Karte.2-4「だから面接してあげましょうってお話」
(毎週月・木曜日、18時頃に更新中です)
【前回までのあらすじ】
ベルアーデ帝国の義勇兵、リヒトはルクスエン大公国との国境地帯で『ただの白魔法師』なる乙女を見つけた。今やありえないはずの回復魔法を用いて無茶に戦う彼女……イエが『ユグドラシルの枝』に貫かれる直前、『ハルト』なんて勝手なあだ名をつけられた青年は、乙女の命を勝手に庇ってみせた……。
【Karte.2「黒金知らずのお嬢さん」】
イエはベルアーデの帝都ベルロンドへと連れてこられる。彼女に看病されていたリヒト……もといハルトは数日ぶりに目を覚ますが、そこに現れた上司マリベルはイエの「目的」を話す……。
○
『ドワーフ』とは、こと物作りにかけては随一のセンスを誇る者たちだ。
主に山岳地帯で暮らしてきた人間が土属性のエーテルの影響を受け、一般的な『ヒューマン』から分化した種族である。
特にこのベルアーデ帝国では重用され、国の黎明期から鉄工技術の発展に寄与してきた。
近年では彼らの主導のもとで世界に『機械』の概念が誕生し、魔法と対となるスタンダードとして共生が図られている。
「気兼ねなくお話しましょ。わたし、こう見えても20歳なんだから。えっへん」
「そういうところは見た目相応だと思うぞ」
「ドワーフの役得よねえ。イエちゃんはいくつ?」
「……17歳です」
「ハルトと同い年ね。あらあら、いいじゃない」
「なにがだよ」
「わたしもそんくらいん時に、第七開発室を立ち上げさせてもらったんよねえ~」
マリベルは若くして第七開発室の長となった、新進気鋭の機械技師だ。
機械によって魔法のような技術を発現する理論を、『機工』という。
機械によって魔法そのものの力を再現する理論を、『魔導』という。
どちらを専門とするかによって機械技師は『機工師』とも『魔導師』とも呼ばれるものだが、少なくともマリベルにとっては双方の別はない。
あの魔導大鎧シュネーヴィをはじめとした奇抜すぎる閃きの持ち主であり、広く兵士たちに普及される新装備の構想をいくつも認められてきた才女である。
ゆえに彼女が発足させた第七開発室なれば、制式採用されるかはともかく尖ったアイデアの宝庫となるのは必定だった。
ここ、並み居る他部署に比べたらただの倉庫にしか見えない『第七開発室』建屋の二階……。
様々なブースが点在しているこの工廠兼事務所では、室長室においても数多の試作品たちが所蔵されていた。
マリベルが眺めている魔導装置……『リプレイヤー』もまたその一つ。
『……どうして、私に怒っているのですか?』
『どうして、って』
「ふむふむ……」
メモリークリスタル……通称メモリタルに記録されたあの戦いの映像を、人間が持つ体内魔力『オド』に依らない方式で再生していた。
「封じられたはずの回復魔法、機械仕掛けのノコギリ刀、それに……『ただの白魔法師』さん、か」
画面の中、ツイッグの残骸とともにあの泣き顔が降ってきて……暗転。
マリベルは『リプレイヤー』を止め、大きめの結晶片を中から抜き取った。
「何度見ても強烈ね」
「まあ、な」
苦笑とともに投げ渡されたそれを、しかめっ面のハルトは襟の隠しポケットへ忍ばせた。
「オーケイ。じゃあ始めましょうか」
と、マリベルは自分の背丈ほどもある椅子ーーもちろん椅子が巨大なのではない、彼女が小さいのだーーを繰り、ハルトの隣へとスライドした。
二人は、採点表や設問例が置かれた長机の前に座っていた。
「よろしくお願いいたします」
そして長机を挟んだ対面には、微妙な距離を開けてイエが折り目正しく着席していたのだ。
マリベルが卓上の録音用メモリタルを起動させ、ペンを手にした。
「はい。それでは4月18日午前10時19分、義勇兵特別募集、臨時面接をーー」
「いや面接ってなんだよ!?」
「えええー、今ぁ……?」
満を持して、ハルトはツッコミの手を机へ打ち付けた。
「今まで何も説明されてないから言ってるんだよ……。これは何の茶番なんだ?」
「説明もなにも、さっきイエちゃんが話してくれたじゃない。ね?」
「精霊郷オグノックへ辿り着き、このクリア戦争を終わらせたいのです。私を義勇軍に入れてください」
ペコリ。イエは極東ニフ国の作法にて深々と『お辞儀』をした。
「ね? だから面接してあげましょうってお話」
「……言葉だけなら、そりゃ簡単な話だけどさ」
精霊郷オグノックへと辿り着き、このクリア戦争を終わらせる。
それはハルトたちのような義勇兵に限らず、多くの『義』ある人間にとっての目標だ。
しかしそれは、開戦からもうすぐ一年が経つ今でも誰も果たしてはいない。
この南エポルエ大陸から白土海を南下した先にある精霊大陸。
その最奥の精霊郷オグノックでは、精霊王ティターニアと精霊王タイタンが沈黙を貫いているのだというが……。
壁に掛けられた戦略地図へ余所見を向けていたハルトは、マリベルへと眼差しを戻した。
「それに、なんで俺も面接官になってるんだ。義勇軍だけじゃなくて正規軍からも担当者が必要だろ? それこそシドニーとか……」
「殿下はルクスエンに出征中よ。だからこうして録音してるの」
義勇軍は正規軍の実質的な下部組織であるがゆえに、新兵の選考には正規軍の監督者が必要である。
そしてその役割には大体、正規軍副総統にして義勇軍総統である第一王女が出張ってくるのだが……。
「ちゃんと話は通してあるわ。いつもどおり、自分の身代わりとして訊くべきところは訊いておけ……だって。ふふ」
「なにが『いつもどおり』だよ。たまに代わってやったらこれだからな」
「あの。日を改めたほうが良いのなら、そうさせていただきますが」
「ああ、いや……いいんだ」
ハルトが手元に引き寄せたのは、カルテにでも記すように達筆が走った『ステータスシート』……すなわち事前にイエに記入してもらった簡易プロフィールだ。
「仕方ない。やるか」
これが自分の役回りだというのなら受けて立とう。それにハルトとて、この乙女に訊きたいことが多すぎるのは確かなのだ。
「じゃあ始めるぞ。ステータスシートの繰り返しみたいになるが、一つずつ答えてくれ」
「よろしくお願いいたします」
「よろしくね」
「……マリベル、横着するなって」
「これも教育の一環っちゅーこって」
イエの足元の段平刀をスケッチしている上司は、とりあえず置いておいて。
かくして、ただの白魔法師の面接が始まったのだ。
(……なんだこりゃ)
……ステータスシートに書き込まれた内容を読んでしまった、面接官ハルトの苦笑いとともに。
設問1。
『名前および現在の職業』。
「あー……名前と職業は?」
「イエ、と申します。ただの白魔法師です」
「……だよな」
頑なに『ただの』白魔法師だと名乗る愚直さは、ツッコミどころではあるが詰るのは野暮だろう。
ハルトはすでに、ありふれた『救い』を求め続ける彼女の在り方を目の当たりにしているのだから。
設問2。
『住所』。
「住所が『無し』って書いてあるのはどうしてなんだ。てっきりニフ国の人間だと思ってたんだが……違うのか?」
「出身はニフですが、十三歳の時にブライティナのムウ修道会フラクム分会に住み込みでーー………………」
「ど、どうした?」
「失礼しました。忘れてください。どのみち今は旅の身ですので決まった住まいはありません」
「ああ、そう……」
「…………」
「…………」
「…………嘘ではありません」
「嘘だとは思ってない」
「修道会には照会しないでください」
「しないって」
回復魔法の総本山であるムウ修道会は、北エポルエ大陸はブライティナ連合国に本会を置いている。ここベルアーデからそう遠くはないが、わざわざ便りを飛ばすまでもない。
こんな鉄白衣の乙女の在り方が、ムウ修道会の意に沿っているはずがないのだから……。
設問3。『志願動機』。
「で、義勇軍に入りたいのは『精霊郷オグノックへ辿り着き、クリア戦争を終わらせるため』……か」
「はい。……救えたはずの命を救うため、世界に回復魔法を取り戻さないといけません」
「立派な動機だとは思う。だが、今どき小銭目当ての冒険者だって言えることだからな。具体的にはどうしたいんだ?」
「精霊王ティターニアと精霊王タイタンを、止めます」
「……相手は星が生まれた頃から継がれてる大精霊だぞ。ツイッグを倒すのとはワケが違うんじゃないか」
「やめてください」
「ん?」
「倒す、とは一言も言っていません」
「回復魔法を取り戻すっていうのはそういうことだろ」
「いいえ、精霊王たちをただ倒してしまえば加護そのものが消滅しかねません。その時こそ、世界は癒しを喪ってしまうでしょう」
「じゃあどうするんだ」
「方法はありますが…………今は話せません」
「はあっ? それはないだろ」
「……ごめんなさい。ですが私が彼女たちのもとに辿り着けさえすれば……必ず、救いはあります……」
「そう言われてもな……」
これが普通の面接なら心証の悪すぎる答えだ。面接官役としてハルトは困ってしまったが、そもそもイエ自身もまともな答えになっていないとわかっているらしい。歯切れの悪い言の葉には申し訳無さが濁っていた。
しかし言い換えるなら、彼女は嘯いてもいるのだ。
自分ならばこの戦争を終わらせられる、と……。
【ドワーフ】
『土』のエーテルに影響を受けて『ヒューマン』から分化した、職工の才能に長けている種族。
石の肌を散りばめし小柄な体をもつ彼らは、鉱物資源の採掘業に適していた。そして非力さを補うために『機械』の概念を生み、より多くの鉱石を求めた。
機械の発展こそが精霊を怒らせる決定打になったと叫ぶ者もいた。だが少なくとも今はまだ、魔法のように自ら動く機械は無い。