Karte.2-5「分け与えられるものなら」
(毎週月・木曜日、18時頃に更新中です)
【前回までのあらすじ】
ベルアーデ帝国の義勇兵、リヒトはルクスエン大公国との国境地帯で『ただの白魔法師』なる乙女を見つけた。今やありえないはずの回復魔法を用いて無茶に戦う彼女……イエが『ユグドラシルの枝』に貫かれる直前、『ハルト』なんて勝手なあだ名をつけられた青年は、乙女の命を勝手に庇ってみせた……。
【Karte.2「黒金知らずのお嬢さん」】
イエはベルアーデの帝都ベルロンドへと連れてこられる。彼女に看病されていたリヒト……もといハルトは数日ぶりに目を覚ますが、そこに現れた上司マリベルはイエの「目的」を話す……。
……設問4。『配属先の希望』。
「……だから『常備義勇兵』として……『戦闘科』への配属を希望ってわけか」
「最前線へ配置していただいてもかまいません。少しでもオグノックへ近づくために、私の全力を以てみなさんの活路を切り開くと約束します」
ハルトはマリベルと横目を交わした。
そこには少しの『困惑』と、かなりの『脱力感』があった。
(常備義勇兵……戦闘科、なあ)
ベルアーデ義勇兵は『常備』と『予備』の二種で大別されている。
すなわち『常備義勇兵』は準正規軍人として平時から基地に配属されるが、『予備義勇兵』は有事の際にのみ招集される非常人員だ。
全体でいえば『常備』と『予備』の比率は2:8くらい。
ハルトやマリベルは常備義勇兵だ。
予備義勇兵になるだけなら、よほど劣悪な人材でなければ登録が認められる。
一方で常備義勇兵は正規軍人と遜色無い活躍が求められるゆえに、能力の高さや他に無い一芸が必要とされる。
ただ、イエが常備義勇兵として力量が劣るとハルトは考えてはいなかったし、たぶんマリベルもそうだろう。
首を捻ってしまったのは、彼女の前のめりな言動の端々から感じた印象のせいだった。
(なんとなく、こいつのことがわかってきたなあ……)
そして設問5。『特技』。
「まあとにかく、最後の質問だ。おまえの『特技』を詳しく教えてくれ」
「ニフ舞踊を少々」
「いや回復魔法じゃないのかよッ!?」
渾身のツッコミ、再び。長机が跳ねたせいでマリベルのお絵描きがズレた。
「おまえなあ、大概にしろよ? ここがいちばん大事なところだっていうのはわかるよな?」
ハルトもまた、ステータスシートを脇にズラして頬杖を付いた。
「白魔法師が回復魔法を使えるのは特技とはいえないかと……」
「このご時世で回復魔法を使えるのは特技だろ。しかも古式とか疑似じゃない本式のをさ」
ムウ修道会が構築した《ヒーリング》の魔法体系は、今や『本式』と呼ばれるほどの世界標準となっている。
それ以前の『古式』回復魔法はピーキーなものばかりで、副次作用の合併症や壊死がつきものだったという。
一方でムウ修道会の後に提唱されていった数多の『新式』回復魔法たちも、やはり《ヒーリング》の安定性を超えられずにいる。
クリア戦争勃発に際してこれらを代替案として頼る動きもあったが、けっきょくはヒーラーたちの間で混乱が深まっただけらしい……ーー。
「……では、回復魔法を一通り。あとは医術と、薬術と、錬金術と、陰陽術と、黒魔術などを学びました」
「急に引き出し開けてきたな……。ていうか後半のはもう白魔法師関係無くないか」
「いろいろと……あったので」
ーーだからこそ、イエがありふれた『本式』回復魔法を使えることは光明に他ならない。
「……はい、それと、『ユグドラシルの枝』の在処を探し当てることができます」
「…………?」
どこか独り言のように、いや、ハルトたちに答えてはいるのだが何か他人事のように。イエは頷いた。
そう、ソレは特異能力という意味では回復魔法よりも不思議だ。
魔力的にも秘匿された『ユグドラシルの枝』……ツイッグを看破してみせる人間なんて、ハルトは聞いたことがなかった。
「ねえイエちゃん。それって、あなた以外の人でも使えるのかしら?」
と。今まで聞き役に徹していたマリベルが、ここではじめて口を挟んだ。
「つまり……あなたの回復魔法も、ツイッグを探知する能力も、技術的に再現できるかってことなんだけど」
「私以外の人でも……」
技術者である彼女としては、やはりそこは気になるところだろう。どんな秘術だろうとも、それを理論として読み解くことはできるはずだ。
神妙な面持ち同士が、数秒、見交わされあって……。
「……どちらも、できないと思います。分け与えられるものなら私も協力したいのですが」
「そう……。理由も訊いていい?」
「ああ、ひょっとしたら俺たちで力になれるかもしれないぞ。どうしてそんなことができるようになったんだ?」
イエが無理だと感じていても。彼女が『救い』を求めるのならば、その助けとなるべく奔走してもハルトはやぶさかではなかった。
ーー「……どうして、私に怒っているのですか?」
……そうすれば少なくとも。彼女に追いつくだけでも血反吐を吐いてしまいそうな、あんな救われない痛みは無いはずだから。
しかし、
「……ごめんなさい。それも、今は話せないのです」
「またそれか……」
イエはかぶりを振った。対してハルトは天井を振り仰いだ。
苛立たなかったといえば嘘になる。
イエなりに事情があってのことだとはわかるものの、
(こいつ、また一人で何か抱え込むつもりじゃないだろうな……)
問題は……おそらくこの白魔法師は、自分の事情を自分一人で抱え込むのを是としていること。
それが痛みを伴うものならばなおさら、彼女は他人と分かち合うのを嫌がるはずだった。
ーー「だめっ……!」
(ああ、くそ……)
締め付けるように眼を瞑り、イライラを振り払い、ハルトは再びイエへと向いた。
「今は今はって言うが、じゃあ、いつなら話せるんだよ」
こんな憎まれ口を叩きたかったわけではない。だが、やはり胸の奥の苛立ちは……痛みはそう上手には払えないようで。
「……次の満月の夜には、必ず」
「ん、ん? やけに具体的だな」
対して、意外にもイエの回答は明瞭(?)だった。
「次の満月というと……えっと、三週間後かしら。魔法使いにとって意味のある日なのは知ってるけど、その時に何かあるの?」
満月の夜は、高度な儀式などを執り行うにはもっとも適した一時だ。とある『教会』が説くところによれば、月に焼き付いた『祖となる神』の存在の残滓がエーテルの作用を安定させるのだとか……。
「その時でないと、絶対に信じてもらえないことがあるのです。ですが満月の夜まで待っていただければ、精霊王たちを止める方法も含めて全て証明できると約束します」
「それは、まあ、おまえが話してくれるつもりならいいんだが……。三週間後か……」
『絶対に信じてもらえない』とはなんともネガティブな言葉だったが、イエの面持ちそのものには真摯さがあった。
自分の説明不足や口下手で信じてもらえないというよりも。それこそ月の満ち欠けを人間が操ることはできないように、自明の理を語るようにまっすぐだった。
「だから……無礼を承知でお願いします。私のことは信じられなくても、私の力を信じてはいただけないでしょうか。一刻も早くこのクリア戦争を終わらせるために……」
しばしの、沈黙。
頭を下げ続けたイエに対して、ハルトもマリベルも小首を捻ったまま長い吐息を漏らしていた。
「と、いうことらしいわよ。どう思う? ハルト面接官さん」
「うーん……」
先に肩をすくめ、イタズラっぽく笑ってみせたのはマリベルだった。つまりハルトとしては、またも損な役回りを投げられてしまった。
「……イエ。おまえさ」
「はい」
と、顔を上げたイエがハルトを見つめてくるたび、落ち着かないのはなぜだろう。
「戦闘科なんてよせよ。……技術科に来ないか?」
彼女の眼差しのように、まっすぐ……とはいかなくて。俯き加減の呼び声は、後ろ髪をガシガシと掻きながら揺れていた。
「…………?」
窓外からの陽光が、きょとんと丸くなったイエの眼を照らした。