従者クラウスの断罪(5)
「クラウス……!」
キャンディ・シャイドルが俺に縋るような視線を向けてくる。その視線がやたらと気持ち悪い気がして、背筋に冷たいものが走った気がした。……王太子殿下は、いつもこんな感じだったのか。なんだか、少しだけ王太子殿下の気持ちを知れた気がする。
「お前に名前呼びを許可した覚えはない。ましてや、呼び捨てなど了承しちゃいない」
自分でも思っていないほど、冷たい声が出た。貴族間で呼び捨てにできるのは、相当親しい人物のみと決められている。俺が呼び捨てを了承したのは、王太子殿下やシュトラス公爵などの同性の友人他、女性ではアナスタシア様のみ。……いや、ジュリエット嬢にも呼び捨ての了承を出しているのだけれど、彼女はおこがましいといつも『様付け』で呼んでくるのだ。
「く、クラウスはクラウスでしょう! ゲーム内では……」
「お前の言うゲームは何かは知らないが、俺はお前が嫌いだ。大方、王太子殿下もシュトラス公爵も、バネルヴェルト公爵も一緒だろう」
間違いなく、王太子殿下とシュトラス公爵はキャンディ・シャイドルが嫌いだ。バネルヴェルト公爵は知らないが、あの態度だと好いてはいない。まぁ、嫌ってもいないのかもしれないが。
「というわけで、キャンディ・シャイドルは幽閉の刑に処する。……異論はないな?」
王太子殿下が貴族たちにそんな風に呼びかける。貴族たちは、ざわざわとしているが異論の声は上がらない。中には声を上げようとしている者もいるようだが、彼らは王太子殿下の圧に押され声を上げることは出来そうになかった。……それでいい。
「では、連れていけ」
俺でさえ聞いたことのないような王太子殿下の冷たい声。それに絶望したのか、顔面蒼白になったキャンディ・シャイドルは兵に連行されていく。……だからこそ、俺はキャンディ・シャイドルの元に早足で駆け寄った。
「俺はお前のことを好いてはいなかったけれど、元は嫌いでもなかったよ。けどさ……ジュリエット嬢を傷つけたことだけは、許せることじゃない。最悪、俺、お前のこと殺してたかも」
キャンディ・シャイドルの耳元でそう囁けば、その女は顔を真っ赤にしながら兵に連れていかれた。……これで、全てが終わったのだろうか。終わった感じはしないが、それでも一段落……と思っていいのかもしれない。
(シャリエ子爵家を脅迫していた奴の正体も分かっているし、そっちもそっちで断罪しないとな……)
俺に近づいたからと、シャリエ子爵家を脅していた輩の正体はすでに掴んでいる。複数犯だった為、すでに何名かは断罪済み。残りは二人。……こういう時に、俺の情報網は役に立つ。その家の薄暗い情報を突きつけ、脅せばいいのだから。
「クラウス」
「はい、王太子殿下」
王太子殿下に呼ばれ、彼の元に駆けよれば王太子殿下は「……終わったな」なんておっしゃった。確かに、聖女選定の儀の選考は終わった。しかし、何度も言うが終わった感じは全然しない。それに……これは、始まりでもあるのだ。
「いえ、これは始まりでもありますよ。……アナスタシア様が聖女に選ばれたので、王太子殿下との婚姻は確実になりました。……おめでとうございます」
「それ、は」
「今更婚約を解消したい、とおっしゃっても通用しませんよ」
満面の笑みで王太子殿下にそう言えば、王太子殿下は「そんなこと、言うか!」とおっしゃってそっぽを向かれてしまう。……もしかしたらだが、このお方の中にはまだアナスタシア様への恋心が残っているのだろうか。
「王太子殿下。アナスタシア様のことが、まだ好きなのですか?」
「そんなわけないだろう! あの女は……あの女は、ただの政略結婚の相手だ!」
……こりゃあ、少し当たったのかもしれない。顔を真っ赤にしながら小声で俺に抗議をしてくる王太子殿下を他所に、聖女選定の儀の最終段階に進む。この後、七年間務めた聖女の引退式と、アナスタシア様の就任式がある。それが終われば……今年の聖女選定の儀は、終わりだ。
(長かったような、短かったような……)
聖女選定の儀は、準備期間を含めて三ヶ月以上の期間を使って行う。今年も、どうやらこの行事は幕を閉じるらしい。……また来年、同じようなことを繰り返すのだけれど。
「く、クラウス様!」
そんな中、ジュリエット嬢が俺の側に駆けて来てくれた。だから、俺は満面の笑みで「どうした?」と問いかける。……きっと、来年もこの聖女選定の儀を、俺はジュリエット嬢と迎えるのだろう。……ずっと、一緒に。
(ずっと一緒に居られないのならば、死んだ方がマシだしな)
そして、俺はどうやら自分が思っていた以上にずっと愛情が重いらしい。だから、ジュリエット嬢は俺から逃げられない。……ずっと、ずーっと、ね。
多分次でクラジュリ最終話です(正直第二部章タイトルが決まらなくて焦っているんですけれどね……)




