子爵令嬢ジュリエットの初恋(9)
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「お嬢様。ヴィクトール様が、お嬢様にお会いしたいとこちらにいらっしゃっておりますが……」
「ヴィクトール様が?」
私がクラウス様の想いが通じ合ってから数日後。部屋で読書をしていた時、不意にマリーが部屋にやってきた。そして、そんなことを教えてくれた。……何故、ヴィクトール様が? そう思って私が瞳をぱちぱちとさせていると、マリーは「お約束、していないのですか?」と怪訝そうな表情を浮かべる。……お約束なんて、しているわけがないじゃない。
「何か、大切な用事かしら……」
ヴィクトール様は無駄なことはしないタイプだ。だから、きっと何か私に大切なお話があるからこちらにいらっしゃったんだわ。そう思い、私はマリーに「急用かもしれないから、お会いするわ」とだけ伝えた。
(……なんとなく、嫌な予感もするんだけれど)
しかし、私の心の中には一抹の不安が渦巻いていた。ヴィクトール様はキャンディ様のことがお好きなはず。だったら……キャンディ様に勘違いされたくないはず。つまり、出来れば私とはお会いしたくないと思うの。……私も、クラウス様に勘違いされたくないし。
(けど、幼馴染だものね)
でも、私はそう自分に言い聞かせていた。幼馴染だから。ヴィクトール様とのお家であるティハニヒ伯爵家との関係を続行するためにも。ヴィクトール様を邪険にするわけにはいかない。……だって、シャリエ子爵家はティハニヒ伯爵家と親しくしているから、社交界に出られるのだから。……彼のご機嫌を、取らなくちゃ。私は、無意識のうちにそう思っていた。
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「……ジュリエット嬢」
「お待たせいたしました、ヴィクトール様」
シャリエ子爵邸の応接間に向かえば、そこではヴィクトール様が神妙な面持ちでソファーに腰を下ろされていた。そして、私のことを強くにらみつけてこられる。……何故、ヴィクトール様は私に敵意を露わにされるの? 私、ヴィクトール様のご機嫌を損ねるようなこと、していないのに……。
「呑気なものだな、ジュリエット嬢」
「あ、あの……何のこと、でしょうか……?」
ヴィクトール様は、ゆっくりと立ち上がられると私の方に近づいてこられる。その表情は怒りに満ちており、私が怒りの対象なのだと嫌というほど思い知らされた。
(私、何もしていないのに……!)
ここ最近、ヴィクトール様とは会っていない。だから、私には本当に心当たりがなかった。だから、私は首をかしげていた。しかし、そんな態度が尚更ヴィクトール様のご機嫌に触ったのだろう。ヴィクトール様は私に対して「ジュリエット嬢が犯人だと、俺は知っているんだぞ」なんて意味の分からないことをおっしゃった。
「あ、あの、本当に……何のことなのか」
犯人って、何? 私、悪いことをした覚えなんてない。そもそも、邸で大人しくしていたのだから、何もできやしない。ヴィクトール様だって、私がインドア派だって知っていらっしゃるはず……よね?
「嘘を言うな! キャンディ様がおっしゃっていた。……ジュリエット嬢に、頬をぶたれた、と」
「……え?」
……何故、そんなことになっているの? 私はそう思って瞳をぱちぱちとさせていた。そもそも、私はキャンディ様と直に面識したことはない。遠くから見つめていただけだ。それに、私が人をぶつような人じゃないって、ヴィクトール様だって存じていらっしゃるはずだ。だから、私は「勘違い、ですよね?」と恐る恐るヴィクトール様に声をかけていた。しかし、ヴィクトール様は「ジュリエット嬢がそんな人だなんて、幻滅した」なんておっしゃる。違う、違う、違う! 私、そんなことしたことない! きっと、何かの勘違いだわ。そうよ、キャンディ様が何か勘違いを……!
「か、勘違いです! キャンディ様、きっと誰かと私を間違えて……!」
「見苦しい言い訳をするのか! キャンディ様は悲しんでいた。俺の幼馴染だから、言うのを躊躇ったと言っていた。……キミには、本当に幻滅したよ。もう、顔も見たくない」
「ま、待ってください……!」
今、ティハニヒ伯爵家に縁を切られたら、シャリエ子爵家は本当の意味で終わりだ。なんとしてでも、勘違いを解かなくちゃ。そう思って、私は応接間を出て行こうとされるヴィクトール様の腕を掴んだ。しかし――。
「触るな! 汚らわしい!」
そうおっしゃったヴィクトール様は、私のことを思いっきり突き飛ばされたのだ。その際に、机に足をぶつけてしまい、私の眉間にしわが寄る。
「ふん、キャンディ様はそれ以上に痛かったんだぞ」
ヴィクトール様はそれだけを残されると、その場に崩れ落ちる私を他所に、応接間を出て行かれた。その瞬間――私は、どうすることも出来なかった。
(このままじゃ、シャリエ子爵家は……!)
本当に、どうなってしまうの? 私はそう思ってただ茫然とすることしか出来なかった。




