聖女と寝不足な兄
「本当に馬車での移動って疲れるわよね。もっとこう……画期的な魔道具とか開発してくれないかしら?」
「それは無理なことですね、アナスタシア様」
本当に、転生してからいつも思っているけれど馬車での移動は疲れる。そう思いながら、私は大きく伸びをした。
あれから三日後。私は無事山積みの書類を片付け、シュトラス公爵家に帰ってきていた。ここは何といっても私……というか、アナスタシアの実家。今の当主はアナスタシアの兄であるマテウス・シュトラス。チートなシスコン公爵様だ。……ちなみに、お兄様はロイドのと仲があまりよくないわ。
「ミアもほら、行くわよ」
「……ぁ、はい」
何故か後ろで固まっているミアを一瞥して、私は屋敷に入るように促す。……もしかしてだけれど、圧倒されているのかしら? まぁ、そうよね。私も前世の記憶が蘇って初めて見たとき驚いたもの。このシュトラス公爵家はキストラー王国一の大貴族。屋敷の大きさも財力も桁違いだもの。……王家よりも懐が潤っているのは、少々悲しい案件だけれども。
私はそんなことを考えながら、ニーナとロイド、それからミアを引き連れて歩く。屋敷の中では相変わらず見知った使用人たちが忙しなく動き回っているけれど、私の顔を見ると「おかえりなさいませ」とにっこりと笑ってくれる。……やっぱり、王宮よりもこっちのほうが落ち着くわね。なんというか、実家感? いや、実際に実家だけれど。
「ねぇ、お兄様は?」
「マテウス様でしたら、執務室の方にいらっしゃいますよ」
屋敷の中層部に来ると、シュトラス公爵家の執事が出てきてくれる。彼は私たちを見て「おかえりなさいませ」というとほぼ同時に、ロイドに笑いかけていた。その瞬間、ロイドが無の表情を崩すのはいつも通り……と言えば良いのだろうか。ロイドはシュトラス公爵家の執事が親代わりみたいなものだったから。ぺリングという家名も、執事のものを貰った形だ。
「ところで、本日の要件は……?」
「あぁ、単にちょっとお兄様にお願いがあるだけよ。そんなに大それたことではないから、気にしないで頂戴」
「さようでございますか」
いくら執事のことを信頼しているとはいえ、易々と情報を流すわけにはいかないのよね……。ごめんなさい。心の中でそう謝り、私は最近配置が変わってしまった屋敷の内部を歩く。どうでもいいけれど、この屋敷に住んでいる主はお兄様だけだし、こんなにも広かったら大変じゃないのかしら? ……まぁ、両親が亡くなってからずっと私と二人暮らしだったけれど。
(お兄様も、そろそろ妻を迎えればいいのに)
お兄様だって、もう二十三。普通で考えて、そろそろ婚姻を真剣に考える年齢。……まぁ、それはそれで私が微妙な気持ちになってしまうから、嫌と言えば嫌……かも。けどけど、お兄様が婚姻をしないとシュトラス公爵家の直系の血筋が途絶えてしまうのよね。私が戻ってくることが出来て、新しく婚姻が出来ればいいのだけれど……無理よ、それ。元王太子妃なんて、のし付けられても断る案件よ。
「お兄様、アナスタシアです」
その後、執務室の前にたどり着いて扉をノックすれば、「入れ」という低い声が聞こえてくる。なので、私は三人を引き連れてお兄様の執務室に足を踏み入れた。踏み入れたのだけれど……すぐに、驚愕してしまった。……いつもは綺麗な状態を保たれている執務室が、散らかっているのだ。それこそ、足元に本が散らばっているレベルで。
「……お兄様?」
「いや、何でもない。ちょーっと嫌なことがあってだな……」
私がお兄様に声をかければ、お兄様は「はぁ」と露骨にため息をつかれたのち頭を抱えられていた。……この様子は、以前見たことがあるわ。それは、私が王太子妃になる前の出来事。……山のように縁談を持ってこられ、疲弊されていた時のお兄様。それに、そっくり。
「……お兄様。縁談が嫌なのは分かりますが、このように物に当たるのは止めた方がいいかと……」
「いや、物に当たったわけじゃないぞ。単に、崩れてそのままにしているだけだ」
「そ、それは普段のお兄様から考えられないような……!」
このチートで無敵なお兄様をここまで疲弊させる縁談相手など、一体どんな相手だったのだろうか? は、まさか……幼女!? いやいや、それはないわよね。……いや、ありえる、か。シュトラス公爵家に取り入るためならば、幼女だって差し出したくなるかもしれないもの。
「まぁ、俺の話は置いておくとして。アナスタシア。要件の内容は大体手紙で知っているが、もう一度行き違いがないか確認するぞ。いいな?」
「は、はぃ」
目の下に隈を作られたお兄様に凄まれて、私は渋々頷いた。……えぇ、行き違いがないか確認をすることはとても大切。大切よ。けれど……。
(目の下に隈を作られているお兄様、すごく迫力があるのよねぇ……)
それが、唯一の心配。迫力がありすぎて、怖くて仕方がない。妹の私でさえこれなのだから、使用人たちは大層怖かっただろうなぁ。そう思いながら、私はお兄様のお話に耳を傾けていた。
久々の更新になってしましました……(´・ω・`)これからは一週間に一度のペースで更新したい……です(o_ _)o))
引き続きよろしくお願いいたします。あと、今回から第二章になっております。
(コミカライズの方も着々と進んでおりますので、お楽しみにしていただければ、と思います!)




