聖女候補の独白(ミア視点)
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私が仕えることになった主は、結構どうしようもない人だった。
自由奔放で、自分ファースト。貴族社会では密かに『王太子妃の鑑』なんて呼び名がつけられているあの人は、一体どんなにすばらしい人なのだろうか。そう、思っていた時期があった。でも、実際はそんな印象をは程遠くて。……だけど、あの人は何処か憎めない。どこか不器用で、どこかズレている。……そんなあの人の役に立ちたいと、私はいつの間にか思っていた。
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アナスタシア様が出て行かれた医務室で、私は茫然としていた。今は伯爵令嬢ミア・クラーセンではなく、ただの侍女であるミアとしてここに存在している。この王宮で使用人たちの怪我を見ているおじいちゃん先生も、私のことを「聖女候補」というよりも「新米侍女」として見ている方が強いようで。……それが、どこか心地の良かったのは確かだった。
そう思いながら、少しだけ昔話をしようと思う。
幼き頃から、私には光の魔力があった。それは、クラーセン伯爵家では前代未聞に近いことで。誰もが、私がいずれ聖女になるものだと思っていたよう。しかし、私は十八歳を迎えても聖女候補にさえ選ばれなかった。……そして、気が付いた。私の光の魔力は『量』だけなのだと。だから、一年かけてこの力を使いこなすように努力した。その結果、十九歳を迎えた今年、無事聖女候補に選ばれたというわけ。……まぁ、私は今狙われているのだけれど。それが、辛かった。何よりも、私のことを見初め、励ましてくださっているお方に迷惑をかけてしまっている。……そんなどうしようもない現実が、胸が締め付けられるほど悲しいような。そう思ったけれど、主であるアナスタシア様の笑顔を見ているとそんな気持ち何処かに吹き飛んでしまう気がして。
(……あの人は、自分ファーストだけれど、それには他人への思いやりがこもっているのよね)
アナスタシア様は、とにかく自分勝手に振る舞う。初めはそんな彼女に好印象を抱いていなかったのだけれど、関わるにつれ徐々に彼女の本質を見た。
彼女はきっと、自分ファーストを演じているだけなのだろう、と今ならば思う。懐に入れた人間にはめっぽう甘くて。だから、彼女の唯一の従者や侍女も楽しく働いているのだと思う。……いや、あちらは仕事人間か。あんな風には、私はなれない。
「ミアさん。今回の件は、一応王太子殿下にもご報告しておきますね」
おじいちゃん先生が、そんなことを言って朗らかに笑う。その笑みを見て、少し心をほっとさせた私は「はい」と端的に答えた。けど、きっと私がホッとしていることはおじいちゃん先生には伝わらないだろうな。私は、親しい人以外の前ではあまり表情が動かないそうだから。
「ミアさん。……あまり、軽率な行動は控えた方がいいかと思います。……貴女は、ご自分の立場をお分かりになってください」
「……分かって、います」
続けて、おじいちゃん先生はそう言った。私がここにいる理由。それは、この王宮の警備を利用して守ってもらうためだ。エセルバード様が、半ば強引に私をここに押し込んでくださった。そんな彼の為にも、私は勝手な行動を慎まなければならない。……分かっているのよ、本当は。
「分かればいいのですが……。ただ、あまり気に病むことはありませんよ」
最後におじいちゃん先生はそう締めくくり、仕事に戻っていた。そんな背中を見つめながら、私は「こんなことになるのならば、光の魔力なんて持つんじゃなかった」と心の何処かで思ってしまう。……光の魔力を持たなければ、私は普通の幸せを手に入れられたはずなのに。
「ミア!」
「……エセルバード様」
そんなことを考えていると、数分後に医務室の扉が開き慌ただしくエセルバード様が私の方に駆け寄ってきてくださる。おじいちゃん先生は、そんなエセルバード様を見て眉を顰めるものの、声には出さない。やはり、ここでもエセルバード様の権力はすごいものだ。
「大丈夫か? 大怪我では、ないんだよな?」
「はい、怪我は軽傷です」
そうおっしゃって、私のことを心配してくださるエセルバード様のことが、どこか眩しかった。彼は、この国では指折りの権力者。どこか傲慢だけれど、その信念の強さから女性人気の高いお方でもある。……今思っても、なぜこれほどのお方が私を見初めたのかが、分からない。
「……ミア。王太子妃サマの侍女、辛いか?」
私がそんなことを思っていると、不意にエセルバード様がそう問いかけてこられた。……もしかして、私がアナスタシア様に仕えるのを嫌がっていると思われたのかもしれない。
「……いえ、それは、違います」
そう、凄まじくあの人は自分勝手で、自由奔放。側に居ればいるほど、悪いところが目に入る。書類仕事があまりお好きではなくて、その反面食べることが大好き。時折、物語の中の悪役のように笑われる。……だけどね、それ以上に――あの人は、すごく魅力的な人。
「私、アナスタシア様の侍女を続けたいです。……それが、今の私にできる唯一のことですから」
このまま、終わりたくない。そんな気持ちが、私の心の中で湧き上がった。
相変わらずのペースですが、よろしくお願いいたしますm(_ _"m)
(書籍ではおかしな点は全て直したはずですので、よろしければよろしくお願いいたします!)




