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ie ~白式の白魔法師~  作者: 奈雲 ユウ
Karte.1「ただの白魔法師」
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Karte.1-9「ただの白魔法師です」

(毎週月・木曜日、18時頃に更新中です)


【Karte.1「ただの白魔法師」】

 ルクスエン大公国とベルアーデ帝国との国境地帯に、『ただの白魔法師』と嘯く乙女……イエが現れた。彼女は精霊や妖精たちが蔓延る森の奥へと進んでいく。

 一方、ベルアーデ帝国のとある青年兵士が、仕事のため国境地帯を訪れるのだが……。

「……ウソだろ」

 ハルトは驚愕した。

(なんでだ……ありえない! 風と土の加護が無くなって……人間には、今はもう使えないはずだろ……!)

 あるいはそれは、奇蹟を目の当たりにでもしたような畏怖といってもいい。

 しかしてここにいるのは、神なんかではありえない一人の乙女だ。

()()()()……!!」

 かつてありふれていた癒しの魔法を行使した、鉄白衣の乙女だった。

「……ご挨拶が遅れました」

 血潮が廻りだした腕に、その細指に力を。

 片手で振るうしかなかった段平刀を、より刀身に近い箇所に付随した第二の柄と併せて、両手で握る。

 乙女の千切れた左腕は、治っていた。

「イエ、と申します。ただの白魔法師です」

 ただの白魔法師は……イエは、泣いていた。

 溢れ、涙のごとく流れた輝きは、風属性と土属性の魔力の煌めきだ。

 オッドアイと化した眼が輝きを放ち続け、そこから溢れる魔力の輝きが頬を伝っていたのだ。

 左腕を治した煌めきも、その涙から縋るように迸ったものである……。

「……ただの? 白魔法師? ーー」ーー(ーーバカ言うなよ)

 こんな異様な光景の中にあっても、ハルトは込み上げる感情に一時、苦笑いを吐かずにはいられなかった。

 呆れよりももっと、胸の奥を絞めるそれは苛立ちに似ていて……。

(ただの白魔法師がそんなふうにーー)

「死なない、と約束できますか?」

「なに?」

 振り向いたイエの眼から輝きが霧散していた。あの底知れない黒曜の瞳が戻っていた。

「死なないと約束できるのなら、何があっても私が救います。なのでどうぞ、安全な場所で身を守っていてください」

「……まった。そりゃいくらでも約束するが、まさかおまえ……アレを倒すつもりか?」

『自己診断完了。修復率85%……。迎撃段階を引き上げます。警告手順を省略、索敵演算の32%を樹枝演算に充当ーー』

 ツイッグが自衛の構えを解き、伸縮自在のトゲたちを威嚇の様相で四方八方へ広げた。

 その偉容を。見上げるのではなく、今度はまっすぐにイエは見据えた。

「……はい。【彼女】に見られている限り、この森を生きて突破することは難しいでしょうから。これ以上の遠回りはしたくありません」

「遠回りしたくない……ってッ、それでこんな場所にいたのか!? そんなこと言われて見過ごせるわけーー」

「では」

「おいッ!? 人の話を聞け!」

 そして乙女は段平刀を携え、ツイッグへと飛び出したのだ。

 ハルトとしては遺憾極まりなかったが、これ以上、悠長に説得している暇も無いのはたしかだった。

「ったく!」

 再び取り出してはいた『レシッター』を……魔力の濃霧のせいで『圏外』となっていたそれを仕舞いこみ。

 代わりに抜いたパラレラムへ、二振りともに火属性の魔弾を装填した。

「このバカ!」

 愚直なまでにまっすぐ突撃していたイエの上方、叩きつけようとしてきていたトゲたちを火の魔弾で打ち返した。

 ……だというのにあの鉄白衣の乙女は、そちらをチラと見ただけでほとんど意に介していないようだった。

(なにが『安全な場所で身を守って』、だよ……! 『勇者』みたいな口振りして!)

 真白の背中を追った青年兵士は、しかしあの乙女が『勇者』や英雄の類いではけっしてありえないと感じていた。

 地を蹴ったイエは、たしかに疾かった。

 魔力の残光が眼元から霧散するよりも速く、ツイッグの懐へ踏み込んでいた。

 だが彼女が構えた段平刀は地面スレスレを重く引かれ、実際、廻る刃は地と時折ぶつかりあって跳ねていた。

 隻腕だった時と大差無い。

 力よりも技よりも、明らかに、執念で取り回しているのだ。

 当然だ。袖が失われてしまった左腕の細やかさを見てもわかるとおり、彼女は非力ではないが怪力でもない一人の乙女なのだから。

「っ、う……!」

 だから彼女が振り抜いたその連撃も、技というほどの技でもなかった。ただ駆け、ただ刃を突き出しただけだった。

 ゆえに本体へと届く前に、トゲの横薙ぎに真っ向からぶつかってしまった。

「…………!」

『26番樹枝、無効化。端末性能3%低下!』

 ……それでもその執念こそが、トゲを両断するとともに本体へ噛み込んだ。

 止められようが、防がれようが、彼女の刃にはほとんど関係無かったのだ。

 殊更、回転し続ける刃は触れてしまった時点で無傷にはなりえない。

 一枚一枚は小さすぎる刃の群れは、しかし重厚すぎる鋼鉄に支えられている。

 削り、崩し、潰していくのだ。多かれ少なかれ。

 彼女の執念が触れた先はもう原型を留められなかった。

 この機械の段平刀はまるで、敵を蝕む病のようだった。

 あるいは呪いか。

「おいっ、右だ!」

「つ、っ」

 あるいは、そう、刃を振り続けるイエこそが人の身として軋んでいた。

 駆け寄ったハルトがイエを押し退け、横手から突き込んできたトゲをなんとか切り落としたにもかかわらず、

「ありがとうございます」

「だから、っ、おいっ、突っ込みすぎ……!」

 ふと見れば彼女はもう、間合いを取ることなく樹皮へ段平刀を叩き込んでいた。

 木や岩を依り代とする風と土の精霊たちへもそうだが、特にしなやかな樹皮をもつツイッグへは、この段平刀は特効となる得物だろう。

 ただし。イエは段平刀に頼りきっている様子ではなかったものの、彼女自身の戦闘技術は凡庸の域を出ていなかった。

 ツイッグの大振りな攻撃をリズミカルにかわしたり、返す刀を打ち込んだりはするものの、

『誘導、牽制』

「……っ、ぁ……!」

(言わんこっちゃない……!)

 騙されもした、詰められもした、押しきられもした。

 切られ、殴られ、飛ばされ、そのたびに傷を刻んだ。

 避けられないものは避けられないし、防げると見えた攻撃ですら体捌きの機微一つで防ぎきれなくもなった。

『打撃、迎撃、突撃、迎撃、反撃、迎撃、乱撃』

「……ぅ……っ、ぅ……」

 けっして無敵ではなかった。

 勇者でも英雄でもなく。そこにいるのは、ごく当たり前に死闘に足掻くしかない人間なのだから。

 だが。

「……、……!」

『危険! 補助構造、切、断……損傷確認……』

 それでも、いや打ちのめされた先からこそ、翻って地道な攻勢を捩じ込んでいった。

 ツイッグの樹皮を裂き、根を断ち、幹を削いだ。

 自身の血の飛沫を突き破りながら。

 傷つくということを、彼女はまるで肯定していた。

(なんなんだ……こいつ……!)

 迫るトゲの群れをいなしながら、せめてイエを守ろうとするハルトだったが。あまりにも近寄れない。

 狂おしいほどに、彼女は眼まぐるしかったから。

 自身の身を守りながらの援護に甘んじるしかないハルトに対し、むしろ、血肉を削るイエこそがこの死線を着実にかき乱している。

(こんな戦いかた……!!)

 ハルトの胸もまたかき乱されていた。

 自分に苛立って、そしてーー、

「《ヒーリング》」

 ーーそして、彼女の痛々しさに傷ついていた。

 回復魔法。

 風色と土色に輝いた瞳。

 溢れ、残光となって散っていく魔力の迸り……、

 ……涙。

 もう体も心も崩れ落ちてしまうその淵にて、彼女はまたも自分を呼び戻すのだから。

「《ヒーリング》」

『損、傷』

 ゆえにまた何度でも傷つきにゆき、()()()()()()()()のだから。

「《ヒーリング》」

『危険……損傷……損……ショウ……ガガガ……ガ……ッ』

 死なない。

 死ぬまでは、死なない。

 死の淵に立たされても、常人だからとうに心臓が破れかけていても。

 そこまで虐げられてもなお、最後の死線だけは越えない。越えさせない。

 それは、そこまで追い詰めていながら終わらせられない敵のせいでもあったけれども。

 何よりも、彼女が『ただの白魔法師』として揺らがないからに他ならなかった。

「《ヒーリング》」

「ーーーー」

 輝きが、傷を増やしていたハルトを包んだ。自然治癒力の増幅により、体内に回りかけていた魔力由来の毒もろとも痛みが消え去った。

 とはいえこれが、どうして心地よいものといえるだろう。

 いえるわけがないのだ。

『危険ーー致命的損傷ーー周辺の精霊は当端末の修復、修復修復修復修、復、もしししくはははカンリシャニーー』

 もはやかすかに残骸が残ったばかりのトゲを焼き落としながら。ハルトは、抉られすぎて傾いたツイッグを見上げた。

 その表面へと駆け上がった白い影も、見上げていた。

 いや、見上げるばかりで何ができようか。

「……くそっ!」

 ハルトは赤い足跡を追った。

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