悪役令嬢のエピローグ(2)
「旦那様。お待たせいたしました」
そんな中、私はウィリアム様の元に向かう。すると、そこではウィリアム様が書類とにらめっこをされていた。だから、私はさりげなく側によって間違いを指摘する。昔のウィリアム様だったら、指摘されたらあまり良いお顔をされなかっただろうけれど、今は違う。素直に「助かった」とお礼をおっしゃってくださるのだ。
「……あぁ、アナスタシア。わざわざこっちに来てもらって悪いな」
「いえ、何かお話が?」
私はそう言って、ウィリアム様から見て対面の場所にあるソファーに腰を下ろした。すると、ウィリアム様は「……ジェレミーのことなんだか」とゆっくりと口を開かれた。
「……ジェレミー様が、また何か行動を起こされましたか?」
私は、ウィリアム様のお言葉に真剣な表情でそう返した。もしも、ジェレミー様が何か行動を起こされたのならば。そう思ったのだ。でも、ウィリアム様は「相変わらず行方知らずだな」なんておっしゃって前髪をかきあげられた。
「……アイツ。本当にどこに行ったんだろうな」
ウィリアム様のそのお言葉に、私は息をのんでしまった。ジェレミー様は、あの後行方知らずになられた。国王陛下も、王妃様も、とても悲しまれていた。けど、それよりも。ジェレミー様が一連の事件の黒幕だと知った時の方がショックが大きかったらしい。……そりゃそうだ。自分の息子の本性を、知らなかったのだから。
「そうですね。……旦那様」
「なんだ?」
「なんだか、不思議な感覚ですよ」
私はそう言って、小屋の外を見つめる。キャンディ様のことが解決したのに、まだ悩むなんて。しかも、その悩みの種がアナスタシアが実の弟の様に可愛がっていたジェレミー様だなんて。いろいろと、複雑な気持ちになっちゃうわよね。そう思って「はぁ」とため息をつけば、ウィリアム様は何を思われたのか唐突に近くにあったクッキーを私の口の中に突っ込んでこられた。……いや、なんで?
「アナスタシアにそんな表情は似合わないな。もっと……そうだな。何かを食っているときの表情が一番だな」
「……何ですか、それ。私は食い意地が張っているとでも?」
「そうだな。アナスタシアは食い意地が張っている」
そうおっしゃったウィリアム様は、ふんわりと笑われた。……今の表情は、すっごく好きだなぁって。だけど、私は離縁がしたい。だから、ここ数日日課となっている言葉をウィリアム様に投げつけた。
「旦那様。私、田舎に住みたいんです。牧場経営なんて、素敵じゃありませんか?」
「そうだな」
「なので、私はとても離縁がしたく――」
「却下だ」
……最後まで聞かれずに、ウィリアム様は資料に視線を落とされたままそんなことをおっしゃる。……離縁がしたいよぉ。田舎暮らしが私を待っているはずなのに……! そう思うのに、ウィリアム様は「無理だな」とだけおっしゃるのだ。……悲しいし、虚しい。
「そもそも、お前は王太子妃の鑑として名を馳せ始めている。今更普通の生活を求める方が、間違っているだろう」
「……ですが」
「お前は俺をどう思っているのかは知らないが、俺はお前のことを最高の『ビジネスパートナー』だと思っているぞ。こんな最高の仕事仲間、手放すわけはないだろう」
ははっ。そんな風に声を上げられて笑われるウィリアム様に対して、私は「はぁ」とため息をついてウィリアム様に向かい合う。そして、恒例となっている言葉をこちらも返すのだ。
「まぁ、私も旦那様のことを最高のビジネスパートナーだとは思っておりますけれどね」
と。
☆☆
こうして、私が悪役令嬢に転生してから起きた一連の事件は、無事に解決した。ジェレミー様のことが気がかりだけれど、この時の私はまだそこまで深く考えていなかった。
そもそも、誰が『王太子妃の鑑』だよ! とツッコミを入れたくなるような状態だけれどさ。そして、私は今日もウィリアム様に告げる。毎日毎日、飽きもせずに。
「旦那様、私は離縁がしたいですっ!」
と――……。
【第一部 完】
これにて第一部完結です(n*´ω`*n)
この後は、三日ぐらいお休みをいただいて閑話を連載しようと思っております。ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました! また閑話、第二部もお付き合いいただけると幸いです!
最後に、こちらのお話は書籍化が決まっております。下にはイラストも付けておりますので、イラストだけでも見ていただけると嬉しいです(とても素敵ですので……)




