悪役令嬢と穏やかな時間
「あっ、師匠~」
マックスさんを見て、シルフィアさんがさらに表情を明るくする。……相当、好きみたいね。いや、生い立ちとか関係性とかいろいろと考えたらそれが普通……なのかもしれないけれど。
「シルフィア、お疲れ様でした。ニーナさんも、お留守番お疲れ様でした」
「……はい」
マックスさんがそうニーナに声をかけると、ニーナは静かに返事をする。その間にシルフィアさんに視線を向けてみると、シルフィアさんはぷくぅと頬を膨らませていた。……いや、シルフィアさん今私に対して「お姉さんみたいに思って」と言っていたわよね? それじゃあ妹みたいよ……。
「それから、アナスタシア様もお疲れ様でした。アナスタシア様が総力を尽くしてくださったおかげで、いろいろとかなりマシに収まりましたよ」
「……でも」
「いえいえ、怪我人も軽傷者が数名だけですし、かなりマシですよ。あとで街の修復費について計算してお渡ししますね」
にっこりと笑ってそう言うマックスさんだけれど、私はその言葉で頭が痛くなりそうだった。ま、街の修復費……! 嫌だぁ、私のポケットマネーが減る! むしろ、足りないかもしれない! どうしよう、私の悠々自適なスローライフの資金!
「……お兄様に、助けていただかなくては」
そして、私が導き出した解決方法はいつものようにお兄様に頼るということ。もう、それしかない。お兄様に街の修復費を半分出していただこう。もうこの際私の借金でもいいから。
「では、シュトラス公爵にもお渡ししておきましょうか」
「えぇ、是非とも。むしろ、そうしていただけると幸いです!」
私はそう言ってマックスさんに詰め寄る。それをニーナに咎められた。でもね、ニーナ。ニーナも分かっているだろうけれど、お金ってとても大切なものなのよ?
それからしばらく会話をしていると、また扉がノックされて開く。次に現れたのはロイドだった。ロイドは私が起き上がっているのを見ると、瞳をにっこりと細めて「アナスタシア様」と呼んでくれた。……そう言えば、ロイドもあの場にいたのよね。つまり、私の正体を勘ぐっている可能性が、ある。
「……あのね、ロイド」
「アナスタシア様。俺は別にあのことについては気にしていませんよ」
ロイドは、私の方に近づいてくると私の心配をよそにふんわりと笑ってそう言ってくれた。……あの事って、やっぱりあの事についてよね? ジェレミー様がおっしゃった、あの言葉の件よね?
「アナスタシア様は、アナスタシア様です。俺のたった一人の大切な主であることに、変わりはありませんから」
「……ロイド」
「なので、生温かい視線を向けてくるのはおやめください、シルフィアさん」
そう言ったロイドは、シルフィアさんに視線を向ける。シルフィアさんはマックスさんの隣をちゃっかりと陣取りながら、確かにロイドに生温かい視線を向けていた。ニーナはどういうことなのか分からないのか、頭の上にはてなマークを浮かべているよう。マックスさんは分かっているのか分かっていないのか、ニコニコと笑っているだけだ。
「え~、ロイドさんはさっさと諦めればいいのにって」
「……余計なお世話も良いところですよ」
「ま、今の状態だとお二人の仲を引き裂くのはいろいろと大変だと思いますよ」
楽しそうに笑いながら、シルフィアさんはそう言うけれど、私は離縁をする気満々なんですけれど。そう言おうかと思ったけれど、こういう場でそう言うことを言うのは憚られたので、口を閉ざす。その間に、ロイドは私のすぐそばまで来てくれた。
「アナスタシア様。貴女が何者であろうとも、俺の主は貴女だけです。このロイド、いつまでもアナスタシア様の側に居ります」
「……ありがとう」
そう言って私に跪いてくれるロイドに私は微笑みかけた。私が離縁して、田舎に移住してもロイドとニーナは一緒に連れて行く。給金は減るけれど、この二人だったらついてきてくれるわ。そう言う確信が、あった。
「アナスタシア!」
さらにそれから数分後。ウィリアム様がノックもなしに部屋に駆け込んでこられた。……いや、ノックぐらいしてくださいよ。そう言おうかと思ったけれど、ウィリアム様は一目散に私の元に駆け寄ってこられると、私にタックルをかましてこられた。……ま、待って! ニーナの比じゃないぐらい、きついわよ……! 大の男にタックルされるなんて、ありえない……!
「だ、旦那様。辛いです、辛いですってばぁ!」
「アナスタシア! 良かった、無事だったんだな!」
私の肩を掴んで、ぐらぐらと揺らすウィリアム様に、私は意識が飛びそうだった。別の意味で、これは辛い。そう思って周りに助けを求めようとするけれど、誰も助けてくれない。シルフィアさんはにやにやとしてこっちを見つめて来るし、ニーナとマックスさんは微笑んでいる。唯一ロイドが憎々しいとばかりの視線でウィリアム様を見つめているけれど、口を挟んでくる様子はない。……待ってよ、助けてよ……!
「じゃ、私たちは撤退しましょうか。夫婦二人きりでお話したいこともあるでしょうから」
「まっ」
「じゃ、アナスタシア様。またあとで来ますね~」
そう言ったシルフィアさんが、マックスさんとロイド、それからニーナを連れて部屋を出て行く。ま、待ってよ! そう思って手を伸ばすのに、シルフィアさんは最後に私とウィリアム様の方を振り返って、「頑張って」なんて口パクで伝えてくる。……いや、何を頑張るって言うのよ! 脳内でそうツッコミながら、私はウィリアム様と向き合う決意を固めた。
総合評価7000超えました(n*´ω`*n)ありがとうございますm(_ _"m)
もうすぐ第一部完結です(その後は閑話を連載し、それから第二部に移る予定です)




