。やっぱり、そこの認識がズレてると思うのよね」
遮ったマリベルが首を捻ると、イエも横髪を揺らした。
「ね?」
「いやこっちに振られても困るんだが……まあ、たぶんロクに知らないんだろうな」
「どういうことでしょうか」
「そもそもの話なんだけどね。仮にイエちゃんが戦闘科で最前線に配属されたとしても、あなたの願いは叶わないと思うわよ?」
マリベルは肩をすくめた。
「だってベルアーデ軍は、精霊郷に侵攻することなんて考えてないもの」
「……え」
イエは、数瞬、フリーズした。
(やっぱりか……)
一方でハルトは、ガックリともげそうになった頭を押さえた。
「もう半年も前に、生活圏の防衛以外では精霊と争うのを禁じる『風土不可侵令』っていうのが出されたんだが……知らなかったか?」
「……知らなかった、です。いえ、しかし、ベルアーデ軍は精霊大陸の周辺国でもっとも多くの前線を張っていると聞いたのですが」
「前線は前線でも、それは防衛線だよ。あいつらを牽制してるのは確かだが、むしろ下手なこと考えた人間が精霊を刺激しないようにしてるんだ」
「つまり……戦闘科に入っても精霊郷へは辿り着けない?」
「その方法を見つけられずにいるんだよ。義勇軍も正規軍も、ベルアーデに限らずどの国もな」
イエと設問を交わすごとに、ハルトは妙だと思っていたのだ。
『最前線へ』。……最前線の兵士にさえなれれば全軍の活路を切り開いてみせると、前のめりに語った彼女から感じた印象は……。
とんでもない『世間知らず』だということ、で。
「ちなみに。戦闘科に入ったらどこぞの地方の支部に詰めて、正規軍の手が回らない魔物退治やら警備で働くことになるんだが……知ってたか?」
「…………知らなかった、です」
「おまえな……」
「はぁい、っちゅーわけで!」
マリベルが手を打ち鳴らし、席を立った。
「これからどういう道を歩んでいきたいか、時間をあげるからじっくり考えてみて。わたしはこの後、イエちゃんが話してくれた気持ちを王室に伝えてくるけど、あなたがどんな答えを選んでも尊重するわ」
戦闘科でも、技術科でも、あるいは……。根回し上手なちみっこレディは、イエの戦いが他人のエゴに巻き込まれないように計らってくれるだろう。
「そしてハルト、わたしの後任としてあなたをお目付け役に任命します。そちらの『お嬢さん』をエスコートしてつかあさい!」
「しかたないな……」
ーーきっとこの乙女は、軍のことなんてろくずっぽ知らない『お嬢さん』なんだろうなとハルトは感じていた。
【ステータス】
個人の能力を、何種類かの性質に分けて数値化する観念。特に『筋力』や『知性』といった基礎能力をアルファベットによるランク付けで、いわゆるスキルと呼ばれる特殊技能を原則3段階の数値で表す。
発祥は冒険者たちであり、特に見知らぬ者同士でパーティーを組むための簡便な指標として好まれた。自己評価による作成も可能ではあるが、魔法で正確に計測する『レベル屋』に任せるのが主流である。
しかしそれはあくまでも、求められて示す指標だ。自らの頭上に数値を掲げて歩くほど滑稽なことはなく、また、他人の頭上に数値を見出だそうとするほど愚かなことはない。