従者クラウスの断罪(3)
それから三十分程度経った頃だろうか、パーティーが始まったのは。聖女選定の儀の結果は、パーティーの中頃に発表される。そのため、今はひと時の時間を楽しむ貴族が多い。聖女選定の儀は、貴族たちからすれば一つの「余興」なのだ。毎年選ばれる二、三人の候補から誰が選ばれるか。それを賭けて遊んだりする貴族さえも、いる。……それだけ、懐が潤っているということなのだろう。王家とは大違いだ。
「ジュリエット嬢。飲み物でも取りに行きましょうか」
「は、はい」
ジュリエット嬢は緊張しているのか、その態度はどこかぎこちない。そんな緊張をほぐすように、俺は飲み物を取りに行こうと誘う。……本当は連れ回したくないのだけれど、キャンディ・シャイドルがいる以上どう攻撃してくるかが分からない。変に一人にして、攻撃されたらたまったものではない。だから、連れ回してしまう。
「お、王太子殿下は……その、すごく、容姿の良いお方、でしたね……」
そして、飲み物を取りに行った帰り。ふと、ジュリエット嬢はそんなことを言う。……ジュリエット嬢は子爵家の令嬢だし、王太子殿下のことを近くで見たことがないのか。だから、そう言う反応になる。……でも、ちょっと妬けるなぁって。
「あの人は、見た目だけですよ。中身は立派な――ポンコツです」
「ご、ご自分の主をポンコツって……」
「あの人、良く見るとただ不器用なだけの人ですよ。素直になれば、アナスタシア様との関係も変わるかもしれないのに……」
最後の方の言葉は、俺の願望だったのかもしれない。王太子殿下はアナスタシア様を疎んでいる。だが、元々は好いていたのだ。あの二人の関係が変わる時が来るのならば。それは、きっと――。
(アナスタシア様が、愛想を尽かしたとき、だろうな)
今は熱心に王太子殿下を慕っているアナスタシア様だが、ひょんなことから王太子殿下との婚約を破棄したいと言い出すかもしれない。最悪の場合、婚姻後に離縁したいと言い出すか。シュトラス公爵はあの調子だと、その婚約破棄や離縁には反対しないだろう。……その場合、いろいろとややこしいことになるのは目に見えてわかる。出来れば、そう言う未来は欲しくない。
「ここだけの話、王太子殿下は昔はアナスタシア様を好いていたんですよ」
「え、えっと……」
「まぁ、今はあんな感じでアナスタシア様を疎んでいますけれどね」
苦笑を浮かべながらそう言えば、ジュリエット嬢は微妙な表情をする。その表情もすごく可愛らしくて、やっぱりこの子のことが好きだなぁって。……っていうか、今思ったけれど王太子殿下、断罪の書類のまとめとかもシュトラス公爵に放り投げていたんだな……。シュトラス公爵は世にいう『仕事脳』だけれど、少々哀れだ。
そんなことを考えていると、不意に会場内の視線が一点に集中する。俺とジュリエット嬢もそちらに視線を移せば、そこには凛々しい顔立ちの国王陛下と、優しそうな笑みを浮かべた王妃様が。……ちなみに、国王陛下が凛々しいのは顔だけであり、あのお方は極度のお人好しだ。それも、歴代国王一とも呼ばれている。
そして、そのお隣には銀色のふわふわとした髪をされた、王太子殿下の弟君、ジェレミー・ベル・キストラー殿下が、いらっしゃった。いつものように柔和な笑みを浮かべる様子は、貴族のご令嬢を魅了してやまない。……もしも、ジュリエット嬢も魅了されたら。そう思ったら、不安になってしまった。
(いや、大丈夫だ。それに、もしもそう言うことになったら――)
多分、俺はジュリエット嬢を閉じ込めるだろう。そんな確信だけは、あった。それに、ジェレミー殿下を見つめるジュリエット嬢の目には、恋慕の感情がない。だから、ホッと一息をついて安心する。
「これより、聖女選定の儀の結果を発表する!」
声高らかにそう言うのは、この国の宰相であるデイミアン・エース様。きな臭い噂を大量に持つ、胡散臭い男だ。……あの人について調べたら、いろいろと面白い情報が出てくるかもしれない。……俺とジュリエット嬢の安定した未来の為にも、あの男には犠牲になってもらおうかな、なんて。
「今年の聖女は――」
宰相が、そこで一旦言葉を区切り、近くの大臣から紙を貰う。……宰相も、どちらが選ばれたかはすでに知っている。つまり、これは一種のパフォーマンスだ。こうやって勿体ぶることで、期待値を高めている。
「――アナスタシア・シュトラス公爵令嬢」
そんな言葉とほぼ同時に――貴族たちから歓声が上がる。その歓声を聞きながら、俺はたった一人を見つめた。その一人とは――ほかでもない、キャンディ・シャイドル。その人だった。
もうしばらくクラウスのお話にお付き合いくださいませ(n*´ω`*n)
予定通りこれからしばらく二日に一回の更新になりますm(_ _"m)




