悪役令嬢は愛よりも仕事に生きたい
「……変わった、とは?」
私はウィリアム様の真っ赤な瞳をまっすぐに見つめて、そう言った。変わったのは確かに間違いない。だって、中身が変わったのだから。しかし、それを易々と認めたくない。易々と認めてしまえば、真実味が薄くなる。ここはわかっていないふりをして焦らした方が良い。私はそう判断した。
「いや、前までのアナスタシアならば自分さえ苦労しなければそれでいいという考えだった。しかし……今のアナスタシアは侍従からの評判も上々だ。執事は言っていた。アナスタシアがいい方向に変わったと。俺も直で見るまでは信じられなかったが、どうやら本当のようだしな」
ウィリアム様は私から視線を逸らさずに、そうおっしゃる。侍従たちからの評判が上がったのは、素直に嬉しいわ。そう思いながら、私はくすっと笑い声を上げる。その笑い声は、とても綺麗な声だった。アナスタシアの声は、女性として理想的な高さなのだ。聞いていて不快にならない。
「変わったのならば、それは決意が変わったからだと思いますわよ。今までの私は、自分のことばかり考えていました。自分が愛されることを一番に、望んでいましたから」
私は目の前のジュースが入ったワイングラスに視線を移し、そう言った。アナスタシアは一番に自分が愛されることを望んでいた。努力をするのも、根本はウィリアム様から愛されたいという思いがあるからだ。だが今の私、つまりはアナスタシアは違う。この国を良くする。そのために動こうとしているし、愛なんて求めていない。私が欲しいのは……そう、ゆっくりとしたスローライフ。いずれは王太子妃としての責務から逃れたいのだ。
「ですが、それはダメだと思いました。毒を盛られたことがきっかけになり、私は自分を見つめ直すことが出来たのです。これからは……この国のために生きていきます」
それは途中までですけれどね!
そう言う心の声は隠して、私はウィリアム様に微笑みかけた。今のアナスタシアの微笑みは、聖母の微笑みにも見えると思う。うん、自画自賛で自己満足でしかないけれどさ。
「……毒を盛られたぐらいで、そんな簡単に考えは変わらないと思うが?」
「でしょうね。ですが、寝込んでいる期間も合わさってかなりの時間がありましたのよ。……それに、侍従が甲斐甲斐しく看病をしてくれたのも要因です。……彼らにとっては所詮仕事の一環かもしれませんが、それでも私の心には響きました」
貴方は何もしていませんけれどね!
そう心の中で続けながら、私はウィリアム様をじっと見つめる。これからの私は愛には生きない。王太子妃として、聖女として。ある程度の地位を築き上げる。そして、その地位を放り投げる。それは決して褒められたことではないだろうが、国が良くなればそれも許容される……はず、そうよね?
「私はこれからは愛されることを一番には考えず、民たちのことを一番に考えて過ごそうと思います。……言葉にするならば、そう」
「なんだ?」
「愛ではなく仕事に生きるのです! 元々、王太子妃とはそういうものでしょう?」
私の考えが正しければ王太子妃とは王妃とは、愛されることや自分のことを一番には考えず民たちのことを一番に考えるはずだ。だって、国母になるのだもの。自分勝手だと困るわよ。……アナスタシアは、そうは思えなかったみたいだけれど。まぁ、甘やかされて育った典型的なお嬢様だからこそそこまで考えが回らなかったのかな、と思えなくもないのだけれど。
(……アナスタシアは、幼い頃から王太子妃、そして王妃になることを望まれてきた。そう考えるとちょっと違和感が残るけれど……今はそう言うことにしておこう)
一瞬そう思ったけれど、その考えは振り払う。今は今、昔は昔だ。乙女ゲームのシナリオがバッドエンドを迎えた今、そんなことを考えていても無駄に等しい。攻略本は用済みなのだ。
「さぁ、旦那様。お食事を食べましょうか。せっかく料理人たちが作ってくれましたのに、温かいうちに食べるのが良いでしょう? 私の顔を見るのは嫌かもしれませんが、お料理に罪はありませんもの」
そうよ、目の前にいるのがアナスタシアで不服かもしれないけれど、料理に罪はないのよ。それに、国王陛下も王妃様も第二王子殿下もいらっしゃらないのだから、私と二人きりになるのは仕方がないことだしさ。この際それは我慢していただきたい。私だって本当はこの場に来たくなかったのだから。一人で悠々自適に食べたかったのよ!
「……あぁ、そうだな」
ウィリアム様は、私の言葉に納得してくださったのか渋々料理に手を付け始める。なので、私もゆっくりと料理に手を付けた。サラダ一つとっても、この国の料理は美味しいのよね~。というか、前世と似たような味付けなのよ、全体的に。……病人食の味が薄いところはマネしてほしくなかったけれど。
「それから、私しばらく実家に戻ろうと思いますの。その許可も、いただけると幸いですわ」
それから、それをお願いしなくちゃいけないのよね。心配していらっしゃるお兄様に顔を見せに行きたいし、記憶が戻ってから一度直にお会いしておきたいし。
(……二人目の攻略対象との対面)
そう思いながら、私はゆっくりと食事を続ける。目の前のウィリアム様が驚いたように瞳を瞬かせていらっしゃったけれど、それには気が付かないふりをしておいた。