聖女と四人目の攻略対象
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「……アナスタシア様」
「こら、ニーナ。そんな風に不貞腐れないの」
それから五日後。私はニーナに側に張り付かれていた。本日、私の専属侍女としてミア様がやってくることになっている。大方、それが不満なのだろう。頭の中では理解できていても、心が理解できないことは多い。ニーナもきっと、そう言うこと。
そんな風にニーナに引っ付かれること、約二時間。ゆっくりと部屋の扉がノックされ「失礼するぞ」という男性の声が聞こえてきた。その男性は、私の返答を聞くこともなく部屋にがつがつと容赦なく入ってくる。
その男性は、ウィリアム様よりも暗い赤色の髪をしていた。その目の色は澄み切ったブルー。……彼は、王家とは遠縁の親戚にあたるから、どこかウィリアム様と似ている。……容姿だけ、だけれど。
ウィリアム様はどこか上品な印象を与えるものの、彼はワイルドで野性的な印象を与える男性だ。同じ髪色なのに、ここまで違う雰囲気になれるのはある意味すごい。そう思いながら、私は口角を上げ「淑女の部屋に、許可なく入らないで下さる?」とだけ告げた。
「淑女の部屋っつーか、ここは王家共有のスペースだろうよ。王太子妃サマ?」
「あら、それでも今は私のスペースよ」
私がそう言えば、その男性は赤い髪をかき上げながら「大層わがままな王太子妃サマだな」なんて声をかけてこられる。なので、私は「当然じゃない」とだけ返しておいた。
「ま、今回に限っては王太子妃サマに感謝するべきなんだろうけれどな。ミアを、専属侍女にしてくれるらしいし」
「そうね。ほかでもない旦那様のお願いですし、いい加減板挟みになるのも辛いでしょうから。ね、バネルヴェルト公爵?」
「そうだな」
男性――バネルヴェルト公爵は、私に向かってニカッとした笑みを向けてこられる。……彼こそ、乙女ゲームの四人目の攻略対象であるエセルバード・バネルヴェルト公爵。その人だ。騎士団では副団長を務めており、その整った容姿から女性人気が大層高い男性。……ついでに、ミア様の婚約者ね。
「で、肝心のミア様は何処にいらっしゃるのかしら?」
「あぁ、侍女服に着替えているさ。……俺は、勝手に王太子妃サマのお顔を拝みに来ただけ」
「拝んでも何も出やしないわよ。そうねぇ……旦那様の弱点ぐらいならば、教えてあげてもいいかもしれないけれど」
「興味あるな、それ。でもま、今日は時間がねぇんだ。その情報については、また追々頼むわ」
バネルヴェルト公爵はそうおっしゃると、私に向かって「ミアを、乱暴に扱うなよ?」なんて言ってくる。あら、失礼ね。私がいつ侍女を乱暴に扱ったというのかしら? 前世の記憶が蘇る前の私だったら、ありえたお話だけれど。今は立派な王太子妃になっているつもりよ?
「あら、私これでも立派な王太子妃なのよ? 侍女を乱暴に扱うなんて、ありえないわ」
「あっそ。つーか、自分で立派だなんて普通言うか?」
「私、そう言う女だもの」
クスクスと笑いながらそう言えば、バネルヴェルト公爵は「あっそ」なんて興味もなさげな声を返してくる。……本当に、興味がないみたいね。彼は、興味のあることはとことん追求し、極めるけれど興味ないことはどうでもいいみたいな人だから。
「ま、今回は王太子妃サマに挨拶に来ただけだ。あんたの兄にも結構世話になっているしな。……シュトラス公爵家には、頭が上がらねぇかも」
「それでいいわ。キストラー王国の筆頭公爵家の座は、シュトラス公爵家が手に入れるもの」
「本当に性格が悪いねぇ」
バネルヴェルト公爵は、けらけらと笑いながら私の対面のソファーにドカッと腰を下ろす。……先ほど、長居する気はないっておっしゃったじゃない。でもまぁ、お茶ぐらい出してあげるか。
「ロイド。お茶を用意して頂戴」
「かしこまりました」
相変わらずニーナは不貞腐れているから、ロイドに頼まなくちゃ。そう思って、私がロイドに指示を出したときだった。控えめに、部屋の扉がノックされる。……ミア様、かしら?
「どうぞ」
だから、私はそう返答した。そうすれば「……失礼いたします」という声が聞こえ、ゆっくりと扉が開いた。そこにいたのは……すごく綺麗な、女性。
「お初にお目にかかります。本日付で、アナスタシア様の専属侍女になりましたミア・クラーセンと申します。これから、よろしくお願いいたします」
そう言ったミア様――いいえ、ミアは完璧な侍女の一礼を、私に向かって披露した。
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