聖女と訪問者
「しかしまぁ、ジェレミー様ったら会いに来るって言っても、何処から会いにいらっしゃるのよ……」
翌日。王宮に戻って書類仕事に精を出していた私は、ふとそんなことを呟いた。時計を見れば、時刻は午後三時半。そろそろおやつ時には良い時間帯ね。そんなことを思いながら、私はまた書類に目を通して、判を押していく。……本当に、王太子妃って地味な仕事が多いわよねぇ……。
「アナスタシア様、どうぞ、お茶でございます」
「あぁ、ありがとう、ミア」
そんな風に考えながら、私が書類とにらめっこをしているとミアがお茶を持ってきてくれる。その横にはフィナンシェやマドレーヌなど手軽に食べられるお菓子の類が添えられていて。私は、目をキラキラとさせた。今日のお菓子は尚更美味しそうね……!
「ねぇ、それ、食べていいの?」
私がマドレーヌたちを指さしてそう問いかければ、ミアは「……休憩時間まで、お待ちくださいませ」と答える。……ねぇ、ミア。貴女、最近ロイドに似てきたわよね? でもまぁ、休憩時間まであと三十分程度だし、頑張るか。
「……あの、アナスタシア様」
「なぁに、ミア?」
休憩時間に向けて私が書類仕事を終わらせようと頑張っていると、不ふとミアがそう声をかけてくる。それにのんびりとした声で返せば、ミアはとても言いにくそうに「……あの」と消え入りそうな声でもう一度話しかけてくる。……一体、何なのかしら? そう思って顔を上げれば、ミアは窓の外をじーっと見つめていた。だから、私はその視線の先を追う。すると、窓の外には……なんと言い表せば良いのだろうか。まるで流れ星のようなものが――こちらに向かって突撃していた。
「いや、どうして!?」
これはまさか、隕石!? そう思って私が叫んでしまえば、ミアは「……魔法の類、だと思います」とゆっくりと説明をしてくれた。そ、そう。魔法の類ならば良いわよね……って、いいわけがないじゃない! 突然流れ星のような魔法が来るなんて、どんなファンタジーな世界よ!
(って、そういえばここは乙女ゲームの世界だっけ……)
すっかり失念していたけれど、ここはファンタジー系乙女ゲームの世界だった。だから、流れ星のような魔法がこっちにやってきても大丈夫……な、わけがないじゃない! 一人でボケとツッコミをしているような状態だけれど、実際大丈夫なわけがないわよ!
「み、ミア、とりあえず、逃げましょう……!」
あの魔法は、間違いなくこちらに狙いを定めて飛んできている。だから、私はミアの腕を掴んでそう言った。しかし、ミアはただ首を横に振るだけだ。……ミア、逃げた方が良いと思うのだけれど?
「……あの魔法は、多分ですが――」
ミアが、何かを呟こうとした時だった。不意にその流れ星のような魔法が加速して、私たちのいるお部屋の窓を突き破る。ガシャンというようなガラスの割れる音が辺りに響き渡り、ガラスが散乱する。だけど、私たちは不思議と無傷だった。あんなにもガラスが飛び散ったのに、私たちの方には飛んでこなかったのだ。
「……アナスタシア様。下がっていてください」
その後、ミアは割れた窓の方を見つめながら、そう言う。そこには白い煙が上がっており、人影のようなものが見えた。それに身構えれば、その人影は大きくあくびをするような仕草をする。……のんきね。
「アナスタシア様、お久しぶりです」
そして、聞こえてきたその声に私は目を見開いた。感じる魔力は、とても強い。それに背筋がぶるりと震えてしまう。それを実感していれば、その人影は「あれ、俺のこと忘れちゃいましたか~?」なんて楽しそうに言う。……忘れるわけが、ないじゃない。トバイアスの街を滅茶苦茶にして、姿を消した黒幕である彼のことを。
「……ジェレミー様、お久しぶりでございます」
ゆっくりと噛みしめるようにそう言えば、その人影は「よかったぁ、忘れられてなかったぁ!」と言ってきた。その声はさも楽しそうであり、私の癇に障る。だから、私は私のことを庇おうとするミアのことを押しのけて、ジェレミー様の近くに寄った。
「愛しのアナスタシア様に忘れられていたら、悲しくて夜も眠れませんでしたよ」
「……嘘を、おっしゃらないでください」
ジェレミー様に冷たい声でそう告げれば、ジェレミー様は真っ白な煙の中から姿を現した。窓から突っ込んできたとは思えないほど、ジェレミー様は無傷だった。ただ、そのふわふわとした銀色の髪をまるで寝癖でも直すかのように弄るだけだ。その後「ちょっと、勢いを間違えちゃいまして」と笑いながらおっしゃる。
「勢いを間違えて窓ガラスに突っ込むなんて、普通の人間だったら死んでいますよ」
「そうですね。……けれど、俺、普通じゃないので」
にっこりと笑いながらそうおっしゃるジェレミー様には、殺意しか湧かない。そもそもな話、このお方が全ての元凶なのだ。アナスタシアの中から私の意識を引っ張り出し、乙女ゲームのヒロインさえも利用した黒幕。……このキストラー王国の第二王子殿下、ジェレミー・ベル・キストラー。その人だから。
「もう一度、お久しぶりです、アナスタシア様。そちらの侍女さんは……初めまして。俺、ジェレミーって言います」
「……ミア、です」
「そうですか、ミアさんですか」
ジェレミー様はそんな風に自己紹介をすると、ぱちんと指を一度だけ鳴らす。そうすれば、黄色の花束がミアの元に落ちてきた。その花束は花も包み紙も全てが黄色だった。
「……何が狙い、ですか」
「昨日お手紙を送りましたよね?」
「そうですね。けど、用件は書いてありませんでした」
何だろうか。やはり、今までのジェレミー様とは違う。いや、それは違うか。今までのジェレミー様が、嘘で出来ていた姿なのだろう。こっちが――彼の本性だから。
次回はまた二週間後の月曜日or火曜日です(o*。_。)oペコッ
引き続きよろしくお願いいたします……!(あ、今月コミックス②が出ましたので、そちらもよろしければ……!)




