聖女の説得
その後、ウィリアム様はお茶をもう一杯飲まれ、私のために用意してもらったお茶菓子をたっぷりと食べていかれた。颯爽と去って行かれたけれど、私は恨む。私が一番楽しみにしていた、ブルーベリーのタルトを食べていかれたからだ。人間、食べ物の恨みは一番怖いのだ。……あとでお兄様にチクっておこう。
「……ミア様、か」
彼女のことは、私もある程度の情報を得ている。クラーセン伯爵家の令嬢であり、家族構成は父、母、弟の四人家族。エセルバード・バネルヴェルト様と三ヶ月前に婚約した、穏やかな女性だ。容姿もとても愛らしく、社交界で人気がある。……ちなみに、彼女は私よりも一つ年上。つまり、十九歳ね。
「っていうか、旦那様結構弱くない……?」
お兄様に弱くて、バネルヴェルト公爵のお願いも断れない。一国の王太子ともあろうお方が、あれで大丈夫なのだろうか? そう思ったものの、まだマシだと思い直す。……今の国王陛下と王妃様よりも、ずっとマシよね。
「さて、ニーナ、ロイド。少しいいかしら?」
でも、それよりも。とりあえず今は負のオーラを出しているロイドと、しょぼくれているニーナのケアをしなくてはいけない。だから、私は手を一度パンっとたたいて、二人に私の目の前に立つように指示を出した。ニーナは不貞腐れて頬を膨らませているものの、ロイドは涼しい表情だった。……まぁ、装っているだけだろうけれど。
「というわけで、旦那様のお願いということから、新しい専属侍女を受け入れることになったわ」
「……さようでございますか」
「こら、ニーナ。不貞腐れないの」
私はそう言った後、「これは仕方のないことよ」とだけ付け加えた。ウィリアム様のお考えは、大体わかる。聖女候補は厳重に警護されるものの、それでも王太子妃の警護には敵わない。ましてや、私は聖女兼王太子妃。ずっと警護が付いているし、護衛も優秀なものばかり。というわけで、ミア様を私の専属侍女にすることで、間接的に守ってもらおうということ。
「聖女候補はこの国では大切にしなくちゃいけないわ。それに、もうすでに二人も辞退者が出ている」
「そうですが……」
「ミア様にまで辞退されたら、聖女選定の儀の意味もないわ。それでは、民たちの楽しみを奪ってしまうことにもなる」
聖女選定の儀は一大行事dえ、王都のお祭りのようなものでもある。民たちはこれを楽しみにしている場合も多い。だから、悪いけれど中止にするわけにはいかないのよねぇ。
「それに……あの宰相の思い通りになるのは、ちょっと癪だし」
あと、あの宰相は国を乗っ取ろうと目論んでいる。そのため、あの宰相の娘を聖女にするわけにはいかない。けど、私たちがそう願ったところで聖女選定の儀は大臣たちが取り仕切っているため、いろいろと怖いことは多い。……ウィリアム様はそのこともあって、最初の悪事の証拠を掴もうとしているのよね。
「私は、ミア様に聖女になってもらわなくちゃいけないと思っているわ。そのためには、彼女を守る必要がある。二人とも、それは分かって頂戴」
私が瞳を伏せてそう言えば、ロイドとニーナは黙り込んでしまう。……私の専属従者はロイドだけだし、専属侍女も今ではニーナだけ。他に従者や侍女、メイドはいるものの専属ではない。私には、二人がいればそれでよかったから。
「……俺は、別に構いませんよ」
その後、しばらくしてロイドがそんな風に言ってくれた。だから、彼の顔を見上げれば「……まぁ、仕方のないことですからね」と言って、「ニーナも本当は分かっているはずですよ」と続けた。
「ニーナ」
ロイドがニーナの名前を呼べば、ニーナは「……分かって、います」と絞り出すような声で言ってくれた。
「ただ、アナスタシア様本人から告げられたわけではないので、不満だっただけです。あの人に、お願いされるのは嫌です」
「……ニーナ」
「今更あんな態度を取られましても、今までの行いは消えるものではありません」
「……ねぇ、ニーナ。不敬罪に問われるわよ?」
ニーナはそっぽを向いてそう言うので、私は少しだけ小言を言っておいた。今までの行いとは、私が毒に倒れた際にウィリアム様がお見舞いに来られなかったこと、だろうな。……私は水に流したけれど、ニーナはそうはいかないみたい。
「不敬罪に問われても、私は構いません。あの人は、私の主ではありませんから」
「そうね。ニーナとロイドの主は私だものね」
ないだろうけれど、もしもウィリアム様がニーナとロイドを不敬罪に問うつもりならば、私は自分の権力を全て使って二人を守るつもりだ。ウィリアム様よりもずっと好きだもの。
「じゃあ、ミア様とも仲良くやって頂戴。ニーナは、先輩侍女として仕事を教えてね」
「はい」
「かしこまりました」
私の指示に、二人はようやく頷いてくれる。……しかし、今年の聖女選定の儀も、波乱万丈になりそうだわ。はぁ、もうちょっと落ち着きたい。無理だけれどさ。
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