悪役令嬢と――
☆☆
「んんっ」
そして、次に目を覚ますとそこはまた真っ暗な空間だった。まさに、虚無。……今回も、ジェレミー様が何かをしたのね。そんな思いと共に起き上がると、そこには一人の少女がいた。茶色のさらさらとした長い髪。少しだけ吊り上がった桃色の瞳。さらには、華美なドレス。自身に満ち溢れたようなオーラ。その少女は、私のことを見て「初めまして」なんて言う。その声は、今世の私の声「そのもの」だった。
「……アナスタシア・ベル・キストラー」
私がその名をゆっくりと呼べば、少女――本物のアナスタシアは口元を緩めながら「えぇ、そうよ」という。……つまり、ここは私の意識の奥底ということになるのだろう。闇の魔力が働いて、私は自分の意識の奥底にいるであろうアナスタシアと対面している……ということ、よね?
「でも、その呼び方は長いからアナスタシアって呼ぶことを許してあげるわ」
本物のアナスタシアは、クスクスと笑いながらそう言って私の方に一歩一歩近づいてくる。その足取りは軽く、ヒールの音が辺りに響き渡った。……ここ、一体どんな空間なのだろうか?
「貴女は?」
「……私は、あ」
「アナスタシアは私でしょう。貴女の本当の名前」
そう指摘されて、私は小さく「……りかこ」と名乗る。それは、転生してから初めて名乗った私の前世での名前だった。すると、本物のアナスタシアは「りかこね」なんて楽しそうに私の名前を口ずさむ。そのまま、鼻歌を歌いだし彼女は私の顔を覗き込んできた。
「……アナスタシアは、何が望み?」
私が意を決してそう問いかければ、本物のアナスタシアは「何も望みなんてないわ」という。その後、悲しそうに眉を下げて「貴女の方が愛されているから」なんて告げてくる。……違う。私は愛されているわけじゃない。周りが私を愛するのは「アナスタシア」という器があるからなのだ。決して、私自身が愛されているわけじゃない。
「私、身体を返してほしいなんて思っちゃいない。だって、貴女の方が王太子妃に相応しいもの。使命感から、周りを助ける。そんな貴女を、追い出すことなんて出来ないわ」
「……ちょっと待って。私、使命感なんて持っていないわ」
「そんなのどっちでもいいじゃない。貴女のしてきたことは、きっと王太子妃として素晴らしいことよ。孤児院に多額の寄付をして、領地を発展させようと総力を尽くした。しかも、その領地は発展し始めている。……こうなったら、誰が貴女を責めるというの?
本物のアナスタシアは楽しそうに笑って、そう言う。その後、すぐに「だから私は消えるわ」なんて言い出した。……消えちゃ、ダメでしょう! だって、この身体はアナスタシアのものだ。たとえ私が転生したのがアナスタシアだったとしても、この身体がアナスタシアのものであることに変わりはない。私がよそ者なのだから、私が出て行くのが筋というものだ。
「私が、出て行くわ」
「それは止めなさい」
私の言葉に、本物のアナスタシアは強くそう言ってくる。だから、私は瞳をぱちぱちと瞬かせてしまった。それから、本物のアナスタシアは眉を下げた後、彼女自身の気持ちを口にしてくれた。
「貴女の方が望まれている。だから、私は消える。旦那様は、私のことなんて見向きもしなかった。でも、貴女は違うじゃない。お兄様だってロイドだって、ニーナだって。きっと、貴女の方が良いって思っているわ」
「そんなわけない! 違う……違うの!」
「そう思うのならば、一つだけ約束しなさい」
本物のアナスタシアは、それだけを言うと私の頬にその手を伸ばしてくる。その手は、光に包まれておりここが現実ではないのだと強く実感させてきた。
「私の代わりに、必ず幸せになりなさい。幸せになる方法は、命令しないわ。私は消えるけれど、私は私自身の、そしてあなたの幸せを願い続けているわ。ま、今更私が戻ってもブーイングだらけだろうしさ」
「アナスタシア」
「だから、絶対に幸せになってよ。前世の私。私は……ずっと、貴女の中で眠り続ける。ずっとずーっと眠り続けるだけ。つまり、死ぬまで一緒よ」
「……そう、ね」
「ま、さっき言った通り幸せになる方法は選ばなくてもいいじゃない。周りを蹴落とそうが、周りを利用しようが、勝手にしなさい。もちろん、王太子妃を続けてもいいし辞めてもいいわ」
声を上げて笑いながら、本物のアナスタシアは光の粒になっていく。……それとほぼ同時に、私の意識が遠のいていく。
――絶対に、幸せになりなさいよ。これは命令なんだから。
最後に聞こえた言葉は、そんな言葉。アナスタシアの声で、アナスタシアの口調で。それを聞いた時、私の口元が緩んだ。……えぇ、絶対に、絶対に幸せになってやろうじゃない。私はそう決意を固めて――意識を失った。
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