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ie ~白式の白魔法師~  作者: 奈雲 ユウ
Karte.2「黒金知らずのお嬢さん」
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Karte.2-2「二度としないでください」

(毎週月・木曜日、18時頃に更新中です)


【前回までのあらすじ】

 ベルアーデ帝国の義勇兵、リヒトはルクスエン大公国との国境地帯で『ただの白魔法師』なる乙女を見つけた。今やありえないはずの回復魔法ヒーリングを用いて無茶に戦う彼女……イエが『ユグドラシルの枝』に貫かれる直前、『ハルト』なんて勝手なあだ名をつけられた青年は、乙女の命を勝手に庇ってみせた……。


【Karte.2「黒金知らずのお嬢さん」】

 イエはベルアーデの帝都ベルロンドへと連れてこられる。彼女に看病されていたリヒト……もといハルトは数日ぶりに目を覚ますが、そこに現れた上司マリベルはイエの「目的」を話す……。


「あなたは、いったい……」

「…………」

 やはり答えは無い。いや、彼女にはやはり答えるだけの余裕が無いのだろう。

 彼女が手をかざした先で、裂傷が回復されていった。

 肉が繋がれ、皮が滲み。

 乙女の細指が血を拭ってしまえば、もうそこには傷痕すら残ってはいなかった。

「ぅ……く……」

 まだ何本ものトゲが刺さってはいるリヒトだが、自然治癒力の増幅によって痛みが相殺されていったらしい。少しだけでも呼吸が落ち着いていた。

 そんな彼を見下ろす乙女はやはり無表情であり、次に抜くべきトゲを定めていた。

 だが。いかにその面持ちが淡白に過ぎても……、

「……がんばってください」

 色彩の涙を流し続ける彼女の眼には、眼前の命への慈しみが溢れていたのだ。

 トゲを一つ抜くたびに叫ばれる呻きに、痛みに、背くことなく泣き続けていた。

 ……『鬼手仏心』なる言葉がある。

 特に命を救う場において、ともすれば惨たらしく見える手段も慈愛のもとに行われているという意味だ。

「また、申し遅れてしまいました」

 では、この鉄白衣の乙女はどうだろう。

 ついに最後のトゲを路傍に捨て……、

「……ぐぅ……ぐぅー……」

「…………」

 もはや一つの傷もなく眠るばかりとなった青年を、慈愛の笑みを以て確かめた彼女は。

 赤黒さがまだらに飛び散った手にて、彼の脂汗を拭いてやった彼女は。

「イエ、と申します。ただの白魔法師です」

 そしてマリベルへと振り向いた時。彼女の……イエなる乙女の瞳からはエーテルが散り、黒曜へと戻っていた。

 あの慈愛の笑みも、もはや残響すら消えていた。

 リヒトの治療はもう終わったはずなのに。彼女の無表情には、いまだ何かを救おうとしているような意志が張りつめていた。

「ところで、あなたもベルアーデの義勇軍の方なのですか?」

「え、ええ……マリベルよ。リヒトはわたしの助手なの」

「なるほど。ではいきましょう」

 イエは放置されていた段平刀を背負った。

「へ? どこへ?」

「安全な場所まで連れていってくださるのでは?」

「それはまあ、言ったけど……」

 ただの乙女かとおもいきや、とんでもない『ただの白魔法師』を掘り当ててしまったものである。

「私には彼の完治を見届ける責任があります。……ちゃんと()()()()()いますので、連れていっていただけませんか?」

「……どーなろーに(しょうがないわねえ)。ええ子にしとるんよ?」

「はい」

 彼女はどうやら、自分の立場は理解しているらしかった。

 この救われがたい世界で、己が騒乱の種になりかねないことを……。

 マリベルはイエとリヒトを抱え、街道を走りだすのだった。


 ○



 ーー「イエ、と申します。ただの白魔法師です」


 ……明滅する暗闇に、彼女の声が反響した。

 しかし意識はすぐに、暗闇ですらない無の中へと落ちた。


 ーー「体が休息を欲しているのでしょう。できればこんな野営ではなく、心身ともに彼が落ち着ける場所が必要です」


 次に暗闇が戻ってきた時には、目を開けようとした。

 瞼が震えるばかりで、あまりの気持ち悪い眠気に眼球が裏返りそうだった。

 それでけっきょく、また何も無くなった。


 ーー「……帝都ベルロンド。……いえ、私もそちらを目指していたのです。実は私はーー」


 背に響いた小気味の良い振動と、駆動音。

 何よりも、温かみのある柔らかさが頭を支えてくれていた。

 徐々に光が見えていった暗闇に反して、こんな心地よさの中でならもう一度眠りに落ちてもよいとさえ考えてしまった……。


 ーー「私はーー死ぬまで死にません」


 その真白の光は、失くした左腕を鮮血に染めていた。


「うぅッ……!?」

 リヒトは……ハルトは、跳ね起きた。

「ああっ? くそっ、眩し……」

 不意打ち気味な輝きは、目に焼きついてしまいそうに強烈だった。

 いや、その輝き自体は優しいものだったのだ。

 ただ、この目が直視に堪えなかっただけで……。

「ーーおはようございます。ハルトさん」

 振り向けばそこに、光よりも鮮烈な彼女がいた。

 ぼやけた世界の中に、なにか、とても大事なものが見えた気がした……。

「……おはよう。イエ……だったよな?」

「はい」

 瞼を擦り、叩いて、締め付けて。それでようやっと、改造ローブの乙女……イエの無表情がハッキリと見えた。

 彼女はベッドの脇で椅子に座り、左腕の袖を修繕していたのだ。

 脱いでから直せばいいものを、まるで、自分の腕を繕うように縫い糸を通していた……。

 ハルトはすっかり癖がついてしまった灰色の後ろ髪を掻きながら、咳を払った。

「って。ここ、俺の部屋……ベルロンドに帰ってきたのか?」

「はい。ハルトさんは丸二日間眠り続けていましたから」

「丸二日……そう、か……」

 そう、窓の向こうには見慣れた王宮と旗印があった。

 ここは帝都ベルロンドの義勇軍本部、技術科本部棟内の寮舎。

 『教導隊』と銘板が掲げられた寮室である。

 大きなソファーとローテーブルを中央に据えた室内は、最低でも四人部屋を想定しているためとても広々としている。

 しかし共用の長机やロッカースペースにはハルトの持ち物以外にほぼ何も置かれておらず、物寂しい生活感が広がるばかりでもあった。

 二台置かれた二段ベッドも、窓際の下段にハルトの名前が……『Richard』(リヒャルト)と記入されているのみだ。

 そこに寝かされていたハルトとしては身に馴染む安心感こそあったが。傍らには馴染みでもない乙女が座っていたのだから、風に胸元を透かされるようなくすぐったさがあった。

「…………ん?」

 実際、

 ハルトは裸だったのだから落ち着かなくて当然だった。

「ってハダカぁ!?」

「いいえ。下着は穿かせました」

「ハカセマシタ!?」

 なんということだ。イエが毛布を捲って確認させようとしてきたので、ハルトはその手から逃れた。……たしかにパンツは穿いているようだったが。

「眠っている方へ服を着せるのは、服を脱がすよりも難しいのです」

「なに格言みたいに言ってるんだ」

「安心してください、衛生面の看護には特に気を配りました。昼夜二回に分けて体を拭きましたし、にょーー」

「よせ! 言わなくていい!」

「そうですか」

 恥ずかしいというか、なんというかもう辱しめられた心地だった。詳らかに聞いてしまえば最後、男子としての自尊心は完全に萎れてしまいそうだった。

 毛布の上に、キチンと畳まれた白金色の軍服一式が置かれた。

「では、今少しお待ちください。ローブを直していたので先に終わらせます」

「くそ……」

 この白魔法師ときたら犬の乳首でも見るかのようにちっとも恥じらっていないのだから、ハルトがバカみたいであった。……毛布を掩体代わりに、青年兵士はいそいそと着替えだした。

 対してイエはミニテーブルに置いていた裁縫セットの中から、真っ赤な粉が詰まった小箱をつまみ上げた。

 桜色の縫い糸ですでに繋ぎ終えていた袖へ、粉を振りかけた。

 火属性のエーテルが淡く燃え上がった。

 その『リペアパウダー』の効果によって、袖は縫い糸を取り込んで完璧に修繕されたのだった。

 縫われた痕はおろか、破れていた形跡すらももはや無い。

 ……袖口に残っていた血痕も、跡形も無く焼却された。

「……おまえこそ、体は平気なのかよ」

 真白に戻った袖から彼女の顔へと視線を上げるのに、ハルトは少し躊躇してしまった。

「はい。おかげさまで」

 あの底知れない黒曜の瞳に、揺らぐことなく見つめられた。

「ですが、あんなことは二度としないでください」

 ただ。彼女は無表情ではなかった。

「私一人でもなんとかできたのに。あなたが飛び出してきたせいで、二人とも死んでしまうところでした」

 無表情には違いなかったのだが、イエは、ふくれていたのだ。

【ユグドラシルの枝】

 世界樹ユグドラシルの枝に、エーテルによる疑似人格を組み込んだ魔法生物。人間からはツイッグという通称で呼ばれる。


 クリア戦争中の現在は、もっぱら精霊たちの領域を守る塔として用いられている。数キラメートレ先まで伸びるトゲによって索敵し、また無数のトゲによって迎撃を司るのだ。


 王の影といえるその偽なる人格は、樹の虚に眠る想いの残り滓から寄せ集めたものだ。

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