表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ie ~白式の白魔法師~  作者: 奈雲 ユウ
Karte.1「ただの白魔法師」
11/73

Karte.1-10「回復魔法だって万能じゃない」

(毎週月・木曜日、18時頃に更新中です)


【Karte.1「ただの白魔法師」】

 ルクスエン大公国とベルアーデ帝国との国境地帯に、『ただの白魔法師』と嘯く乙女……イエが現れた。彼女は精霊や妖精たちが蔓延る森の奥へと進んでいく。

 一方、ベルアーデ帝国のとある青年兵士が、仕事のため国境地帯を訪れるのだが……。

(ムウ修道会の回復魔法だって万能じゃない……魔法使いじゃなくたって知ってることだ。怪我や病気は治るかもしれないが、生命力を消耗するんだ)

 自然治癒力を増幅させて回復と為す。それは対象自身の生命力にひとときの無理を乞うものだ。

 言うなれば。連続して使えば使うほどに、生きる力というものの上限値を磨り減らしていくのだ。

(あんな使い方してたら……!)

 怪我や病気が無くとも。疲弊しすぎた命は、ただそれだけで死へと近づいていくのだ。

 血が薄れる。

 臓物が縮こまる。

 脳が詰まる。

 命が、廻らない。

「おい! もういい……っ、イエ!」

「……!……!」

 はたしてイエなる白魔法師は、敵の中心点にて……一際崩壊しかけていた樹皮へと刃を回していた。

 息も絶え絶えに。……吼えることをやめない段平刀に縋りついていた。

「よくは、ありません……私が始めたことは最後まで、終わらせなければ……」

「十分だって言ってるんだよ!」

 肩を掴むも。その黒々とした眼光の底知れなさは、振り向いただけでハルトを怯ませた。

 が、それでもハルトは、段平刀の柄を握り続けるイエの手を掴んだ。

「見ろ! こいつはもう終わりだ……おまえが勝ったんだよ! 粉々にするまで続けるつもりか!?」

『ーーガーーガガーーティーーターニアーーアア、アーー名の下ーー』

 もはや二人の足下にあるのは、抉れて、焼けて、人の業を止めることもままならない枯れ枝の骸だった。

 そう。戦いなんてもうとっくに終わっているのだ。

 劇的でもなく、洗練されてもなく。

 決め手も勝鬨も無かった。

 ただ真っ白な彼女が、ただ勝ったのだ。

 だがイエの刃は……彼女は、巨岩ほども樹皮を抉り落としてもまだ止まってはいなかったから。

「……どうして、私に怒っているのですか?」

「どうして、って」

 ハルトは面食らってしまった。

 蒼白な無表情に見つめられた動揺よりも、腑に落ちたことがあったからだ。

 そうだ。

 ハルトはこのイエという乙女に怒っていたのだ。

 胸にささくれだった苛立ちは、怒ってやるにも怒りようがなかったからだ。

 敵は倒され、ハルトもイエも生きている。怪我は無く、回復魔法による疲労とてやがては失せる。

 なのに、どうして。

「それは……おまえが……」

「…………?」

 また回復魔法を使おうとしたのか、イエの眼が輝いた。

 涙の痕一つ残りはしないその泣き顔が、ハルトをまっすぐ見つめた。

「っ。だからおまえがッーー」

 眼を逸らしそうになって。しかし逸らしてはいけないのだ、と彼女を見据えた。

『エーテル経路、迂回完了……全残存樹枝、制、限、解除』

「なに!?」「っ……!?」

 だからこそ。ツイッグの根元から飛び出してきた数本のトゲも、いち早く見てとることができた。

 そのトゲたちは、地上に出てしまったツイッグを地中にて支え続けていたもののはずだった。

 それらに全ての余力を懸けて放った急襲は、まさに捨て身。決死。

 支えを無くしたツイッグは一気に倒れていき、ハルトもイエもまた足場ごと足元を掬われた。

 そこに、鎌首をもたげたトゲたちが突き込んできたのだ。

「…………!」

 それでもイエは、宙に投げ出されかけた我が身を守るよりも先に、段平刀を眼前に掲げようと歯を食い縛っていた……、

 ……だからハルトは、

「ぐッッ!!」

「……え、っ……?」

 ……崩壊しかけた足場の中でそこに立ち……イエの前に立ちはだかり、

 トゲの群れを受けたのだ。

 瞬発的にパラレラムの剣撃でいなしはしたものの……、

 生きた杭どもは、肩口や脇腹へと鈍く突き刺さっていた。

「だめっ……!」

 ハルトにとって予想外だったのは、他でもない彼女が跳びついてきたことだった。

 ……いやそれよりも、彼女がこんな慌てた声を上げたことだろうか。

 こんな慌てた声を上げさせてやったことだろうか。

「バカッッ、早く逃げーーうわっ!?」

「あ、っ……!」

 振り向く間も無く、ついに二人の足元は完全に崩落した。

『ーー機ーー能ーー停ーー止ーー…………』

 一本のツイッグの死が、文字通り、青年と乙女を巻き込んだ。

(ほんっとにこいつは……俺も……救いようがないな……)

 黄昏ももう終わり。暗闇に落ちかけた世界の中で、降りしきる残骸の最中で、ハルトは見上げていた。

 遠くの空でも、間近になびく真白でもなく……、

「だめ……っ」

 目の前の、泣き顔だった。

(……なんて顔してるんだよ、まったく)

 直後、ハルトの背を強烈な衝撃が打った。

 声にもならない息をぶちまけて、視界が散っていった。

 それでも最後まで……残骸の雨が世界を覆うまで、

 真白の温もりに抱きしめられていた。


『ーーしーーもしもしっーー答してーーどこにいるの、さっきからエーテルが乱れーーもしもし……リヒト……!』



  Fortsetzung folgt Karte.2……

【回復魔法】

 《ヒーリング》。かつて『ムウ修道会』の手になる『新式』、今や『本式』と呼ばれる回復の魔法の体系。


 自然治癒力を増幅させることで、怪我や病を幅広く治すことができる。副作用は無いものの自然治癒力の増幅とは生命力の消耗ともいえ、重ねがけしすぎると臓器の機能不全や体組織の壊死などを引き起こす。


 体系化された回復魔法は、使い手たちが独自に発展させてきた『古式』をも纏めあげた。しかしそれは、やがて修道会が危惧する神話となった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ